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眠れる森の悪魔  作者: 鹿条シキ
第四章 事業

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贈り物


「え、何です、コレ?」


 ディディエの手首を掴んだまま、ギギギと首を捻ると、食堂には見知った顔が勢揃いしていた。セルジオやディオール、それに北部にいるはずのヘルメスやクレイラの貴族までいる。


「それはこちらの台詞ですけど?」


 呆れたようなセルジオの声に、パッと手を離し慌てて姿勢を正した。

 大きな長テーブルは撤去され、花で飾り立てられた丸テーブルに料理や果物が盛り付けられている。まるで立食パーティーのようだ。


「あれ? サロンのお披露目パーティーは明日じゃ……」

「ふふ、驚いた? 今日はシェリエルの生誕祭だよ」


 ディディエは剣を魔法空間に放り込み、代わりにわたしの手を取った。軽く曲げたディディエの腕に乗せられ、そのままエスコートされる形で食堂へ入る。


「え、だって、次の生誕祝いは来年…… 」


 貴族の生誕祝いは大きなお茶会を開いたりと大変豪勢だが、節目の年にしかお祝いをしない。七歳の洗礼祝いから始まり、十歳、学院入学の十三歳、成人である十六歳、あとは学院卒業の十八歳と、それぞれ意味のある年に宴を開くのだ。

 毎年の誕生日は、家族で祝いの言葉を掛け合うくらいなので、生誕祝いなどまったく予想していなかった。


「内輪だけの食事会ですよ。一応、明日の前祝いも兼ねてますけどね」


 セルジオは軽く片目を瞑り、良い笑顔で迎え入れてくれた。


「あの、屋敷に人の気配が無かったのは……」

「シェリエルを驚かせようと思って、ユリウスに防音と探知阻害の結界を張ってもらったんです。準備でバレるとつまらないでしょう?」


 奥の方に艶やかな長い黒髪と、煌めく金髪のおかっぱ頭が見えた。なるほど、先生たちもいたのか。というか、あれほど施設を魔術の無駄遣いと言ってたくせに、サプライズのために結界まで張るなんて…… これほど無駄な使い方ある?


「あ、ありがとうございます。驚きました」

「んふふ、そうでしょう、そうでしょう? 事業に関する会議もあるのでクレイラの者も呼んだんです。ついでに父上もね」


 そわそわしているヘルメスの方へと背中を押され、混乱する頭のまま歩いていく。


「シェリエル、一日早いが誕生日おめでとう」

「ありがとうございます、お爺様。子どもたちの治療もありがとうございました。夏に遊びに行けなかったので色々お話聞かせてください」


 忙しかったというのは半分言い訳で、長旅となるとなかなか踏ん切りが付かなかったのだ。

 前世でも出不精を拗らせて引きこもっていたわたしは旅行に向いてない。転移陣、残しておいてくれれば良かったのに。


「また少し背が伸びたな。後でゆっくり話をしよう、さあ皆に挨拶を」


 ヘルメスと話している間にグラスが配られたようで、なぜか乾杯の挨拶を任された。用意された台に登ると、見知った顔がたくさん見える。

 無礼講ということで、それぞれの補佐官やサラにカイルもグラスを持っていた。


「皆さま、今宵はわたくしのためにこのような素敵な会をありがとうございます。明日も宴があるのでお酒はほどほどに……」


 グラスを掲げ、短い挨拶を終えると、口々に祝いの言葉をかけてくれる。

 メアリやサラたちと一緒に食事をするのは初めてかもしれない。出来れば来年の生誕祭もこういう会がいいな…… そうも言ってられないのだけど。



「ユリウス先生、大丈夫ですか?」


 食堂の隅でユリウスとオウェンスが静かに酒を飲んでいた。ガルドは別のテーブルでリヒトの皿にお肉を山盛りにしているようだ。


「問題ないよ。シェリエル、誕生日おめでとう」

「ありがとうございます。先生は賑やかなのが苦手なのかと思っていました」


 ユリウスは返事の代わりに小さな木箱をオウェンスから受け取ると、そのままわたしに差し出した。反射的に受け取ってしまったけれど、わたしにってことでいいのよね?


「祝いの品というほどでもないけれど、ついでだからね」

「開けてもいいですか?」

「もちろん」


 わたしの両手に収まるくらいの薄い木箱をそっと開ける。


「宝石…… いえ、魔法石、ですか?」


 箱の中で華奢な白金の鎖が円を描いていた。鎖にはダイヤのような輝く無色の魔法石が一粒垂れ下がっている。大きさ的にブレスレットのようだ。

 そして、その中央にはブレスレットとは別に小粒の魔法石がはまっていた。

 落とさないように慎重に摘み上げると、裏にはパールのように偏光する白い針と、留め具が付いている。

 ……ピアスだ! でもなぜ一粒? 普通二つで一セットでは? いやいや、そんなことよりも! 白金に魔法石、しかもアクセサリーって…… わたしまだ八歳、いや九歳ですが! 前世でも男性からアクセサリーなんて貰ったことないのに…… これが貴族? 貴族の常識なの?


