23:チロさん大丈夫?
「あ、あのねカーチェ。」
「はいなんでしょ。」
「貴女もあの真っ黒な空間に入ったのよね?」
「えぇまぁ。一応“壁の中にいる”状態ではありましたね。」
カーチェが言うには30億、レースを牛耳っていたらしいマフィアが溜め込んでいた金銀財宝を何食わぬ顔で強奪していったカーチェは、いつものように馬車の中で寝転びながら、そう返してくる。
あの後、マフィアのボスを私達が一度沈んだ虚空にカーチェが送り込んだ後。私たちは即座に逃げ出した。
彼女が『後始末面倒ですし、上で騒ぎ起きてる間に逃げましょ』といったことも理由の一つだが、真面に戦える私が色々正気でなかったのも理由の一つになる。一応裏口から脱出する時、カーチェが『組長討ち取ったりぃ!』と叫びマフィアたちに途轍もない混乱を巻き起こしていたので、多分扇動した人たちが負けちゃったということはないと思うのだけど……。
(結局勝敗を確かめるよりも先に、私達は町から脱出した。)
カジノの人間から追われてるし、レースを牛耳っていたマフィアが生き残ればそちらからも狙われていたはず。だからこそあの場所に留まらず即座に脱出し、本来の目的地であった王都に向かうのは何も間違いではないのだが……。
それ以上に、何故あの子が『虚無の世界』に耐えられたのかが理解できなかった。
カーチェがこぼしていた、“世界から拒絶される感覚”。本来自分がいてはいけない場所に入り込んでしまったが故に、この世界そのものから非難され存在丸ごと消し飛ばされそうな恐怖。ほんの一瞬だったが、あの世界に足を踏み入れた瞬間。一瞬でそのような情報が全身に流れ込んできた。
あの世界にいたのがほんの一瞬だったからこそまだ正気を保てているが、カーチェが言うには最低でも10年以上幽閉されることになったマフィアのボスは……。考えたくもない。少なくとももう壊れているのは、確かなことだろう。
「なんで貴女は平気なの?」
「まぁあらかじめ“そういうもの”だと知っていたのが一つ、昔似たような状況にあったのが一つ、あと最後にそもそもそういう感覚を感じなかったというのが理由ですかね?」
「……貴女おかしいの?」
「私が普通だとでも?」
“この世界の普通”というよく解らない言葉が後ろに付いていた気もするけど……、まるでそれが彼女にとっての普通だと言うように、面倒くさそうに言い返してくる彼女。というかそう言われれば、こっちとしては頷くしかない。だって納得しかできないのだもの。
そんな風に彼女の言葉を反芻していれば、後ろで大きな欠伸をして眠そうに目をこする彼女。
今日は色々あったが故に幼女でそもそもの体力が少ない彼女が疲れているのは解るし、私の話がまだ終わっていないことを察して眠らないようにしているのは解るんだけど……、こっちはまだ全く感情の整理が終わっていない。
こっちだって色々あり過ぎて混乱しているのだ。むしろまだ私が正気を保っていることに感謝して欲しいぐらい。
だからこそ、壊される前にさっさと終わらせたいって思ったのだけれど……。
「……あの、カーチェ?」
「言っておきますが既に“終身雇用”の契約は為されています。」
「…………文字通り?」
「えぇ。私が大金を稼いで、貴女が舞い上がっていた時に。無論死ぬまで面倒見て差し上げますよ? 無論、雇用者なので従業員からの要望には十二分に配慮しますが。」
此方が言い終わるよりも先に、却下されてしまう。
いやまぁ、確かに条件としては破格すぎるのだ。
冒険者どころか、一般の出の人間からすれば最上級に良いレベルの待遇。いつ仕事できなくなるか、いつ大けがするか、いつ死んでしまうのかっていう危険しかない今の仕事と比べ、各段に安全な村の用心棒。しかも解雇される心配がない最上のおまけつき。
雇い主がはちょうどさっき大金を手に入れたばかりだからお金の心配をすることはないし、次期村長だから住む場所の心配もない。今はまだそういうの全然考えてないが、求めればパートナーの相談とかにも乗ってくれるだろうし、多分外から連れてきても何も言われない。
私が即座に飛びついてしまうほどには、アガリだった。
(でもアレはもう絶対に嫌。)
どれだけ条件が良くても、それを上回るデメリットがあれば全部掠れてしまう。でもこれ以上の条件なんて絶対にないからこそ、“それさえ”何とかしてくれればこちらとしては頷く以外の選択肢はない。……無駄に賢いこの子なら、その辺りも解っている……、わよね?
「じゃあもうあの空間に連れて行かないで。」
「善処しましょう。」
「それ絶対破るやつッ!」
「今後何が起きるか解りませんので。……まぁ必要があれば私一人で何とか出来るようにはしましょう。逃げられても困りますから。」
はぁ、まぁなんでか解らないけどこの子は“何も感じなかった”みたいだからそういう反応になっちゃうのは仕方ないと思うけど……。
多分だけど、彼女は私のことを評価してくれている。だからこそこちらへの配慮を欠くような行動は避けるはずだ。そもそもあの町で金稼ぎすることになったのも私が彼女の……。いやカーチェが商売する気ないのに『商人として絶対大成できるわ! するよね!?』って問いに頷いたのが原因だった。
「たぶん商売もやったらやったで良い所までいけるんだろうけど……。本人のやる気が欠片もないせいで成立しないって感じなのよね。ねぇカーチェ、実際何かするとしたらどんなアイデアがあるの?」
「Zzz……」
「うわもう寝てるし。」
はぁ。まぁ彼女の親御さんからも無傷で家に帰すようお願い……、いや脅迫されてるし。とりあえず仕事だけはちゃんと熟すようにしないとね。
「さーって、王都に戻ったら何しましょうか。ようやくホームに帰れるんだし、ちょっとぐらい贅沢してストレス発散でも……。」
「あぁそうだチロさん。今の私だったら好きな甘味好きなだけ食べてもお釣り来ますよ? 食べ放題、おかわりし放題、Unlimitedです。」
「…………ほんと?」
「えぇ勿論。あぁそうだ、折角なら村で砂糖の生産でも始めましょうか。お金ありますし勝手に開拓して畑を増やしてしまいましょう。上手くいけばEverydayでおやつ食べ放題です。」
「一生ついて行きます。」
甘いものは全てに勝るのよ……!!!
(……チョロくて逆に心配になりますね。)




