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眠れる森の悪魔  作者: 鹿条シキ
第三章 旅と魔法

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4.魔法陣の保存


 なぜかディディエが諭すように転移魔法というものを語りだす。


「あのね、転移っていうのは一組の魔法陣を別々の場所に配置して使うものなんだ。転移門は魔法陣を固定してあるから永続的に使えるけど、術士が転移出来るのは一回だけ。だからいつでもっていうのはあり得ないんだよ」

「一回だけ? それってどうやって転移するのです?」

「ええと、例えば、自室で一度転移の呪文を唱えるだろ? それで庭に出て、もう一度転移の呪文を唱える。そしたら自室の元の位置に転移する。あれ? そうか、この魔法でも陣が張られているのか」


 どうやら、魔法を使う際に魔法陣が生成されるというのはあまり一般的には知られていないようで、ディディエはまだその仕組みに慣れないらしい。

 ディディエの言うように一回きりの転移しか出来ないというのは、外の世界には座標の保存場所が一組分しかなく、常に上書いているんじゃないだろうか。


「それだと帰るだけの魔法になりそうですね」

「うん、実際魔力も喰うし、戦闘中の避難用とか用途は限られてるよ。ユリウスみたいにポコポコ移動するのは精霊の力じゃないかな」

「でも魔法陣は保存出来るのですから、何もおかしいことではないように思いますけど」

「その保存っていうのがおかしいんだってば」


 なるほど、わたしは内なる次元をサーバーのように考えているので、自然と保存という考えが浮かんだのだけど、ディディエは空間魔法で生み出すただの部屋と考えているのかもしれない。


「お兄様は内なる次元で詠唱するとき、何を想像してどのように魔術を使っていますか?」

「ん? 単に真っ暗な空間に自分が立ってて、そこで実際に魔術を使うように神に祈りを捧げるだけだよ」


 なんだかディディエの口から神に祈りを捧げると聞くと、違和感があるが、怒られそうなので黙っておく。


「では、その空間を図書館や資料室だと想像してみてください。たくさん白紙の本や書類が並んでいて、自分で本を作って行くのです。祈りで想像する完成形を本の表紙にして、生成された魔法陣を本に書き写してみてください。次に使うときは水球をイメージしたら本が開くので、そこに魔力を込めるのですよ」


 なんとなくディディエでも想像出来そうなものに例えてみたが、伝わるだろうか。ふと隣を見上げると、ユリウスも思案するように目を瞑り、ジッと何かに集中していた。

 しばらく無言の時間が続き、わたしは二人の集中を切らさないよう、固まった身体をほぐすためストレッチする。


「あ、本当だ、出来た。これ、たしかに保存だね。転移魔法だとそれぞれ別々に保存すれば可能ってことか」

「そうだと思います」


 ディディエは魔法陣の保存を水球で試しているらしく、パッパと素早く出したり消したりしている。

 二人で転移魔法について考察していると、特に新しい発見は無いだろうと思っていたユリウスが、無駄に良い顔で笑っていた。


「ふむ、なるほど。今まで感覚でやっていたけれど、次元は具体的に形を持たせることが出来るのか」


 あれ? 先生は本当にただの感覚でやっていたの?

 むしろ、なにも想像しないでどうやって保存やら何やらをしていたんだろう。ノアと同調しているからか、魔術の扱いが精霊に近いのかもしれない。

 三人とも微妙に魔術に対する認識が違うらしく、常に誰かが疑問符を浮かべる事態になっていた。


「先生は普段どうやって転移しているのですか? 行き先の指定も自由に出来るのですよね?」

「やり方は先程のディディエの言った通りだよ。陣を張る時にその場所の座標が織り込まれるから、行き先を指定する時はその場所を思い浮かべるだけでいい。君の考える保存と同じだと言っただろ?」


 なるほど、魔法陣は同じに見えても裏では座標情報が組み込まれるのか。外部パラメータみたいなものかな?

