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眠れる森の悪魔  作者: 鹿条シキ
第四章 事業

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サロン説明会 —後編—


 紅茶とお菓子で休憩した後、地下の施設へと案内する。石造の螺旋階段を降り、元は貯蔵庫となっていた広い部屋には、天井近くまである大きな樽がいくつも並んでいた。


「ここが浄水施設になります。館内には上水と下水で分けた配管を通していて、汚れた水がこちらに落ちてくるようになっているんです」


 樽の内側には以前メレンゲの絞りで使った蝋のようなものを塗ってあるので、滅多なことでは腐ったり水漏れしたりする心配もないだろう。


「この樽すべてを経由すれば、井戸水よりも綺麗な水になるのですよ」


 汚水は汚物を処理するスライムの入った樽に溜まり、綺麗になった水をスライムの発する魔力で上水の配管へと押し上げている。流れを生み出すよう初級の魔法陣を一箇所設置しているだけなので、大量のスライムが持つ魔力で充分だった。

 簡単に説明すれば、有能な彼らにはすぐに伝わったようだ。


「へぇ、スライムの魔力だけでそんなことができるんだね」

「はい、ここの浄水だけでも充分綺麗になるのですけど、一応蛇口には毒検知や魔力属性を抜く陣を設置しています。魔法水と同等の上質な水になっているので、城にも取り入れたいのですけど、ダメですか?」

「たしかに、井戸から水を組み上げるより、メイドたちは楽になるでしょうね」


 そう、メイドが楽になるのだ。セルジオが楽になるわけではないので、しっかり有用性をアピールするしかない。

 プレゼンに気合を入れたところで、一拍遅れてセルジオが「……て、毒検知!? わざわざ属性を抜いてるんです?」と目を丸くする。


「何かと物騒なので、毒検知くらいしておいた方がいいだろうってユリウス先生が…… それに、井戸水をそのまま料理に使うより、浄水した方が安全ですし、メイドの仕事が楽になれば人員も少なくて済みます。もし人が余るようになってもサロンの従業員として雇えますから、働き口が減ることもありません」


 魔法陣も頑張ったので詳細に説明したくて仕方がないのだけど、とりあえず城への導入を進める方が先だろう。


「で、この水はどこから来てるんです? 川から引いてくるには大掛かりな工事が必要でしょう?」

「転移の陣を使うので、工事は必要ないのです」


 上下水道の導入で一番厄介だったのが地下の工事だった。勝手に地下にトンネルを通して上の建物が無事かも分からないし、そもそも地下を掘り進めるのは魔術師を使わなければ数年単位で時間がかかる。

 だが、この世界には魔法がある。魔法で下水道を通すより、根本的に魔法で解決すればいいじゃない、ということで川に直接転移陣を設置したのだ。

 川から転移させる際、魔法水との差分を取り、不要なものを除去するよう魔法陣を改良した。

 量の調節もできるので、樽の水が減れば大きめの蛇口を捻るだけで川から好きなだけ水が流れ込んで来るというわけだ。

 基本的には浄水し使い回しているのでそれほど水が減ることもなく、月に一回補充するくらいなら、従業員の魔力で充分だった。


「なぜそんなことに転移陣を使っているのです…… 正気ですか?」

「水しか通さないようにしたので魔力もそれほど必要ないのですよ。お魚が紛れ込むこともないので安心でしょう?」

「そういう問題じゃあないんですよ。なんて才能の無駄遣い…… いえ、素晴らしい発明だと思いますけど、どうしたものですかねぇ……」


 セルジオはどうしていいか分からないといった風に頭を抱えてしまった。

 補佐官たちも口を噤み、ディディエだけが笑いを噛み殺すように震えている。


「シェリエルさ、ほんと、狂ってるよねッ…… ククッ…… 天才と馬鹿は紙一重っていうか…… 凄いんだけど、ここかぁ」


 はい? 笑われる意味が一ミリも分からないのだけど? 普通にすごい発明では? 使えるでしょう、これ。

 意味が分からないので、ここで一番の常識人であるザリスに助けを求める。苦笑いしながらもザリスが優しく説明してくれた。


「シェリエル様の発明は大変素晴らしいものです。本当に、これまで見たことないほどに素晴らしい。ですが、今説明してくださった魔法陣の内容からしても、国家主導の軍事開発に相当する規模のものです。それを、娯楽施設にお使いになられるとのことで、お二人が困惑しているのですよ」

