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眠れる森の悪魔  作者: 鹿条シキ
第三章 旅と魔法

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7.奴隷市


「ミア、少しは落ち着いた?」

「あの…… さっきはごめんなさい。助けてくれたのに」

「いいのよ。それで二人はどこから来たの? ご両親は?」


 温かい飲み物で少し落ち着いたのか、ミアがポツポツと自分たちのことを話し始めた。

 彼らはこの領地の片田舎に住む農民の子だったらしい。けれど流行り病で両親が亡くなり、貧しい村では二人を養うこともできず、奴隷となる為この街へ連れて来られたそうだ。

 しかし、奴隷市で手続きをしている間、少し目を離した隙にレオだけが連れ去られたという。子どもの奴隷はたまにそうやって拐かされ、闇オークションに流されると聞き、一人でここまでやってきたそうだ。


「ふむふむ、そういうことでしたか。奴隷市から連れて来れば大した問題にもなりませんしね」


 いつのまにか事後処理を終えたらしいセルジオが後ろに立っていた。


「お父様、こんな小さな子が奴隷として売られるなんて、どうして奴隷制度などあるのですか?」

「どちらにも利があるからですよ。そうだ、明日は本当の奴隷市に行ってみますか。掘り出し物も見つかるかもしれませんし」


 わたしの疑問に答える気がないのか、はたまた奴隷制度に嫌悪感があると通じていないのか、わたしは合法の奴隷市へと連れていかれることになった。そういうつもりではないと抗議してみても、セルジオはあまり人の話を聞かない。ニマニマとご機嫌で馬車へと戻っていった。


 今夜は一度ベリアルド領に戻り、野営するらしい。まさか、旅二日目でキャンプになるとは思わなかったが、ゲルのような立派な天幕が張られ、思った以上に快適だった。


「ささ、ユリウスここに結界張って貰えます?」

「お父様! ユリウス先生は何でも屋さんではないのですよ!」

「ふふ、構わないよ。今日はあまり授業もしていないし、シェリエルの教材にしよう」

「いいのですか!」


 そんなわけで、わたしは初めて上級魔法を習うことになった。

 一度外に出ると、複数の天幕を囲むように四隅に印を付け、順番に呪文を唱えて行く。中級よりも長く、祝詞よりは短いくらいの複雑な呪文だが、定型文がいくつかあり構成もそれほど違わないのですぐに覚えることができた。夜通し護衛騎士が見張りをしてくれるので、それほど高度な結界ではないらしい。


「陣を保存できるなら、重ね掛け出来るかもしれないね。多少魔力は持っていかれるけど、一晩なら問題ないだろう」


 そう言って、今度は少し違う呪文を使って四隅を回る。最初に張ったのは侵入者を弾く結界、そして今張っているのが魔法攻撃を弾く結界らしい。


「どうやって侵入者を判別するんでしょう」

「判別は出来ないから明日の朝まで君たちもここから出られないよ。一度出てしまうと騎士たちと外で野宿になるから気を付けなさい」


 結界は最後の戸締りのようなものらしく、皆既に天幕に篭り、騎士たちは外で配置に付いていた。採点するように結界をチェックされ、注意点や解除の方法を教わる。


「ではまた明日」


 サクッと授業が終わり、ユリウスはすぐに帰っていった。言われるままに呪文を唱えただけなので、あまり魔術を習ったという実感はないが、一応これでも上級魔法を一つ習得したらしい。

