72:とつげきー!
「アレ?」
「アレですね。」
「思ったより年喰ってるわね。」
虚空という地面に広がる空間から、二人して辺境伯の姿を眺めます。
ボブバイクに乗って大体2時間。私が把握していないDLC領域ということで時間がかかってしまいましたが、無事辺境伯に到着。その屋敷周りを下から探し、ちょうど今我々が消し飛ばすべき存在を発見することが出来たのですが……。チロさんから出て来たのは、そんな感想。まぁ現辺境伯の子息と聞けば、若い人を連想するのは仕方ないのかもしれません。
「基本爵位って分割できませんから。辺境伯ってのは今の人、今回の場合は親が死なないと受け継げないんですよ。つまり親が長生きしちゃうとどれだけ年を喰おうとも『辺境伯子息』でしかないわけです。」
「はえー。」
「まぁそれだと『貴族家に連なる存在だけど本人は爵位持ってないからあんま偉くない』という宙ぶらりんな存在になっちゃうんで、その家で所有している他の爵位とかを一時的に与えちゃうとかあるみたいですが……。この人はそれすらしてもらってないみたいですね。」
辺境伯となれば、国の中心から離れた場所に領地を持つ伯爵。つまり王家からかなりの信頼を得ながら、かなり偉い人のことを指します。辺境って言葉が強いせいかよく勘違いされていましたが、実際はかなりの高位貴族なんです。そんな偉い人が他の爵位を持っていないわけないですから、今現在私の知る『辺境伯』は評価されていない、と言う事なのですが……。
アレですかね? なんか神様の研究してるって言ってましたし、それでパワーを得て他の継承権を持つ者たちを排除。そこから辺境伯として活躍し出した、的な。
「まぁここで終わるので、どうでもいい話になるのですが。」
「見た感じ、そんな魔力持ってないみたいだし。ヤるには今が最適でしょうね。」
そう言いながら、私はテーちゃんからもらった戦闘用の黒装束。チロさんは『獄炎』を起動し始めます。どうやら未だ辺境伯は力を手に入れていないようで、呑気にお散歩をしている様子。何か考え込んでいるせいで周囲どころか、真下にいる我々のことすら把握できておりません。
もし彼がもっと他の存在。それこそプレイヤーの玩具になっていた邪神であればちょっと哀れみを……。あ、ごめんなさい例えが悪かったです、アイツに哀れみを覚えるわけがありませんでした。
まぁとにかく、まだ辺境伯は何もしていない上に、全く未知の場所から殺されるわけです、常人であれば多少の哀れみを覚えたでしょうが、相手はバグによって無限増殖し、この世界どころかそれ以外も破壊しうる存在です。ことを起こされる前に対処すべきですし、実はまだ私のPCを吹き飛ばした“お礼”をしていません。世界的にも、個人的にも、勿論お昼寝的にも、真っ先に消すべき相手。
そんな相手が無防備で弱々しい姿をさらしているのであれば……。
殺してあげなければ、無作法というもの。
「顕現、冥光剣グランヴェルザ」
「獄炎っ!」
全てを吸い込み塗りつぶす黒の光と、それに劣らぬ極限まで高められた真っ白な炎。
ほぼ同時にそれが形を成し……、全てを消し飛ばす奔流となって、投射。現実世界には何の予兆すら見せず放たれたソレは確実に辺境伯を包み込み、ゆっくりとその輪郭を溶かしていきます。
「……撃ち込んでる最中に言ってもアレだけど、意味も解らず死ぬって哀れね。」
「むしろ幸せでは? 虚空から撃ってるわけですし、何も知らず死ねるのです。経験値おじさんが聞けば羨ましがって世界を滅ぼしちゃうかもしれません。まぁあの人にもう意識が残っているとは思えませんが。」
「……このまま方向替えてカーチェを消し飛ばした方がいい気がしてきた。」
そんなことを言いながら、念入りに吹き飛ばすこと10分。地上の方で何事かという騒ぎが起き始め、『これは神の怒りじゃ!』と言い始めた人々によってその場に這いつくばりお祈りを始めた人が数百を超えたころ、ようやく攻撃を中止します。
MPが限界近くまで減っていましたからね。回復タイムです。ということでチロさん。エリクサー差し上げます。王女が持ってた全回復の奴です。無限増殖できる奴ですから、ラストエリクサー症候群は起こさないでくださいね?
