7.灰桃髪の神官
「お爺様、あの。神官さんは……」
朝食の席に灰桃髪の神官の姿は無く、思った以上に具合が悪いのではと思いヘルメスを捕まえた。
「うむ、ちょうどその話をしようと思っていたんだ。今から彼の部屋へ行くが一緒に来るか?」
「はい! お邪魔じゃなければ」
二人並んで廊下を歩き、大きくなったなと頭を撫でられる。そういえば、ノアは少しお爺様に似ている気がする。顔や背格好ではなく、雰囲気が。
「それで、神官さんはどのような様子でした? 拷問か、虐待を受けていたのでは?」
「その可能性は高い。昨夜一度起きて食事はとったが、その際意識の混濁が見られた。私よりシェリエルが話す方が安心出来るようだ。手伝ってくれるか?」
「もちろんです」
こんな姿だけれど、だからこそわたしは無害そうに見えるのだろう。
神官の部屋へ着くと彼はまだ眠っていて、ディオールのメイドがそっと神官に声をかけた。
その声への反応は数秒もかからず、バチッと目を全開に、飛び上がるように身を起こし、そのまま布団の上で蹲る。こちらの姿が見えていないのか、同じ言葉を繰り返していた。
「ごめッ ごめんなさい!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「神官さん、大丈夫ですよ。わたしです、シェリエルです」
ハッと顔を上げ、今度は顔を真っ青にしてまた俯いてしまう。たしかに、寝起きで知らない人が側にいたら驚くのも仕方ない。わたしも今朝やられたばかりだ。けれど、それにしても神官の様子は異常だった。
「も、申し訳ありません……」
「こちらこそ、驚かせてしまってごめんなさい。少しお話がしたいのですが、体調はどうですか? そのままで大丈夫ですから、少しだけ」
「はい……」
なんだか、マルセルのような口説き文句になってしまった。あまり迷惑を掛けないように気をつけないと。
それから神官は寝台の上で簡単に着替え、丸一日ぶりに話す事になった。
「突然申し訳ありませんでした。ちゃんと眠れましたか?」
「……はい。眠りすぎてしまいました」
慣れない場所でこれほど良く眠れるというのは、それだけ疲れていたか、元の場所がよほど安心出来ないのか……
「今食事を用意しているので、食べたらまた休んでくださいね。そうだ、昨日お風呂はどうでした? 初めてで怖くなかったですか? 痛くはなかったです?」
「あ、お、フロ。はい。とても、良かったです」
「良かったら今日も入ってください。疲れが取れますよ」
神官は思い詰めたように、拳を握り、カサカサの唇を僅かに動かした。
「私は、いつまでここに……」
「良ければ、神官さんの体調が良くなるまで居てもらいたいのですが、どうでしょうか。えっと、実はわたし、祝福を得られたのです。ですから儀式の事は心配せずゆっ」
「やはり私が原因だったのですね」
神官は憔悴したように力なく呟いた。どうしよう。ノアの事はお爺様たちにも話していないのに、どう説明すれば……
「いえ、神官さんのせいではないのです。わたしに原因があったのですよ。ほら、この髪でしょう? 神官さんは何も悪くないのですよ」
悲しみ、いや諦めだろうか。昨日よりはマシになった顔色だが、表情は昨日よりも暗い。
「すぐに、帰ります」
「そんな、まだ顔色が良くないです。神殿には連絡してありますから、もう少し休んでください」
「もう、耐えられない、のです」
ポツリと溢れた言葉の後は、独り言のような独白が続く。わたしたちは静かにそれを聞いた。
「知りたくなかった。こんな、温かなもの。温かな食事、温かな布団、温かな言葉、どれも知らなければまだ耐えられたのに。知ってしまったから。もう戻れない。いや、今ならまだ……夢だと、一晩の夢だと思えば戻れるかもしれない。これが罰だという事はわかっています。ですが、どうしても、これだけは……耐えられないのです。どうか、ご慈悲を。早く戻らなければ」
「戻りたいのですか?」
神官はパチリと一つ瞬きをして、一筋涙を零した。
「戻りたくない……です」
神官は自分の言葉に驚いたのか、ハッと息を飲み目を見開いた。そして、何かを抑え込むように身体を丸くして嗚咽を漏らす。
昨夜の自分を見ているようだった。言葉にしてしまえば、自分の気持ちに気付いてしまえば、もう止める事など出来ない。
どうにか外に漏れないよう、もう止めてくれと願いながら、胸の痛みに耐えるしかないのだ。
「では、戻らなくてもいい方法を考えましょうか」
「そんな…… む、むりです」
「神殿は出入り自由ですよね? 詳しく事情を聞く必要はありますけど、きっと何とかなりますよ。ここには、その神殿を燃やそうとした人も居ますからね」
ヘルメスに視線を送ると、うむ、と一つ頷いてくれた。魔術士団や騎士団とも親交の深いお爺様もいるので何かしら策はあるだろう。
「ほ、ほんとうに、私のような罪人が? 帰るところもありません…… 罪もまだ」
「“知ってしまえば知らなかった時には戻れない”でしょう? このまま帰すのも人としてどうかと思いますし、儀式の失敗で余計な心配をかけましたからね。良ければ神官さんのこと、教えてください」
神官は一度「はい」と呟き、小さな声で泣いていた。
それから、少しずつ神官は自分のことを話してくれた。