 天幕に戻るとディディエとセルジオが楽な服に着替えてお茶を飲んでいた。


「シェリエルおかえり。早かったね」

「はい、一度詠唱すればあとは繰り返すだけですしね」

「いや、上級だよ? 祈りも相当集中力がいるだろ」

「そうなのですか? ガラスの箱を想像したので魔力も練りやすかったです」


 ガラスだとパリパリと割れてしまいそうなので、厚めの網入りガラスにしておいた。何度かユリウスが耐久テストをしてくれたので大丈夫だと思う。

 セルジオとディディエは一度首を傾げたが、それほど興味が無かったようですぐに話は今後の旅程へと移っていった。


「シェリエルは行ってみたいところはありますか? 一応立ち寄る街に目星は付けていますが、視察も兼ねているのでゾラド家以外には事前に予告もしてないんです」

「突然お邪魔して迷惑にならないのですか?」

「多少驚くでしょうけど、領主が足を運べばたいていの街は喜びますよ。後ろ暗いことがなければですけど」


 悪戯っぽく笑う姿はディディエにそっくりで、タイプは違えどやはり親子なんだなと改めて実感する。行きたい場所を問われても、わたしは授業で習った歴史や現代の派閥問題くらいしか知らない。明日の奴隷市で気持ちが落ち込みそうなので、できれば楽しいところへ行きたいけれど、今のところ大きな動物が見てみたいくらいしか思い浮かばなかった。


「北部の森が一番楽しみかもしれません」

「シェリエルは獣の類が好きだもんね。途中で何度か森を抜けるから、そこでも見られると思うよ」

「本当ですか! ドラゴンも居るでしょうか」

「ど、ドラゴンか……」


 苦い顔で視線を逸らす二人はドラゴンが苦手なのだろうか。わたしの想像する通りのドラゴンであれば爬虫類に近いので苦手な人も居るかもしれない。


「ドラゴンの討伐は王国騎士団案件ですからね、流石に僕一人で何とかなるか……」

「討伐ではないのです! 遠目でいいので少し見てみたいだけなのですよ」

「うーん、見るだけって言ってもねぇ…… 触らぬ竜に祟り無しと言うだろ?」


 御伽噺にはたくさんドラゴンの話があったので、この世界では馴染みのある生き物なのかと思っていたが、天災に近い存在らしくあまり見る機会はない、というより見たら終わりという感じらしい。でも魔法のある世界といえばドラゴンでしょう? 会ってみたいじゃないですか。


「一目ちらっと飛んでいるところだけでも見れたらと思ったのですが……  でも討伐騒ぎになったら可哀想ですもんね、諦めます」

「シェリエルってホントおかしなところで落ち込むよね。全然人心の参考にならないんだけど」

「誰だって憧れの存在に会うのが無理なんて言われたら落ち込みますよ」


 旅の疲れを癒し、わたしたちは寝台に入った。大きな天幕の中は布で仕切られていて、家族といえど雑魚寝ではない。小さめの寝台までどうやって運んだのか考えているうちに、すぐに夢の世界へと落ちていった。


 夜中、全身が揺さぶられる感覚で目が覚めると外がなんだか騒がしい。


「おとうさま…… 起きてますか? 外が……」

「ん〜 うるさいですね。すぐ止むので気にせず寝てください」


 振動のようなものは一度きりで、近くでお祭りでもあるのだろうかと思いつつ、寝ぼけた頭はすぐにまた眠りにつく。

 翌朝目が覚めると、皆何事もなかったかのように朝の支度を始めていた。


「今日は朝食前に奴隷市に行きますよ。保護した子たちも休ませたいですし、どうせ朝食まではそれほど走れないので時間も有効に使えます。ね、完璧でしょう?」


 使用人や護衛はほとんど残してわたしたちだけで奴隷市に行くことになった。城ではまだ寝ている時間、馬車でも午前中はうとうとしているのでとても眠い。昨日と同じくローブを着せてもらい、フードで髪を隠せば日が遮られて余計に瞼が閉じそうになる。

 だが馬に乗れることになり一気に目が覚めた。


「初めて馬に乗りました!」

「気に入りました? もう少し大きくなったら乗馬の訓練もしましょうか」


 セルジオの馬に乗せてもらい、わたしたちは昨日の街へとまた戻る。夜とは違った雰囲気だが朝からとても活気があり、屋台よりも野菜や肉を売る市場のようだ。

 人の賑わう市を避け馬で歩いていると、また人の声がガヤガヤと聞こえてくる。ぐるりと低い壁に囲まれた大きな広場のようなところに着いた。門はなく、ただ壁の切れ目のように入口が開いていて誰でも自由に出入りできるらしい。奥には舞台や天幕、屋敷も見えるので、遊園地やサーカス、お祭り会場のような施設のようだ。


 外に馬を繋ぎ、賑やかなその場所へと足を踏み入れると、至るところから明るい声が聞こえてくる。大きなテーブルに女性が集まって裁縫をしていたり、広場では大道芸のように何人もの男たちが薪を割ったり物を持ち上げたりしていた。


「ここは?」

「言ったでしょ? 奴隷市ですよ」

「え、じゃああの人たちは?」

「奴隷志願者です。ああやって自分の特技を披露して主人を見つけるんですよ」


 これが、奴隷市?

