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眠れる森の悪魔  作者: 鹿条シキ
第四章 事業

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初めての魔導具作り


 自室に戻ったわたしたちは、まず機能の洗い出しを始めた。何を作るにしても要件定義は大切だ。


「温風の魔導具は、片手で持てる形が良いですね。機能的には、風量と温度の調節でしょうか」

「起動と停止だけではいけないのかい?」

「髪の量や長さによって変えたいですし、冷風は仕上げに使うのです」


 ユリウスが灯りの魔導具を分解して見せてくれたので、それを参考にして機能設計をしていく。魔法陣の一部が欠けていて、ボタンを押し込むことで陣が完成するようになっているようだ。


「これは魔鉱石でしょうか? 空石を使っているのだと思っていました」

「城内にどれほど灯りの魔導具があると思っているんだ。すべてに魔力を補充していては時間の無駄だろう」


 言われてみれば、たしかにそうなのだけど……

 空石は魔力を貯めることは出来るが、石自体が自然と魔力を集めることはない。しかし、魔鉱石は時間がたてば勝手に魔力を補充してくれる。そして、自分の属性が何であっても魔鉱石の属性で蓄積されるので、魔力の素…… 魔素だけを取り込んでいるのではないかと考えられている。


 魔鉱石は結構なお値段なので、空石を配ろうと思っていたのだけれど、属性のことを考えると少し面倒だ。そこらへんをどう調整するかは課題としてメモを残し、とりあえず魔法陣の構成を考えることにした。


「基盤となる風を送る魔法陣を中心に据えて、風量や温度の調整は、魔力量を指定する魔法陣を加えれば良さそうですね」


 最近、魔法陣に使われる言葉——わたしたちは神語と呼んでいる——もかなり覚えたので、簡単なものであれば、直接魔法陣を組み立てることができるようになっていた。


 ここからはプログラミングと似たようなものだ。やりたいことを愚直に書いていけばいい。わたしは目の前の空間に魔力で魔法陣を描いていく。

 ええと、まず風量を制御する処理を作っておいて、そこで使う魔力量を変数にして…… 外からの指定は…… ボタンに数量を示す陣を組み込んで…… あ、指定がないと作動しないようにしないと…… あとは……

 

「魔力量の制限など、どこで知ったんだい?」

「洗礼の魔法陣ですよ。際限なく魔力を引っ張ってしまうのを防止するために上限が決められていました。なので、それっぽい言葉を探していたら量を表す言葉が見つかったんです」

 

 引き出す魔力量が違う三つの陣を作成し、それぞれ入れ替えながら魔力を込めていけば、思った通り弱から強まで風量が変わってくれた。

 うん、良い感じだ。同じように火の魔法陣を弄れば温度も調整できるだろう。


「どうですか? 問題はどうやって三種類の陣を入れ替えるかなんですよね…… 別々のボタンを同じ場所に嵌め込まないといけないので」

「本当に君は無駄なことばかり考えつくね…… では器は私が設計しよう」


 ユリウスはサラサラと筐体の設計図を描き上げて行く。なぜこうも真っ直ぐに線が描けるのか……

 おお、なるほど…… ボタンではなく、三つの陣が描かれた板をスライドさせれば良いのか。


「本体の筒に、こう…… 片手で握れる取手のようなものを付けられませんか? ここにボタンがあるととても良いのですけど」

「陣が歪になって効率が下がるよ? ただでさえ余計な陣が多いのに魔鉱石が入らなくなる」

「そうですよね…… では、握る部分は少し細くして女性の手でも握れるようにしてください」


 本当はドライヤーのような形にしたかったが、ただの筒のような形になってしまった。

 お湯を出す魔導具もこの形でいいだろう。そうすれば、中の陣を変えるだけでいいし、それぞれ使い方を覚える手間が省ける。


「あとは細工師と相談してみたいと思います」

「少し時間が余ったね。水の検証でもしてみるかい?」

「はい!」


 サラに飲食用の井戸水を用意してもらい、魔法で出した水と並べてみる。どちらも見た目は変わり無いけれど、やはり味というか何かが違う。


「魔力感知をしてみなさい」


 言われた通り、水に手をかざして吸い込むようなイメージで魔力を探る。


「あ、井戸水の方、少し地の属性が混ざっていますね」

「属性を抜いてみようか」


 ユリウスの指示の元、井戸水から属性を抜いていく。イメージとしては水のなかに漂うモヤモヤの綿を指で絡めながら取っていく感じだった。綺麗に取り終えたところで、一口飲んでみると、魔法で作り出した水と近いものになっていた。


「完全に同じものにはならないんですね」

「物質的に何か不純物でも混ざっているんだろうね。このあたりは錬金術の範囲だが、分類することは出来るよ」


 なるほど、錬金術……

 ユリウスはわたしが見たことのない魔法陣を、テーブルに水平になるよう描き始めた。呪文を唱え、出来上がった陣の上から魔法水を落として行く。その後また別の呪文を唱えていた。


「まず、片方をこうして陣に記憶させる。次に比較対象のものをもう一度通すと陣に差分が残るんだ」


 ユリウスの説明と共に、井戸水がフィルターで濾過されるように、下に置かれた白磁のボウルに流れ落ちる。


「今この陣には魔法水と井戸水の差分が記録されている。錬金術はこの差分を一つひとつ己で感知し記憶しながら、物質の構造を読み解いていくんだよ」

「この陣自体を保存することは出来ないのですか?」

「今の私たちなら出来るね」


 ニヤリと笑うユリウスは既に使っているのだろう。

 おお…… 内なる次元万能説……!


