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眠れる森の悪魔  作者: 鹿条シキ
第二章 洗礼

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22.お茶会


 淡い藤色のドレスに身を包み、真っ直ぐに伸びた髪をハーフアップに編み込んで貰う。髪飾りは青のリボンのみだが、年相応に可愛らしい衣装が彩度の低いわたしの容姿を彩ってくれている。

 つい先日洗礼の儀を終えたと思っていたのに、気付けばお茶会の日になっていた。わたしは今、会場である温室のエントランスで、頬が攣りそうな程に笑顔を作っていた。隣には艶やかな深紅の髪を纏め上げ、上機嫌なディオールが立っている。わたしたちはお茶会に招待した貴族たちを出迎えていた。一組の親子と挨拶が終えると、すぐにまた新しい親子がやって来る。


「…………!」


 だいたいの親子がまず一度入り口で固まる。そして、何事も無かったかのように動き出し、わたし達の前まで進んで来るのだ。


「今日の良き日、シェリエル様の御生誕お喜び申し上げます。初茶会にご招待頂けた事、地の神とディオール様に感謝致します——」


 同じような定形の挨拶を受けながら、ディオールが招待客と言葉を交わし、わたしを紹介してくれる。


「良く来てくれました。この子がわたくしの娘、シェリエルよ」


 ディオールの対応を見ながらどのパターンで挨拶をするのか判断し、わたしも簡単な自己紹介をする。

 今日招待したのは全員がわたしと歳の近い子を持つ母だった。ディオールと挨拶を交わす親の隣で、お行儀良く並んで立つ子どもたちが、わたしのお友達候補という事になる。

 大人たちはある程度表情を取り繕い、似たような反応ではあったが、逆に子どもたちの方が人によってわたしを見る目が違っていた。


「ジゼルと申します。こんな素敵な温室は初めてです! 仲良くしていただけると嬉しいです」

「こちらこそよろしくお願いします、ジゼル様」


 わたしより少し早く洗礼の儀を終えたという中位貴族のジゼルは、特にわたしの髪色を気にすることなく満面の笑みで可愛らしく挨拶してくれた。なんとなくではあるが、年齢が高ければ高いほどわたしの色に戸惑うようだ。その後も次々と挨拶を交わし、階位や爵位、そして家門としての関係を頭に叩き込む。全員が会場に入ったところで、主催者であるわたしたちも会場入りする事となった。

 こちらの世界でも四季があり、今はちょうど外の景色が寂しくなる冬の始めごろだ。温室を持てる貴族は少なく、この季節に色鮮やかな花々に囲まれながらのお茶会は、ある意味最上の贅沢とも言える。温室の中央には大きな長机が設けられ、さながらガーデンウェディングのような華やかさとなっている。

 ディオールと共に入場すると、ピタリと騒めきが止む。着席の前にディオールが簡単な挨拶をすると、ここからやっと本格的にお茶会が始まるのだった。


「ディオール様、わたくし本当に驚きましたのよ、その髪艶、そのシュウラのようなお肌は一体どんな美容法をお試しになられたのです」

「そうですわ、本当に驚いて言葉を失ってしまいましたもの。六神の他に美の女神がいるなどと仰いませんわよね」


 ディオールが上機嫌だったのは、単にお茶会が好きな訳ではなかったらしい。上品に口角を上げ、自らに賛辞を送った貴族一人一人に目線をやる。


「美の女神がいるとすれば、それはシェリエルの事でしょう。わたくしの髪や肌は全てこの子が管理しているの。食事も香油も全てよ」

「まぁ! もしや、ディオール様が運営されている商会のお品をシェリエル様が?」


 お母様こそ美の女神でしょう、と言いたいのを堪え、一斉に集まる視線を笑顔で受け止める。商会では精油を使った質の良い香油や化粧水、あと最近少しだけ確保出来るようになった植物油を使った香りの良い石鹸などを販売している。だが、入浴の文化がないのでディオールが行なっているような半身浴や洗髪はまだ広めていないのだ。月に二度ほどは湯桶で髪を洗うと言っていたので、洗髪剤くらいは売り出して良いかと思っていたが、石鹸の生産が追いつかないので自分たちで使うだけとなっている。


「あの商会はわたくしの運営ではなくてよ。この子が二年前に始めたの。まだ商会には出していない品もあるのだけど、そのうち……」


 ディオールは意味ありげに笑みを深め、わたしの発言を促すように「ねぇ」とこちらに視線を向ける。


「はい、まだ少し時間はかかりますが、皆様に使っていただけると嬉しいです」


 細々とやっているから今のところ常に品薄だけれど、生産の目処が立てば大々的に売り出すのもありだろう。ディオールの美にあやかろうと興味津々で身を乗り出す者、冷静に周りの様子を窺う者など反応は様々だった。招待した子どもたちは男の子も数人混ざっており、美容の話には全く興味なさげに目の前の菓子を眺めている。