「君の属性の魔法石だよ。腕輪と耳飾りだが、穴はあるか?」

「すぐに開けます! ッではなくて! こ、これはどういう……? 魔法石だなんて、本当にいただいて良いのですか?」

「実験用だよ。腕輪は周りの目を誤魔化す為にも持っておいた方がいい。無詠唱で杖を出しても魔導具だと勘違いしてくれるからね」


 あ、なるほど。そうですよね。実験ですか…… 腕輪は貴族ならみんな付けてるしね。

 腕輪は教師や親が贈るらしいので、ユリウスからの贈り物でもおかしくない。と、思う。本当に?

 妙な焦りを誤魔化すように、ユリウスの手首に視線を向ける。


「先生は腕輪をしてませんよね?」

「わたしは人前で魔法を使うことが無かったからね。必要があればそのうち作るよ」

「全属性の魔法石なんてあったんですね」


 全という属性は世の中的には存在しない。魔法石であってもそれは同じことのはずだった。


「この石は無属性とされているんだよ。他の魔法石と違い、どの属性の魔力を込めても全ての魔術に使える。とても便利な石だがそれは本来の使い方じゃない。全である私たちが使えば、他の魔法石と同じように、自身の魔力を増幅してくれるんだ」

「それってかなり希少なんじゃ……」


 本来、魔鉱石や魔法石は使用者の魔力を石が持つ属性に塗り替える。自身が水属性であっても、火の魔法石に魔力を込めれば、火の魔術を使えるようになるのだ。逆に言えば、水の魔法石は水の魔術にしか使えない。

 石が全ての属性に勝手に変換してくれるとなれば、その価値は考えるだけでも恐ろしい。

 

「そうだね、今知られている鉱物で最も希少価値が高いと言える。壊さないようにね?」


 あれ? やっぱりちょっとやり過ぎでは? こんな高価なものもらっていいの? そもそも値段付けられるの?


「……本当に良いのですか?」

「空間の陣は付与していないから、好きに使うといい。とりあえず、魔力を込めてみてくれないか?」


 ユリウスは涼しい顔をしてわたしにブレスレットを握らせた。

 言われた通り魔力を込めると、スルスルと石に吸われて行く。「容量を超えると石が割れるから気をつけなさい」というユリウスの声に、一瞬で魔力の放出を止めたが、そういうことは先に言って欲しい。


「使うときはどうすればいいのですか?」

「魔法石を経由するように意識するんだ。付けてみれば分かるよ」


 ユリウスはわたしの手のひらからブレスレットを取ると、そっと右手首に付けてくれた。

 少し遊びのある鎖がシャラリと揺れ、煌めく石がその軌道に沿って落ちて行く。

 なんだが少し恥ずかしい。

 短杖と違い肌から少し離れているけれど、石を包んでいた魔力が糸を引くように道を作ってくれている。

 この場で使える魔法だと、氷が良さそうだ。ちょうど小さなカケラが出来るくらいの魔力しか入れてないので、グラスに入り切るだろう。

 魔力が手首から魔法石を伝い、指先へと流れるよう意識すれば、チリチリと皮膚の騒めきを感じ始める。


「……わっ! ちょっ!」


 ヤバい! と思った瞬間、指先をユリウスに向ければ、大人の拳ほどある氷を上手くキャッチしてくれた。危なかった……


「ああ、元々石が持つ魔力もあるからね。操作は少しコツがいるかもしれない」

「先に言ってください…… 親指くらいの氷を出すつもりだったのにこんな大きな塊になるなんて…… でも、本当にすごいですね。これなら洗礼の儀も一人で出来るのでは?」

「容量があると言っただろう? この大きさなら精々中級程度の魔力しか込められないよ。それ以上無理に溜めたり流したりすると石が割れる。魔力の泉源と同じだと思いなさい」


 そう考えると、貴族の身体ってすごい。……あ、だから石化するのか。石化の兆候がないまま二年過ごしたことで、すっかり忘れていた。


「陣を付与するかは少し考えてみますね。それで、こちらの耳飾りは?」

「個人の印となる仮の座標のようなものを付与してある。以前、君に奴隷紋の解析をしてもらっただろう? それを応用して、この耳飾りに刻んだ紋を保存しておけば、いつでも座標を繋げるようにしたんだ」


 電話番号みたいなものだろうか。たしかに、以前隷属の儀式と奴隷紋を解析したけれど…… ユリウスは一部の神語しか読めないはずなのに新しい魔法陣を作り出すなんて本当に驚いた。


