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眠れる森の悪魔  作者: 鹿条シキ
第三章 旅と魔法

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3.魔術とは


 城を出て数時間ほど走っただろうか。青い空と緑の草原のコントラストが美しい田舎道をひた走る。舗装されていない剥き出しの土の上でも、それほど揺れなかったのは幸いだった。途中で町や村を通り過ぎ、昼前に朝食のため馬車を止める。朝早く出たので、喉も乾き膀胱も限界が近かった。

 

 この世界のトイレは緑色のスライムのようなもので汚物を分解するので水を必要としない。携帯用のトイレは革袋にこのスライムもどきが入っていて、道中でも布で仕切られたテントで用を足す。最初は抵抗があったが、臭いもなくすぐに分解してくれるので、旅で一番大事なものを問われたら真っ先にこの携帯トイレをあげるだろう。それくらい気に入ったのだ。


「シェリエル疲れてない?」

「はい、座椅子がふかふかですからお尻もまだ大丈夫です」


 荷馬車からテーブルや椅子が出され、簡単に朝食の準備が始まっていた。どこかの町に立ち寄るのだと思っていたけれど、基本的にはこうして見晴らしの良い場所で自炊になるらしい。

 水も火も魔術があるので簡単なものであればどこでも調理が出来るのだ。天気も良く、ピクニックのようでとても楽しい。


「夜はどうするのですか?」

「父上だけなら野営しただろうけど、僕たちも居るからどこか親族の屋敷にでも寄るんじゃないかな」

「宿に泊まったりはしないのですね」

「貴族の泊まる宿なんてないよ? 夜会なんかに呼ばれるときは主催の屋敷に客室があるしね」


 たしかに貴族用のホテルを作ったところで、管理する者がいない。平民が貴族の寝所に入る訳にもいかないし、結局自分の使用人が給仕するのだ。もしホテルを作るならば、高級レストランやスパで体験、観劇ができるような娯楽施設にする必要があるだろう。

 嫁ぎ先が見つからなかったとき、どうお金を稼ぐか考えるのが癖になってきているが、仕事は大事だ。欲を言えば不労所得が欲しい。不動産の動きが悪く賃貸業の無い貴族社会で不動産屋は厳しいが……


「シェリエル何か悪巧みしてる?」

「まさか、そんな! 将来について真面目に考えていただけですよ」


 ホホホと下手な笑いで誤魔化し、金勘定していた頭を切り替える。蝶を追いかけ野原を駆け回るノアを呼び、わたしたちはこの旅初めての朝食をとることにした。


「ノア、ユリウス先生を呼んでくれる?」


 きちんとノア用に茹でた鶏肉も用意しているが、まずはユリウスを召喚しなければ。オウェンスから聞いたユリウスの食生活は本当に酷いものだった。

 少ししてノアの身体にノイズが入り、ユリウスと入れ替わる。ノアは閉じた場所でなければ好きなところに行けるらしく、すぐにこちらに戻ってきた。


「ユリウス先生、おはようございます」

「おはよう、シェリエル。まだこんなところに居たのか、随分進みが遅いね」

「位置が分かるのですか?」

「魔鳥も付けているからね。ここへ来る前に視界を借りたんだ」


 スッとユリウスが見上げる視線の先には一羽のカラスが旋回していた。ユリウスが何か指示したのか、カラスは大木の枝にとまり、じっとこちらを見ている。馴染みのある鳥だが、やはりわたしの知っているカラスより大きい気がする。魔力があると大きく育つのだろうか。


