第3章 流浪の果て(6)
シンが連行されたのは、内部が岩の壁に囲まれ、じめじめとした湿気を帯びた場所だった。
天井から染み出した雫が一滴、また一滴と、絶え間なく固い石の床の上に滴り落ちていた。
銃口の先端を背中に突き付けられたまま、シンはその光景を一度だけ見回した。
古い墓所の石室にも似たそこはよく見慣れており、自分がここへ収監されることになるのは皮肉だと、シンには心の底から思った。
「……終焉牢か」
微かにそう呟き、シンは顔を歪めた。
目の前には太い鉄格子が嵌め込まれた牢獄が、ずっと奥まった場所まで整然と並んでいた。
暫くシンの前を歩いていたリオンが、ひとつの牢の前でぴたりと足を止めた。
リオンの背後に控えていた軍人の一人が、腰に付けた無数の鍵の束の中を探り、中のひとつをつまみ上げた。
選び出した鍵を男が目の前の鍵穴へと捻じ込むと、古い金属が軋みを立てるような音が響き、鉄格子の扉が開かれた。
開かれた鉄格子の更に奥の空間は、これまで歩いてきた通路以上の闇に包まれていた。
「入れ」
奥の様子を窺い知る間もなく、背中をリオンの軍靴の先で押され、抗うことなく、シンはそのまま数歩、前へと足を踏み出した。
直後にシンの背後で、金属錠の下りる音が大きく響いた。
これまで通りに常日頃から延々と耳にしてきたリオンの悪態を再びそこで耳にすることになるだろうと、たかをくくっていたシンの予想とは裏腹に、当の本人は目の前の光景に充分に満足したらしく、控えていた軍人達を引き連れその場を去っていた。
「……お前も来たのか」
男達の姿が消えた直後、無人だと思い込んでいた闇の中から突如耳にしたその声に、シンは驚きの余り一瞬言葉を失った。
「大尉……」
その声は同じ軍属のよく見知ったあの青年のものに他ならなかった。
シンより少しばかり年長のその青年は、牢獄の硬い壁に背を預けながら、片膝をついた姿でもう片方の足を乱暴に投げ出していた。
「あいつらは余程の馬鹿なのかもしれんな。俺を入れた場所まで忘れているとしか思えん。お前と俺を同じ場所に隔離しておくと、ろくなことにはならんというのに」
次第に暗がりに目が慣れてきたシンが、青年に近付きながら苦笑いした。
投獄されていながらにして、何時ものように悪態を繰り返している青年の姿に思わず脱力しそうになったからだった。
「大尉、この場合そういうことが問題視される以前に、もっと他にお互いの為に言うべきことが有るような気がしているのは俺だけなんでしょうか……? 」
そう言ったシンの言葉に青年ジーク・アストリーは、忌々しげに暗がりの中で手探りで煙草を探し当てて火を点けつつ、口を開いた。
「……他にって何だ? 俺が散々言ったことも聞かんようなお前に言えることなど、俺は何ひとつ無いが? 」
不機嫌そうに口元を歪めて、ジークは更に言葉を続けた。
「しかも、だ。その大尉っていうのももう廃業だ。いいか、金輪際呼ぶなよ! 」
そう言葉を続けざまに、ジークはその場にゆっくりと立ち上がった。
それからシンに歩み寄り、間髪入れずその後頭部に手加減無用の強烈な一撃を食らわせた。
「この馬鹿が……この俺があれだけ忠告してやったのに、無かったことにしやがって! 」
ジークに殴られた辺りを押さえながら、シンが言った。
「……確かに俺は愚かでした。大尉、あなたの予想通りの行動をとってしまって、心底申し訳ないと思っています」
「その通りだな。大体お前の今回の一連の行動には何時もの想定範囲外の面白みが、欠片も感じられん。俺は何よりもそれが一番気に入らんな」
ジークの言葉に、シンは不意に何かを思い出したように口を開いた。
「それはそうと何故あなたがここに? 」
「あの連中にとっては、俺もお前も同じようなものだろう。外部からの人間が余程気に入らんらしい。おかげで俺は真っ先に、難癖付けられてここへ押し込められる羽目になった。悪趣味なリオンのことだ、嬲り殺すようにいたぶりたいってところが本音なんだろうよ。全く理解出来ん性癖の奴だ。でなければ、いまだに俺とお前がこうして揃って生かされている事実の説明がつかんからな」
「……充分に状況は分かりました。納得だな」
シンは冷えた岩の壁にその背を預けて、そこにそのままずるずると腰を据えた。




