第2章 護り石の再会(9)
境界と呼ばれてきた、鉄線が張り巡らされ完全に分断された地。
かの地では東側を掌握した軍と西側の抵抗部隊との間で十二年という長きに渡り、凄惨な戦闘が繰り返されてきた。
戦闘は両者の兵士達の精神の深淵までも破壊し、狂人と化した者同士がお互いに殺しあう。
その光景は、もはや地獄と呼ぶべき以外の何者でもなかった。
何時終るとも知れぬ重ねられ続けた報復の応酬の中、一人の少年がその地に立った。
ある時期を境に現れたその少年は、最前線での戦闘に参加、天空の星の動きを読み、地形図を元にした詳細な動きを提案する、少年の持つ父親譲りの特異な知識への造詣の深さと射撃の巧みさは周囲を驚かせ、次第に一目置かれる存在となっていった。
やがて少年は青年へと成長を遂げる頃、本来は兵力や資金面で圧倒的に劣るはずの東側の中で存在感を更に際立てせ、その類い稀なる能力から敵対する西側にとっては、軍の最高権力者である男の事実上の後継者ではないかとさえ目された。
そうしてこれまでの東西両者の均衡を、根底から瓦解させるような命を受けた青年は銀の銃身を自らの手に取った。
そのことが、結果的に自らにどんな状況をもたらすことになるかも知らぬままに……。
土地の人々に蔦緑の家と称されてきた屋敷の、敷地内にある趣向を凝らした広々とした美しい庭園の風景は、長年一人の住込みの庭師の男によって大切に維持され守られてきた。
今日もそこから臨む丘陵地帯の空は、澄んだ青を映している。
突き抜けてゆく程、清々しく雲ひとつない空。
風は穏やかで、温かな何とも気持ちの良い、澄み切った空気を運んできていた。
「……あぁいい天気だなぁ」
天に向かって大きく伸びをしてから、既に高齢の域まで齢を重ねた、老いた庭師の男はそう呟いた。
職人気質で武骨なほどの働き者として昔から評判の、この男でさえ、少しだけ手を休めてみたいと感じてしまう程、本当にうららかな日だった。
それは男が再び仕事に戻る為、手に馴染んだ樹木用の鋏を、握り直そうとした時の事だった。
庭師の男は、自らの後頭部に硬い何かが触れるのを感じた。
訳も分からぬまま、反射的に男が振り返ろうとした瞬間、衝撃が男の身体を貫いた。
周囲に響き渡った、一発だけの銃声と共に……。
至近距離からの糾弾によって絶命した男の身体は、そのまま砂埃を立てながら前のめりに倒れていった。
太陽の光が真上から降り注ぐ、白昼の庭園の土の上に、倒れた男の身体から噴き出した鮮血が、地を這うように、音も無くゆっくりと広がっていった。
むせ返るような花の香りが漂う中に、銀の短銃を手にした一人の青年が立っていた。
青年の髪は、濡れたような艶を映し出す漆黒。
髪と同じ色彩の両眼の中には、見た者を畏怖させる鋭さが漂っていた。
吹き付けてきた風により、青年が纏う丈の長い外套がはためき、その内側に隠されていた、東の軍を象徴する濃紺の軍装が露わになった。
青年は自らの足元に転がった、既に亡骸となった年老いた庭師の身体に、凍りつくような無感情な眼差しを向けた。
その背後には、まだ表情にあどけなさを残した、数人の軍装の少年達が立っていた。
未だ銃口から微かに一筋の煙が漏れ残る、銃身の引き金に指を掛けたまま、漆黒の髪の青年は背後を振り返った。
年若い少年兵達は皆、青年の深遠なる闇を思わせる両眼を真っ直ぐに見つめ返すことが出来ずに、怯えた表情でびくりと肩を震わせた。
庭園の木々の間を吹き抜けていく風が、そこにいる男達全員の髪を静かに揺らした。
少年達が緊張の余り、無意識に強く握りしめた掌はじっとりと汗ばみ、抑えが効かなくなった震えによって揺れていた。
「ついてこい」
青年は背後の少年達にそう命じると、緑の蔦に覆われた屋敷の正面玄関を目指して大股で歩き出した。
少年達も青年に従い、先を争うようにして慌てて地を蹴って走り出す。
やがて漆黒の髪の青年は、蔦に覆われた屋敷の重厚な扉まで辿り着くと、そこを金属板の打ち付けられた軍靴の足で、容赦なく蹴り上げた。
表面に施されていた、瀟洒な彫刻の一部分が抉れ、木片が宙を舞いながら、扉が大きな音をたてて開かれた。