 木陰に作られた簡易テーブルセットには既に朝食の準備がされていた。食べやすいようサンドイッチと豚の塩漬けを焼いたもの、あとは果物が添えられている。

 席に着くと、ぽかぽかと春のような暖かさで、気を抜くと眠ってしまいそうになる。


「暖房の魔導具でしたっけ? とても便利ですけど、これもギフテッドの遺物ですか?」

「これは結界と火の魔法を合わせた魔導具だね。一つの術式を改変することは出来ないが、二つを組み合わせて使うことはできる」


 なるほど、たしか洗浄魔法も火と水を合わせたものだった。結界魔法は無属性だが、呪文が存在するのでギフトではなく基本魔術らしい。

 身体をほぐしたディディエとセルジオも戻ってきて、わたしたちは食事をしながら魔術談義に花を咲かせた。


「先生、防魔の結界というのは詠唱を封じるものなのですか? 術の発動自体を封じるんでしょうか? 無詠唱なら魔法が使えるのか気になっていて」

「そうそう、僕も気になってたんですよ」


 セルジオは無詠唱を習得してから魔術に興味が湧いたらしく、旅の間は自分も授業に参加すると張り切っていた。


「防魔結界は陣の発動を封じるものだね。だから無詠唱でも破れないよ」

「はぁ〜、それじゃ意味無いですね。残念です」


 しょんぼりと肩を落とすセルジオは、どこで何をするつもりだったのだろう。わたしの生きているうちに物騒な事件を起こすのは本当にやめてほしい。

 それにしても、防魔というだけあってしっかり防がれているんだな。魔法は陣によって術式が構築される。呪文や祝詞はその陣を生成する為のものだ。その陣の発動自体を禁止するのであれば、絶対に魔法は使えないことになる。安全性はばっちりらしい。


「あの、お父様はもともと無詠唱で杖を出していましたよね? それはどういう仕組みなのです?」

「ああ、これは魔道具ですよ」


 そう言って細いバングルのような腕輪を見せてくれる。手首の内側には魔法石らしき青い石が付いていて、見た目はただの装飾品だった。ちらりとディディエを見れば、同じようなバングルを見せてくれた。そういえば、ディオールも細い鎖のブレスレットをいつも付けていた気がする。


「石の台座に空間魔法の陣が彫られていて、魔力を込めると杖の出し入れが出来るんです」

「指輪とかでも良いのですか?」

「指輪だと落としてしまうでしょう」


 セルジオが手の甲を上に軽く人差し指を伸ばして杖を持つ構えをすると、手首の魔法石から杖が生えてきた。シュッと出てきた杖をキャッチして、くるくると杖の先を回しながら見せてくれる。今度はパッと手を離すとそのまま杖は手首の魔法石へと収納されていった。

 たしかに指輪やネックレスだと、杖を出しても掴みづらいだろう。


「ではそれも陣の発動ということで結界内では阻まれてしまうのですね」

「そうなんですよ。魔術禁止の場所では帯剣も許されていないですから、とても不安で」


 しおしおと泣き真似をしているが、不安なのは同席する他の貴族たちだろう。人々の安全のためにはこれ以上魔術を改良すべきではないのかもしれない。けれど、気になる。


「魔法陣を内なる次元に保存しても結界には阻まれるのでしょうか。ああ、でも駄目ですね、魔法陣の生成ではなく発動を封じられるのですから同じことでした」


 保存すれば詠唱の時間は短縮出来るが、結局同じことだ。わたしとしては結界内でどうしても魔法を使いたいというわけではないので、別に構わないのだけど。そう、なんとなく、結界の仕組みが気になっただけだ。一人で納得していると、ユリウスが真面目な顔でこちらを見ていた。


「シェリエル、保存というのは?」

「ええと、詠唱して生成される魔法陣をそのまま内なる次元に保存しておくのです。使用するときには詠唱ではなく魔法陣をそのまま引き出せば、魔力を込めるだけで良いので便利でしょう? 魔道具もそういう仕組みですよね」

