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眠れる森の悪魔  作者: 鹿条シキ
第四章 事業

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サロン説明会 —前編—


 外はカラりと晴れているが、日差しはそれほど強くなく、風が吹けば少し肌寒い。

 設備チェックで問題がないことを確認したわたしは、関係者を施設に集め、説明会を開くことにした。

 わたしの誕生日に合わせ、休暇を使って一度帰ってきたディディエと、領主であるセルジオにディオール。それぞれの筆頭補佐官の他にも、事業を補佐してくれているベルガルや、商会のライナーに、入浴補助スタッフの育成を指揮していたディオールの元メイドなど、十数人が集まっていた。


「本日は完成披露と説明会を兼ねた見学ツアーなので、気になることがあればいつでも質問してください」

「へぇ〜、これがシェリエルのサロンか。きっとまた意味不明なものがたくさんあるんだろうね」


 探検に臨む子どものようにディディエがキラキラと目を輝かせた。

 この屋敷は元々上位貴族の所有だったからか、正面玄関前の広場は何台か馬車を停められるほど余裕がある。大きな高級ホテルのようで、庭や外観には手を入れていないが、充分過ぎる品格がある。


 皆を先導しエントランスに案内する。正面には受付を用意し、両サイドから曲線を描く階段は、中二階のサロンへと続いている。この構造は以前訪れた奴隷市の屋敷を参考にしてみた。


「予約制にする予定なので、それほど混まないと思いますが、上のサロンは待ち合わせなんかに使ってもらう予定です。初めての場合は受付でこのような会員証を発行してもらい、次回からその会員証で入館手続きをしてもらうようになります」


 チャリンと音をさせわたしが取り出したのは、火と水の魔鉱石が揺れる、キーホルダーのようなものだ。自身で魔力を負担する場合、この魔鉱石に魔力を込めて来れば、価格が安くなる。


「あら、それが入館証になるの? 宝飾品のようね」

「シェリエルは意匠の才もあるんだね」


 片手に収まるほどの入館証は見た目にもこだわってみた。

 魔鉱石は失くすといけないのでチェーンと金具を付け、チャームのようにして一つのリングに通すようにしたのだ。

 細工師が頑張ってくれたので、留め具付きのフックで取り外し出来るようになっている。


 館内を見回す見学者を連れて、スパのある二階へ上がる。実際の手順を体験してもらうため、まだ湯も張ってない部屋へと案内すれば、皆口々に感想を言い合っていた。


「城の浴室より広いじゃないですか。これほど贅沢な部屋が必要なんです?」

「家具や装飾はわたくしが監修したのですから当然ですわ」


 野営に慣れているセルジオには理解し難いようだが、実はわたしもあまりの豪華さに若干引き気味だ。

 けれど、ディオールが半端は許さないと燃えていたので、部屋の装飾をケチるような真似は出来なかった。


「同じような部屋をこの階に十部屋用意しました。まず、自分で魔力を負担する場合はスタッフに魔力を込めたこの魔鉱石のチャームを渡して貰い、湯船の準備をする間にこちらで服を脱いで貰います」


 衝立の向こうには長椅子や姿見を用意し、メイドや侍女と一緒に入れるだけのスペースは確保してある。

 火の魔鉱石を取り外し、蛇口に取り付けてから軽く捻る。ジャバジャバとお湯が出てきたことに皆声をあげて驚いてくれた。


「何です、この魔導具は…… 湯が出る魔導具なんて、無駄過ぎませんか?」

「アハハ、何これ! 変な形!」

「蛇口というものです。屋敷に配管を通し、水を循環させているので、この蛇口を開閉することで水が出る仕組みになっています。出口に火の魔法陣を入れてあるので、こうしてお湯になるのですよ」


