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眠れる森の悪魔  作者: 鹿条シキ
第三章 旅と魔法

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5.ベリアルドの良心


 初対面の祖父母はとても良い人たちだった。

 わたしの髪の色を気にする素振りもなく、目が溶けてしまいそうなほど常に笑っている。ディオールの両親とは思えないほどに優しく穏やかだ。


「シェリエル、疲れたでしょう? 欲しいものがあったら何でも言ってちょうだいね」

「ありがとうございます、お婆さま」


 案内された客室は城の自室より広く、綺麗に整えられていた。セルジオやディディエの部屋とも近く、なんだか少し不思議な感じがする。旅の服装はリラックス出来るよう軽装だったので、そのままでも良いかと思ったが、汚れていると言われ同じような服に一度着替える。夕食の時間になり食堂へ案内されると、すでにたくさんの料理が並び、城から連れてきた使用人のみが給仕していた。


「慣れない旅で気も休まらないだろうが、自分の家だと思ってゆっくりしていきなさい」

「シェリエルは何が好みなのかしら? お野菜を食べると聞いているけれど、お肉も食べられる?」

「ありがとうございます。何でも食べられますよ、とても美味しいです」

「ほら、これは隣村の特産の果実よ、サッパリしているからお肉と一緒に食べるといいわ」


 ああ、この感じ。まさしく祖父母の家だ。無限に食べ物が出て来て、考えられないくらいの量を食べてしまうやつ。ベリアルドの家系でも、呪いを継いでないとこうも和やかな雰囲気になるのか……

 不穏な笑みや、背筋のピリッとするような視線もない。平和な食卓に逆に驚いてしまった。


「明日はどこまで行くつもりだい?」

「少し他領にも足を伸ばそうかと思っているんですよ。せっかくの生誕祝いですからね」


 初耳だった。城から出たのも初めてなのに、いきなり他領へ行って大丈夫だろうか。けれど、話を聞くと他領の領主を訪ねるわけではなく、ほんの少し寄り道するだけらしい。考えるのが嫌いなセルジオがわたしのために旅行の計画を立ててくれたなんて、感動してしまいそうになる。


「ディディエも行きたいと言っていたところなので、ちょうど良かったんですよ」

「おやおや、あのディディエが観光に興味を持つなんて、本当に成長したわねぇ」


 ディディエが相変わらずの優等生スマイルでわたしを見る。


「ええ、これもシェリエルのおかげです。近頃城もずいぶん賑やかになったんですよ。お婆さまもまた城へ遊びに来てください」

「あら、嬉しい。あなた、来年はわたしたちがお邪魔しましょう?」

「そうだね、そうしよう」


 この様子なら、ユリウスをもう少しちゃんと誘えば良かったと後悔する。ちゃんと食べているだろうか。干し肉で済ませていないと良いけれど。

 城での生活も楽しく今は何の不満も無いが、穏やかな祖父母の笑顔にまた違った温かさを感じた。


「あの、わたしたちばかり食べていて良いのですか……」

「ああ、わしらはもう年だからね。それほど多くは食べられんのだよ。わしらの分も遠慮なく食べなさい」


 二人はほとんど食事に手を付けず、たまに鶏肉を蒸したもの、あとは果物を中心に食べていた。やはり高齢になるとお肉だけでは厳しいのではないだろうか。


「良かったら、お野菜を使った料理のレシピを置いて行くので、試してみてください」

「それは嬉しいねぇ。ヘルメス兄さんから聞いて食べてみたかったんだよ」


 良かった、野菜に抵抗はないみたいだ。料理人に頼んで、いくつか作り方を伝えておいて貰おう。もし気に入ってくれたら、この近くで採れる野菜を送って貰えるようになるかもしれない。

 少しのお節介と少しの打算から、わたしは料理人の仕事を増やしてしまった。


「話し足りないけれど、今日はゆっくりお休み。長旅は疲れるからね」

「おやすみなさいませ、お爺さま、お婆さま」


 客室に戻り、メアリに服を脱がせてもらう。お風呂がないので旅の間は洗浄魔法で身を清めることにした。

 あ、もしかしてディオールがお留守番を買って出たのはお風呂に入れないから?