「あ、うん。まぁ飲むけど。……こんだけやったし、もう死んだんじゃない? というか肉体も全部吹き飛んだような気がするし。塵すら残ってないじゃない。……というかあっさり過ぎない? もうちょっと、こう、何かあると持ってたんだけど。」
「現実ですし、そんなもんでは? 人間死ぬときは死ぬんですよ。」
そう言いながら、再度『顕現』を行い、冥光剣を召喚。チロさんを急かしながら、もう一度さっきの攻撃を同じ場所に打ち込んで置きます。相手はあの辺境伯ですからね。私は例の無限増殖バグによってPCを破壊されたので、その強さは実況動画などでのものしか知りませんが……。結構無法な能力を持っていました。
ギミックを破壊するまでは全てのダメージをカットし、破壊したとしても9割カットが標準装備。殺し切れたとしても謎の再生能力で復活を遂げてきて実質的に第三形態まで持っていたような奴でしたし。念入りに消し飛ばしておいて損はありません。
とりあえずエリクサー20本ほど『顕現』と『獄炎』を打ち込んで置けば、ちゃんと殺し切れるでしょう。まぁ地上で生きる一般市民の皆様には『神の怒り』と勘違いされ強い恐怖を与えてしまうでしょうが、コラテラルダメージという奴です。致し方ない犠牲ですね。
「徹底的ねぇ。まぁ付き合うけど。」
「どうも。」
まぁそんな感じでポイポイ打ち込みながら雑談を挟み、途中で話題が無くなった後は、おのおの好きな行動を。
チロさんは持って来ていた最中を齧り出し、私は忍者の里で買ってきてもらった娯楽本を読みながら攻撃を放っていたわけですが……。エリクサー16本目ぐらいの所で、異常が発生します。
「……ねぇカーチェ。何かあの空、割れ始めてない?」
「え? 今ウトウトし始めて良い感じ……。割れてますね。」
おそらく、私達の攻撃にお空が耐えられなかったのでしょう。本来何でもないハズの空間に、謎のひび割れが出てきています。二人とも急いで攻撃を取りやめ、その空間を注視しますが……。
なんか罅があっちから大きくなっていってますね。
というかなんかあちら側から膨らんでますし、何か出ようとしてるのかも。
「ま、不味い奴じゃないアレ……。」
「始めてみる現象ですね。え、ほんとなんだろアレ。とりあえず攻撃しておきます?」
「それで破っちゃったらどうすんのよ!? あれ絶対に壊しちゃダメな奴でしょ!?」
そうなんですか? あんまり私、その感覚解らなくて……。
私からすればお空の空間に罅が入っているだけなのですが、チロさんが言うには『絶対に壊れたらいけないもの』が破られようとしているそうです。実際地上にいる皆様もかなり怯えて泣き叫んでいますし、最近あまり焦っていなかった彼女が懐かしい反応をしていることから……、おそらく本能的なものが大部分を占める『危機感』なのでしょう。
純粋なこの世界生まれの人々が、『壊されたらまずい』と感じるもの。それを破壊しようとする『向こう側の存在』。確実に招かれざる存在、なのでしょうね。
となると急いで塞いだ方がいいのでしょうが……。どうしましょ? 唯一なんとか出来そうなモミジちゃんは置いて来てしまいましたし、現在王女のデバックで死にかけているでしょうから期待できません。となると物理的に抑える。『あちら側から押し込み破ろうとしている』存在を押し返す以外にないのですが……。
「仕方ありません。存在が露見しますが、致し方ないでしょう。ボブング、発進!」
私がそう唱えた瞬間、アイテム欄から飛び出すのは、200体の超巨大ボブ達。
勿論空中浮遊能力を兼ね備えたそれは、虚空から飛び立ち大空に飛翔。空間に張り付き『やってみる価値はありますぜ!』の姿勢を取ります。その凶悪なフォルムに悲鳴を上げる地上の人々でしたが、ひび割れを押し込み世界を守ろうとしていることに気が付いたのでしょう。徐々に声を上げ始め、応援してくださいます。
