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王都へ。ー3

メリッサがウェルダール砦を出るよりも少し前。


ちょうどドヴァン伯爵が邸の明け渡しを迫られる日の前日のこと。



「本当にいったいどうなっているのでしょう。ヘルト様からはご連絡はないのですか?」


テーブルの上にティーカップを下ろしながら、年嵩のメイド長が邸の女主人に尋ねていた。

 

本来なら、家人に出すものとはいえメイド長が手ずから茶を出すことは珍しい。

メイド長の仕事は他のメイドたちに指示を出したり、割り振りをすることで、自らが手を出すことはまずないからだ。


少なくともこれまでの伯爵邸ではそうだった。


けれども現在、伯爵邸にメイドは僅かに3人しかいない。


他の者は暇を出されたり自ら辞めていったり。


人がいないから、メイド長自らが行うしかないという現状だ。


「それがまだないのよ」


ほぅ、と嘆息して、伯爵夫人はカップを手にする。


「あの人もろくにどうなっているのか説明もしないで邸に帰っても来ないし」


それでいて戻ったかと思えば次々に邸の使用人を解雇し自分や娘のドレスや宝飾品を持ち出していく。


「あぁ、本当にどうなっているのかしら」


そうは言いつつも、夫人の首には大粒の宝石が嵌められたネックレスが下げられていた。


憂鬱なことが続くから、気分転換に馴染みの商人を邸に呼んで娘と二人で買い物をした。

代金は夫に後で請求するように伝えたのに商人がその場での支払いを要求してきたのも腹立たしい。

これまでそのようなことはなかったのに。


「ごめんなさいお母様。私のせいだわ」

「まあ、マリエラ何を言うの?」


浮かない顔で俯く娘に夫人は大袈裟に驚いてみせる。 


「貴女は何も悪くなんてないわ」


そう、悪いとしたら不甲斐ない夫とーー。


「いいえ。お母様も皆にも申し訳がないわ。もとはといえば私がお姉様のことをヘルト様にご相談したりしたから……」


そう言ってより俯くマリエラの様子に、慌てた様子でメイド長が椅子の脇に膝を着いてマリエラの白い手を握る。 


「お嬢様、それは違いますわ!」

「いいえ、違わないわ」


マリエラは俯いたまま首を横に振った。 


「だって、そうでしょう?私、聞いたの。国王様はお父様がお姉様を裁判にかけないで家を出したのにお怒りになって我が家から伯爵位を奪って男爵家に落とされたのだって。きちんと国の法を守らなかったからだって。そのせいできっとお父様のお仕事も上手く行かなくなったのよ。あの時、私が我が儘を言ったから……」

「そんな!お嬢様はお優しいから、あの女を訴えたくないとおっしゃったのではないですか!」

「まあ!」


とマリエラは目許を赤く腫らした顔を上げた。


「お姉様をあの女だなんて言うのはやめて!きっと、きっと私が知らぬ間にお姉様を追い詰めていたのよ。だからお姉様は」

「マリエラ……」

「お嬢様」

「ヘルト様にもご迷惑をかけて、きっと男爵家の娘では相応しくないと陛下に言われたのよ。だから何も連絡がないんだわ」



繰り広げられる茶番に、その部屋の隅で控えていた一人のメイドだけが白々とした目を向けていた。

が、他の二人ーー夫人とメイド長は感極まったように目頭を押さえている。


家令が部屋に飛び込んで来たのはその時だった。


「奥様!お嬢様!ヘルト殿下よりお手紙が!」

「まあ!」

「本当に?」


夫人とメイド長が歓喜の声を上げる。

マリエラはというとつい今の今までうなだれていたのが嘘のように素早く椅子から立ち上がると白い頬を朱色に染めて家令に駆け寄った。


震える手で手紙を受け取って一度胸に掻き抱いてから、封を開けた。


「あぁ!お母様。ヘルト様が私に王都へ来てくれと!まだ陛下への説得は少し時間がかかるけれど必ず何とかするから、私には王都のお知り合いの邸宅で待っていてほしいって!そのまま王都で正式な婚約を発表しようって!」


手紙の文字はヘルトのものとは違っている。

けれどマリエラはそんなことには気づかなかった。


横目にちらと覗いたマリエラの侍女であるメイドは気づいたけれど何も言わない。

もともと、王子であるヘルトは代筆で手紙を寄越すことも多かったし、正直ヘルトの文字になぞ興味がないから気づかないのだろう。


うっすらと侍女の唇が片側だけ上がる。

けれども、そのことにも気づくことはなく。


マリエラは喜色満面で「今すぐ支度をして!明日には馬車が寄越されるみたい!」と侍女に告げると、「ねぇ、知らないお家に私一人じゃ不安だわ。お母様もご一緒して下さるでしょう?」と母親に駆け寄っていった。


「もちろんよ」


と夫人は笑う。

その心中には今のこの邸にいるより娘と王都へ向かう方がいい暮らしができるに違いないという打算があることだろう。



その翌日の朝早く、ヘルトが寄越したという馬車に母娘二人は疑いもなく乗り込んだ。



その為、その後邸の現領主の使いが邸の明け渡しに訪れた時には、すでに邸には一部の使用人が残るのみだったという。


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