「ちょっと、なんでそんな話になってるの? 無詠唱だけでお腹いっぱいなんだけど」


 ディディエはあまり魔術の改良に興味が無いのだろうか。

 ユリウスはじっくりと考えるようにわずかに視線を上げていた。セルジオは初めから聞く気が無いようで、ニコニコとサンドイッチを頬張っている。

 しばらく脳内で検証していたらしいユリウスは「面白い」と妖しい笑みを浮かべ、獲物を見つけた肉食獣のような目で前のめりになる。


「君はそれが出来るのか?」

「はい、最近はその方法でやっています」

「一度君の感覚を読ませてもらえるかな? 保存というのが君独自のものか確かめたい」

「ちゃんと食べ終わってからなら良いですよ。魔術はとても頭を使うので栄養補給は大事です」


 スンッとユリウスは姿勢を戻し、心なしか手を動かす速度が上がったように見える。どれだけ魔術研究が好きなんだ。こういうところは少し子どもっぽい。


「シェリエルはなんでそんなこと考えついたの? 保存って記憶とは違うってこと?」

「うーん、なんでと言われても…… 仕組みを知ったら応用したいと思うじゃないですか。保存は…… 保存です」


 食事が終わると早速実験をはじめる。ユリウスがわたしの頭に手をかざし、ズズッと頭に何かが入ってくるような感覚に襲われた。


「では行きますよ?」

「いつでもいいよ」


 わたしはすでに保存してある魔法陣を上書きするつもりで、新しく魔法陣を生成する。そして、魔力を込め水球をイメージすると同時にそのイメージごと魔法陣を記録する。

 そうすると、出来上がりのイメージが鍵となり、次に使うときには水球を思い浮かべるだけで魔法陣を引き出せるのだ。


 出来上がった水球を消すと、今度は心の中でもスペルを唱えず、さっき出来た水球を思い描く。そうすると内なる次元には魔法陣が現れて、魔力を込めるだけで手のひらには先程と同じ水球が出来上がっていた。


「ほぅ、なるほど面白い。保存か、たしかに保存だね。うん、なるほどね」


 ユリウスはぶつぶつと独り言を漏らしながら、手のひらをにぎにぎと動かしている。何度か水球を出すと、満足したように頷いた。


「ユリウス先生も出来たのですか?」

「ああ、転移の際の座標の保存と同じだね。なぜ今まで気づかなかったんだろう。魔術は基本、感覚で行うものだから、一度自分の中で理論が確立してしまうとなかなか脱却出来ないのかもしれないな」


 ほとんど表情の変化は見られないが、なんだか楽しそうだ。


「待て待て、魔術は感覚で行うものじゃないだろ。ユリウスはどこで魔術を習ったんだよ。シェリエルに変なことを教えるな」

「独学だが?」

「父上! なぜユリウスを教師にしたのです!」


 ユリウスと二人、ポカンとディディエを眺めていると、一応話を聞いていたらしいセルジオが仲裁に入る。


「感覚で行うものなら、僕、魔術も向いてるかもしれませんね。これ以上強くなってしまったらどうしましょう」

「父上!」


 まったく意味を成さない仲裁に、どちらが親かと問いたくなる。しかし、わたしにはディディエの言っている意味も分からなかった。


「お兄様は魔術をどういうものだと習ったのですか?」

「神に祈りを捧げる儀式だよ。まあ、僕も神々への信仰は薄い方だけど、正確に詠唱し祈りの力が強いほど魔術の完成度は上がるから、間違っているとは思わないな」

「その祈りというのは現象を具体的に想像するということですよね? ユリウス先生の仰る感覚というのはそのことだと思いますよ」


 今度はユリウスとディディエが不思議そうにわたしを見つめる。何かおかしなことを言っただろうか。


「ふむ、神々への祈りなど馬鹿らしいと思っていたが、君たちはアレを祈りと捉えているんだね。どうりで魔術書を読んでも嘘くさく感じるわけだ」

「まぁ、そう言われると想像とか感覚ってことになるのか……」


 よかった、二人とも少し捉え方が違っていただけのようだ。

 感覚と言っても、わたしの認識では魔術はとてもシステマチックなものだった。決まった呪文に魔法陣、そして手順。想像力だけで火を生み出す不思議な魔法とは違う。操作は感覚頼りになるが、仕組み自体はすべてに規則がある。それならば、解析して改変することも可能ではないかと考えていた。


「あの、話が逸れてしまいましたけど、座標の保存というのはどういうことですか?」

「言葉のままだよ。転移の際は一度その場で陣を描き、それを保存することでいつでもその場所へと移動することが可能だ。君が陣を保存し無詠唱で行うのと同じだね」

「待て待て待て! ユリウス、まさかお前、同じ場所にいつでも移動出来るのか?」

「出来るが?」


 おや? また何かディディエの知る魔術とは違うようだ。ノアと入れ替わったりオウェンスを召喚したときはそれほど驚いていたようには思わなかったが。


「お兄様、何か問題でも?」

「はぁ〜、何なんだよもう〜」


 ディディエは頭をくしゃくしゃと抱え、大きくため息を吐いた。

魔術のごちゃごちゃした話は軽く読み飛ばしていただいても大丈夫です。

そのうち馴染んでくると思います。

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[気になる点] 空間魔法ってあるけれど、前に四次元ポッケトっと形容しましたけれどその通りなんですか?なればなぜ容量に限界があるのでしょうか、本当に四次元に干渉できるのであれば無限の質量を詰め込んでも大…
[一言] 話が進むごとに、だんだんディティエお兄さまが常識枠天才児みたいな扱いに……。
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