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眠れる森の悪魔  作者: 鹿条シキ
第四章 事業

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ヴァルプルギスの夜 -前編-


 冬の終わりを告げるヴァルプルギスの夜、わたしは初めての社交界を前にして、ローブの中で小さく震えていた。

 すでに寒さは和らぎ、夜が明ければ初夏の日差しが降り注ぐだろう。夜風は少し肌寒いが、そんなことで震えているのではない。


「シェリエルはきっと今夜集まる貴族の誰より愛らしいよね。そうだ瞬時に姿絵を作成する魔導具でもユリウスに作ってもらおうか。この日この瞬間のシェリエルを永遠に残せたらどれほど素敵だろうね」


 髪をオールバックにセットし、後ろで緩く結んだディディエが、まるで物語の王子様のような輝く笑顔で延々と頭の悪い言葉を吐き続けている。

 逆隣のディオールの肌は艶々と一切粉っぽさを感じさせず、ルビーのような真紅の髪を複雑に編み上げていた。

 そのディオールをエスコートするのは、きっちりと髪をセットし、全く隙の無い美男の皮を被っているセルジオだ。


 これが貴族の本気か…… 圧倒的なオーラに、この間に挟まれるわたしの肩身は消え入りそうなほど狭くなっていた。

 わたしも、髪色以外は卑下するような容姿ではないはずだ。ただ、オーラというものはどうしようもない。

 あまりに浮いていると、奴隷出身説に説得力を持たせてしまうのではと、戦々恐々としていた。


 初めての王都、初めての王宮。

 今夜は王国中から招かれた貴族たちが、華やかな衣装に身を包み冬の終わりを祝う日。

 しかし、すべての貴族が招かれるわけではない。直接招かれる貴族はほとんどが上位貴族であり、王宮からの招待状がある家は他の貴族を三組まで招待することが出来る。ヴァルプルギスの夜に王都の夜会に招かれることが一種のステータスにもなっていた。

 


 会場のエントランスでセルジオが招待状を見せるとローブを預かってもらい、武器や魔導具の検査と入場の許可を得る。


「シェリエル、怖いの? 大丈夫だよ、僕が守ってあげるからね」

「ありがとうございます、お兄様」


 怖いのは貴方たちですよ、とは言えず、仕方が無いので腹を括る。このまま萎縮していては、被れる猫も被れない。

 リン、とひとつ鐘が鳴り「ベリアルド家、ご入場です」と整った声が響く。

 会場には既に多くの人々が集まっていて、グラスを片手に談笑していた瞳がザッと集まった。セルジオが会場を歩けば、自然と道が出来て行く。


「……あれがベリアルドの」

「本当に色が無いな」

「まるで銀糸のようではありませんか。魔力が無いという噂は本当かしらね」


 聞こうと思わなければ聞こえない程度のヒソヒソ話は、強化した聴力によって次々にわたしの耳に届く。

 ディディエほど読心術に優れていないわたしにとって、貴重な情報収集の場でもあった。


「シェリエル様だわ! ご挨拶しに行きましょう!」

「こら、待つんだ!」


 聞き覚えのある愛らしい声に思わず声の主を探し立ち止まる。たしかあの声は……


「シェリエルのお友達候補ってやつ? いいね、見せてよ」

「絶対に失礼なこと言わないでくださいね?」


 不穏なディディエの発言に、腕に重ねた手のひらに力を込めた。

 真ん中に敷かれた長い絨毯の上を一番奥まで歩き、空の王族席に一礼してから身を翻す。

 人の隙間を縫ってやって来たのは、お披露目のお茶会で知り合ったジゼルだった。後ろから慌てて後を追ってくるのは、兄のバージルだろう。

 今年が初めての参加となるわたしのために、一枠はお茶会で印象の良かったジゼルの家を招待してもらっていたのだ。


「シェリエル様、ヴァルプルギスの夜にご挨拶申し上げます。お会い出来るのを楽しみにしていました。この日をどれだけ待ち侘びたことか」


 小鳥のように小さな口で可愛らしく挨拶し、無垢な笑顔で喜びを表現するジゼルに、心がふわりと軽くなる。


「ジゼル様ごきげんよう。わたくしもジゼル様とご一緒できて嬉しいです」


 わたしたちの交わす言葉に、周囲が集中しているのが分かる。ビクリと顔色を変えたジゼルに、良からぬ視線かと警戒したが、視線の主は隣のディディエだった。

 あれほど失礼なことはしないでと言ったのに!