「国家って、そんな大袈裟な……」


 たしかに我ながらすごい発明だとは思っていたけど、少し方向性が違うように思う。その後に続いたザリスの言葉を要約すると、「水質に拘る人などいないのに、そのためだけに新たな魔術を生み出したという時点で頭がおかしい」ということらしい。


「こういうところに頭を使わないで、どこに使うのですか。兵器で生活は豊かにならないでしょう?」


 そんな考えだから技術が偏るのだ、と言いかけて口を閉じた。

 実際、この世界は貴族中心に回っているので意味不明な発展の仕方をしている。装飾品などの加工技術は驚くほど洗練されているし、食器やガラスの細工も見事だ。ドレスに使われる布も種類が豊富だし、シルクに似た光沢のある布まである。どれもお金と権力がある者が自分たちの為に研究させたからだろう。

 解せぬ、と口がへの字になったところでセルジオが一つ溜息を吐き、軽く首を振った。


「たしかにシェリエルの意見も尤もですけどね…… では、城にもこの設備を取り入れますか」

「ありがとうございます、お父様!」


 いやぁ、良かった。せっかく考えたのだから、お金儲けだけでなく、身近で役に立っていることを実感したいじゃない。


「では準備は出来ているので明日にでも着工……」

「それより、これは他に使い道ないんです? たしかにこの施設はお金になりそうですけど、これだけに使うには惜しい技術ですね。もっと稼げそうなものありません?」


 水道もどきの使い道…… 普通に生活の基本となる仕組みなので、利益を考えた事業となるとあまり思い付かない。


「それほどお金が必要なのです?」

「まあ、うちは貧乏ではありませんけど、お金があれば解決出来ることも増えますから」


 たしかにね。わたしは事業で稼いでいるからこそこういった大掛かりな設備の開発や、クレイラに送った子どもたちの支援が出来ている。


「そうですね、利益重視のものも考えてみます。けれど、この施設は一度完成してしまえばあとのコストは人件費だけなので繁盛すればそのまま利益になりますよ?」

「え? サロンで出す菓子や魔鉱石の費用はどうするんです?」


 セルジオが顎に手をあて、コテっと首を傾ける。


「魔鉱石は入会金に含まれていて、サロンで提供するお茶やお菓子はすべて有料にします。無償で提供するのは入浴中のドリンクと入浴後のお茶ですけど、それも一回の使用料に含まれてるので、実質ここで受けるサービスはすべて有料ですよ」


 一同が唾を飲み込む音がして、どうしたものかとわたしも首を傾げてみた。


「はい? まさか施設の利用料を取るつもりですか?」

「もちろんです。紅茶やお菓子にも値段を付

けて、ティーサロンの利用料も取る予定ですよ」


 貴族たちは言葉を失くし、呆然と立ち尽くしている。予算を組んで貰ったベルガルと、商人のライナーだけが、うんうんと頷いていた。


「し、シェリエル、貴女意外に強欲なのね…… 入浴を体験させるのは、化粧品を売るためではなかったの? ホストが招待客からお金を取るなんて、どう説明すればいいのかしら」


 あれ? ディオールには説明していたはずだけど…… どうやらどこかで認識がズレてしまっていたようだ。

 たしかにスパは石鹸や洗髪剤を売るためのお試し施設だが、無償で提供する気はない。

 

