21 魂離る(玉離る)-たまさかる-
石作皇子の件が落ち着いた頃、車持皇子も帰京の準備をし始めた。
蓬莱の玉の枝もそろそろ完成は近い。
最高品質の素材と職人達の技術の結晶が混ざり合い蓬莱の玉の枝は素晴らしい作品へ仕上がりつつある。
繋ぎ目等も見えず、いかにも植物らしい曲線と柔らかい生を感じさせる枝木や葉、そして瑞々しく輝く大きな真珠の玉は正に本物にしか見えない。
何も知らずにこの蓬莱の玉の枝を見たならば信じてしまうこと間違いない。
そして、車持皇子が側近と共に書いた冒険譚も無事終わりが見えたようだ。
-「やはり、結末は美しい姫と富と名声を手に入れて終わるのが一番良いな」-
と話している言葉が聞こえ、何故だか背筋が一瞬寒く感じた。
あくまで創作物の結末の話であるはずなのに。
数日後、車持皇子は出港の時のメンバーで再び船に乗り、帰路へと旅立った。
拠点にて仕えていた者達も役目を終えた為、せっせと帰京の準備を進めている。
職人達だけがそのまま何の支持もなく放置されている。
いやいや、今回一番の功労者だろ。
気の毒だったので、無事に都へと帰って来れるように貴人の方に馬を手配して貰った。
さすが、宮中に仕える者は職人でも馬に乗れるらしく結果的に車持皇子達よりも早く帰って来れたようだ。
-「旅に出ていた彼の方がお戻りなられた!誰か家人へ報告を!」-
予想していた日から2~3日遅れて車持皇子御一行の船が港へと到着した。
ずっと前に旅立って、そろそろ忘れさられつつあった船が戻って来た事で港は軽く騒ぎになっている。
船が港につけられ、下船する頃には周りからとてつもなく注目を集めていた。
皆草臥れた様子で船から降り、帰港出来た事を喜んでいる。
その姿は演技に見えない。
…きっと、また船酔いで途中途中に寄り道され、苛立ちをぶつけられ、予定通りに進む事も出来ずに短い筈の船旅が倍以上になってしまった為に本当に疲れているのだろう…。
車持皇子本人も船酔いの為かゲッソリとして顔色が悪く、それが過酷な旅の信憑性を増している。
-「き、貴重な花を手に入れたぞ…」-
演技ではなくフラつきつつ港に居る者達へとアピールする車持皇子。
無理矢理作った引き攣った笑顔でみんなに向かって話すが、声に元気さも爽やかさもない。
しかし今はそれが皆からの同情を誘い、逆に好意的に捉えられている。
-「…い、今まで、見た事もない花を…手に入れた」-
力を振り絞って精一杯な声でそう言うと蓬莱の玉の枝をみんなに掲げてみせる。
-「…!おい、すごいぞ」-
-「あれ、本物か?」-
-「…なんだ、あれ?」-
-「…花?…植物か?」-
美しい蓬莱の玉の枝に周りが騒がしくなってきたところでサッと片付け、側近に支えられながら去っていく。
演出としては素晴らしい出来だったと思う。
集まっていた聴衆はすっかり本物だと信じているようだ。
『小賢しい真似を…』
お姫様は職人達に対しての扱いが悪い事でずっと不機嫌だった。
そんな中でみんなが奴を讃えている様子が更に気に入らないようだ。
「まぁまぁ、どうせすぐに偽物だってバレるだろうし…今くらいは良い気分を味わせてやろうぜ…」
…
…なんかセリフが小物っぽいな、俺…。
自分の小物感は置いておき、ひとまずお姫様を宥めて屋敷へと帰る。
その内あっちからやってくる筈なので迎える準備をしておこう。
車持皇子は港の近くで一泊してから都へと帰って来たようだが、翌日自分の屋敷へと帰る事もなく我が家へとやって来た。
車持皇子が船で帰った事は既に噂になっている。
「かぐや、何と車持皇子殿が蓬莱の玉の枝を持って帰ってそのまま我が家にいらしたのじゃ!」
何やら騒がしいと思っていたら、大興奮の爺さんが細長い櫃を持って部屋にやって来た。
俺はダラダラと横になっていた姿勢を直して座り直す。
手に抱えた櫃を俺に渡すので受け取って蓋を開ける。
そこには職人達の汗と涙の結晶である蓬莱の玉の枝。
「これは…すごい…」
思わず声がもれた。
見事な迄の職人技。別に目利きでもなんでもないが、その細密さと美しさは素人でも思わず感嘆してしまう程の出来だ。
『これは素晴らしいですね』
お姫様からも含みのない素直な賛辞の言葉が聞こえる。
感嘆する俺の様子を見て爺さんは何を勘違いしたのか嬉しそうにしている。
「良かったのぉ。なんと、旅から戻ってそのままここに来られたそうじゃ。」
ニコニコしたまま懐から手紙を差し出す。
「一緒にこちらも預かったのじゃ。」
「…アリガトウゴザイマス」
引き攣った笑顔で手紙を受け取る。
そっと開くと中には読めない文字。
『…命を懸けて採ってきたと書いてありますね、図々しいこと…』
命を懸ける程に頑張っていたのは、むしろ職人達だろう…
遠い目をしている俺を見て何を思ったのか爺さんはいそいそと俺の手を引いて車持皇子の元へと案内しようとする。
「かぐやも驚くほどの物を命を懸けて持ってくるとはなんとも素晴らしい事じゃ。
車持皇子殿には、あちらの部屋に上がって頂いておるからのぉ」
爺さんは俺を車持皇子の元へと連れて行きたいようだが、優しく爺さんの手を外し脇息に肘を乗せて頬杖をつく。
こいつ思ったよりも行動が早いな…本当ならばもう少し揃えて迎えたかったのだが…仕方がない。
「お爺さん、何か失礼があってはいけませんので貴人の方にお声をかけましょう。」
ひとまず貴人の方を収集しよう。
「…それと、車持皇子殿のお屋敷にもこちらにいらしている旨を一応お知らせした方が良いのではないですか?」
まだ屋敷に帰っていないのなら、既に帰って来ている職人達にも会っていない筈だ。
内密の依頼だった為、職人達はきっと報酬を受け取っていないだろう。
アイツの屋敷に知らせれば、職人達も直接本人へと確認するためにこちらに向かうかもしれない。
「おぉ、確かにその通りじゃな…」
「誰かに使いを頼みましょう」
そして、爺さんはぜひ時間稼ぎの為にも車持皇子のお相手をお願いしたい。
「どうやって…この素晴らしい蓬莱の玉の枝を手に入れたのか聞きたいですね」
「おぉ、そうじゃのぉ。ぜひ聞かせて頂こう」
素直な爺さんは子供のようにウキウキとしている。
こんな純粋な爺さんに一体どんな作り話をしてくれるのだろうか。
俺はある意味、挑むような気持ちで車持皇子の元へと向かうことにした。
『その話…わざわざ聞く必要ありますか…?』