 ディオールはすでに入浴しないと気持ち悪くて眠れないというくらい風呂好きになっていた。そんなことを考えながら、わたしは全身に温水を纏わせる。部分的にしか洗浄が出来ないメアリにも練習だと言って洗ってあげた。

 さすがに疲れていたのか、自室でなくてもわたしはすぐに眠りに落ちてしまった。


 翌朝、わたしたちは早めに屋敷を後にする。見送りに来てくれたお爺さまお婆さまは、目を潤ませ別れを惜しんでくれた。


「本当にあっという間だったわ。レシピもありがとうね、シェリエル。次はゆっくりとお話ししましょうね」

「はい、お婆さま。お身体ご自愛くださいね。またお会いできるのを楽しみにしています」


 挨拶が済み馬車に乗り込むと、どこからともなくノアが現れた。定位置になったわたしの膝で丸くなると、旅の二日目が始まる。


「シェリエル、呪いを継がないベリアルドはどうでした?」

「とても良い人過ぎて、逆に心配になるくらいでした」


 悪い意味では無いのだが、人が良すぎて変な壺でも買ってしまいそうで心配なのだ。ディオールも外国の商人から変な美容法を教わっていたし。


「そうでしょ? ベリアルドで呪いを継がない者は皆良い人過ぎるのが特徴なんです」

「面白いよね、まるで僕たちに欠けた良心を集めてるみたいだろ?」


 ディディエは他人事のようにケラケラと笑っている。あまり親族は多くないけれど、全員が貴族には珍しいくらい無欲で常識のある良い人ばかりらしい。

 領主本家で呪いを継がない者は、一族の良心代表として領主補佐の役職に付くが、たまたま今は良心が不在らしい。

 一応わたしがその枠にと思われていたらしいが、正直、祖父母に会った後だと自分がそこまで良い人だとは思えなかった。


「もしわたしも呪いを継いでいたらどうするのですか……」

「まあ、その為に使用人や側近は常識人ばかり集めてますからね。ザリスの家系も昔から我が家に仕えてますけど、皆面白味がないくらい真面目ですよ」


 ああ、それで城には良い人しか居ないのか。わたしの髪に困惑する事はあってもあからさまに蔑んだり意地悪してくるような人は居なかった。数人の狂人のために数百人の常識人が必要なのかと思うと、それはそれで大変だな。


 何度か休憩しながら、また昨日と同じように朝食をとり、今日は馬車で魔法陣の検証をする。

 ユリウスも用事は済ませて来たと言っていたので、今日はゆっくり授業ができるようだ。


「これがセルジオの使った魔術書か。たしかにこの部分、記号が違うね」

「そうでしょう? 一箇所でも違えば陣は作動しないと言っていましたけど、そんなことないようですね」


 もしくは、間違いではないのかもしれない。二つの記号、どちらも同じ意味ならば、別におかしなことではないのだから。

 意味、か。魔法陣は電子回路のようなものだと思っていたけど、記号に意味があるならば、それは言語に近い。


「魔法陣は言語なのかもしれませんね」

「また君はおかしなことを」

「そうです? だってほら、同じ記号が何箇所かありますし、水と風でも同じ記号が使われてますよ。あ、ここは紋章に似てますね」


 貴族の紋章は、前世で見た事のある動物や植物をモチーフにしたエンブレムとは違って、丸の中に抽象的な記号を合わせたようなマークだった。

 それこそ、初級の魔法陣に似ていて、上級の魔法陣の中にもそういったマークがいくつか含まれている。


「家門の紋章は神から賜るものだからね。似ていても不思議はない」

「じゃあやっぱり、魔法陣は神様語なのかもしれませんね。少し解読してみましょう」

「出来るのか?」「出来るの!?」


 なぜかディディエも加わり、わたしに期待の視線が集まる。出来るかどうかは分からないが、外国語もそうやって覚えたので、言語ならば可能性はある。


「やってみるだけです。あまり期待しないでくださいね」

 

 そう断って、わたしはペラペラと魔導書をめくりながら、さまざまな魔法陣を頭に叩き込んだ。基礎の魔法は教わっているのでだいたいが知っている魔法陣だが、ギフトによる魔法陣も載っているのでそちらを新しく頭に入れていく。


「ユリウス、こうなるとシェリエルしばらく反応ないから放っておいてもいいよ」

「では少し席を外そうかな。何かあったら呼んでくれ」


 二人の会話が遠くに聞こえるが、そのうち何も聞こえなくなった。わたしは知っている魔法陣の共通点を洗い出し、呪文に含まれる同じ言葉を照らし合わせていく。神々にあたる記号を見つけ出し、そこを起点に解読を進めていった。