「お母様、これは商業施設です。ホストは存在しないのですよ。物を買うのと同じように、ここでの体験を買うのです」


 使用人にも給金は発生するので、労働力への対価を支払って貰うのだと言えば、納得はしてくれた。

 もてなしにお金をかけることが権威の象徴なので、ディオールはホストとしてこれほど豪勢な装飾品を揃えたらしい。

 ベリアルドが商売が下手な理由が分かった気がする。基本的に、施すか奪うかという両極端な考え方なのだ。


「なるほど、思っていたより大きな事業になりそうですね。お金の使い道を変えてしまうのですから」

「ええ、流行そのものが大きく変化するでしょうね」


 平民ならば酒場や宿屋があるが、貴族がお金を払ってサービスを受ける習慣はない。

 これまで形に残る宝飾品や家具、衣装などで富を主張していた貴族にとって、体験にお金を落とすことはある意味贅の極みだろう。

 しかも、それでキレイになれるのだから、失敗する気がしない。……たぶん。



 数日後、以前わたしが使用していた塔の跡地では大きな樽が組み立てられていた。まずは洗濯や調理場のある東館に浄水施設を作ることにしたのだ。

 職人たちも手慣れた様子で作業している。丸い底板の外周に沿うよう花弁のように木板を並べ、トントンと木槌で叩いて隙間を無くしていく。数人がかりで大きな鉄の輪で開いた木板をまとめると、樽っぽい形になってきた。


「シェリエル、こんなとこにいたんだ」

「あら、お兄様」


 ディディエは「何してたの?」とわたしの隣に腰を下ろし、自然とわたしの真似をして職人の動きを眺める。


「物が出来る過程って面白いですよね。ただの木板がどんどん別の物に変わっていきます」

「フフ、なにそれ」

「こんな風に出来上がるんだな〜って、仕組みを知るのは楽しいでしょう? 仕組みが分かれば似たような物を目にしても、だいたい造りが想像出来ますし」

「僕が気になる仕組みは感情くらいかな」


 以前に比べてそれほど不穏な空気を感じないのは、ディディエが丸くなったからか、わたしが慣れたからか……


「こんなにたくさん使うの? 多すぎない?」


 裏庭も使って、既にスパサロンの倍ほどは出来上がっている。


「半分はユリウス先生の分ですよ。開発もですけど、川に転移陣を設置したり、たくさん働いて貰いましたから」

「ああ、そういうこと」


 ユリウスは職人を自分の屋敷に入れたくないからと、自分で工事するらしい。

 設計もほとんどユリウスがしたので、組み立ても問題ないだろう。


「そろそろ戻らないとですね」


 今日は珍しくすべての授業が休みだったので、こうしてのんびりしていたが、明日はスパサロンのお披露目会もあるので段取りの確認などをしなければならない。


「あぁ…… いや、もうちょっと、ゆっくりしようよ。僕も樽の出来るとこ、興味出てきた、かも」


 なぜか慌てるディディエを怪しく思いながらも、浮かしかけた腰をまたおろす。

 そんなにわたしと遊びたいのだろうか。


「そろそろ妹離れした方がいいのでは?」

「は? なんで妹と離れなきゃいけないのさ」

「今年も学院をお休みして帰ってくるなんて、お勉強は大丈夫なのです?」

「僕、去年すべての単位を取り終えてるから本当は行かなくても良いくらいなんだよね。人脈作りと脱法奴隷を探すために通ってるようなもんだよ」


 さすが天才…… 本来四年かかるカリキュラムを、三年で消化してしまったのか。学院は前世の大学のような単位制なので、可能と言えば可能だけれど……


 そんなこんなで日が沈みかけたころ、ディディエはやっと満足したのか突然スクっと立ち上がり、「そろそろ戻ろう」と手を差し出した。

 本当に気まぐれなんだから……



「お兄様、なにかおかしくありません?」


 なんだろう、この違和感。屋敷に入ってからいつもと違う気配に、胸がザワザワと落ち着かない。


「え、なにが? どこもおかしくないだろ?」

 

 神経を研ぎ澄まし耳に強化をかけるが、何も聞こえてこない。おかしい。これだけ人のいる城で、こんなことあり得ない。


「お兄様、何かが起きています。人の気配がしません」

「え? そう? それは大変だ。とりあえず食堂へ行ってみようか」


 あれ? わたしより警戒心が強いはずのディディエが、気付かないなんておかしくない?

 スッと剣を取り出すと、「いやいや、ちょっと待ってよ」とディディエに剣を奪われてしまった。剣を取り戻そうとディディエを追えば、いつの間にか食堂まできてしまっている。

 咄嗟にディディエの手首を掴んだ瞬間、「キィ……」と扉の開く音がした。


「もう、お兄様、慎重に行動、を……?」


 開かれた扉の向こうには、わたしの予想とは別の光景が広がっていた。


 

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『眠れる森の悪魔』1〜2巻


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[良い点] 感が良すぎる武闘派お嬢様かわいい
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