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眠れる森の悪魔  作者: 鹿条シキ
第四章 事業

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裏切り


 ユリウスは洗礼に失敗したわたしに、祝福を授けてくれた。

 震えるほど高揚する、魔法の世界をわたしに与えてくれた。

 無能で欠陥品だと蔑まれる運命から救ってくれた。

 石化を防ぐ方法も教えてくれて…… ドラゴン探しに付き合ってくれて…… そのおかげでシエルにも出会えた。

 殺すつもりなら、どうしてこんなに優しくしてくれたのだろう。どうして、そんなに国家機密級の資料を欲しがるんだろう。

 その疑問が、わたしに口を滑らせた。


ーー先生は、わたしを殺すつもりですか?

 

 ユリウスは狼狽えもせず、しかし、出会った時と同じ、無機質で整った微笑みを浮かべ、まっすぐにわたしを見つめている。


「殺すつもりはないよ。突然どうした?」


 頭は冷え、余計な感情は消えていた。単なる疑問。そして、これまで考えないようにしていた様々な不審点がまるでパズルのように繋がっていく。


「わたしをどうするつもりなのかなと。ノアがわたしのところに遊びに来ていたのは偶然ですか?」


 ノアがユリウスと引き合わせてくれたのかと思っていた。けれど、ユリウスは洗礼の日より前から、わたしのことを見ていた。


「偶然、ではないね」

「わたしの存在を知ったのはオークションですか?」


 旅行中に立ち寄った闇オークション、ユリウスはわたしがそこで買われたのだと知っていた。

 ユリウスは少し考え、一つため息を吐くといつもと変わらぬ凪いだ声を響かせる。


「良く分かったね。あの時、本当は私が落札したかったんだけど、さすがに手持ちが足りなかった」

「隣国の商人に、血液を使ったパックをお母様に教えるよう唆したのも先生ですよね?」

「おや、それにも気付いていたのか」


 ディオールが最初にユリウスを目にした時様子がおかしかったのは、ユリウスの正体を知っていたからではないだろうか。

 もしユリウスが正体を隠してわたしに近づくためにノアを送り込んだのなら、まずディオールを始末するだろう。

 あのままディオールが死んでいたら、ユリウスは堂々と教師志願者として現れたのかもしれない。


「それほど、正体を知られたくなかったのですね。探れば、この場で殺しますか?」

「いや? 君を殺すつもりはないと言っただろう? 今、わたしにとって一番大事なのは君だよ。死なれては困る」


 しかし、ユリウスの目はそれ以上聞くなと言っているようだった。もし、これ以上踏み込んだらどうなるだろう。結果的にディオールは助かった。

 むしろ、あの一件がなければ、知らぬ間に病が城中に蔓延していたはずだ。

 だから、裏で画策していたことはどうでも良い。冷えた頭が熱を持ったのは、そのせいじゃない。


「何故、今まで黙っていたのですか!」

「聞かれたら答えていたさ。現に、今こうして答えているだろう?」

「よく今まで平気な顔で…… お母様は死にかけたのですよ!」

「ディオールもセルジオも既に知っている。知っていて私をこき使っているんだよ」


 はぁ? てことは、わたしだけ知らなかったってこと? 黙ってれば分からないと?

 もう、ユリウスの裏切りに怒っているのか、自分だけが知らなかった事に怒っているのか、分からなくなってきた。


「先生は! わたしのことを子どもだと思って、それで黙っていたのですよね!?」

「はぁ…… 何を怒っているのか分からないけれど、彼らと話は付いているのだから、余計なことは言わなくてもいいと思ったんだ」


 余計なこと? 本人が許しているのだからわたしには関係ないと?

 完全にわたしを子どもだと思って舐めている。たしかに子どもだけど。残念ながら、中身は半分くらい大人なんですよ!


