6.生誕祝い
「お父様、今なんと?」
「ん? 闇オークションですよ」
「えっと、お祝いというのは?」
「シェリエルの喜ぶものをと思って前々から生誕祝いにしようと思っていたんですよ」
全然話が噛み合わないな?
ディディエは知っていたようで特に驚いた様子もなく、ユリウスの表情は陰になっていて見えなかった。
誕生日プレゼントに闇オークション体験というのは貴族にとって普通のことなのだろうか。心なしか護衛騎士たちは張り切っていて、誰も戸惑った様子さえない。なぜかメアリが馬車で留守番になっていたが、この為だったのかと嫌に納得する。
違法だという話だったので、人の多い往来で問い詰めるわけにもいかず、そのまま付いて歩いているうちに街の端の方まで来ていた。賑やかな声が遠くに聞こえる程度で、灯りも少なくいかにも怪しげな雰囲気のある裏通り。それでも中心地からは歩いてこれる距離で、こんなところで本当に闇オークションが行われるのだろうか。
もしや、サプライズパーティーで会場に入るとヘルメスやリヒトが待っているなんてこと……
そんな期待も虚しく、ある扉を変わったリズムで叩くと仮面を付けた男に迎え入れられる。簡単にボディチェックを済ませ、そのまま地下に続く階段を降りていく。地下の扉を開くとその先は真っ暗だった。
「すぐに慣れますよ。心配だったら目を強化しておくと良く見えます」
セルジオは慣れた様子でわたしの手を引いた。たしかに少しすると目が慣れてきたのか、うっすら全体が見えてくる。大きな講堂のようだ。ここ、もしかしてわたしが買われた場所では?
自分の買われた場所で、自分の誕生日プレゼントに、自分と同じような奴隷でも買うというのだろうか。さすがに趣味が悪すぎる。
そう、抗議しようとセルジオを見上げると、今まで見た事もないほど口角が吊り上がっていた。とても楽しみにしているらしい。
身分を隠すため会場内での会話はほとんどなく、結局何も言えぬまま最前列のど真ん中に着席する。ディディエも少し興奮気味だし、ユリウスは薄氷のような笑みを浮かべ落ち着き払って座っていた。この状況に付いて行けてないのはわたしだけなのだ。
パッと舞台に灯りが灯り、司会らしき男が出て来た。聞き覚えのある声に、わたしはここが数年前に連れてこられた場所なのだと確信する。希少な宝石や絵画が出て来ては、男の声が数字を読み上げる。ちらりと後ろを振り向くと、見覚えのある色の数字たちが光っていた。
手元の板に数字を書くと、書いた文字が光るらしい。魔導具ではないようだが、特殊なインクか板を使っているのだろう。
「さあ、お次の商品は皆様お待ちかね、七歳の少年です。すでに調教済みなので穢れの心配もありません。ここ数年は入荷が減っているので、次回はご用意出来る保証はありませんよ」
うわ、やっぱり。司会の煽り文句に眉を顰めながら、どうか入札しませんようにとセルジオを見る。セルジオは何を思ったのか、数字を書く板を持たずにそのまま手を挙げた。
パッと、講堂内が明るくなる。
「な、なんだ!?」
「おい、故障か! どうなってる」
「お、お客様落ち着いてください、ただいま原因を調べますので!」
混乱した客が騒ぎだし、咄嗟に顔を隠す者や入り口の方へ逃げる者など様々だが、なぜか入り口の扉が開かないようで、次第に会場内はパニックになっていた。
「シェリエル、前に違法なら潰しちゃえば良かったのにって言ってただろ? だから潰しに来たんだよ」
ディディエがとても慈愛に満ちた笑顔でこちらを見ていた。え、どういうこと?
