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眠れる森の悪魔  作者: 鹿条シキ
第四章 事業

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敵は身内に有り


 セルジオに呼ばれ執務室を訪れると、既にディディエが書類を眺めながらお茶を飲んでいた。


「おはようございます、お兄様。本日学院に戻る予定では?」

「おはよう、シェリエル。午後に移動予定だからその前にシェリエルにも相談しようと思ってさ」


 長椅子に腰掛け、用意された紅茶を一口飲むと、セルジオも揃ってテーブルを囲んだ。普段とは違う堅い空気に、自然と背筋が伸びる。


「闇オークションでこれまで売られた奴隷の進捗だよ。まず、平民の富裕層に買われた奴隷たちは昨日の三名が最後だった。取引されたのは計百三十二名。内三十名死亡。移住を望まない者が七名。昨日の三人も含む残りの八十九名が北部で療養中だね。平民の奴隷となっていた者はだいたいが過酷な労働を強いられてたから、上手く治療できればクレイラでも使えると思うよ」


 一年半かかったが、やっと全員横取り出来たようだ。誘いに乗らなかった七名は愛人や使用人として何不自由ない生活が出来ているらしく、そこは本人の意向を尊重する形となった。

 わたしたちまで彼らの意向を無視しては、グレーゾーンだった略奪が真っ黒になってしまう。

 

「あとは、これから貴族に買われた奴隷たちを奪う予定だけど、ちょっと微妙な案件が二、三あるんだよね」

「貴族側は一気にやるのですよね? その微妙な案件とは?」

「一件は死体を盗ませてるんだけど、裏に何かありそうだからそこらへんも調べてからかな」


 え、死体? どう考えてもロクなことをしていなさそうよね。

 ディディエはベリアルド家で処理しきれない後ろ盾があった場合を警戒していた。


「もう一件は完全に隠されてて奴隷たちと接触が出来ない。囲っているのは確実なんだけど、一切外に出た形跡がないんだよね。しかもこいつは二番目に購入数が多くて平民奴隷十二名、貴族奴隷三名を所有してる。本人がやり手だから手詰まりって感じ」

「全員無事だと良いですけど」


 購入者は他国との貿易を代々の家業とする伯爵家の次男らしい。まだ二十台前半と年若く結婚はまだだが周囲の評判はかなり良い。それもあってなかなか調査が進まないと珍しく音を上げている。


「あとは全部調べは付いたよ。子どもを性奴隷にしてる奴と、平民狩りの管理や処理をさせてる奴。あと、魔獣と戦わせて観戦料取ってる奴に、貴族に娼婦として貸し出してる奴もいるね」

「全員殺しましょう」

「ふふ、まあ予想はした分ここら辺は調べやすかったよ」


 たしかに、闇オークションで買った足のつかない奴隷をどう使うか予想はしていた。しかし、その安直な悪行をすべて網羅しているとは…… 人間の考える悪いことなど、どの世界でも決まっているのだろうか。

 ……たぶん、悪いことだと思う。悪いことよね? 今は前世の倫理観と自分がやられたら嫌かどうかでしか判断できないが、わたしも売られるまではそういう人に買われないように祈っていた。


「全員と接触出来たのですか? 移住を望んでいるのですよね?」

「うん、最初の二件以外はね。それで、買い主たちをどう処理しようかなって相談だよ。奴隷の横取りだけで終わらせるか、そいつらの楽しみごと奪うか、シェリエルの言う通り殺しちゃうか」

「王国騎士団に捕まえてもらうことは出来ないのですか? 法的にも罰せられる行為ですもの」

「それでも良いけど僕らの旨味が少ないんだ。金と後ろ盾があれば揉み消すことも出来るしさ。逆恨みで面倒なことになるくらいならサクッと禍根は断ちたいよね」


 ここでわたしは大きな溜息を吐いた。

 心情的には死んで貰って良いのだけど、そうすると後処理が面倒になりこちらに何の利益も無い。ただ報いを受けさせ今後同じようなことをしないという保証が手に入るだけだ。

 しかし、生かしておけば証拠を握られた貴族たちはベリアルドに逆らうことが出来なくなる。隷属契約をせずとも、使い捨ての手足となる。

 ディディエの言う旨味とは、脱法奴隷と悪行の証拠をネタに彼らを絶対服従の駒にすることだろう。


「証拠はすべて揃っているのですよね? それで今後絶対に同じような行為が出来ないようにしてください」

「じゃあ生かすってこと? 隷属契約でもさせる?」

「そんな汚れた手足はいりません。手駒にする価値もないです。ただ女の子に酷いことをした者には反省と後悔はしてほしいので…… お兄様が遊んでさしあげたらいかがです?」

