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眠れる森の悪魔  作者: 鹿条シキ
第四章 事業

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第二の襲撃


 照れているのか、まだ慣れないのか、ガルドとリヒトにほとんど会話はない。元々リヒトも口数が少ないのだ。この状況でぺちゃくちゃ喋る気力もないのだろう。


「ガルドはどうして穢れを溜めなかったの?」

「無実の私に罪悪感などありません。恨みや怒りは、身体を鍛えることで消化しておりました」


 嘘でしょ、筋トレでどうにかなるものなの……

 マルセルの筋肉信仰もあながち間違いではないらしい。魔術士でありながら、筋肉を育てまくっているマルセルを思い出し、「筋トレは穢れに効く」と内なる次元にメモを残した。

 

「リヒトは素だと俺なのね。普段から楽な話し方で良いのよ?」

「しぇ、シェリエル様…… それは言わないでください」


 リヒトは顔を真っ赤にして俯いてしまった。外の世界を知り、騎士の訓練に混ざるうち、少しずつ人格が形成されているのだとヘルメスが言っていた。まだ十三歳だものね。思春期真っ只中だし、これから反抗期も来るかもしれない。


「り、リヒトも騎士を目指しているのか?」

「うん」


 それを聞いてガルドはまたオイオイと泣く。熊の轟が響く中、やっとセルジオとユリウスが戻ってきた。


「一通り説明はしておきましたよ」


 ガルドはユリウスを一目見て、平伏した。黒髪に畏れを抱いたのか、今後の主だと察したのか、定かではない。


「私の下僕となるか?」

「ハッ!」


 自己紹介もまだなのに、そんなあっさりと……? そう疑問に思ったのはわたしだけだったらしい。このあとディディエが審問し、確実に冤罪であると分かれば、ユリウスがガルドを引き取ることになった。

 一応、セルジオの勘だけを証拠とするには不安があったらしい。

 ユリウスは特に驚いた様子もなく、淡々と今後のことをセルジオと話していた。


「ガルドにはしばらくここに居てもらおうかな。準備にも少し時間がかかる」

「では折を見て客室に移しますかね。ユリウスが転移させてくれると助かるんですけど」


 結局、ユリウスに客室を往復してもらい、転移魔法で部屋を移してもらった。ガルドは処刑したということにして、市井を巡回していた騎士や兵士も引き上げる。


 伸びっぱなしの髪と髭をさっぱりと整えれば、先程まで暴れていた熊男とは一目では分からない。しかし、髪色と体格から、堂々と城の中を歩くのは無理そうだ。

 食事の準備や風呂の説明はリヒトに任せることにした。短い時間だけれど、少しでも失った親子の時間を取り戻してほしい。


 数日後、ユリウスが真っ黒な甲冑を一式持ってやってきた。食事の席ではないのに、オウェンスも連れている。


「先生、天才ですね!」

「一応、しばらくはね」


 早速ガルドが甲冑を纏えば、禍々しい黒騎士の出来あがりだ。


「顔も分からないですし、これなら城で働かせても良かったのでは?」

「もう私のものだから返却はしないよ。それに、彼は君からの贈り物なんだろ?」

「うっ…… そういうつもりでは……」


 人を物のようにやり取りするなんて、ディディエやセルジオみたいで心外だ。そういう発言をしたことには変わりないのだけど……


 ガシャガシャと音もさせず、ガルドが甲冑のまま身体を動かしていた。


「この甲冑、全く重さがありません。息苦しさもないです! とても貴重な装備なのでは!?」

「ああ、精霊の加護を付しているからね」


 甲冑で表情は見えないが、ガルドは恐縮しまくっているのだろう。あわあわとその場で狼狽えていた。


「彼が唯一の私の補佐官、オウェンスだ。今後のことはオウェンスに聞くといい」

「オウェンス様、何卒よろしくお願い致します」


 黒騎士のガルドが騎士らしいお辞儀をすると、オウェンスは涙を浮かべて喜んだ。


「うぅ…… これでやっと雑用から解放されます…… よろしく頼みます、ガルド」


 そんなに大変だったのか。切実な涙に、ユリウスの私生活が気になってきた。


「オウェンス様、本当に先生のお世話をお一人で? 使用人などはいらっしゃらないのです?」

「そうなんですよ。洗濯から炊事まで、すべて私の仕事でした。幸い、ユリウス様は魔法がお得意なので、そういう意味では使用人をほとんど必要としないのですけどね」


 なんてことだ。たしかに魔法があれば、使用人など必要ないかもしれないが……

 騎士は遠征もあるので、身の回りのことは自分たちで賄う。そのため、ガルドは雑用係として重宝するらしい。こんな熊のような大男を洗濯係にするのは勿体ないような気もするけれど、オウェンスの喜びようからすれば、正解なのだろう。


