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眠れる森の悪魔  作者: 鹿条シキ
第三章 旅と魔法

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13.ドラゴンを求めて


 後ろからユリウスに支えてもらい、内臓が下から浮き上がるような感覚と共に、ぶわりと空へと浮上する。わたしは初めて空を飛んだ。


「なんだか、浮気してしまった気分です」

「誰かと空の旅を約束していたのかい?」

「グリちゃんに乗せて貰う約束をしていたのですけど、洗礼のあとずっとバタバタしていて結局お散歩出来なかったのですよ」

「左様か…… それより、怖くはないのか?」


 そう言われ下を見ると、見送りの使用人たちが小さく見え、嫌でも高さを実感する。ヒッ…… 高い! 

 そして次の瞬間、ギュンと車を急発進させたように、全身に圧がかかる。ワイバーンが山に向かって加速し始めたのだ。


「こ、怖いです」

「そのうち慣れるよ。遠くの山でも見ているといい」


 ユリウスは突き放したように軽く笑いながらも、片腕でわたしを抱えてくれる。気を紛らわすために、徐々に大きくなる山々を眺めながら手当たり次第に気になったことを掘り下げていった。


「どうしてワイバーンは飛べるのでしょう」

「翼があるからじゃないかな」

「しっかりした翼ですけど、鱗も硬くて重そうですし、とても飛べるような身体じゃないと思うのですよ」

「そうかな? 考えたこともなかった」


 前世でも恐竜の時代には翼竜がいたとされているが、どうやって飛んでいたのだろうか。崖から飛び降りて滑空していたとか? でもこの子たち、上にぶわっと飛び立ったよね?

 魔獣とも話せればいいのにと思いつつ、ワイバーンは魔鳥なのか魔獣なのか気になってきた。


「ワイバーンは魔鳥ですか? 魔獣ですか?」

「竜種だよ」

「火山は噴火したりしませんか?」

「噴火前には魔力の変動があるから分かるよ」


 思いついたことを次々質問していると、高度にも速度にも慣れて来たようだ。案外、順応力があるのだなと自分に感心する。岩山をいくつか越えると、急に体感温度が上がった気がした。むわっとした熱気に包まれると、目の前には真っ黒な火山が大中小と三つ集まっていた。サラとカイルの顔色は悪く、心なしかセルジオとディディエも緊張の色が見える。後ろを振り返れば、ユリウスはいつも通りの穏やかな笑みを浮かべていた。


「先生はドラゴンが怖くないのですか?」

「まぁ、何度か見たことがあるしね。こちらから攻撃しなければ、さほど危険もないよ」

「会ったことあるのですね! どうでした? やはり火も吹くのです?」


 フフッと笑いを漏らし、ユリウスはぐいっと手綱を引いた。先導してくれていたサラとカイルを追い越し、右へと進路を変更する。


「会いたいのだろう? たぶん、こっちにいるよ」

「分かるのですか?」

「魔力の濃いところを探せばいい。ああ、探知は教えていなかったか。ついでに授業にしようか」

「はい! 自力でドラゴンを探したいです!」


 やったー! ドラゴンを探せて授業も受けれるなんて一石二鳥じゃないか。


「探知は人によってやり方が違うようだけど、私は霧のように魔力を広げている。波紋のように広げると、自分の背丈くらいしか探知出来ないからね」

「呪文やスペルは必要ないのですか?」

「探知は正確には魔法ではないんだ。自身の魔力を操作するから威圧に近いものだよ」


 魔力の調整もずいぶん慣れてきたので、探知くらいサクッと出来るようになるだろう。

 全身からモワモワと魔力を発散させようと試みるが、ただ体内を循環するだけでどうにも上手くいかない。力み過ぎて顔が真っ赤になってしまった。


「難しいです…… 外に魔力を出す感覚が掴めません」

「無詠唱で慣れてしまったせいかな。仕方ない、探知はまた今度別の訓練を考えよう」


 なんてことだ…… 今まで何でもすんなり習得できたし、いつも筋が良いと褒められていたのでショックが大きい。

 わたし、いつの間にか自分の能力を過信していたのかな。ドラゴンの探知はユリウスに任せ、シュンと気持ちが萎んでいく。


「ほら、あそこに二匹寝てるよ」


 ユリウスの指す方を見ると、一軒家ほどのドラゴンが尻尾までくるりと身体に沿わせ眠っていた。黒曜石のような鱗が偏光しキラキラと輝いている。その近くには一回り小さな緑のドラゴンが寄り添うように丸まっていた。萎みかけていたわたしの心は急上昇だ。


