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眠れる森の悪魔  作者: 鹿条シキ
第三章 旅と魔法

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8.奴隷志願者


「お兄様、また悪い顔になっていますよ」

「失礼だな、僕はこれでも善行に目覚めたんだよ?」

「はい?」

「いやさ、昨日あのミアって子の心の揺れ、かなり面白かったんだよね。希望から絶望の落差も良いけど、人って死ぬほど絶望した後に希望が見えたとき、あれほど心が揺れるもんなんだなって」


 良いことを言っているようだけど、どこか薄寒い気配がして手放しに喜べない。ディディエは心の揺れに執着があるが、最近はそういった趣味も控えていたはずだ。わざわざ絶望へと落として希望を与えるなんて遊びに発展しなければ良いけれど。


「それで、あの女性がそれほど絶望していると?」

「うん、かなりキテるよ。穢れは溜めていないみたいだけど、貴族だしもう少ししたら危ないんじゃないかな」


 穢れの有無は外から見えるものでは無いと習ったが、ディディエにはなんとなく分かるらしい。穢れに落ちるほど思い詰める何かがあるならば、話を聞くだけでもした方がいいのだろうか。


「ディディエ、適性がある者なら買ってもいいですよ。シェリエルの使用人も増やさなければいけませんし」

「ああ、そうですね。シェリエルの使用人なら僕が面倒見なくてもいいので丁度良い」


 あれ、今の会話おかしくなかったです? 別に奴隷だから嫌だとかそういうわけは無いけれど、ディディエの観察対象をわたしの使用人にするなんて、何か違うような……

 けれど二人はサクサクとわたしを連れてその女性の元へと歩いて行く。女性はフードを被った大中小のわたしたちに気付き、顔を真っ青にして手を止めた。

 震える手先は針で傷付きボロボロになっている。ところどころ血の滲んだ刺繍布はあまり出来の良いものではなかった。

 わたしと同じくディディエも気になったらしく、さっそく声をかけている。


「ねぇ、使用人志望なの? そんなに汚したら使えないと思うんだけど」

「も、申し訳ありません…… 針仕事には不慣れなもので」

「じゃあ何が出来るの?」

「それは……」


 女はぎゅっと布の端を握り締め俯いてしまった。お兄様言い方! 希望はどうした、希望は!

 だが、使用人として雇うなら、本人のスキルを確認するのは必要だろう。最終的にわたしの元へ来るならと口を開いたが、自分では無い甲高い声にかき消されてしまった。


「旦那様! この子はとても鈍臭くてこうしてわたしたちが教えてやっていたのですよ。使用人をお探しでしょうか? わたくしの刺繍をぜひご覧くださいませ」


 城内でも見ない類の押しの強さだ。割って入ってきた女性も貴族なのか、髪色は少し赤みの強い茶だ。圧に負け半歩下がると同じような女性が二人三人と増えて行く。なるほど、自分を売り込む場なので自然と積極性が養われるのか……


「黙れ、お前たちには聞いていないよ。妹が喋りかけていたのに遮るなんて、お前たち使用人には向いていないようだね」


 ディディエがピシャリと群がってきた女性たちをシャットアウトして、向こうへ行けと追い払ってしまった。ディディエと相性が悪いと城ではやっていけないので、彼女たちにとっても他の主人へ売り込みに行く方が良いだろう。

 気を取り直してわたしはもう一度声をかける。


「こんにちは。お名前を伺っても?」

「サラと申します。どうぞお見知りおきを」


 スッと立ち上がり、貴族式のお辞儀をしたサラは少し茶色混じりの燻んだ青色の髪色をしていて、下位貴族だろうと推測できる。


「使用人を探しているのだけど、何か得意な仕事はあるかしら」

「はい、洗濯や掃除、力仕事も一通りの事はできます」

「どうしてここで刺繍を?」

「その、針仕事が出来ないとメイドにはなれないと聞き、こうして練習していました」


 広場では桶で洗濯をしている者もいるが、わざわざ刺繍をしていたのは不得意を無くす為だったのだろう。だが、領主の城では使用人も多いので、一つか二つ得意なものがあれば採用出来る。


「良ければ得意な仕事を見せて貰えないかしら」


 サラはグッと唇を噛み、何かを決意したように会場の端の方へと案内してくれた。


「こちらで作業させていただきます」


 ペコリと頭を下げ、サラは大きな桶に水を張り、魔法で水を温めたあと手際良く衣服を洗いはじめる。ここでは一通りの家事を演習出来るようになっているらしく、汚れた食器や衣類、掃除道具にアイロン台まであった。

 サラは先程の萎縮した様子と打って変わってものすごい勢いで衣服を洗って行く。汚れ物は奴隷市の従業員や、奴隷志願者が使ったものらしく、こうして演習も兼ねて得意な者が綺麗にするそうだ。


 大きな桶も細腕で抱え上げ、水を何度か変えて数枚の衣服をあっという間に洗いあげた。よくそんな力があるなと感心してしまう。こんなことならメアリを連れてきて仕事ぶりを見て貰えばよかった。