「た、大変申し訳ありません、ディディエ様。お初にお目にかかります、ジゼルと申します」


 じっとりと検分するように見つめるディディエに、ジゼルは挨拶の順番を間違ったことに気付いたのだろう。けれど、ディディエは単に観察しているだけなので、余計な圧を与えるなとこっそり肘で突つく。


「初めまして、ジゼル嬢。シェリエルのお友達というのはバージルの妹君だったんだね」


 にっこりと笑いかけるディディエにジゼルがポッと頬を赤らめた。ダメよ、この顔に騙されないで……

 バージルの妹であることなど初めから知っているくせに、偶然を喜ぶ素振りでジゼルの警戒を解くつもりだろう。


 セルジオたちもジゼルの両親から挨拶を受けていた。グラスを受け取り、笑顔で言葉を交わしている。


「セルジオ様、私どもが貴重な枠を頂いてよろしかったのでしょうか」

「もちろんです。シェリエルも初めての夜会なのでジゼル嬢が居てくれると心強いでしょう」


 それでもまだジゼルの父ジットンは恐縮した様子で額に汗を浮かべている。

 夜会に護衛騎士の同伴は許されていない。なので、直接招待された上位貴族は紹介枠のうち一組二組は護衛騎士の家族を招待するのだ。一切護衛を付けていないのは我が家くらいのものだろう。

 もちろん、防魔の結界も張られているので会場内の安全は保証されており、外部からの襲撃に備え王国騎士が警備に当たっている。


「バージル、そんなにシェリエルを見つめていると、お前の目玉を酒のつまみにしないといけなくなるよ」

 

 不意に耳に入った不穏な言葉につい手に力が篭る。


「申し訳ありません、あまりの美しさに作法が頭から抜けてしまいました」

「お前のそういう素直なところは気に入ってる」


 何だその会話……

 バージルは早くも酔っ払ってるのかジゼル同様に頬を赤らめている。

 しかし、ほわほわとした柔らかい笑みはジゼルとよく似ていて、どこかホッとするような安心感があった。


「ディディエお兄様もやっとお友達が出来たのですね」

「バージルは友人ではないよ。来期から補佐官見習いにって話になってるからね」


 いまは身辺調査の期間であり「まだ確定ではないけど」と付け足すディディエ。わたしのためにジゼルを招待してくれたと言っていたけれど、セルジオが個人面談を省く為だったのでは?

 どちらにせよ、ディディエの周りにまともな人が増えるのは良いことだ。現在唯一の正補佐官であるディルクだけでは、ディディエの世話は大変だろう。


「兄のこと、よろしくお願いします。おかしなことを言い始めたら、きちんと止めてくださいね」

「はい、お任せくださいませ」


 談笑に気を張ることもなく、夜会は良い滑り出しだった。豪勢な肉料理と果物が盛られたテーブルで少しだけ胃を満たし、微炭酸の果実水をいただく。お酒一歩手前のぬるい葡萄水は若干飲みづらい。

 しばし和やかな時間を楽しんでいると、王族の到着を告げる鈴の音が響いた。


「国王陛下のご入場です」


 国王に続き、アルフォンスとライアが並んで歩く。わたしたちは床に片膝をつき頭を下げると、ヴァルプルギスの夜を祝う国王の言葉を静かに聞いた。

 少し疲れは見えるが、威厳のある低い声が会場内に響く。


「――明日の儀式にも期待しておるぞ。それでは皆の者、存分に楽しむが良い。ヴァルプルギスの夜に感謝を」


 国王の挨拶で本格的に始まった夜会は、贅を尽くした貴族らしい宴だった。王宮から直接招待を受けた上位の者が、序列順に呼ばれ王族へ挨拶に向かう。

 ベリアルド侯爵家が呼ばれたのは半分より後の方だ。広い領地に家門の魔力量を考えればもっと序列は上になるはずだが、気まぐれな性質と事業の不安定さから、長年中の下といったところでうろうろしているらしい。