急いで記憶を遡ると、たしかにわたしは「潰せば良かったのでは」と言っていた。ああ、商会の運営がどうとかでわたしの買取額の話になったときか……
「だからって普通子どもを連れて来ます?」
「直接見たいかと思って。僕も気に入らなかったしね。あいつらに奪われなければもっと早く僕の妹になってたのに」
お兄様……
いや、兄の愛情に浸っている場合ではない。セルジオはこのために結界にこだわっていたのか。四方に散らばっていたらしい騎士たちが布で顔を隠したまま次々に屈強な男たちを薙ぎ倒し縛り上げている。その様子は完全にテロリストの襲撃で、ふと、死の夢で悪事を重ねてきたと断罪されたことを思い出す。
そういえば、わたし身分詐称に神官の殺害、他領の施設襲撃教唆って、夢より悪いことしてるんじゃ……
セルジオは既に壇上に上がり司会の男を締め上げていた。
「貴様ら! こんなことをしてただで済むと……」
小物らしい台詞を言い終える前に司会の男は意識が飛んだようだ。セルジオはそのまま舞台裏まで進み、奥から悲鳴や何かが壊れる音が響いている。商品として連れてこられた男の子は泣きもせずただボーッとしているだけだった。
「先生…… どうすれば……」
「君は本当に愛されているんだね、私も少し手伝って来ようかな。可愛い生徒の生誕祝いだ」
わぁ、先生まで。ユリウスはフードの陰から整った笑顔を覗かせると、サッと舞台に上がった。男の子を回収するように小脇に抱え、セルジオの消えていった方へと歩いていく。
ディディエはわたしの護衛も兼ねているらしくずっと隣に居てくれたが、パニックになっている会場の最前列ど真ん中でただ座っているのは気が気じゃない。
しかし、まあ、違法な施設が潰れるなら良い事だろう。たぶん良いことだ。たとえその様がテロリストでも。
しばらくしてセルジオが舞台上に戻ってくると、フードを深く被ったまま明るい声を響かせる。
「ハイハイ、皆さん良く聞いてくださいね。違法な闇オークションには参加しただけでも刑罰があるとご存知ですよね? 貴族なら多額の罰金で済みますが、平民だと投獄もありますよ。ですが今日は祝いの席なのであなた方は見逃しましょう。さぁ、帰っていいですよ! お帰りの際は足元に気を付けて!」
セルジオの合図で扉が開かれると、客たちは互いを押し除けるようにぶつかり合いながら地上を目指していた。
「シェリエル、もう片付きましたから少し見学してみますか? 本当は剣術の授業がてらシェリエルにも戦わせてあげようかと思ったんですけど、そんな暇ありませんでしたね」
「わたし体術はまだまだですものね。って、違いますお父様。子どもを戦闘に駆り出さないでください」
セルジオに連れられ奥へと進んで行くと、商品が雑多に並んだ倉庫なような部屋に辿り着く。奥には檻に入った三人の子どもがいた。きっと奴隷として売られるはずだった子たちだろう。
「お父様、この子たちはどうなるのですか」
「ここの領主に預けても処分されるでしょうし、薬抜きしながら北部に連れて行きますかね。ディディエ、どうです?」
ディディエは檻の前にしゃがみ、じっくりと観察しながら何か話しかけていた。一通り終わったのか、騎士に指示して檻から出してやっている。
「ダメですね、完全に感情が閉じてます。それに、ほとんど意識が無い状態ですね」
「過剰投与ですか、無茶をしますねぇ。闇オークションで売られる子どもは基本、薬で感情を奪われるんですよ。そうすることで穢れに堕ちないので、普通の奴隷とは違った使い方が出来るんです」
「そんな…… この子たちは治るのですか?」
「まだ幼いですし、薬を抜けば大丈夫でしょう」
良かった。それにしても酷いことをする。セルジオに短剣くらいは持たせておいても良かったのではないだろうか。
きっと、わたしが居たあの部屋の子どもたちも感情を奪われていたのだろう。道理で泣きもせず喋りもしなかったわけだ。嫌な答え合わせをしていると、ふと自分の身を不思議に思う。
「なぜわたしは薬が使われなかったのでしょう」
「薬を使うのは三歳以降だからね」
あれ? ユリウスは普通に混ざっているが、わたしがここで買われたことを知っていたんだろうか。疑問が顔に出ていたようで、すかさずユリウスが言葉を続ける。
「私は耳もいいんだ」
「そうだったのですね」
ああ、噂を知っていたのか。それでもわたしの教師をしてくれているのはありがたい。
「そういえば、主催者は見つかったのですか?」
「いま調べさせてますよ。どう使うかはディディエに任せましょうかね」
「ありがとうございます。せっかくなので最大限の利益を出しますよ」
ーーバンッ!