 その後もサラは簡単に何をしているか説明しながら、次々に手際良く仕事を見せてくれる。


「ありがとう、参考になったわ」

「メイドの仕事はよく分からないけど、まあいいんじゃない? あとは適性だよね」


 我が家の使用人にはある程度の常識と強い心が必要なのだという。そういう意味では追い詰められているらしいサラは不適合な気もするが、セルジオは特に止める様子もなかった。


「サラ、少し話そうか。個室があるらしいからそこで」

「よろしく、お願い、致します……」


 一心不乱に仕事をしていたときの覇気がみるみる消え去り、再び萎縮したサラは奥へと案内してくれた。

 舞台の裏手にあたる会場の一番奥には従業員や志願者が寝泊まりする施設が建っていた。貴族の屋敷を改築したらしく、エントランスを入ってすぐは受付のような場所になっていた。

 受付の両脇には階段があり、二階の一部が面談や契約に使う個室になっているらしい。従業員にお茶を用意されたが、毒味がいないので手を付けるわけにもいかず、サラにだけお茶を勧め面談が始まった。


「出身と、奴隷志願者になった理由を聞かせてもらえるかな?」

「はい、わたくしはベリアルド領にあるクレイラという町の子爵家に生まれました。そこは火山と岩山しかない土地で竜の守人として領主様からお給金をいただき何とか暮らしておりました」


 おや、同郷だったようだ。クレイラという地名は聞いた事がない。チラッとセルジオを見るが、椅子に座っているのでフードに隠れて表情は良く見えなかった。


「わたくしは去年学院を卒業したのですが、お仕えするお屋敷も、縁談も見つからず、こうして隷属契約を求め参った次第です」

「何か嘘があるね? 面談で嘘はダメだよ」


 ヒッと息を呑む音が聞こえ、サラがカタカタと震え出した。わたしもどこが嘘なのか分からないし、初対面でこれほど自信満々に嘘を見破られてはサラも心臓が縮み上がる思いだろう。少し同情しながらもサラの嘘が気になってきた。


「た、大変申し訳ございません!」


 サラは思い詰めた様子で、けれど何か吹っ切れたように話しはじめた。


「わたくしは故郷の隣にある都市の伯爵家御当主様と縁談が決まっていたのです。ですが、どうしてもその方の元へ嫁ぐのが嫌で逃げ出して参りました…… 申し訳ありません」


 ほう、政略結婚から逃げて来たのか。恋愛結婚が推奨されていても、家の為に結婚するのは良くある話だと聞いていたので少し驚いた。伯爵家となると同じ中位貴族でも子爵より上だ。しかも都市を治めていて爵位も持っているとなれば、子爵家が断れる相手ではないだろう。


「そんなに嫌だったんだ。それこそ嫁ぐくらいなら死んだ方がマシってくらいだよね。どんな奴なの?」


 サラはケラケラ笑うディディエに困惑しつつも、言葉を選びながら説明してくれる。その伯爵は四十近く、サラが十歳の頃から婚約の話があったらしい。まだ小さなサラをベタベタと撫で回し、おまけにこれまで娶った妻二人も若く、そして二人とも嫁いで二年で亡くなっているという。クレイラは町と言っても見渡す限り岩山で、人の暮らす町はとても規模が小さく貧しいそうだ。それでもなんとかやっていけるのは、竜の守人として領主から手当が出ているからだとか。

 ということは、クレイラって竜が住んでるってこと?


「サラはドラゴンに会ったことがあるのです?」

「え、いえ…… あの……」

「ああ、この子ドラゴンのこと珍しい生き物くらいにしか思ってないから気にしなくていいよ」


 なんです、失礼な。噂をすればなんとやらでドラゴンに会って来なさいという神々のお導きかと思ったのに。いや、でも逃げてきたのにサラにクレイラを案内させるのは酷か……


「でも断れなかったの? ベリアルド領は本人の望まない政略結婚を許してないはずだけど」

「クレイラは作物が育たないのでとなり町に物を売って貰えなくなると生活が出来ないのです。それで、両親は断れず。ですがわたくしが逃げてしまったので今頃どうなっているか……」

「ああ、それで罪悪感に潰されそうになってたのか。うーん、でもそれだけじゃないよね?」


 ディディエは謎解きを楽しむように笑い、わたしはクレイラがどうなっているのか気になりはじめた。クレイラは領主から預かった土地と民だ。民と子、どちらを取るかというのは難しい問題だろう。というか、クレイラの民を人質に倍近く歳の離れた子を差し出せという伯爵に問題があるような気もする。

 セルジオは一言も発さず黙っているが、もしかして寝ているのではと不安になってきた。


「父上、どうします? 僕はいいと思いますよ」

「そうですね、クレイラに行ってみますか。うちの姫君もドラゴンに会いたいようですし」

「ええと、話聞いてましたか?」



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