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29 帝との相対

「な、なんじゃと…。て、天より迎えが来る…と?」


「…な…なんてこと…」


気付いていなかったが、爺さんと婆さんに涙を見られていたらしくその理由を聞かれた。


どうせ近いうちに話さなければいけない事もあり正直に自分は天より来た存在であり、満月の夜に迎えが来る事を話した。


爺さんと婆さんは俺が天より来たと伝えた時にはぽやっと聞いていたのに次の満月に迎えが来ると知るなり酷い衝撃を受けていた。


あまりに突然の事なので2人は聞き終わるなり、色々と非難の言葉を口にする。

…しかし、いくらここで何かを言ったところで迎えが来る事に変わりはなく…徐々に勢いもなくなり…ついには何も言えなくなった…。


残された日数も少なく、出来れば笑顔で別れれたら良いのだろうがあまりに突然の事で誰も笑う事は出来そうにない…。



その日から、穏やかだった屋敷は悲しみの空気で満たされ屋敷全体がどんよりとしている。



「かぐや、ちょっと良いかのぉ…」


あの説明の日から、何日か過ぎて久しぶりに爺さんに声をかけられた。


お互い悲しみつつも何を言っていいのかもわからずにぎこちない日々を過ごしていた。


このまま満月になってしまうのかと切ない気持ちの中、久しぶりに声をかけられた。


「…お爺さん…。…もちろん大丈夫です」


俺は少し必死に頷きつつ爺さんの方へと寄っていく。


爺さんはそれを見て少し笑う。


「…実はな…帝より、兵を派遣してくださる事となったのじゃ」


「…兵…?」


「そうじゃ。…帝が今回の事をお知りになり協力してくださる事となった…」


「…帝が…」


「…そうじゃ。だから、安心すると良いぞ。

…たとえ迎えが来ようともかぐやは渡さぬ…」


あぁ、たしか…屋敷を兵士が守ってくれるが月の者には敵わずカグヤ姫は月へと帰っていったんだな…。


「…お爺さん、それは…」


「大丈夫じゃ、帝の采配なのじゃ。…たとえ天人が相手とて負けるはずがない」


「…」


爺さんだって無理な事にはうすうす気付いてると思う…。


しかし、たとえ無理だと気付いていてもそのまま待つ事も出来ないのだろう…。


希望があるのならそれに縋りたい…そんな爺さんに“無理だから止めろ”と、言う事は出来なかった…。


その日から、爺さん婆さんは宮廷と屋敷を行ったり来たりしながらバタバタと過ごし、俺は夜になると縁側に出て満ちていく月を見ながら減っていく時間をお姫様と話をして過ごした。



そして、いよいよ今夜が満月の日となった。



朝からたくさんの兵士が屋敷を囲い、おれは1番奥の自分の部屋にて待機させられている。


勿論部屋の外にも警護の兵が配備されている。


物々しい兵士達は屋根の上にも登り守るために入念に打ち合わせを行なっているようだ。





夕方になり、辺りが暗くなった頃に帝も屋敷へと到着したようだ。


既に兵士達は臨戦体制となり屋敷中がピリピリとしている。


そんな中、1人奥の部屋に居た俺の元へと帝がやって来た。


「…姫」


…今回は前回と違い来る事を知っていた為、慌てる事はない。


帝は側付きの者を下がらせると俺へと話しかける。


「…まさか、突然このような事になるとは…」


帝は前に見た時よりも少し疲れたような、やつれたような様子に見える。


「…そなたに入内を断られ…その傷も癒えぬ内にこのような事態になるとは…」


…あ、忘れてた。…そういえば、こいつの求婚断ったんだったな…。


なんとなく気不味くなり視線を伏せる。


「…なぜ」


帝はこちらをじっと見つめたまま言葉を紡ぐ。


「なぜ、断った?」


「…?」


強い声音に顔をあげるとじっとこちらを見つめる帝がいる。


「…私の何が不満なのだ…?

…貴方を育てた方達にも冠位をさずけるし、この世では一番の地位も権力も持っている…貴方の事もこんなにも想っているのに…なのに…一体何が気に入らないのだ…!」


……


……性別…


…そして顔も体格も良いくせにそんなに色々な物を持ってる事自体が腹立たしいし…


…一途なところも嫌味だ…


…コイツに関してはすべてが気に入らない…


…とは流石に思っても言えないし…あくまで俺の意見であってお姫様の意見でもない…。


『この者…』


お姫様は何か考えているようだ。


…いや、今更あいつと結婚するとか言っても無理だからな。



じっと俺の言葉を待つ帝。



「…お…わたしの何が良いのですか…?」


「全てです…美しい貴方を見てから私は貴方しか見えません」


「…」


「…ずっと…ずっと貴方に…愛を知らない貴方に愛を教えたいと思っていました…」


切ない声で訴える内容に俺は疑問符が浮かぶ。


コイツ何言ってんだ…?


『……この者…』


お姫様が何かに気がついたようだが…


『…初めて見た時から似ているなとは思っていたのですが…多分、天界にて密通を訴えた元求婚者です』


は?


密通を訴えた…求婚者…ってお姫様が誘惑した…?



「…おまえ…天界の…?」


帝は俺の戸惑った様子にもお構いなしで話を続ける。


「貴方は誰も愛してはいなかった…

ただ一番都合の良い相手を選んだという事はわかっていました…」


…いやいやいや、…え?


「…天界では無理でも下界ならば貴方と結ばれる事が出来るはず!

ここでなら、私は一番の権力を持っています!」


「…」


「この世界でなら…貴方は私を選ぶはずでしょう?」



…いや、そもそも中身が違うから。


それにしても…これはどうしたものか…。


『…何故でしょう。…前は感じなかったのに…今はとてつもなく不快な気持ちになります』


お姫様がこれっぽっちも心動かされていない事が可笑しくて思わず苦笑してしまう。


じっとりとこちらを見つめる帝を見つめ返し、大きく息を吸い…そして吐き出した。




「…わたしは、愛を知りました」


俺の発言に帝の顔が固まる。


「…愛を知ったので、教えて貰う必要はなくなりました」


俺とお姫様の区別も付いてないやつにわざわざその事を教えてやるつもりはない。


俺は心が狭いのだ。


帝が呆然としていると急に外から眩いばかりの光が差し込んだ。


『…迎えが来たようですね…』


「…迎えが…」


迎えがとうとう来たのか…。


帝もハッと我に帰り外へと視線を向けた後、こちらを泣きそうな顔でチラリと見ると外へと去っていく。


外からはバタバタと騒がしく慌てる声が聞こえたが、不思議な事に時間が経つごとに徐々に静まり返っていった。





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