22.お土産
倒れた騎士たちを集め、祓いの儀を行う。
穢れに触れると自身の精神状態に関係なく、外から穢れに侵食される。全身に回れば強制的に負の感情に支配され、内外から穢れに蝕まれることになるので、討伐の後は全員で祓いの儀をするのが常らしい。
ただ、今回は被害が大きかったので、わたしとユリウス二人で全員を祓う。
「具合はどうですか? 治癒もかけておきます?」
「いえ、そこまでしていただくわけにはいきません」
幾らかマシになったのか、意識を取り戻す者、顔色を取り戻す者など、皆それぞれ回復したように見えた。
全員の無事が確認できた時、騎士たちが一斉に膝を付き、頭を下げる。
「シェリエル様、この度は命を救っていただき、何とお礼を申し上げて良いか! 我々の力不足のせいで、御一族の手を煩わせるなど、騎士として恥ずべき失態! どうか処罰を」
団長のボルドーが森に轟きそうなほど太い声で一気に捲し立てる。なんだ、なんだ? いきなりやめて欲しい。
「いえ、穢れに耐性があるわたしたちがおかしいのです、気にしないでください」
騎士たちは頭を下げたまま、キツく拳を握り締めている。どうして良いか分からずセルジオに助けを求め視線を送ったが、セルジオはいつもの調子で軽く声をかけた。
「これは戦じゃないんですよ、元々貴方たちに期待はしていません。気に病む必要はないでしょう?」
「お父様、そんな言い方しなくても! ほら皆さんも頭を上げてください」
騎士たちが悲痛な面持ちで唇を噛んだまま、顔を上げる。なんだかセルジオのせいで余計に穢れを溜めてしまいそうな勢いだ。
「それより、お父様はいつもこのような戦い方なのです? 騎士の方々もお困りなのでは?」
「そ、それは…… セルジオ様は誰よりも優れた剣技をお持ちです。付いて行けない私たちが悪いのです」
酷い上司が居たものだ。ワンマンプレイで部下を振り回すなんて、良くないと思う。
「いいえ、上に立つ者ならきちんと指導しなくてはいけないでしょう? だいたい、お父様は魔物の位置も分かっていなかったではありませんか。上司が勝手に突っ走って、適当な指示を出したのでは、訳も分からず冷静に対処出来ないのが普通です」
ポカンと口を開けた騎士たちが、揃ってわたしを見上げている。七歳に説教されるなど屈辱的かもしれないが、変な方向に罪悪感を持たれても困る。
「ですから、魔物討伐で穢れに耐性が無いならば、それ相応の動き方があると思うのです。それをきちんと指導せず、無闇に騎士を危険に晒したお父様が悪いと思います」
「えぇ…… 僕が悪いんです?」
ポリポリと頭をかきながら、ヘラヘラと眉尻を下げるセルジオはあまり反省してないようだ。
「ユリウス先生もそう思いませんか?」
「そうだね、セルジオが悪い。好き勝手動き過ぎだ」
半ば拗ねるように口を尖らせ、セルジオは元来た道をトボトボ歩いて行った。
子どもか! ここにいる騎士たちはどうするんだ!
置いていかれた騎士たちにディディエが代理で指示を出す。
「えっと、まあ、気にしなくていいよ。そもそもベリアルド以外に魔物の討伐に向いてるのは頭か心の鈍い奴だから。じゃあ、魔獣に注意しつつ戻ろうか」
騎士たちは一斉に立ち上がり、もう一度わたしとディディエに対し、ダンッ!と足を踏み鳴らし、拳で心臓を叩いた。
騎士が隊列を作り、囲まれる形でわたしたちも帰路につく。大きな白い角が見えてきたと思ったら、セルジオがグズグズと森の主に愚痴を溢していた。
「ねぇ、あんまりだと思いません? あんなに頑張ったのにみんな僕を責めるんですよ」
森の主は返事をしているのか分からないが、鬱陶しそうに空を見上げていた。わたしたちに気付くと、スクッと立ち上がりこちらに向かってくる。
「ヌシまで置いてくんですか! 酷くないです!?」
「(ご苦労だった。無事討伐出来たようだな)」
森の主はホッとした様子で穏やかな声を届けてくれる。何にホッとしたのだろう。魔物の討伐よね? セルジオからの解放じゃないよね?