「アハハっ! いいの? それで僕のこと嫌いになったりしない?」

「ええ、自業自得ですもの。自分のしたことが返るだけだと思えば、同情のしようがありませんよ」


 ディディエはパァっと頬を綻ばせ、これまで夢想してきた何かを一気に脳内で並べ立てているようにふわふわと宙を眺めた。

 そして、ピシリと固まったあと、引き攣った笑顔でわたしを見つめる。


「待って、それって僕に何が返ってきても、シェリエルは同情してくれないってこと?」

「え、当たり前ではないですか。同情など必要あります? だから日々悪いことはしないようにと言っているでしょう?」

「まぁ、たしかに同情なんかされても仕方ないしね。でもこれって悪いことじゃないよね? 悪い奴に悪いことするのって僕も悪いことになるのかな?」


 さて、どうだろう…… 自分が正義だと思っていても誰かにとっては悪である。彼らからしたらベリアルドはまさに悪だ。

 そもそもわたしたちはこの行為が正義だと思っていない。奴隷たちに頼まれたわけでもなく、他領のことに勝手に首を突っ込んでここより良い場所があると(そそのか)し、労働力を手に入れようとしているだけだ。そんなわたしたちに、他領の貴族を裁く権利などなかった。


「今回はわたしの我儘でもあるので、お兄様の業も半分は引き受けましょう。お父様もそれで良いですか?」

「何の話でしたっけ? 僕の出番あります?」


 あ、この人また話聞いて無かったな。相変わらず細かいことは気にしない主義らしい。


「これから脱法奴隷を購入した者たちをお兄様が玩具にしますが、構いませんか? 後で面倒なことになったら後処理お願いしますね?」

「ああ、はい、お好きにどうぞ。僕しばらく家を空けるのでそれまでに片付けておいて貰えると助かります」

「あ…… 本当に戦争が始まるのですね」


 先日ディディエから聞いていたが、詳しいことはまだ知らされていなかった。


「ついでなので話しておきましょうか」


 セルジオはそう言って大きな地図を広げた。大陸の端に位置するオラステリア王国には三つの国が隣接している。そのうちの一つ、タリアという国が今回の相手らしい。


「タリアとは実はそんなに仲は悪くないんですよね。商人が行き交うくらいですし、昔領土争いをして今は不可侵を結んでるんですよ。それなのに数年前からやけに国境あたりで小競り合いが頻発していて、おかしいなと思ってたんです」


 タリアというのは以前、ディオールに血液パックを勧めてきた詐欺商人がいた国だ。その件を調べる中でも不穏な空気はあったようだが、まさか戦争を仕掛けて来るとは思わなかったらしい。

 それが今年に入って本格的に戦争の準備をしている気配があり、つい先月宣戦布告があったそうだ。


「戦争ってわざわざ事前に知らせるんですね」

「侵略でも何でも一応は理由を付けて告知しないと、他の国が口出ししてくるんですよ」

「それで今回の戦争理由は?」


 セルジオは「何でしたっけ?」とディディエに助けを求めた。理由ぐらい把握しておいて欲しい。


「オラステリアが魔力の核を独占しているとか何とかだったはずだよ。意味不明だよね、たぶん悪魔の森のことを言ってるんだと思うけど」

「そうでした、そうでした! 悪魔の森は魔力の源泉みたいなものですから、自然と土地も人間も魔力が多くなるのは知っているでしょう? それをなぜか、魔素が他国へ漏れないよう結界を張って独占してる、というような主張をして来て、さっぱり理解出来ずに忘れていました」


 ほう…… よく分からないが、イチャモン付けて戦争をしようということか。

 魔素が濃い分、魔獣や穢れの害も大きいのだから、他国に漏れないよう結界を張っているなら、感謝されてもいいくらいだ。それに大陸には他にも魔力の核らしき土地がある。

 あの夢でセルジオは戦争で死んだはずだった。今年ディディエは成人したので、まったく違う未来になっているのか数年の誤差になっているのか分からない。もし夢の通りならもっと早く戦争があったはずで…… 

 ん? なんか嫌な予感がするな?


「少々お待ちいただけます?」


 首を傾げる二人を放置し、わたしは急いで左耳のピアスに魔力を込め、ユリウスに通信を繋いだ。


「(先生、もしかしてタリアに変な事吹き込みませんでした? 数年前です)」

「(なんだい、突然。タリア…… ああ、そういえば種を蒔いたことがあったね。あれから世話をしてなかったけれど、どうかしたかい?)」


 あー、これは黒だ。黒です。黒いのは髪だけにして欲しい。


「(何やってるんですか! ちょっとこっちまで来てください! 今すぐ!)」


 ……信じられない。まさかお父様の死にも関わっていたなんて。

 普通ならば戦で死ぬような人じゃないとしても、ディオールが死んだあとなら狂っていてもおかしくない。

 何が種だ! イライラと膝が揺れ、思わず舌打ちしそうになる。あの教師、本当に厄介!

