王位。
突き刺さる幾つもの視線に、メリッサはぞくりと肩を震わせて後ずさろうとした。
けれども腰に回されたクロイスの腕に止められる。
(……婚約、者。私と、クロイスが?)
端正な顔を見上げると、クロイスは僅かに目を細めて笑った。
その顔にドキリとしてしまう。
(私ったら、怒ってもいいはずなのに)
たくさんのことが、メリッサの知らない内に進められている。
そのほとんど、いや、もしかしたら全てには、クロイスが絡んでいて。
まるで何もかもが実はクロイスの手のひらで転がされてきたかのような気になってしまう。
実際にいくらかはその通りなのだろうけれど。
「ただし、その養女契約は期間限定のものとし、メリッサ・ドヴァンが帝国において別の養女契約を行うさいには無条件で即座に無効とされる」
「お待ち下さい!」
遮る声に、会場の視線がメリッサを離れてほっとした。
見ると、コルトが怪訝な顔で陛下と、そしてクロイスを交互に見ると、何かに気付いたようにその顔を強ばらせた。
「……メリッサ・ドヴァンについては私の養女にすることでヘルトバルト公爵と内々に話を進めています。そうでしたね?公爵」
「……さて、そうだったか?」
しらっと視線を見返すクロイスの様子に、メリッサはしてたんだ、と思った。
けれど何故それが宰相に?
(公爵様であっても宰相様でも大した違いはないように思うけど……)
コルトの遮りが呼び水になったようにあちこちから貴族たちの訝しげなざわめきが広がり始めた。
中には「侯爵令嬢を救ったからといってそこまでする必要があるのか」という声もあって、メリッサは無意識にクロイスの服をきゅっと指で握る。
それに対して陛下が応えた台詞の数々に、メリッサはぽかんと口を間抜けに開けてしまいそうになる。
(……はい?聖女ってなに?)
ウェルダール砦の聖女。
何故かメリッサがウェルダール砦で行った主に黒いの対策に行った行動がやたらと美談として陛下の口から語られている。
(や、私のやったことって飯炊き女と小姑みたいに口を出しただけなんだけど?)
いったいあれで何故聖女なぞという話になるのか。
「……クロイス?」
「……これに関しては俺ではない」
(……これに関しては、ね)
とりあえずクロイスとは後でじっくりと話をする必要があるようだ。
そう思いながら、メリッサはひとまずは成り行きを見守ることにする。
「最後に、此度の敗戦の責任をとって、私は王位を退くこととする。ーー後任には」
陛下が言葉を切ると、王太子様が前に出た。
(……順当にいけば、まあ、そうよね?)
だけれども。
ちらと横目に見えたクロイスの妙に黒い笑みが気になった。
「……宰相であるリュシフォール侯爵に一時的に王位を譲ることにする。後に帝国から新たな統治者が送られてくる予定だ」
瞬間、怒号にも似た喧騒が場を支配した。
「……なっ?」
自らの名が宣言されることを微塵も疑ってなかったのだろう王太子が絶句している。
「……ちちう、え?」
「王太子は帝国と交渉を行う裏で隣国との勝手な交渉を内密に行っていた疑惑により王藉を廃し臣下に降下させる。ーー愚か者が、帝国に気取られていないつもりでいたか」
「お待ち下さい!その件はすでに終わっています!確かに一時期はそういった隣国からの働きがあったことは事実ですか、陛下もご存知のようにすでに断っているはずです!!そうですよね?兄上」
「黙れ!!この愚か者どもが!」
コルトが言い募るのに、陛下の怒りに満ちた怒鳴り声が会場中に響き渡った。
「貴様が勝手にやったことも全て調べがついているのだ。どいつもこいつもワシに内密で勝手な真似ばかりしおって!ワシは子育ての仕方をどれも間違っていたようだ。息子たちには王位は譲らん。それでよろしいのですな、公爵」
「ふん、まあいいだろう」
メリッサの腰を抱いたまま、クロイスはそう言って視線を蒼白になった王族たちに向ける。
「帝国が認める王位継承者はディアナ王女がこの先帝国で産み落とした子供のみ。それ以外は認めん」
「ふざけっ……!ひっ!」
腰の剣に手をかけた王太子が突然悲鳴を上げて何かを必死に振り払う仕草をする。
それはまるで伝染するように会場中に広がっていって、たちまちのうちに阿鼻叫喚となった。
「……な、に?」
突然のことにメリッサは恐怖を覚えクロイスにしがみついた。
「心配ない。少しばかり黒い悪魔に群がられる夢をどいつも見ているだけだ」
(……それって怖すぎるけど!)
想像するだに怖気が走る。
見ると無事なのは陛下と宰相、それにディアナ王女とフィリル、メリッサたちだけ。
「では俺たちはこれで失礼しよう。王女たちをお連れしろ」
クロイスが言うと、どこからともなく現れた帝国軍の軍服を着た兵士たちがフィリルとディアナ王女を会場の外へと促した。
クロイスはほんの僅かにメリッサから離れ、ディアナ王女に近づいていく。
メリッサには聞こえないよう耳許に小声で、
「王家を存続させたければせいぜい子を産めるよう媚びを売ることだ」
そう耳打ちをしてから、メリッサの元に戻り手を取って笑った。
「さあ、もうここには用はない。行こう」
その爽やかすぎる笑顔にメリッサは、やっぱりこのひとってどこか歪んでるわ。と少しだけ、この先に不安を覚えた。