「こちらこそ、父がご面倒をかけたみたいで……」
「(まぁ、その、なんというか…… 稀有な力を持つ者だ、多少は仕方あるまい)」
フォローされているのか何なのか、微妙なコメントに思わず顔が引き攣ってしまう。
しかし、セルジオの剣技自体は圧巻だった。人間にあんな動きが可能なのかと目を疑ったし、身体や剣の使い方はとても参考になった。
「お父様、わたしも少し言い過ぎました、ごめんなさい。さっきはとてもかっこよかったです、本当に強いのですね」
にょきっと首を伸ばしたセルジオはフンフンと機嫌良さそうに身体を揺らす。
「でしょう? シェリエルも良い動きでしたよ。そうだ、騎士の訓練に混ざってみます? 耐性の無い者なりの動き、あるのでしょう?」
ニヤリと口角を吊り上げるセルジオは悪魔の微笑みそのものだった。
やられた…… 完全に丸投げする気だ。この切り替えの早さよ……
「いえ、わたしはど素人ですから、騎士の方々に混ざるなんて畏れ多いです」
「まあまあそう言わず、いずれシェリエルが騎士団を率いて討伐に出るのですから」
花嫁修行と討伐訓練、どちらが楽だろうか。前は侯爵家の訳あり令嬢として城にひきこもりたいと考えていたが、実子として育てて貰っている以上、流石に最低限の義務は果たさなければと思うようになっていた。
でもやっぱり魔術の研究職とかがいいな。プログラミングに似ているし、才があるかは分からないが性に合っている。
大木のあるところまで戻ってくると、妖精たちが出迎えてくれた。「おかえり!」「悪いの消えたね!」と口々に声をかけられ、騎士たちも目を回していた。
「(人の子よ、何かお礼をしなければな)」
森の主はそう言葉を残し、突然大木に向けて走り出した。何事かと慌てて呼び止めるが、森の主はそのまま立派な角を木にぶつけ、ガンガンと木を揺らす勢いで突進を繰り返している。
「主様! 主様やめてください! どうしたんです!」
「シェリエル、大丈夫だ」
追いかけようとしたわたしの肩にユリウスがそっと手を置く。何が大丈夫なんだ、完全にご乱心じゃないか。
妖精たちは止める素振りもなく、楽しそうにあたりを飛び回っている。何度目かの突進で、ついに主様の立派な角がゴロリと落ちてしまった。なんてことだ……
「(この角をやろう。魔力も多分に含んでいる自慢の角だ)」
大きな角を咥え、主様が戻ってくると、その痛々しい姿に涙が出そうになる。
「主様…… 立派な角が……痛くないのです?」
「(なに、少し重くなってきたところだったのだ。我の角はすぐまた生える)」
鹿の角って生え変わり制だっけ? だったらありがたく頂戴しようかしら。真っ白で美しい角を何に使おうか、それともそのまま飾っておこうか、迷うところだ。
「良いものを貰ったな。その角で杖を作るといい。君は属性が特殊だからこれほど高品質の素材が手に入ることは今後無いと思うよ」
「杖ですか、良いですね! 主様ありがとうございます!」
ユリウスに言われ、空間魔法で作った小部屋に収納することにした。
「森の主よ、片方だけでは具合が悪いだろう。私が貰ってあげようか」
ニヤリと笑ったユリウスに、森の主は少し頭を振ってバランスの悪さを実感したのだろう。主が「そうだな」と答えると、ユリウスがバキっともう片方の角を叩き落とす。
「先生! そんな乱暴な!」
「(気にするな、白の子よ。むしろ頭に響かなくて良い。次の生え変わりの時にも頼みたいくらいだ)」
ユリウスはしたり顔で角を拾い上げ、ちゃっかり自分の空間へと収納していた。
「これはセルジオとディディエと分けようか。私の手柄ではないしね」
「さすがユリウス、分かってるね」
穢れが祓われたことは動物たちにも分かるらしく、どことなく森全体が元気になったような気がする。わたしは角を仕舞うついでに菓子を出し、近くの岩の上に広げた。
「ねぇ、これも甘いの?」
「食べたい! ワタシ昨日食べてないの!」
妖精たちが一瞬で集まった。あまりの密度に前が見えなくなるほどだ。普段より小さめに作って貰った菓子を、妖精たちが両手に抱えて次々と飛び立って行く。
「こっちはクッキーっていうの。どっちも甘いお菓子よ、みんなで食べてね」
「わーい! 良い人間だ!」