「今日は新しい菓子も用意してあるのよ。遠慮せずどうぞ召し上がれ」


 小さめに作ったクッキーをディオールが品良く口に入れる。クッキーは最近完成したので、まだディオールもお茶会には出していないはずだった。レシピ自体は記憶を辿っていけば正確な分量を思い出す事は出来たが、小麦粉の質やオーブンの温度が違うのか、なかなか思ったように焼き上がらず、しばらくコルクに研究して貰っていた。メレンゲや他の菓子を食べた事のあるらしい何人かの大人たちが、待ってましたと言わんばかりにクッキーに手を付ける。


「メレンゲよりも甘さが控えめですわね。パンに似た香りですが、ほろほろと解けてとても美味しいですわ」

「このところディオール様のお茶会に参加する事だけが楽しみでしたのよ。またこのような新しい菓子を食べることが出来るなんて」


 評判は上々のようで一安心だ。男の子たちも親に習って菓子を頬張り、キラキラと目を輝かせている。

 場が少し盛り上がったところで、長机から少し離れた場所にある円卓へと女の子が移された。目は届くけれど、詳細な会話までは聞こえないくらいの良い距離感だ。

 ここからはわたしが主催となるので、子どもだけと言っても油断ならない。わたしの右隣には他領から招いた上位貴族の令嬢が案内される。反対には自領の上位貴族が座り、十二人の女の子が集まった。


「シェリエル嬢は様々な才能がおありなのね。我が領では未就学の貴族が商会を運営するなど考えられませんわ」


 鮮やかな水色の髪を緩くウェーブさせたアリシアが先陣を切る。

 比較的友好的な領地ロランスの上位貴族であり、領主の御令嬢である。立場的にはわたしと同じで年齢も一つ年上ということで招いたのだろう。

 自分より下位、あるいは洗礼を終えていない子に対し「嬢」と付けるが、階位も同じで年齢も近いわたしを「シェリエル嬢」と呼ぶのは、明らかに下に見ているという宣言だった。

 子どもが仕事をするなんて領地の経営が苦しいのかしら、と言われている気がしないでもないけれど、わたしは「ベリアルドですから」と初っ端から切り札を出す。出し惜しみなどしない。困ったときはベリアルドだ。

 すると上位の者に口火を切られたからか、領内外問わず、次々にお喋りをはじめた。


「シェリエル様は商人になるのですか? せっかく領主の家に生まれたのにもったいないですよ」

「そう? 良家に嫁げなければ仕事をするしかないじゃない。でも女子が事業なんてたしかに聞いたことないですよね」

「アルフォンス殿下の公妾であれば可能性もあるんじゃない? ねぇ、アリシア様?」

「アリシア様はアルフォンス殿下のお妃様を狙っているのでしょう?」


 おいおい、正気か。と言いたくなる会話に目眩がした。アリシアはたしかにアルフォンスの婚約者候補として申し分ない。わたしの死に関わるアルフォンスの名が出て来た事にも肩が跳ねそうになったが、貴族としては明け透けにものを言い過ぎだし子どもにしては内容が昼ドラめいている。何が正解なのか一瞬で分からなくなった。

 アリシアは満更でも無さそうにフンっと髪を靡かせ、言葉が過ぎると女の子たちを窘める。


「わたくしが殿下の婚約者候補に上がっているのは事実よ。けれど、それはシェリエル様も同じ事でしょう」

「いえ、わたしにはそのようなお話一切ありませんので大丈夫です」


 むしろあったら困る。だいたい、何故これほど優秀そうな御令嬢がいるのにあの夢ではわたしが婚約していたのか。アリシア本人もその気のようだし、いずれマリアという恋人が現れるにせよアリシアなら何とかしてしまいそうだ。


「まぁ、シェリエル様! アリシア様にお願いすれば少しは望みもあると思いますよ。諦めてはいけません」

「そうよね、わたしたちにだって可能性があるくらいなんだもの」


 おぉ、もうこの年から妾ルートを見据えて動いているのか。アリシアはツンとした目元に凛とした雰囲気の美人さんだが、こぞって皆がゴマをするのはどうやら憧れ以外にも公妾への道筋としてお近づきになりたいという願望があるようだ。


 オラステリア王国では公妾という制度が設けられていた。基本的には妾の子に継承権が無いだとか、前世の欧州で昔あった貴族制度に近いみたいだが、根本的な理由が全く違う。男が勝手に側室など迎えれば、嫉妬や権力争いで穢れが溜まるのが目に見えているかららしい。