 数分で執務室の扉が開かれ、とぼけた顔のユリウスが入って来た。


「あれ、ユリウスどうしたの?」

「シェリエルに呼ばれたんだが、何かあったのか?」

「何かあったのかじゃあないんですよ。タリアとの戦争に火種をぶち込んだのは先生でしょう? どうするつもりです!」

「おや、シェリエル言葉が乱れているよ」


 この男、いけしゃあしゃと。どうしてこう人の感情を逆撫でするのが上手いんだろう。感情には疎い癖にねぇ!


「ん? ああ、ユリウスが裏で動いてたってこと? なんで僕も誘ってくれなかったのさ」

「お兄様…… 自国の戦ですよ…… どれほどの被害が出るのか考えてください」

「え、でも向こうから仕掛けて来るんだから勝てば物凄く利益になるよ。タリアは財力あるしね。それに不可侵だったのが属国に出来るじゃん」

「でも…… 兵がたくさん死にますよ?」

「それは仕方ないんじゃない? 戦に参加する者はそこで武功を立てて出世するために従軍するんだし、騎士だって国の利益のために命をかけるのは当たり前だよ」


 あれ? そういうもの? 如何にも一般常識という風に言われるので自信が無くなってきた。

 タリアは貴族の魔力が低いこともあり、平民が準貴族の特権を得ることが出来るらしい。その一番の近道が戦で武功を上げることだという。けれど、それに巻き込まれたオラステリアの兵は良い迷惑だろう。

 ……勝てば利益になるのかぁ。うーん、何となく戦争はいけないことだと思っているのだけど、この世界の常識にはそぐわないのかな?


「本当はタリアが善戦するよう少々細工をするつもりだったのだけど、目的が果たされたから放置していたんだ。どちらにせよオラステリアが勝つのは確実だから構わないだろう?」

「構いますよ…… 出世のためと言っても結局オラステリアが勝つのであればタリアの兵は出世出来ないじゃないですか」

「敵国の兵だよ? そういう自分の欲のため戦争をするのだから、それは彼らの責任だろうという話だよ」


 さっきから命の話ばかりで気が滅入る。しかもこれは数十人ではなく、数万人の話だ。


「それでも! 本来する必要のなかった戦争でしょう? 頭の悪い国が喧嘩を売って来たら応戦すれば良いと思いますが、そう仕向けたのがユリウス先生なら責任は先生にあります。ちゃんと後始末してください。これ以上グダグダ言ったらまた怒りますよ」

「もう怒ってるじゃないか」

「まだ冷静です」


 ユリウスは面倒くさそうに「仕方ないな……」と呟き、少ししてハッと目を見開きもう一度わたしを見た。


「シェリエル、私に成人祝いをくれると言ったね? それを今使おうかな。後始末の免除を……」

「ダメです。先生はもう大人でしょう? 自分のしたことを子どもに擦り付けて恥ずかしくないのですか?」

「以前子ども扱いをして怒らせたから、失敗から学んだつもりだったのだけどね…… ではどう解決するのがお望みかな? 私が一人でタリア軍を滅ぼせば良いのかい?」


 はぁ〜、本当にダメ。どうして? 話聞いてた? 先生、めちゃくちゃ頭良いはずなのに、どうしてこういうとこはポンコツなの……


「戦争をやめさせてください」

「それは無理だよ。もう国と国で開戦が予定されているんだ。私がこの国の王だったとしても止められない」

「では、開戦即両軍死傷者ゼロで終戦させてください」

「ふむ…… やり方は問わないと?」

「あー、もう! わたしも考えますから!」


 倫理観が底辺のユリウスに任せると余計に事態が悪化しそうだ。ベリアルドに助力を求めた者の話を思い出し、ユリウスの方がよっぽど悪魔らしいと頭を抱える。


「待ってください! もしかして、僕の戦場が無くなるってことです!? 困ります!」

「困りません!」


 聞き分けのない子どものように食い下がるセルジオを睨み付ると、すぐにシュンと肩を落とした。


「どこで間違ってしまったのでしょう…… 本当ならシェリエルは今ごろ戦に出たくてウズウズしている筈だったのに……」

「教育方針が間違っているのでは?」

「酷いッ! ユリウス、また今度別の戦を……」


 戦狂いの父親を殴り付けたい気持ちで、わたしはユリウスに「今後、無闇に戦争を起こさない」と三回復唱させきっちり約束させた。わたしの教師でいる間は最低限守ってもらう。


 結局、ディディエが奴隷横取り作戦を遂行する間、わたしとユリウスは死傷者ゼロの終戦計画を立て、戦争終結後にセルジオがディディエの手伝いをすることになった。

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