「すごいです! 先生もお持ちなのですか? これでいつでも連絡が取れますね」


 ユリウスが髪を耳にかけ、すこしこちらに首を傾けると、左の耳たぶには小さな黒い丸石が飾られていた。小さくて分かりづらいが、角度によって微かに七色に輝いている。


「範囲は限られるようだけどね。それも含め、後日実験してみたい。使い方はまた今度ね」


 わたしは自己治癒力が高いため、普通の針ではピアス穴が開かないらしいので、次の機会にユリウスが開けてくれることになった。


「こちらの魔導具、オウェンス様にこそ必要なのでは?」

「ああ、オウェンスは魔術の才が無いから別のものを渡しているよ」


 後ろで控えていたオウェンスはすでに食事を再開していた。「んんッ!」と急いで口の中を飲み込み、ハンカチで口元を拭くと澄ました顔でユリウスの隣に並ぶ。


「失礼しました。通信の魔導具改のお話ですか?」

「……改?」


 オウェンスが左手をスッと前に出すと、トップが平らな台のようになったゴールドの指輪が、小指にしっくり馴染んでいた。

 一瞬、小さく魔法陣が発光したのはオウェンスが魔力を通したからだろう。


「こちらで通信が?」

「はい。私はユリウス様のように無詠唱や自己次元の中で魔術を扱えないので、通信の魔導具を改良したものを作っていただいたのです。こちらにユリウス様から連絡が入れば、こうして直接耳に付けることで声が聞こえるのですよ」


 手のひらを耳に当てる姿は、その佇まいからもインカムで指示を受けるSPのようだ。耳に直接当てることで、座標が繋がっている間だけ、念話のようにユリウスに思考を送ることが出来るらしい。

 きっと、ユリウスのギフトである感覚共有を魔法陣に起こし、そちらを付与したのだろう。


「先生がここまで複雑な改良が出来るようになっていたなんて知りませんでした。……わたしも一緒に研究したかったです」

「少し手を加える程度だよ。君は事業の準備に忙しそうだったからね。次はまた君に頼むよ」


 ユリウスの手がポンポンと優しくわたしの頭に置かれる。また子ども扱いして……

 無意識に尖らせていた唇を横に引くが、クスクスと隣のオウェンスに笑われてしまった。


「先生のお誕生日はいつですか? わたしも何か贈り物…… 先生、もしかして去年成人されました!?」

「うん?  成人は去年の初めごろだね」


 なんてこと……! 出会ったころから大人っぽいイメージだったので、最近成人だという意識が抜けていた。 

 洗礼のときは魔術というこれ以上ない贈り物をいただいたし、節目の年でもない今日だってこんな素敵な魔導具を…… 

 わたしは一度もユリウスの誕生日を祝ったことがないことに気づき、あまりの不義理に目眩がした。


「どうして言ってくれなかったんですか! 成人の儀やお祝いはどうしたのです?」

「成人の儀は適当に一人でやったよ。私の生誕は特に祝うものではないから気にしなくていい」


 気にしなくていいと言われても気にするだろう。たしかに大きな宴は気疲れするけれど、今日のような身内に祝ってもらうのはとても嬉しい。ユリウスが毎年一人でどう過ごしているのか考えると胸が締め付けられるようにキリッと痛んだ。


「せめて、贈り物だけでもさせてください。成人は大切な節目でしょう? 何か欲しいものはありませんか?」

「本当に何もいらないよ」

「何でもいいのですよ? 魔術のお手伝い以外で、わたしの用意出来るものなら」

 

 不毛な押し問答を続けていると、オウェンスが笑いを噛み殺しながら仲裁に入る。


「ユリウス様は他人を利用して欲しいものを手に入れる方法しか知らないので、厚意で何かをしてもらうことには慣れていないのですよ。夕食にご招待いただいたり、菓子やパンをお土産に持たせていただくのも、最初は大変戸惑っていらっしゃいました。ですので、少しずつ慣らして差し上げてください」

「……そうなんですか?」


 ユリウスはプイと顔を逸らし、微かに耳が赤くなっていた。心なしか少し目が泳いでいる。

 もしかして、照れてる? 少しは人間らしくなってきたのかな?


「はぁ…… 次までに考えておくよ」

「魔術のお手伝い以外で、ですよ!」


 普段、給仕するだけのオウェンスは野菜の入った料理も気に入ったらしく、またすぐに食事を取りに行っていた。

 今度からオウェンスとガルドの分をお弁当にして持たせてあげよう。


 その後もディディエにブレスレットを自慢したり、ヘルメスに北部での様子を聞いたりと、今世九年目の夜は賑やかで楽しいお誕生日会になった。

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