 半ば役職のようなその地位に就く為には、本妻に気に入られる必要がある。だからこそ、今から王妃になりそうな令嬢に取り入るのだろう。


「皆さん、少し勘違いしているようですけど、シェリエル嬢は加護を得ているのよ。わたくしと同じ水の属性だったかしら?」

「ええ…… その通りです」


 その通りではないんですが、一応水の属性も持っているので小さな嘘と見逃してください。

 わたしの髪色から属性や魔力が無いと判断したらしい令嬢たちは、こぞってわたしの嫁ぎ先を心配してくれていた。余計なお世話だ、こっちは嫁入りどころか余命と戦っているというのに。

 知らせていない事で怒るのも筋違いかと口を噤んでいたけれど、アリシアがきちんと説明してくれた。案外良い子なのかもしれない。


「わたしはシェリエル様の髪はとても美しいと思います」


 これまで黙っていたジゼルが、頬を染めながら胸の前で手を組みわたしを見つめている。忌避感の無さそうな最初の挨拶からも、彼女がわたしの色を気にしていないと分かって嬉しくなる。今度わたしが主催する事になるお茶会には絶対に招待しよう。今まで直接色の話題には触れなかった令嬢たちが、驚きに目を丸くしていた。


「ありがとうございます。ジゼル様の若葉色の髪も素敵ですよね、瞳の色と相まって春の妖精のようです」


 ジゼルは「はわわ」と可愛らしく声を漏らし、真っ赤になった顔を両手で仰いでいた。本当に可愛らしい。まだ妖精にはお目にかかったことはないが、きっとジゼルを小さくして羽を生やしたような感じだろう。周りの子たちもジゼルにつられたのか少し頬が赤くなっている。


「そ、そうですよ。シェリエル様はベリアルド侯爵領の姫君です。嫁ぎ先などきっと選ぶのが大変なくらいですよ。わ、わたしもシェリエル様はお美しいと思いますから……」


 随分大人しいなと思っていた数名が、次々に声をあげてくれた。わたしに気を遣って話題に乗れなかっただけのようだ。勇気を振り絞って褒めてくれたのか、ジゼルと同じく中位貴族であるシャマルも頬を染め、だんだんと声が細くなって行く。自分より上の者たちに意見するには勇気がいったのだろう。


「シャマル様のような可憐な方に褒められると照れてしまいますね」


 シャマルは「か、かれん……」と一言残し、下を向いて黙ってしまった。お姉様方とお喋りする気力は、先ほど使い果たしてしまったらしい。

 少し場の空気が変わったかと思い、わたしからも思い切って聞いてみる。


「皆様は公妾を目指していらっしゃるのですか? 王国では恋愛結婚が推奨されていると習ったのですけど」

「もちろん、お慕いする方に嫁ぐのも素敵ですけど、やはり目指せるなら目指したいじゃないですか」

「そうよね。家門の為にもなるし、国母になれるという可能性も…… あ、わたしはそのような事望んでいませんよ?」


 そう慌ててアリシアに弁解するのは、既にアリシアを未来の王妃と定めているからだろう。皆がこう熱意を燃やすのはアルフォンスの存在が大きいのだと思う。アルフォンスの母は王妃ではなく公妾だった。本来なら王位継承権がなく、生まれたときから家臣となるべく育てられるはずだったのだが、生まれて間も無く王妃の産んだ第一王子が不治の病で表舞台から消えた為、特例として第二王子として継承権を得たのだ。

 

「そうでなくても、一度は夢見る地位ですわ」

「ええ、本当に。わたしも王宮で暮らしてみたいです」


 こう聞くとお姫様に憧れる可愛らしい女の子の夢だと思うけれど、内容がまったく子どもらしくない。これほど幼い女の子たちが、何が悲しくて愛人を目指すのか。けれど、自分の家門の格を上げる為、そして役職として王と王妃を支える為に、貴族として立派な志だと思う。わたしなんかよりもずっと家門の利益を考えているのだ。

 

「アリシア様はアルフォンス殿下にお会いになった事があるのですか?」


 これを機に子どもの頃のアルフォンスがどういった感じなのか探ってみようと思う。今のわたしには関係ないのだけど、危険度くらいは知っておきたい。


「何度かお目にかかってますわ。わたくし、王宮でのお茶会にも呼ばれますから」

「どのようなお方なのです?」

「あら、やはりシェリエル嬢も興味があるのですね。殿下は、それはもう黄金のような髪にとても整ったお顔立ちで…… 活発でいらっしゃいますわね」


 おや、少し様子がおかしいぞ。恋する乙女の恥じらいというよりも、少し歯切れの悪い言葉を選んだ返答だ。嫌な予感がしてわたしはそれ以上聞くのをやめておいた。藪を突いて何とやら。噂をすれば、は一度経験済みだ。

 けれど既に遅かったらしい。大人たちのテーブルが少し騒ついたように思いメアリを見ると、すでにディオールのメイドが何やら耳打ちしていた。メアリがパァっと顔を輝かせ、すぐにわたしにも耳打ちする。


「アルフォンス殿下がいらっしゃいました」


 嘘でしょ、勘弁してほしい。

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