「洗濯や薪などはこちらで賄いましょうか?」

「宜しいのです!? そうして頂けると大変助かります!」


 オウェンスの笑顔がキラリと光る。サラは絶賛貯金中とのことなので、別途給金を出してお願いしてみよう。何でも出来るユリウスだが、生活力の無さが目立つようになってきた。

 ユリウスはオウェンスの苦労に関心がないのか、セルジオと一緒になってガルドの甲冑の性能を試していた。


「どこまで耐えられるか試してみたい。少し庭を借りても?」

「ええ、構いませんよ。そうだ、リヒトに相手をさせましょうか。親子対決、面白そうじゃありません?」


 セルジオのふざけた提案から、親子対決の続きが決定した。ガルドは初め周りの目を気にしていたが、黒の甲冑が目立つだけで、誰にも中身はバレていない。

 いつもの広場に着くと、早速二人が戦い始めた。


「ふむふむ、本当に重さは感じないようですね。それとも、ガルドが以前より強くなったのでしょうか?」


 セルジオは以前のガルドの動きを覚えているらしい。わたしから見ても昨日と動きは変わってないように見える。


「魔法にも耐性があるらしい。撃ってみようか」


 ユリウスはリヒトの斬撃を縫って、ピシュッと何かを飛ばした。

 ガルドはその攻撃に対応出来なかったが、甲冑は無傷で弾き返す。


「なるほど、これくらいであれば問題ないようだね」

「ガルドは昨日、生身でも弾いていましたよ」

「何だと?」


 ユリウスは予想外だったのか、少し威力を上げてガルドを攻撃し始めた。初めのうちは魔法攻撃に気を取られていたガルドだが、そのうち完全に無視してリヒトに集中していた。

 ガルドはブランクもあるからか、リヒトと良い勝負をしている。受け身のガルドに攻めのリヒト。二人ともなんだか楽しそうだ。


――ドゴンッ!!


 突然、地を揺らすような爆発音と共に、監視塔が崩れ落ちた。

 もちろん、二人の戦闘は関係ない。新たな襲撃かと緊張が走る。

 笛の音が鳴り響き、一人の騎士が走ってきた。黒騎士に一瞬慄いたものの、素早く状況を報告する。


「セルジオ様! 襲撃犯は騎士魔術士の混合編成! 王家の紋章有りです!」

「んーー、最悪ですね。アレが来てしまいましたか」


 ガルドを追ってきた王都の兵だろう。それにしてもいきなり魔法をぶっ放すなんて、もしかしてガルドを隠したことがバレたんじゃ……


「では私たちは失礼しようかな」


 ユリウスが二人を連れて、転移しようとしたその時、大きな影に覆われた。頭上には、グリフォンが舞っている。


「グリちゃん…… じゃ、無さそうですね」


 グリフォンはバサりと風を起こし、その場に降り立った。


「ヤッホーー! 元気してた? うわ! 本当に真っ白じゃん! てか黒いのもいる!」


 物凄く陽気な女性が、グリフォンから飛び降りた。この人が魔術士団の団長……?

 ボサボサのオレンジがかった赤い髪を揺らしながら、ニカっと歯を見せ上機嫌の女性。二十代前半にも見える幼さは、童顔だからかその振る舞いのせいなのか……

 現魔術士団長のことは資料でなら知っている。十歳で学院に入学し、卒業と共に魔術士団入りした天才だ。


「やれやれ、見つかってしまいましたね」


 はぁ、とため息を吐くセルジオに、ユリウスは「まだ間に合うかな?」と言いながらも転移の陣を一度消す。複数人の転移で更に興味を惹くことを避けたかったのだろう。


「セルジオ久しぶり! こないださぁ、洗礼の儀をマルセルに取られたでしょ? だから今回は絶対譲れなくて!」

「そんなことより、人の城を壊して一言も謝罪は無しですか?」

「あー、ごめんごめん! 結界あって入れなかったんだよね。仕方なくだよ、仕方なく!」


 これはまた癖の強いのが出てきたな……

 普段人を振り回す側のセルジオも、振り回されるのには慣れていないのか、引き気味だ。一応、渋々といった様子で紹介してくれた。


「彼女が魔術士団長のダリアです。女性で、しかも伯爵家の出でありながら、最年少で士団長まで昇り詰めた凄い人なんですけど、人柄はこの通りなのでなるべく関わらないように」


 フン! と腰に手を当て胸を張るダリア。

 団長という役職に家柄は関係ない。しかし、騎士団ならともかく、魔術士団のトップに君臨するには、伯爵位では魔力が足りないはずなのだ。彼女はずば抜けたセンスと、ベリアルドに引けを取らない魔術への執着で、今の地位を獲得したらしい。