 水を生成し温めると、それなりに魔力が必要だが、蛇口で温めるだけならかなり魔力を削減できる。

 城でも使っているシャンプー台と一体化した浴槽は、ライナー以外は見慣れたものだったが、蛇口は初お披露目だった。

 湯船には精油を使ったバスオイルや塩を入れ、部屋が花の香りで満たされる。


「身体が温まって汗をかき始めたら、こちらで洗髪します。この魔導具に水と火の魔鉱石を入れると、お湯が出るのですよ」


 二つの魔鉱石をキーホルダーから外し、魔導具の穴にそれぞれセットする。鎖がチャリチャリと垂れているが、小さいのでそれほど気にならないだろう。


「箱型ではないのね。これも初めて見る形だわ」


 珍しそうに観察するディオールに使い方を説明する。皆がぐるりと取り囲み、なかなかの圧迫感だ。


「このスライドで温度を調整します。夏は少しぬるめが良いとかお客様によって好みもあると思うので。こちらのスライドは水量の調節ですね」


 金属の筒に取り付けられたスライドをカチカチと操作し、ボタンを押すと放射線状のお湯が流れ出る。

 ホースもなく、中身は魔法陣だけなのでとても軽い。前世のシャワーより格段に使い勝手が良いので、わたしもかなり気に入っている。

 せっかくなので、チーフ的立場にあるディオールの元メイドにも感想を聞いてみよう。


「実際に使ってみてどうですか?」

「事前に魔鉱石に魔力を込められるのが素晴らしいです。下位の者たちは魔法に集中すると手元が疎かになるのでとても助かっています」


 そういう利点もあったのか。スタッフが魔力を込める場合も、魔法陣の関係で一度魔鉱石に移すようにして貰っていた。手間かなと思っていたが、良い方に転んだようだ。


「この大きさの魔鉱石でそれぞれ一回分の魔力を貯められるようになっています。入浴中にクレイパックや洗顔もするので、スタッフは三人付ける予定です」


 洗髪と洗顔、あとは飲み物を用意したり室内を整える補助が一人。ローテーションすれば、魔力が尽きることもないだろう。

 客のメイドがしっかり入浴方法を覚えられるように、部屋は広めに作ってある。それほど難しいことはしてないので、すぐに覚えられるはずだ。


「身体が温まったらこちらの台でオイルマッサージをし、最後に浴槽で身体を洗って入浴はお終いです。髪を乾かす際はガウンを着て貰い、鏡台で髪を乾かします」


 鏡台は広めに作っていて、髪を乾かす間に紅茶とお茶菓子を楽しんでもらう。入浴中はスポーツドリンクもどきを用意してあるので、部屋にはトイレも完備済みだ。

 お湯の魔導具と同じ形をした温風の魔導具に、今度は風と火の魔鉱石を嵌め込み、皆に見せながら説明を続ける。


「この魔導具で髪を乾かすのですが、温度と風量を調整できます。髪のセットをする間にスキンケアとお化粧をするので、着替えも込みで二時間もかからないでしょう」


 クレイパックで充分保湿されるので、仕上げにフローラルウォーターで肌を整えるくらいだ。

 白粉は従来の物ではなく、クレイラの粘土を乾燥させ粉砕したミネラルパウダーもどきを使う。ミネラルが入っているかは知らないが、微かに魔力を帯びているからか、普通の白粉よりも肌に優しく艶が出る。


「こちらはお母様にもお使いいただいてるので、一度試して貰えれば良さは分かって貰えると思います。洗顔が必要なことを伝えれば、石鹸も使うことになりますし、入浴に関連する商品も芋づる式に売れるはずですよ」


 突然、ドサりと音がしたので皆がそちらに視線を向けると、これまで黙っていたライナーが膝を付き、両手を額の前で組み祈るような姿勢で何か呟いている。


「……商売の女神が降臨された……」


 僅かに聞き取れた言葉がそれだったので、とりあえず放置する。貴族に囲まれ発言を躊躇っていたらしいライナーはついに興奮でおかしくなってしまったのだろう。


「ねぇねぇ、この不思議な掛け具もシェリエルが考えたの? あと、この箱は何?」


 ディディエが指差したのは、リネンのガウンが掛けられたハンガーと、布や小物を入れた小さめのチェストだった。

 そういえば、クローゼットが出来上がってから誰にも見せてなかったっけ?