 

「試してみたいのですけど、わたしはまだ上級魔法を習っていないのですよね……」

「僕も空の加護が無いから上級魔法の転移は出来ないんだよね。父上にはちょっと説明が……」

「ユリウス! ささ、以前にやってくれたアレをお願いします」


 すかさずセルジオが感覚の共有を強請る。我が父ながら、自分で考えようとしないのはどうかと思う。


「お父様、ユリウス先生に頼ってばかりではダメですよ」

「うーん、そうですね。じゃあ代わりに剣術を教えましょうか。ユリウスも必要なのでは?」


 そういうことじゃないんですよ、お父様。

 男装の麗人と言われても納得してしまいそうな中性的な顔立ちのユリウスが剣を扱うなど想像も出来ない。けれど、やはり男の子だからだろうか。ニコリと笑い、ユリウスは承諾した。


「では同調しながら近くに転移してみよう」

「ユリウスは他人と一緒に転移出来るのですか。それって特級なのでは?」


 わたしは何度か転移させて貰っていたのでそういうものだと思っていたが、普通は上級魔法でも人ひとり転移するのがやっとらしい。やはりユリウスはすごい魔術士だった。

 ユリウスは少し離れた木の側へと歩いて行き、また戻ってきてセルジオの頭に手をかざした。そして、もう片方の手でセルジオの手首を掴む。流石にわたしのように抱き上げるわけにはいかないようだ。

 パッと目の前から二人が消えたかと思うと、先程向かった木の側に同じ姿勢で二人が立っていた。そしてまた目の前へと戻ってくる。


「ふむふむ、なんとなく分かりました」

「お父様は感覚型なのでユリウス先生と相性が良いのでしょうね」


 セルジオはとことことあたりを歩き回りながら、たまに立ち止まっては陣を張っているらしい。歩き回るのを止めたかと思うと、今度は一瞬でそこらへんを移動しはじめた。二箇所を行き来ではなく、座標を記録した地点を次々に移動しているらしい。


「わぁ、凄いです! お父様は本当にすぐ習得してしまいますね」

「んふふ、これ、とても良いですね。詠唱も必要ありませんし、暗殺向きです」


 ユリウスは完全無詠唱で転移する方法を伝えたようだ。試してみたかった気持ちは分かるが、相手を考えて欲しい。どんどんセルジオの物騒度が上がって行ってしまう。

 同じくげんなりとした様子でセルジオを眺めるディディエがまた溜息を漏らした。


「はぁ、こういう父を持つと子は苦労するんだよね。あぁ〜イヤだ」

「お兄様もすぐに習得してしまったでしょう?」

「僕は一応自分なりに理解して試しためしやっているんだよ。理解もせずに感覚だけで習得する父上と一緒にしないで欲しいな」


 それでも充分凄いと思うのだけど、やはり何も考えていなさそうなセルジオがすぐに習得してしまうのは納得いかないらしい。わたしもそれには同感だ。

 能天気に草原を転移しまくっているセルジオを眺めていたが、ユリウスはまた別のことを考えていたようだ。


「ディディエは転移魔法をどの程度扱える?」

「中級くらいかな。物の転送なら出来るよ」

「ふむ、保存は自身の魔力で練った魔法陣をそのまま使うことになるから、上級魔法でも使えるかもしれないよ」


 どういうことだろう?

 魔法の階級は使用する魔力量によって決まると習った。加護のない属性は上位貴族でも中級程度が限界だったはず。


「上級魔法で大量に魔力が必要なのは、魔法陣の生成にそれだけ魔力が必要だからだよ」

「先生、魔法陣なら中位貴族でも扱えるのですよね?」

「複数人いればね。魔法陣であっても、全体に魔力を通さなくてはいけないから、使う魔力量は変わらないよ。だが魔法陣を自己保存出来るとなると話は違う。自分の魔力で生成した陣をそのまま保存しているから、純粋に現象と等価の魔力量だけで発動するはずだ」


 わたしはまだ上級魔法を習っていないので実際に使ったことはないが、洗礼の儀で使った魔法陣を思えば納得だった。あの陣を満たすのに、わたしは泉の入口を開いてまで魔力を突っ込んだのだから。

 