 国王への挨拶の間はセルジオの後ろに黙って控えているだけでいい。心なしか、アルフォンスの視線が痛い。婚約を断ったことで反感を買ってしまったようだった。


「……して、其方の娘はシェリエルと言ったか。おもてを上げよ」


 その言葉に会場中が騒ついた。国王が直接を声をかけるなど、滅多にあることではないらしい。普通は当主の挨拶に対し、一言二言返事をして終わる。

 雑音を無視し、スッと顔を上げた。

 遠目では影になっていた国王の目に、寂しさや憂いを感じるのは気のせいだろうか。ジッと真剣な眼差しに、失礼では無い程度に視線を返す。


「……これからの苦難に、負けるでないぞ」

「陛下のお言葉、光栄の極みにございます」


 フッと糸が切れたように視線が離れ、そして「下がって良い」と片手を軽く上げた。




 王族への挨拶が終わると、そこからは各々自由に過ごすことになる。夜会ではダンスや他領の貴族と交流したり、結婚相手を探したり、朝まで飲み明かしたっていい。

 もちろん、早々に客室へ引き上げるも自由だ。


 セルジオとディオールは社交へと繰り出し、わたしはとりあえずアリシアとだけ挨拶したら客室に戻ることにした。


「アリシア嬢ってロランス家の長女だよね? 意地悪されたんじゃないの?」

「某王子のおかげで少し打ち解けることができました」

「そっか、でも一応見せてよ」


 きょとんと首を傾げるジゼルと、ほわほわ笑顔を浮かべるバージルを伴い、アリシアを探す。 「アリシア嬢」という言葉が聞こえ、そちらに振り向けば、大勢の貴族に囲まれた一つの集団が目に入った。

 やたら男の子が多いな…… さすがアリシア様、モテモテだ。

 わたしたちに気付いた他領の貴族がすぐに会話を切り上げ、蜘蛛の子を散らすように去って行った。


 くるりとこちらに向き直したアリシアは、初めて挨拶を交わしたときのような隙のない空気を纏っていた。機嫌が悪いのだろうか。

 簡単に挨拶を交わし、その真意を探る。


「お邪魔でしたか?」

「いいえ、お気になさらず。それより……」


 アリシアが声を顰め、耳元に唇を寄せた。


「アルフォンス殿下の婚約打診を断ったというのは本当ですか?」

「え、ええ。それが何か……」

「わたくしに気を遣ったのかしら? 他人に譲られた地位をわたくしが喜ぶとでも?」


 鋭い視線に横から射抜かれ、悪いことはしていないはずなのに、ドクンと心臓が鳴る。ちゃんと王妃に興味がないと言ったし、言葉通り婚約だって断ったのに。


「誤解です、わたくしは本当に嫌だっただけで……」

「嫌、というのは? まさか、王妃という職に不満でもあるのかしら」

「どちらかと言うとお相手に、ですかね…… 正直、あの方の伴侶がわたしに務まるとは思えません。毎日顔を合わせるのでしょう? わたしも自分の髪と心は惜しいのですよ」


 その瞬間、理解出来ないといった様子で眉をしかめた。

 え? 余計に怒らせた?


「それだけの理由で? シェリエル様は王妃としての資質も充分にあるでしょう?」

「一生を共にする相手ですから、それなりに穏やかな方が良いと思うのは当然ではないですか? ()()ですよ?」

「……たしかに、()()ですが」


 少し考えるようにアリシアは目線を下げる。彼女にとって、王妃を望まない貴族の令嬢が理解し難いのだろう。自身の価値観と必死に擦り合わせているのかもしれない。

 そこへ、ディディエが完璧な笑みを作り上げ、冷たい声を浴びせかける。


「アリシア嬢、あまり僕の妹を虐めてもらっては困るな。君が何を目指そうが勝手だけれど、僕もシェリエルがアレに嫁ぐなんて許さないからね」

「お兄様、威嚇しないでください。アリシア様は大事なお友達なのですから」


 青ざめたアリシアを庇うようにディディエとの間に立つと、後ろからそっと腕を取られた。


「良いのです、シェリエル様。ディディエ様の仰る通りですわ。ごめんなさい、少し神経質になっていたみたいで……」

「申し訳ありません、アリシア様のお相手になるかもしれない方なのに。でも、そういう事なので、本当に遠慮したとか気を遣ったとかではないのですよ」


 ふぅ、と呼吸を整えた後は、友人になろうと話したときのアリシアに戻っていた。ディディエの気配もやっと柔らかくなる。

 ジゼルも交え、やっと楽しく会話が弾みだした頃、突然思わぬ邪魔が入る。


「貴様、どういうつもりだ」


 抑え気味ではあるが、怒気を含んだその声の主は、先ほど()()呼ばわりしていた第二王子アルフォンス殿下だった。


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