「これはハンガーというものでこうして吊るしておけばシワにならないでしょう? あとこちらは引き出しになっているので木箱を積み上げる必要がないのです」

「鍵はどうするのさ」

「常に数人のスタッフが居ますし、部屋自体に鍵をかけるので盗難の心配はありませんよ。もし館内に素行の悪い従業員が居れば、その時は木箱でも同じでしょう? チェストは衝立の向こうにも用意してありますよ」


 そう言って、脱衣スペースに案内すると、補佐官からも感嘆の声があがる。

 脱いだドレスを仕舞えるように三段のチェストを用意してあるのだ。上段には宝飾品や小物を、中段にはドレスを、という風に整理出来るので、帰りもスムーズに着付けが出来るだろう。


「これは侍女やメイドたちが欲しがりそうですね。木箱の上げ下げのために腕が太くなると愚痴を漏らしていたのを聞いたことがあります」

「ええ、彼女たちは私どもより逞しいくらいですからね」


 補佐官は書類仕事が多いので、力仕事が多いメイドたちの方が力があったりするそうだ。

 たしかにメアリもサラも驚くほど力があるのよね……


「シェリエル、わたくし聞いていませんが! いつこのような物を!?」

「ええと…… 今のお部屋に引っ越ししてすぐに衣装部屋を改造したと報告したはずですけど……」

「衣装部屋…… 倉庫の整理では無かったの? 貴女がやることなのだから確認するべきだったわ…… 帰ったら一度見せて貰いますからね」


 心なしかディオールがお怒りモードな気がする。たしかに、引っ越してから色々あったので、ディオールのお部屋チェックが有耶無耶になっていたのだ。その為、他の装飾には手を付けてないので、今見られたら不味い気がする……

 思わぬ危機に冷や汗をかきながら、浴室の案内は終わりにして、お茶をするサロンに移動することにした。


 受付の上にある共有のサロンを経由し、一階に降りると、奥にある部屋を順番に案内する。

 小部屋から大部屋まで、元の造りを生かし装飾だけディオールに任せた。

 お友達同士で時間を合わせ、スパで綺麗になった後にみんなでお茶をしても良いし、一人でゆっくりと休んで行っても良い。

 せっかくなので休憩がてら紅茶とお菓子を振る舞うことにした。


「え、まさかこれ…… シェリエルのチョコここで出すの!? 僕らでも滅多に食べられないのに、ズルくない?」

「市販するほどの規模にできないので、ここでだけ食べれる特別な菓子にするのですよ。クッキーやメレンゲは販売できるので、そちらは売る予定です」


 チョコレートの研究はだいぶ進んだが、大きな機械が無いので市販は無理そうだった。魔導具を開発にするにしても工場レベルの大きさになると魔力を喰い過ぎる。

 しかし、サロンで提供するくらいならそれほど量は必要ないので、この一年で菓子職人を育成したのだ。


「料理人を増やしたいというのはこの為だったんですか。てっきり城で菓子を作らせるのかと思ってましたよ」

「城にも菓子職人は残していますよ。研究は城で進めて、出来上がったものをサロンにおろす予定です」

「ふむ、菓子専門の料理人ですか。評判が良ければ、菓子を売る店を出しても良いかもしれませんね」


 セルジオの言葉に即座にライナーが目をギラつかせる。意欲があるのは良いけれど、たぶん、ライナーが思うより忙しくなるはずだ。

 わたしは商品の管理や販売をすべてライナーに丸投げするつもりなのだから……


「一応、お出しするお菓子はお母様がお茶会で広めた物になるので、流行としてはこのサロンが二番手になるでしょうね」

「ふふ、そうでなくては。美容に菓子…… わたくしのお茶会に参加出来ない者はこぞってここに集うはずよ」


 既に領内の社交界でトップに君臨するディオールが、これ以上羨望を集める必要があるかは分からないが、大いに役立てて欲しい。

 あれやこれやと研究しても使いどころが無ければ意味がない。使ってもらってこその開発だ。

 浴室や魔導具、施設のシステムの感想を貰い、なかなか好評のようでホッと胸を撫で下ろす。


「そういえば、館内を循環しているという水はどこから来るんです?」

「そうでした、お父様にはそれを一番見ていただきたかったのです!」


 つい、一仕事終えた気になっていたが、セルジオへのプレゼンはここからが本番だった。

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