「わたしに近づく為だったのでしょう? ならば、わたしも当事者です」

「たしかに君を手に入れる為だった。だが、常に状況は変化するからね。今は彼らをどうこうする気は無いし、わざわざ君に伝えて何の利がある?」

「先生は、わたしを道具としてしか、見てないのですか……? きちんと、人として、信頼とか…… そういう…… 必要ないのですか?」


 ぐらぐらと血が沸騰するような感情が、胸のあたりで行き場を無くし、じわりと目頭が熱くなる。

 ユリウスは意味が分からないと言いたげに、片眉を上げ微かに首を傾げる。

 悔しい。気持ちが伝わらないことが、理解されないことが、どうしようもなく悔しい。


「……信頼を得るために、これまで手を尽くして来たつもりだけど。まだ足りなかったかな?」

「それで、信用させて、使い道が無くなったら殺すのですよね?」

「だから殺すつもりは無いと何度言えば…… 何故そこにこだわる?」

「秘密です!」


 もう絶対ユリウスには前世のことも夢のことも教えない。不可解だと思っても、理由も分からず悩めばいいんだ。

 支離滅裂な追求になっているのは分かっている。けれど、今は腹が立ち過ぎて冷静に物事を考えられない。


「はぁ、面倒なことになったな……」

「は? 今なんて言いました? 面倒? わたしと話すのが面倒ですか?」

「いや、そういうわけでは…… 少し落ち着きなさい」

「へぇ、そうですか。良く分かりました。話し合いが面倒ならば、言葉は不要ですね?」


 わたしはユリウスに作って貰った杖に怒りの限り魔力を込める。瞬時に展開したのは氷の魔法だ。目の前の涼しい顔をした男にはお似合いだろう。


 氷山のような特大の氷塊を高速でユリウスに飛ばす。ドゴンッ!と空気を揺らす轟音と共に、氷のカケラが飛び散り、あたりが水蒸気で真っ白になる。

 白いモヤが風に流され、やれやれと首を振る余裕のユリウスの姿が見えた。どうやら盾で防いだらしい。


「シェリエル、やめなさい。危ないだろう?」


 氷がダメなら火はどうだろう。わたしはすぐに次の魔法陣を生成する。

 癇癪を起こした子どもが泣き叫ぶように、グツグツと煮え滾った感情を魔力と共に放出する。


「先生はわたしを殺したくないのでしょう? だったらわたしは安全ですね」


 先程の氷塊を盾にするユリウスに、大きな火球を放つ。範囲は広いものの、氷塊を溶かすに至らない。ならば魔力はそのままで炎を圧縮しよう。

 しかし、またしても何か別の盾で防がれた。では、温度を上げてみようか。火球の中で酸素を循環させればいい。

 わたしは即座に祝詞を組み立てる。チリチリと爆ぜる火球が出来上がり、まっすぐユリウスに放った。

 ああ、もう、なにもかも面倒臭い。こうして魔術のことだけ考えていたい。

 涙の代わりに魔力を……

 叫びの代わりに魔法を……

 どうして分かってくれないのかと、感情のまま相手にぶつける。


 次々に大きな爆発音が響き、靡く煙の合間には焼け焦げた草木が見えていた。


「シェリエル、悪かった。それほど怒るとは思わなかったんだ」

「わたしが怒るから謝るのですか!? 何が! 悪かったのか! 分かっているんですか!」


 わたしは夢のシェリエルとは違う。背中から串刺しにされ、それでもユリウスの役に立つことだけを考えるような人間ではない。

 これは、未来に対する抵抗だ。


 一際大きな魔法攻撃を放った後、爆煙と共に瓦礫の崩れる音がした。目の前のユリウスが、初めて焦った顔をしてこちらに走って来る。

 少し、日が陰った気がして空を見上げると、塔の上半分がぐしゃりと折れて、倒れて来ていた。景色がスローモーションのようにゆっくり流れる中、遠くに笛の鳴り響く音が聞こえた。

 なんか、こういうの前にも経験したような。

 

「シェリエル!」


 突然視界が真っ暗になったかと思えば、ユリウスの腕の中に閉じ込められていた。地が揺れ、全身に凄まじい低音が響く。ガッシリとわたしを抑え込むユリウスの腕に、普段の余裕はなかった。

 先生、かなり焦ってたな……

 音が止み、身体が幾分か自由になると、わたしはユリウスの胸を両腕で押す。辺りは暗く、瓦礫の隙間から光が差し込んでいた。ユリウスが盾か結界で守ってくれたのだろう。


「先生、なぜ転移しなかったのです?」

「……咄嗟に、思い付かなかった」

「必死でしたね」

「当たり前だろう。でも次からはそうするよ」

「次なんてありません。先生なんて大嫌いです。でも、助けてくださったことには感謝しています」


 ユリウスは一度大きく息を吐くと、バツの悪そうな声で「ああ」と答え、転移魔法で瓦礫の山から抜け出した。


 改めて見ると庭は酷い有り様だった。塔は半壊し、裏庭の木々は焼け焦げ、鳴り響く笛の音に慌てる兵の声が混じる。

 幾分か冷静にはなったけれど、今はユリウスと話す気になれない。プイと顔を背けると向こうからセルジオとディディエが走ってくるのが見えた。


「何事です!?」

「先生に聞いてください。わたしは気分が悪いので自室に戻ります」

「え? 何です? 喧嘩でもしたんです? シェリエルちょっと待ちなさい!」


  お父様もすべて知っていてわたしには何も教えてくれなかった。いま口を開くと感情的な言葉しか出てこない気がして、黙ってその場を後にする。


「ユリウス、これはどういうことです?」

「……どうやらかなり怒らせてしまったみたいだ」



 