しかしながら……。200のボブングをもってしても、若干の火力不足。空間に広がる罅がより大きくなり、此方に入り込もうとする何らかのふくらみが、より大きくなってしまいます。
もしボブングたちにサイコなT字物体を搭載していれば、ここからでも逆転の眼があったのですが……。無論乗せていませんし、奇跡は起きません。このままでは押し込まれてこの世界が駄目になってしまうでしょう。まぁあちら側に何がいるのか解りませんし、私にはその“まずさ”は理解できないので、チロさんの感覚頼りの推論にはなるのですが……。
「カーチェっ!」
「仕方ありません。押し返せない以上、“向こう側”にいる存在をどうにかする以外の方法はありません。本来ならば王女やモミジさんも連れていきたいところでしたが……。今から呼び出しても到着まで時間がかかります。空間のひび割れと膨張具合から破壊されるのも時間の問題でしょうね。」
穴をあけ、飛び込んでみる。それ以外の方法はないでしょう。
覚悟は良いですね、チロさん。
「っし! 了解! 気合入れていくわよ!」
彼女の返答にうなずき、すぐさま普段乗りのボブバイクを取り出しながら、王女に伝達。すぐにモミジを連れてこちらにくることをお願いし、チロさんと一緒に乗り込みます。そして虚空から飛び出し、大空へ。膨張し続ける向こう側へと、進路を向けます。そして次に行うのは、ボブングへの指示。
「腕部パーツ、パージ。」
そう唱えた瞬間、即座に彼らの腕はパージされ、魔力をその指の先端に集約させていきます。ボブングは巨体故にその消費魔力も多く、ビームこと魔力砲を打つたびにその稼働時間を削ってしまうという欠点がありましたが、その胸部に王女が持ち込んだエリクサーを大量に搭載することで解決しています。無限増殖で増やしましたから、在庫には心配ないんですよね。つまり攻撃しながら、全力で空間を押し込むことが出来るのです。
「一点集中。」
空間に穴を開けあちら側に突っ込む。ここで問題になるのが、その隙間をより大きく開いて空間を引き裂いてしまう、ということです。すべてのビーム砲の照準を一か所に集めながら、その周囲にボブングを固め、破壊されないように押さえつけます。
これで準備は完了。後は貫くだけ。
「……ね、ねぇカーチェ。何かビームの発射口が真後ろにあるっぽいんだけど。」
「えぇ、それが何か?」
空間を破るのに、どれだけのエネルギーが必要になるか解りません。同時に一旦ビームを放ち穿ってしまえば、それ以降は放射し続ける必要があります。つまりこのビームは私達を送り出す足であり、向こう側の存在を押し込む攻撃の一つでもあるのです。だったら戦闘は私達がするしかないでしょう? まぁ貫けなかった場合、空間とビームに挟まれてぺちゃんこですが。
「ぺちゃんこ!?」
「はい、ということチャージ完了、照射。カーチェいきまーす!」
「ちょっとまちなぁぁぁぁぁああああああ!?!?!?!?」
その瞬間、それまで感じたことのない加速が、全身を襲います。
様々な色の光柱が放射されていき一本に集約、私達を押し出しながら徐々に膨らみゆく空間へと叩きつけられます。一瞬だけ拮抗しビームに全身が包み込まれそうになりますが、ボブバイクのタイヤが機転を利かせ、高速回転。空間に生まれた罅をより大きくすることで、突破に成功します。
そして私たちの眼の前に現れたのは……。
「……え。」
「あぁそういう。」
幾つものコードと、何重にも重なった緑の基盤。
しかしながらどこも朧で、そこにあるはずなのに「ない」と感じさせるような物体たち。
周囲には0と1の数字達が表れては消えていき、ここが電子の海であることを理解させられる空間。
しかしそれより驚く存在が、無数に。
先程吹き飛ばしたはずの辺境伯。
ソレより年を取り、『DLC時の本来の強さ』を兼ね備えたその存在が数えきれないほどに。
不気味なほどに真っ白な瞳が、全てこちらに、向けられるのでした。