「てかさ、ユリウスは元々転移魔法で陣を保存してたんだよね? なんで今まで気づかなかったの? 魔力の使用量に違いがあるならもっと早く気づいただろ」

「私は人より魔力量が多いんだよ。上級の魔法陣でも微々たる差だからそれほど気にならなかったんだ」

「嫌味なやつだな、おい」


 実はわたしも魔法陣の生成に魔力を使っているなんて気付かなかった。上級となるとまた違うのかもしれないし、魔法陣の保存は時間短縮だけでなく魔力削減効果もあるらしいので試してみてよかったと思う。


 なんだかんだと保存と転移の実験をしていたら、既に使用人が片付けを済ませており、出発の準備が整っていた。流れで魔術の実験をはじめてしまったが、本当は馬車の中で座学と簡単な訓練をする予定だった。


「今日はこれくらいにしておこうか。明日その分時間を取ろう。セルジオの魔術書は持って来ているかい?」

「はい、馬車に持ち込んでいます。そうだ、夜のお食事はどうされますか?」

「ああ、夜はオウェンスに用意させるよ。また明日の朝にね」

「先生、ありがとうございました。あ、こちらのパンと菓子をお持ちください。ちゃんと食べてくださいね」


 わたしは料理人にお願いしていたパンと菓子を渡す。今朝城で焼いてきたものだが、道中でも新しく焼けるらしく、これから毎日持たせようと思う。貴族の屋敷に泊まるのならば、きっとユリウスは夕食には出てこないだろうから。


 こうして食休をかねた短い魔術の授業が終わり、わたしたちは再び馬車に乗り込んだ。ひとしきり転移魔法で遊んだセルジオは、さっき朝食を食べたばかりだというのにもう菓子をつまんでいる。


「転移魔法が使えるようになったのは良いですけど、結界内では使えないのが残念ですね」

「父上はそんなに結界が気に入らないのですか」

「ええ、だって短剣で大勢と戦うのすごく疲れるんですよ。基本が体術になるので転移が使えてもあまり役に立ちそうもありません」

「なぜ、お父様はいつも戦う前提なんです……」

「騎士ですからね」


 職業病というやつだろうか。実際、セルジオは領主として執務をしながら領地で魔物が出れば討伐にも出ている。騎士と領主を兼任するなど聞いたこともないが、剣術に執着のあるセルジオにとっては譲れない部分なのだろう。


「結界が効いているなら他の方も丸腰なのでしょう? 大剣で一方的に屠るのは騎士道に反するのではありませんか?」

「ふむ、たしかにそうですね。潔く素手で戦うことにします」


 良かった、これで何かあってもほとんどの人が大怪我で済むはずだ。ザリスに短剣を取り上げるよう言っておかなければ。

 何度か短い休憩を挟み、日が沈みかけた頃わたしたちは大きな街に到着した。今夜はこの街を治めるベリアルドの分家の屋敷にお世話になるらしい。


「ここに寄るのも旅の目的の一つだったんですよ」


 大きな屋敷の正門に入り、馬車から降りると大勢の使用人が出迎えてくれた。その一番奥には一組の老夫婦が立っている。だんだんと近づくにつれ、なんとなく懐かしい気持ちになった。


「ようこそおいでくださいました、セルジオ様」

「ご無沙汰しております叔父上、身内だけですから楽にしてください」

「ほほ、そうか。ディディエも大きくなったな。こちらのお嬢さんが?」


 叔父上? ということはヘルメスかお婆様のご兄弟? わたしは当たり障りのない貴族の挨拶をすると、老夫婦は目が無くなるのではと思うほどに目尻を下げて歓迎してくれた。


「僕の叔父で、父上の弟にあたり、ディオールの両親ですよ。そして貴女の祖父ゾラド伯爵ですよ」

「お、お爺さまとお婆さま!?」


 本当のところわたしはディオールの子ではないので、遠縁の親戚になるのだろうか。騙すようで気が引けるが、やはり歓迎されると嬉しく、ついその好意に甘えてしまう。


「彼らは一族の呪いを継いでないので安心してください」


 屋敷に入る際、セルジオがこっそり耳打ちしてきた。


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