「お初にお目にかかります、シェリエル・ベリアルドと申します。以後お見知りおきを」

「シェリちゃんかぁ! かわいいね〜! 白っていうかもう銀髪だね、ちょっとお姉さんに分けてくれないかな?」


 ずずいと寄ってくるダリアを、セルジオが剣で牽制する。


「ちょっと待って! セルジオ今さ、無詠唱だったよね! マジだったんだ! ねぇ、どうやってやるの!」

「相変わらず、面倒な人ですね」


 さすが、魔術ヲタク。目敏くセルジオの無詠唱に反応した。そっちに興味が移った隙に、逃げてしまおうかとユリウスに目線を送る。


「てかさぁ、囚人処刑したってほんと? ま、どっちでも良いんだけど、詳しく話聞かせてよ。あとさ、そこの黒の少年、君もちょっとお話聞きたいなぁ〜」


 なんだ、この女。人を白とか黒とか、失礼じゃない?

 身分云々の振る舞いは良い。団長は特権階級となるので、侯爵家とは対等なのだ。むしろ、爵位を継いでいないわたしの方が身分は下となる。

 けれど、人としてその態度はどうなんだと、若干イラっとしてしまう。

 ユリウスだけでも逃さなければ。いや、ユリウスというより、ガルドを逃がすべきか。


「この方はわたしの教師です。ダリア様には関係ないかと」

「えぇ〜、でもさ、見るからに怪しいじゃん? その黒い騎士とか逃げた囚人に体格似てない?」

「気のせいでは? 我が家は以前マルセル様がいらっしゃってから、マルセル様に傾倒する者が増えたのです」

「うわぁ、さすがベリアルドのお嬢様だね。まあいいよ。その中身を探らない代わりに、黒の少年とも話をさせてよ」


 舌打ちしそうになり、慌てて笑みで誤魔化した。

 確認するようにユリウスを見ると、均整のとれた無機質な笑顔で頷いている。ああ、これはとても機嫌が悪い。せっかくさっきまで楽しい雰囲気だったのに。

 場所を移すことになり、客間へと案内することになった。正門で立ち往生していた騎士や魔術士を迎え入れ、マルセルだけを拾って行く。

 騎士団の代表はセルジオとも顔見知りらしく、隊を纏めて庭で待機していてくれるらしい。


 城内に入ると、エントランスにはディオールが立っていた。しかも、凄い形相だ。これはヤバい……


「やはり貴女だったのね!! 今すぐ出て行ってちょうだい!」


 ホール全体にディオールの甲高い声が響き渡る。

 ヒィ…… お母様、死ぬほど怒ってる。わたしが初めてこの城に来た時くらい怒ってるんじゃ……


「ディオール姉様ぁ〜! お久しぶりです! 会いたかったです〜!」

「キャァァ! 近寄らないで!」


 なんだこの地獄絵図……

 飛び付こうとするダリア、杖で牽制するディオール。淑女の挨拶には程遠い惨状だ。


「やだなぁ、姉様! ちゃんと遠征前に洗浄して来ましたよ!」

「遠征前っていつの話よ! ここまで臭ってくるわ! とにかく身を清めるか出ていくか、どちらかにしてちょうだい!」


 この酷い光景をセルジオが解説してくれる。なんでも、二人は学院で数年被っていたらしい。ディオールが十六歳、ダリアが十歳の頃からの話だ。

 学院では姉妹制度があり、天才であるダリアをディオールが三年ほど世話したそうだ。

 ダリアはその当時から魔術にのめり込み過ぎて、洗浄魔法で綺麗に出来る限界を調べるため、長くて半年身体を清めないこともザラだったのだとか。

 ディオールは美しいものに執着がある反面、汚いものや醜いものが大嫌いだ。そんなディオールにダリアがべったりと懐き、そしてディオールが逃げ惑う。

 学院時代はまだマシだったが、ダリアが魔術士団になってからは、遠慮というものが無くなったので、ディオールにとっては恐怖の対象でしかないらしい。


「ということは、ダリア様は今二十九歳ですか。 ずいぶんお若く見えますね」

「それもあってディオールはダリアが苦手なんですよ。まあ、嫉妬の対象にならなくて良かったですけどね」


 あの様子じゃ嫉妬のしの字もないだろうな……

 パッと見は二十歳、振る舞いも込みだと十八歳くらいに見えそうなダリアは、両手を広げてディオールに突っ込んでいた。

 マルセルが慌てて後ろ襟を掴んでいるが、このままだとディオールの怒りが暴走する。


 と、その時、マルセルごとダリアが水に包まれた。頭から足の先まですっぽりと、洗濯機のように中では水が渦巻いている。一瞬静かになったあと、すぐに水は消え去った。


「ゲホッ! 出たなクソガキめ!」


 ダリアが見上げる階段の上には、ディディエが杖を持って悪戯な笑みを浮かべていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 何処ぞの馬鹿帝国みたく人の話を聞かない愚物国家で大丈夫か(笑)
2022/02/03 19:27 退会済み
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