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選択。ー2

「……私が?」


決める?なにを?


あの小瓶。

あの独特の色。

毒々しい濃いオレンジ。 


センジ草の色だ。


センジ草は日の当たらない湿地帯に群生する草で、その球根の表皮を剥がすと、内側から鮮やかなオレンジの核が現れる。


それだけを潰して飲み物や食べ物に混ぜるだけでも強力な下剤の効果がある。


ただ薬として調合する場合には、それに胃や食道の粘膜を修復するナッツの葉と、毒素を出しやすくするヨウホウや炎症を緩和するココノ薬など、様々な薬草を混ぜる。


すると葉の緑や茶が混じって、もともとの鮮やかなオレンジ色がなんとも毒々しく独特な色味になる。


寄生虫を体外に除去するための虫下し。


「ああ、お前が決めろ」

「何故」


(どうして私?)


冷たい汗が背筋を流れた。

指先が冷たい。

全身から血の気が引いていくよう。


「……お前が一番の被害者だろう?」

「そんなこと……」


(……怖い)


酷い。


どうしてそんなことを言うのだろう。


(私がヘルト様のーー)


命を握るということだ。


ドクン、と心臓が大きく跳ねた。


「私……」


声が震える。

逃げ出してしまいたい。

この場から。


(いいえ、この人の前から)


膝が震えて、身体がくずおれてしまいそうだった。


「……メリッサ」


クロイス様の手がメリッサへ伸ばされて。


「い、やっ!」


頬に触れかけた手を、メリッサは振り払った。


「……ぁ」


(やめて)


どうしてそんな顔をするの?

どうしてそんな瞳をするの?


(酷いのは貴方の方なのに)


涙で歪んだクロイスの顔は、

 

(どうしてそんなにつらそうにするのよ)


ぎゅっと唇を噛むと、口の中に鉄臭い味が広がった。


震える手を握り締めると、奪うようにクロイスの手から小瓶を取り上げる。


封を開け、臭い、指先をつけて舌で舐める。


中身が間違いないと確認すると、メリッサはヘルトの側へ駆け寄った。


服が汚れるのも構わずヘルトの頭を膝の上で抱え込む。


「これを、飲んで下さい。少しずつ、ゆっくりでいいですから」

「……お、ばぇ?」


ヘルトの瞳が驚愕に見開かれ、メリッサを見つめた。


「大丈夫です。これは間違いなく寄生虫の特効薬ですから」

「……助け、で、ぐれる、のか?おれば」

「私は薬師です。目の前に患者がいて、助けられるのなら、助けます」


言いながら、一口小瓶に口をつけて飲んで見せる。


そっとヘルトの汚れた口もとをハンカチで拭いてから、小瓶を寄せた。


ゆっくり、時折咽せそうになるのを背中をさすりながら飲ませていく。


「メリッ……サ」

「なんですか?」


飲み終えたヘルトは一つ息をついて目を見上げてくる。


「その、すまなかった」


聞こえるか、聞こえないかという程の、小さな声。


「……はい。ですが、ヘルト殿下。私は貴方を本当の意味で助けたのではないかも知れません。貴方はこれから王国側に引き渡されるでしょう。もしかしたらこのまま死んでいた方が良かったと思うかも知れません。ーー貴方がしたことは、許されないことですから。大勢の人が貴方と同じ苦しみを味わっていました。貴方がしたことはその人たちから薬を、命を奪う行為です。だから、だからこのままあっさりとは死なせません」


メリッサは一旦言葉を切る。

ヘルトの瞳を見据えて、


「生きて、きちんと法の下で償って下さい。この国は法治国家でしょう?」


そう言った。


もしかしたらその先に待っているのはどのみち死なのかも知れないけれど。


「あと、私との婚約については謝らなくて結構ですわ」


メリッサはにこりと笑う。

その笑顔は引きつって無理やりなものだったけれども。


「おかげで私は自由を得ましたから。……ありがとうございます。私との婚約を破棄してくださって。おかげで貴方と結婚しないですみましたわ」

「……ふっ、貴様、ごの、俺に対し、て、いっでぐれる、な」


ヘルトは顔をくしゃくしゃに歪めて苦笑した。


「もうお会いすることはないかも知れませんわね。ご機嫌よう、ヘルト殿下」


さようなら、と最後に声を掛けて、メリッサは立ち上がった。


黙って立っていたクロイスに歩み寄る。

顔を見上げると、様々な感情が胸を焦がしてわめき散らしたくなった。


(酷い人)


私はこの人を許せるのだろうか。と思う。


確かにこの人を愛している。

でも同時にこの人がしたことを許せないとも思う。


どうしてあえてメリッサにこの状態のヘルトを会わせたのか。

何故、わざわざメリッサに選択させたのか。


(報復でもさせてくれるつもりだった?)


胸が痛くて、苦しくて。

哀しいような、苦しいような、怖いような、

ぐるぐると感情が渦巻いていて、


けれど。


一つだけ、はっきりしていることがあった。


メリッサはクロイスの前に立つと、右手を振り上げた。


思いきり、クロイスの頬へと振り抜く。

力いっぱいに振り抜いた平手打ちは、メリッサの手も真っ赤になりじんじんするほどの威力で。


「……っ」


(痛い)


手を抱えたいほどの痛み。


痛い。痛い。痛い。


「……馬鹿!このクソ男!だいキ……っ」


何故言えないのだろう。

こんなにも酷い仕打ちをされて、

人を人とも思わない真似をしたことも、わかっているのに。


(どうして私はキライだと、まだ言えないの)


ぼろぼろと涙が溢れて止まらない。

クロイスの手がメリッサの頬を拭う。

 

その手を力なく払い、メリッサはクロイスに背を向けて歩き出した。



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