「お菓子だって! とっても良い匂いがするね」
妖精の群れから抜け出すと、大人たちは主様と今後のことを話し合っていた。無事穢れが祓われたのでしばらく森の主が代わることはないそうだ。
「主様、また遊びに来てもいいですか?」
「(もちろんだ、同胞よ。だが、ワタシたちは普段もっと奥地で暮らしている。魔物から逃れるようにここまで来たが、人間が来れるのかどうか怪しいところだな)」
なるほど、あの大木の穴も仮の住処だったというわけか。どうりで少し主様には小さいと思った。白い動物は存在すら知られていないのだ。こうして会えたことは奇跡に近いのかもしれない。
「きっと遊びに行きます。主様も困ったことがあったらすぐに相談してくださいね」
「(うむ、またいつか会おうぞ)」
こうしてわたしたちは森を後にした。妖精たちが森の様子を定期的に報告してくれることになったらしい。報酬がお菓子になったことで、皆張り切っているそうだ。
ユリウスに馬に乗せてもらい、晴れやかな森の空気を堪能する。
「人と話せる魔獣がいるなんて知っていましたか? 先生とノアもあのようにお話ししているのです?」
「ノアは契約してからだね。私も気になって主に聞いてみたが、あれは森の主特有の能力らしい。森に住む動物達に意思を伝えるため、主になると同時に神々から授かったと言っていたよ」
ほう、やはりあれは魔法的な何かだったのか。言葉というよりも思念を伝えるので、どの動物とも会話が出来るようになっているらしい。
「わたしたちも遠くにいる相手とお話が出来たら便利ですよね。こないだの念話は一度離れるとまた繋ぎ直しが必要でしたし」
「動く者の座標を保持するには印が必要だ。通信の魔導具は魔導具自体が座標になっているんだよ」
携帯用の魔導具もあるらしいが、どうせなら座標だけを互いに共有する何かが欲しい。いや、それだと流石にプライバシーが無さ過ぎるか……
「先生はオウェンス様を召喚されてましたよね? あれはどうやったのです? 彼、人間ですよね?」
一応前科があるので確認しておく。また一人で先走って恥を晒すわけにはいかないもの。
「オウェンスは隷属契約しているから奴隷紋で座標が特定出来るんだ。君もその紋に相手の存在を感じるだろう?」
服で隠れ、印も浮き上がってない腕に視線をやり、そういえば…… と納得する。
というか、オウェンス様奴隷だったの!?
「隷属契約って意外と多いのですね。お父様もいくつか紋があって驚きました」
「ああ、一応言っておくけど、オウェンスは奴隷ではないよ。私の信用を得る為に隷属契約を申し出た変わり者なんだ」
先生って少し排他的なところがあるものね。
最初から優しかったが、どこか距離を感じる。一人だけ別の世界で生きているような線引きを、はじめは人ならざる者なんて勘違いをしてしまったけど、その隔たりは今もたしかに感じるのだ。
「先生は人がお嫌いですか?」
あれ? なんでこんな事言っちゃったの、わたし。
自分でもびっくりするような質問をしてしまい、すぐに取り消そうと振り向くと、ユリウスは魔術の仕組みを考察するときのように眉を寄せていた。
「嫌い、では無いと思うよ。たぶんね…… でもそうだね。私も含め、人に生きる価値があるのか知りたいとは思う。そういう意味では興味の対象ではあるかな」
なんだか哲学的な話になってしまった。夢のわたしも、ずっと自分に生きる価値があるのか考えていた気がする。存在しない者として生まれてきたわたしたちは、生きることに疑問を持ってしまうのかもしれない。
ディディエと言い、夢のわたしと言い、この手の話は危うく感じてしまう。
「悪いことはしないでくださいね?」
「ふふ、悪いことか…… それでは、悪いこととは何かをまた考えなくてはいけないね」
「ディディエお兄様みたいなことを言わないでください。先生も一緒に人心の授業を受けますか?」
「多少は学んでいるんだけどな」
ふと、冷たい床の感覚が蘇り、懐かしい足音が聞こえた気がした。すぐに馬の蹄と木々の騒めきに掻き消され、なんだったのかと思い返す間もなくユリウスとの会話が続いて行く。
屋敷に戻ったころにはそんな会話もすっかり忘れていた。