「わわ! かわいいですね! 寝ています! 本物のドラゴンです!」

「少し落ち着きなさい」


 ムグッと口をつぐみ、後方に居るディディエやサラに大きく手を振ってドラゴンを指さした。起こしては可哀想なので、ユリウスにも小声で話しかける。


「あの子、ユリウス先生とお揃いですね」

「黒竜は初めて見たな」

「よかったですね! お友達になれるかもしれませんよ」


 はぁ〜、まさかドラゴンをこの目で見れるなんて…… 異世界転生、最高じゃないか。前世ではゲームで遊んだことがなかったので、あまりモンスター的なものに詳しくはないのだけれど、ドラゴンくらいはわたしでも知っている。世界を跨いだ超有名人に会えるなんて、なんてツイてるんだろう。しかも、あんなに大きい生き物、見たことない。ちょ〜っとだけ動いてるとこも見てみたいな〜。


「あまり余計なことはしないようにね」

「はい……」


 しかし、思いが通じたのか、黒竜がパチリと片目を開けた。思わず大きく手を振りそうになったが、ワイバーンの緊張が伝わってきたので流石に手を引っ込める。すごい、本当に生きてる。わたし、生のドラゴン見ちゃった。


「シェリエル、興奮し過ぎだ。魔力が漏れているよ」

「わたしのせいで起こしてしまったのですか…… でも襲って来たりしませんね。良い子そうです」

「ドラゴンに良いも悪いも無いとは思うけどね…… たしかに敵意は感じないな。近くに降りてみるかい?」

「いいのですか!?」


 ドキドキと高鳴る胸を押さえつつ、少し離れた大岩へと降りた。ワイバーンも落ち着いているし、少しだけ観察させて貰おう。上空のディディエたちも何やら大きく手を振ってくれていたので、大丈夫そうだと手を振り返す。

 大岩にお腹をつけ、寝そべりながらドラゴンを眺めることにした。


「お行儀悪いですか?」

「いや、まあ、いいんだが……」

「先生もよかったらどうぞ。良く見えますよ」


 少し身をずらし隣を空けると、ユリウスも同じように寝転び二人並んで仲良く観察する。

 

「ドラゴンは悪魔の森にもいるのですよね? ここは別荘みたいなものでしょうか」

「昼寝に来てるんじゃないかな。長く眠る時はもう少し奥まったところに巣を構えると思うよ」


 黒竜はまだ眠いのか、ゆっくりと瞬きをしながらわたしたちの方に視線を向けていた。たまにとろんと瞼が降りる姿が可愛らしい。

 ここらへんはわたしたち人間でも地に降りれるほどの温度で、大岩もぽかぽかと温かい。岩盤浴のような蒸し暑さはあるが、ドラゴンにとっては良いお昼寝スポットのようだ。


「あんなに大人しいのになぜ人を襲うのでしょう」

「中途半端に起きてしまって空腹だったんじゃないかな」


 ユリウスによると、ドラゴンは魔力を養分とする生き物で、それほど食料は必要ないそうだ。そのため殆どが魔力の満ちている悪魔の森に生息し、食べたとしても魔獣や魔力を含む果実などを摘む程度だという。

 だったらどうしてクレイラの民が囮として機能するんだろう。魔力をほとんど持たない平民が血で誘うよりも、ワイバーンに乗って貴族が悪魔の森まで誘導した方が効率が良さそうなのに。

 帰ったらそう提案してみよう。これほど近寄ってもワイバーンはそれほど怯えてもいないし、馬の維持費が大変だと聞いていたのでもう少し生活も楽になりそうだ。


「あれは鳥でしょうか?」


 考え事をしていると、遠くから何かがフラフラと飛んで来た。まだ遠目で姿ははっきり見えないが、こちらに近づいてくる。


「これは珍しい。はぐれ竜だね。強化で見てごらん」


 言われるまま、目に魔力を込めると視界がぐんぐんと拡大され、サファイアのような青い小さなドラゴンが必死に羽ばたいている姿が見えた。思わず応援したくなるほど、懸命にパタパタと翼を動かしている。

 はぁああぁかわいい。なんてかわいいの…… お昼寝中のドラゴンの子どもかな?