大きな音と共に突然扉が開き、小さな子どもが飛び込んで来た。セルジオがガシッと首根っこを掴むと、バタバタと勢いよく暴れだす。よく見るとわたしと同じ年頃の女の子だった。
「離して! 離してよッ! レオを返して!」
囚われた子の身内だろうか。檻から出された子どもたちは、誰一人反応していないが、掴まれたままの女の子は必死にそちらを目指して手足をバタつかせている。セルジオがパッと手を離すと、一目散に一人の男の子に駆け寄った。
「レオ! レオ! わたしよ、わかる? 返事してよ!」
レオと呼ばれる男の子はボーッと見つめ返すだけで、微かに瞬きが増えたくらいの反応しかない。それでも諦めず、女の子は声をかけ続ける。しばらく倉庫には悲痛な声が響いていた。そして、だんだんと女の子の声が揺れ、か細く消え入りそうな懇願へと変わる。
「あなた、お名前は? その子のお姉さんかしら?」
「うるさい! ……近寄るなケダモノ」
「安心して、わたしたちはこのオークションを潰しに来たの」
潰しに来た、でいいのよね? 買いに来たわけではないのだし。
女の子は男の子を抱えたまま光の無い瞳でこちらを見ている。わたしはなるべく刺激しないよう、目線を合わせ、ゆっくりと静かに話しかけた。
「その子と一緒に帰れるようにするわ。でも少し治療が必要なの。今のままだときっと貴女のことも分からないままよ」
「帰るとこなんてない……」
「そう、じゃあ帰るところも見つけないとね」
「レオは、治る……?」
「治るわ」
女の子は充血した目にたくさんの涙を溜め、ふるふると震えている。暗く澱んだ顔色が徐々に朱を帯び始めると、ボロボロと涙を流しながら言葉にならない何かを呟いていた。
わたしはフードを取り、改めて女の子に名前を訊ねる。
「お名前は? わたしはシェリエルよ」
「ミア…… レオを助けて…… ください」
「ええ、約束するわ。一人で助けに来たのね、えらいわ」
こんなところに幼い女の子が一人で乗り込むなど、相当な覚悟と勇気がいったはずだ。落ち着かせるように頭を撫でると、ミアは声をあげて泣きはじめた。
「ふーん、こういうのもアリだね」
「お兄様、不謹慎ですよ」
害になりそうなディディエを遠ざけ、子どもたちを一人ひとり騎士たちに運んでもらう。外に出ると荷馬車が来ていて、メイドたちが暖かい毛布と食べ物を用意していた。
荷台の奥から見慣れた灰桃色の頭が見え、わたしはホッと一息吐いた。
「リヒトが居るなら安心ですね」
「治癒は薬を抜いてからだよ。この状態で治癒をかけると薬が余計に回ってしまうんだ」
ディディエは人の心の揺れに関心があるからか、使われた薬について詳しいようだ。この事態もあらかじめ想定していたのか、メイドたちが手際良く瓶に入った液体を飲ませていた。
「あれは?」
「解毒薬ってところかな? ふふ、ユリウスも飲んでおく?」
悪戯な笑みをユリウスに向け、液体の波打つ音をさせながら胸から一瓶の薬を差し出した。ユリウスは怒るでもなく黙ってディディエを見つめ返すと、フッと片頬を緩ませる。
「私のは天然だよ」
「なんだ、残念。でも少し開いてきたよね」
「そうかな? 君たちといると退屈しないからね」
また二人で分かり合っちゃって。訳のわからない会話でクスクスと笑いあう二人に付いていけず、わたしはミアとレオの元へ向かった。