 けれど、文章になっていない、一見バラバラに配置された記号を読み解くのは難しく、魔法陣自体の規則性を見つける方が先かもしれない。そう思って、今度は一番大きな魔法陣である洗礼の儀の魔法陣を解読していく。

 たぶん、術士の立つ箇所の記号は…… 初級魔法の陣に似ている、簡略化したものかも。ああ、やっぱりこれは神々の名前だ。読み方は分からないけど。あと、これは奏上かな……


 

 ガタンッと馬車が揺れ、ハッと顔を上げると、隣にユリウスの姿はなく、外からはガヤガヤと声が聞こえていた。しかも既に日が沈みかけている。


「あれ、先生は」

「シェリエルすごい集中してたから一度戻ったんだよ。それに、もう他領に入っちゃったんだけど、気づかなかった?」

「全然気付きませんでした」


 改めて外を覗くと賑やかな街のすぐ側まで来ていたようだ。隣の領地ではあるが、境界に位置する街で進路もそれほど逸れてはいないらしい。


「もう日が暮れますけど、今夜はこちらに?」

「ふふ、今夜もシェリエルへの生誕祝いを用意してるんです。楽しみにしててください。あ、ユリウスも呼びます?」

「そうしましょう!」


 この街は観光地として有名で、珍しく貴族も普通に訪れる場所らしい。ベリアルド領にはそういった場所がないので、わたしの社会科見学も兼ねているのだろう。貴族は一応ローブのフードで髪色を隠す文化だというので、ノアにその旨を伝えユリウスを呼んでもらう。

 着替える用の荷台に移動すると、ユリウスがズイっと顔を覗き込んできた。


「シェリエル、解読は出来たのかい?」

「ほらほら、ユリウス一度授業のことは忘れて、観光しましょう!」


 セルジオにフードを被せられ、ユリウスは目を丸くして固まってしまった。ディディエは「諦めろ」と一言呟き、わたし用に誂えた小さめのローブを着せてくれる。


「あ、お前たち髪を結った方がいいね。ほら、ユリウス結んでやるからこっち来なよ」


 わたしはメアリに低い位置で髪を一つに結ってもらい、隣を見るとユリウスも同じ髪型になっていた。髪ゴムなどないので、髪がばらけないよう手で持ちながら紐で結ぶのだが、わたしはまだ自分ではうまく纏められない。


「お兄様は髪も結えるのですね、すごいです」

「剣術の授業中なんかは補佐官も侍女も付けられないから、自分で結ぶしかないんだよ」


 されるがままに大人しく髪を纏められたユリウスは、フードも被り観光する気になったらしい。

 荷馬車を降り街に入ると、灯りの魔導具が灯された街は人で賑わっていた。平民らしい人々や、フードを被った貴族が入り乱れ、とても活気がある。


「先に夕食を済ませましょうか。この街は市のようになっているので屋台で買ってそのまま食べるんです」


 セルジオに先導され、最小限の護衛を連れて街を歩く。フードを被った団体さんはあちこちに居るので、悪目立ちしているわけでもなさそうだ。肉の焼ける匂いに、香辛料、それに果物の甘い香りもする。

 平民の出す店なので、蒸した芋を売る店もあった。それぞれ補佐官が毒見したものを食べながら歩く。


「ディディエは大丈夫ですか? 討伐にも出たことがないので、こういった食事は初めてでしょう?」

「落ち着きませんね。だいたい、人がこれほど多いところで歩きながら食事なんて」


 たしかに、城での生活に慣れていると庶民の文化には慣れないだろう。ふとユリウスを見ると、肉の串を見ながらボーッとしていた。


「ユリウス先生? どうしました?」

「この串は危なくないのか?」

「ああ、串を横にしてお肉を引き抜くようにして食べるといいですよ」

「君、初めてだろう? よく知っているな」


 そうだった。ユリウスはわたしに前世の記憶があることを知らなかったんだ。咄嗟にセルジオの真似だと誤魔化し、わたしもお肉を齧る。


「お父様、これからどこへ行くのですか?」

「言ってませんでしたっけ? 闇オークションですよ」


 聞いていませんが? わたしは思わず肉を喉に詰まらせるところだった。


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