「君、本当に変わった趣味をしているね」


 口元は隠していたが、ニヤけ面がバレていたらしい。ユリウスに呆れられても、わたしは表情を取り繕うことができなかった。だって、あんなに可愛いんだもの。爬虫類にはそれほど興味はないと思っていたけれど、ドラゴンの愛らしさは別格らしい。

 がんばれ、がんばれ、と心の中で唱えていると、小さなドラゴンは黒龍の近くへと降り立った。お腹が空いているのか、怪我でもしているのか、ヨタヨタと黒龍へと近づいていく。しかし、黒龍は一度小さく威嚇して、はぐれ竜を追い払ってしまった。


「先生、どういうことですか! あの子、威嚇されていますよ!」

「ドラゴンは同族であっても自身の子以外は子育てしないのだろう。昼寝を邪魔するなと怒っているんじゃないかな」

「でも、なんだかあの子弱っていますよ、どうしましょう…… 親はどうしたんです…… 」

「幼体のうちは親から離れることがないから、亡くしたか、はぐれたのだろうね」


 威嚇され、尻尾で振り払われてもヨタヨタと黒龍へと近寄る小さなドラゴンに胸が締め付けられる。親を亡くし、必死に仲間を探していたのかもしれない。何度目かの威嚇でゴロンとひっくり返った小さなドラゴンと、パチリと目が合った。うっ…… もうだめ。


「おいで……」


 わたしの声など聞こえていないはずなのに、その小さなドラゴンは翼でバランスを取りながらゆっくりとこちらに歩いてくる。駆け出して抱き締めたい気持ちを抑え、大岩を見上げ大きく羽ばたいたドラゴンを見守った。

 トサッと降り立ち、力のない眼でわたしを見上げ、小さく鳴く。


「キュルル」

「どうしたの? お母さん、いないの?」

「キュる」

「お腹空いてる? かわいいね、どこから来たの? うちの子になる?」


 そっと手を出すと、ドラゴンはすりすりと手に鼻を擦り付けた。顔の周りは硬い皮っぽい手触りで、色に反して温かい。よく見ると鱗には小さな傷がたくさんあり、擦れて曇った石のようだった。野生のドラゴンを人の手で育てて良いのか分からず、ユリウスを見上げると、呆れたように片手で目を覆っていた。


「先生、この子連れて帰ってもいいですか?」

「君は本当になんでも拾うな…… まあ、いざとなれば悪魔の森へ放せばいいか」

「本当ですか! ありがとうございます、先生!」


ーーガルルル


 下の方から地を揺らすように吠えた。少しうるさくし過ぎたみたいだ。黒竜に小さくごめんね、と謝り小さなドラゴンを腕に抱く。まだわたしの腕に収まるほど小さくて大人しい子どものドラゴン。一人でずっと仲間を探してたのかな? 奥地の方へは探しに行ってあげられないけど、大きくなるまで面倒見てあげたい。


「はぁ〜、こんなに小さいのに一人でよく頑張ったねぇ」


 なでてやると、スッと目を閉じ腕の中で丸まった。なんて人懐っこいんだろう。早くゆっくり休ませてあげたい。


「ああ、そうだ。君はまだ魔力が少し漏れている状態だから、そうやって抱いていればドラゴンも魔力が補給出来てちょうど良いかもしれないね」

「わたしの余分な魔力でこの子が元気になるのですか! もしかして精霊と契約しなくてもいいのでは?」

「それとこれとは別だよ。四六時中ドラゴンを側におくわけにもいかないだろう?」


 たしかに。でも、もしこの旅で精霊と契約出来なくても、この子が居ればしばらく平気そうだ。もうこのまま帰っても良い気もしてくる。


「そろそろ戻ろうか。黒竜の機嫌を損ねると面倒だよ」

「そうですね、屋敷に戻りましょう」


 わたしはしっかりとドラゴンを抱え、ワイバーンに乗せて貰う。両手が塞がっているのでユリウスに抱えてもらい、ディディエたちを探しながら元来た方角へと飛んだ。



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