 一人で自室に戻ると、メアリとサラが慌てて出迎えてくれた。


「シェリエル様、おひとりでどうされたのです? いつもならユリウス様が送ってくださるのに」

「……先生の話は、したくない」


 メアリは察してくれたのか、すぐに温かい紅茶を淹れてくれた。服を着替え、カサつく喉を紅茶で潤すと、絡まった感情が少しずつほぐれて来る気がした。

 ちょっとやりすぎたかもしれない…… でも先生が悪い。と、思う……


 コンコンと扉を叩く音がして、メアリがディディエの来訪を告げる。今は誰とも話したくないけれど、そうも言ってられないみたいだ。

 ディディエを迎え入れ、メアリとサラには席を外してもらった。


「シェリエル大丈夫…… じゃなさそうだね。ユリウスと喧嘩したんだろ?」

「喧嘩ではありません。わたしが、一方的に怒っただけです」

「シェリエルが怒るなんて珍しいね。何があったか聞かせてよ」


 ディディエは面白がるでもなく、次の言葉を待っている。


「お兄様は、先生が詐欺商人を唆したのだと知っていましたか?」

「あ〜、なんとなくね」

「何とも思わないのです?」

「母上も父上も気にしていないみたいだし、今のユリウスに敵意がないことも分かってるから、今更どうこうって話でもないだろ。それはシェリエルも納得してるんじゃない?」


 家族に対する執着が強いはずなのに、それでも皆がユリウスを許すのは、結果的に助かったという事実と、今のユリウスを見ているからだ。それは理解している。


「わたしだけ知らなかったのが頭に来て……」

「知ろうとしなかっただけだよね。何度か気付きかけただろ?」


 ……そうだ、わたしは自分でその気付きに蓋をした。ユリウスがいつか自分を殺す先生だと思いたくなかった。心の機微に聡いディディエがわたしの感情を紐解いていく。


「魔術を習うのが楽しくて、今の生活を手放したくなかったのかもしれません」


 結局、わたしも自分の都合の良いように振る舞っていたのだ。嫌な予感は知らないふりをして、ズルズルと先延ばしにしていた。自分の信じたいものを信じようとした。魔術が習えなくなるのが嫌だった。

 だから、本当は、知らなかったことに怒っているんじゃない。


「夢でシェリエルを殺したの、ユリウスなんでしょ? 何で殺すことになったのかは気になるけど、今はシェリエルのこと大事にしてるよ。そうじゃなきゃ、僕らがシェリエルに近付けるわけないだろ?」


 でも、ユリウスが大事にしてくれるのはわたしが役に立つ道具だからだ。わたしも役に立ちたいと思っていたし、今でもその気持ちは変わってない。

 ……道具以上の価値を認めさせたかった。わたしはあの夢に負けたくなかったのだ。


「ちゃんと、人として接して欲しかったのです。あの夢は、もうわたしの未来ではないと分かってます。だからこそ、先生もわたしを、道具ではなく人として見てくれるんじゃないかって期待していたのだと思います」

「それで、期待が外れてガッカリした?」

「だって、先生、わたしが何故怒ってるかも分かってないのですよ? まるでお父様みたいで、本当に話が通じなくて」


 そうか…… 家族を殺されかけ、道具として利用され、未来で自分を殺すはずの相手に「認められたい」などと呑気なことを考えているのは、お父様で慣れてしまっているからか……

 既にわたしはユリウスを身内だと認識してしまっているんだろう。


「わたし、先生から卒業した方が良いかもしれません……」

「いいの? 多分、シェリエルに魔術を教えられるの、ユリウスくらいだよ?」

「……それが問題なのですよ。お兄様はずいぶん先生を気に入っているのですね」

「まぁね。ユリウスってさ、僕ら以上に感情が閉じてるんだ。それが少しずつ開いて来てて、面白いんだよね。なんでそうなったかも気になるしさ」


 うわぁ…… 身内がこれだからなぁ…… もう人として接するという概念が揺らぎそうだ。

 気付けば、胸に巣食っていたモヤモヤが晴れていた。ディディエに話すことで、気持ちが整理出来たらしい。


「お兄様ありがとうございました。もう大丈夫です」

「気が済んだら仲直りしなよ? ユリウス、アレでも結構ヘコんでたよ」

「わたしを思い通りに操作出来なかったことにヘコんでいるのでは?」


 ディディエは「それもあるかもね」とケラケラ笑う。

 わたしはやり方を間違った。子どものように泣き喚いて感情をぶつけたところで、彼らのような人間に理解されるはずがないのだ。

 やっといつものように頭が動きはじめ、どうしてやろうか思案した。

 

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『眠れる森の悪魔』1〜2巻


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― 新着の感想 ―
[一言] 魔力拘束の魔方陣も見せてくれないし、怖いですね(´・ω・`) 夢とは違ってきているけど、どうなるのかドキドキです
[良い点] 面白いです。ここまで一気にとはいかなかったですが、隙を見つけては読み進めています。 主人公ふくめ、どの人物もキャラが立っているから話が活きてるのだと思いますが、お兄様がイチオシです。秘密を…
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