 檻も枷もなく、志願者とおぼしき人々は木札を首から下げ、通り過ぎる人々に笑顔で自己アピールしている。一日一回は舞台に上がることが決まっていて、それ以外の時間は自由に敷地内で過ごせるらしい。

 ほとんどが平民だが、二割くらいは貴族もいるようだ。


「貴族もいるようですが、なぜ奴隷に?」

「彼らは爵位や領地を継げず、役職にも就けなかった者たちでしょうね。リヒトもここで買って来たことになっていますし、珍しいことではないですよ。まあ、まともに職に就けなかったということで訳ありだと見られますけどね」


 リヒトがすぐに受け入れられたのはベリアルド城の者が皆良い人だからというわけではなかったらしい。もちろん、皆優しい善い人なのだけど、わたしは正直奴隷出身という設定を心配していたのだ。わたしがそれで随分蔑まれた仮の記憶があったから。

 しかし、奴隷といっても想像したよりも明るい雰囲気というか、悲壮感の欠片もなくて驚いた。皆黙々と作業をするか、笑顔でプレゼンしている者までいる。


「随分明るいのですね」

「心が脆いやつはすぐ穢れが溜まるから無理してでも明るく振る舞うんだよ。すぐ使い物にならなくなる奴なんて誰も買わないだろ?」

「それはそれで闇を感じますが…… 皆望んで奴隷になるのですか?」

「親に売られる奴もいるけど、だいたいが本人の意思じゃないかな。契約は本人しか出来ないしね」


 ディディエは奴隷にも詳しいようで、会場を歩きながら色々と教えてくれた。

 数百年前までの奴隷は魔力のほとんどない平民ばかりで、敗戦領の民や孤児、拐われて来た村の子どもなど、本人の意思をまったく無視したものだったらしい。だが、奴隷の数が多いと穢れが溜まるので色々と試行錯誤した結果、今のような本人との契約という形になったらしい。

 人口が増えると畑や家業を継げない者が増え、それは下位の貴族も同じことだった。そういった者たちが就職先を探す場所がこの奴隷市なのだという。


「契約はどういった形になるのですか?」

「だいたい一年くらい試用期間を設けて、あとは終身契約を望む者が多いかな。十年とか二十年で放り出されても困るって奴は特にね」

「その、人権というか、ちゃんと生活は保証されているのですよね? 給与なんかはどうなっているんです?」

「衣食住は主人が賄うから給金は無いよ。期限付きの場合は契約解除時に独立資金を出す契約をしたりもするけどね。仕事を評価されれば、奴隷から使用人に格上げされて給金が貰えるから家族を持つことも可能だよ」


 めちゃくちゃ手厚い。奴隷というより、個人事業主という感じだ。そして奴隷市はエージェントやハローワークってところか。

 奴隷の売買は契約金という形で全額奴隷市に入るが、契約先が決まるまでの食事と寝床は所属する市が賄うので数年売れなければ追い出されることもあるという。


「なぜ奴隷という言葉が残っているのでしょう。職業案内所とかもっと良い名前がありそうなのに」

「うーん、扱いがマシになっても所詮隷属契約だからじゃない? 隷属契約すると、逃げたり主人を裏切ったり出来なくなるんだよ。だから主の方にも利があるってこと」


 なるほど、たしかに奴隷といえば奴隷なのか。昨日セルジオの言っていた両者に利があるとはこのことだろう。わたしたちは特に誰かを買う気はなかったので完全に冷やかしなのだけど、直接この場を見られて良かったと思う。

 わたしには前世の記憶がある分、勝手なイメージで偏見を持っていたのだから。

 

「アレ、いいね。上手く隠してるつもりだろうけど、なかなか絶望してる」


 ディディエの視線の先には穏やかな笑顔で刺繍するまだ若い女性がいた。最近あまり見なくなった悪い笑みを浮かべるディディエに、頼むから悪いことはしてくれるなと心の底から願った。

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