「わたしもやってみたいです」

「では、まず——」


 実際やってみた感想としては、普通の魔法より錬金術の方が格段に難しい。イメージやノリで操作出来る魔術と違って、すべて細かい手順が決まっている上に、差分を感知するのに精密な感覚が必要になる。


「わたしには錬金術は向いていないかもしれません……」

「そのうち慣れるよ」


 有無を言わせぬ笑顔であっさり流され、ユリウスのスパルタ指導は続く。


「井戸水を魔法水のように使いたいのだろう? 対象からこの陣に保存されている差分を取り除くように術式を組んでみるといい」


 ユリウスが設計し、わたしが実装する、という役割分担で言われるままに魔法陣を構築していく。

 複雑なところは祝詞から陣を生成し、パズルのように組み立ればだいたい何でも出来た。


「錬金術の魔法陣も同じ神語なのですね」

「神々が創ったものなのだから違っている方がおかしいだろう。実際、錬金術も魔術の一部だ」


 普段の魔法はイメージで操作するが、錬金術は全て魔法陣で制御する。その為かなり細かい指定が必要だが、魔導具との相性は良さそうだ。

 不純物の他にも地の属性も抜くようにすればかなり複雑な陣になってしまった。


「出来ました! 浄水の魔法陣と名付けましょう!」


 雑談しながらも無事に陣が完成し、早速井戸水を濾過してみる。

 口に含んだ感じや喉越しは魔法水と全く同じように思う。念のため、最初に覚えた差分検出の魔法陣で確認してみても差分は感じられない。完璧だ……


「これがあれば城下に水道を引くことも可能ですね。念のため、数日この陣を使って井戸水で入浴してみます」

「水の道…… 人工の川のことかな? 川の水はまた水質が違うと思うよ。多分だけれど、地の属性が弱いんじゃないかな」

「領地全体に引くにはかなり大規模な水質検査が必要そうですね……」


 この一年、闇オークションで出会ったミアのおかげで、少しだが平民の暮らしを知ることが出来た。文字の練習がてらにはじめた文通なので、あまり多くのことは書かれていないけれど、ライナーの手配してくれた教師の補助もあり、問題なくやり取りは出来ている。

 平民は基本的に川や井戸から水を汲み、トイレは貴族と同じく汚物を分解するスライムようなものを使っているらしい。汚物の処理方法によっては下水道の導入も考えたが、それほど差し迫った問題はないようなので、とりあえずわたしが便利に使えれば良いか、とスパサロン計画へと思考を戻した。


 近くの水脈から水を引いてこの魔法陣で浄水すれば…… 待って、結局汚水を処理する必要があるのか。

 今は個人で使うだけなので配管をそのまま裏庭に流している。けれど、スパとして毎日何人も入浴すれば、貴族街に垂れ流すには量が多すぎるだろう。


「今日の授業はここまでにしようか」


 ユリウスの声でまだ授業中だったことを思い出し、お礼を言って二人で夕食のため食堂へと向かった。




 それから数ヶ月、サロンで働く従業員の育成やスパの設備チェック、細工師と魔導具の筐体を開発したりと目まぐるしい日々を過ごしていた。

 実際に改築中の屋敷に出向き、職人に直接説明したり出来をチェックしたりもする。文字の読めない大工たちに資料や人を介して説明するのには限度があったからだ。

 そして、夜職人たちが帰った後、ユリウスと二人で作業しに行くこともあった。事前に相談していたので、灯りで照らしながらサクサクと魔法陣を付与して行く。文化祭の準備のようで夜出かけるのは少し楽しかった。


「浄水の魔法陣は問題なかったのかい?」

「はい、一応メイドたちにも試してもらっているのですけど、魔法水と同じように石鹸も使えますし肌も乾燥しません」

「どうせなら毒検知も入れておいた方が良かったんじゃないか?」

「そんなこと出来るのですか!?」


 もういくつか付与した後だと言うのに、なぜ先に言ってくれなかったのか…… 思いつかなかったわたしが悪いのだけれど。

 ぶつぶつと文句を漏らしながら、毒検知を加えた新たな陣を付与して回る。


「あとは地下の施設だね。もう工事は終わっているのだろう?」

「はい、職人たちが頑張ってくれました」

「なぜあんな物を考えついたのか、不思議で仕方ないよ」


 地下へと降りる階段で、ユリウスが心底理解できないと言いたげにため息を吐く。


「わたしからすれば、なぜ今まで誰も考えなかったかという方が不思議です」


 浄化の魔法陣以外は既存の技術しか使っていない。他のこともそうだが、せっかく魔法があるのにあまり使われていない気がするのだ。


「必要がないからだよ。発明の余力がある者は軍事開発で手一杯だろうし、身の回りのことは使用人がすれば済む話だからね」

「先生は使用人が居ないではありませんか」

「オウェンスがやるから問題ない。奴が暇になれば、それなりに考え出したかもしれないけれどね」


 発明に長けた領地はあるが、そこもほとんどが兵器の開発しかしてないらしい。

 人間が生活の中で新たな技術を生み出すのは、不便を感じるからだ。しかし、不便を感じても生活に余裕がなければ、今の仕事以外に手を出す気になれないのも分かる気はする。


 わたしは前世から引き継いだ「楽をするための努力は惜しまない」という基本理念(モットー)があるため、効率の悪いやり方を見ると、ついヤキモキしてしまうことがある。

 不便が無ければ領地の改革などする必要もないけれど、自分の運営する施設であれば好き勝手やっても良いだろうと、今回この施設を我儘仕様にしてみたというわけだ。


 明日、一度使ってみて問題がなければ、関係者を集めて説明会でもしてみようかな。

 夏も終わりに近づき、ちょうどわたしの誕生日が目前に迫っていた。

 

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『眠れる森の悪魔』1〜2巻


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