慈悲と矜持
「……誰」
「見て参ります」
シャマルも心なしか緊張した様子で扉に向かう。聞き慣れない男の声がして不審に思っていると、シャマルはスンと澄まし顔で戻ってきた。
「カッパーの寮生です。シェリエル様にお話があるというのですが、明日以降にしますか?」
「空きがあるなら今日にするわ」
魔法陣もこれ以上は進められそうになかったし、なにより少し気分転換したかった。
夕食を食べたあとにそのままカッパー寮にある小さなサロンへと向かう。
そこには何度か食堂で見た色鮮やかな赤青黄の三人が座っていた。
「……シェリエル嬢ッ!」
「シェリエル様……」
「……」
ガタッと椅子を鳴らして三人が直立する。しかし目は虚に床を這っていたり、逆にキョロキョロ見回していたり。三人とも寒さに耐えるような身の縮め方をして「相談事だな」と察した。
シャマルは静かに笑みを浮かべてわたしの椅子を引く。
「突然、申し訳ない。私はエドガー。挨拶は略式で失礼します」
赤髪が六年エドガー。青髪が四年フェリクス。黄髪が二年の女の子でザビーネだという。
見たところ上位もしくは、伯爵相当の中位くらいありそうな髪色ではあるが、三人ともカッパーの生徒である。
「魔力に関することですね」
「……はい。我々は魔力が……ほとんど、ありません。それで……その。シェリエル様も同じだと、思っていたのですが。そうではないと。そ、れで。はい、今期の魔力測定の」
要領を得ない説明だが、どうやら彼らはわたしがどうやって魔力を得たのか、今期の魔力測定で何かするつもりなのかと聞きに来たらしい。
「魔導具のことはどこで?」
「ジェフリー先生の研究室前で偶然……」
あの教師、あれだけ魔除けのお札を貼り付けておいて防音していないってどういうことなの。
「わたくしは入学当時から魔力はあったのです。ただ既存の魔導具では測定できないので、今回改良して貰っただけなのですよ」
「……では、我々には関係ないということですか。そ、そうですよね。そう……」
ぐんと空気が重くなり三人は絶望の色を濃くする。
魔力を有しているのに発現しない者が稀にいる。それは入学当時から聞いていたし、彼らのことも食堂で見かけていたので知っていた。
穢れを溜めていないか注視していた対象でもあるが、そういう気配もない。
「皆様は不思議な扉を見たことはありませんか?」
「扉……?」
「それは不思議話の? 自分はありません」
「わたくしも……」
「そうですか。何か体調が悪いだとか、ここのところ気分が晴れないということはありますか?」
「気分が晴れないのは洗礼の儀からずっとです。私は貴族に生まれながら貴族として生きることが出来ないのですから」
そうよね。わたしも七歳になったあの日、この世界で初めて泣いた。
気持ちは分かるけれど、穢れの心配は無さそうなのでわたしの出る幕ではないようだ。
「シェリエル様! シェリエル様は大変慈悲深いお嬢様だと聞きました。どうか、お助けください!」
「そんな話初めて聞きましたが……⁉︎」
「どうか! 自分たちはもう人生を諦めておりました。このまま死んだように生きるのだと! ……けれどシェリエル様が入学され、魔力暴発を起こしたと聞いた時に、希望を持ってしまったのです!」
「そうです! 洗礼後にもそうして魔力が発現することがあるのではと!」
「何か、なにか、魔力を発現させる秘密があるのではありませんか⁉︎」
三人は必死だった。絶望の淵で一筋の希望を見て、太陽のように崇めている。
「まずお聞きしますが。魔力を得てどうしたいのですか?」
は、と空気が固まり三人は若干の怒気を帯びる。そして、次第に顔は曇っていった。
「私は、文官に……」
「文官ならば魔力を使わない仕事もあるのでは」
「……」
「わたくしは、きちんと嫁いで子を産みたい、のです」
「身体は魔力に耐えられるはずですから、出産に支障はありませんよね」
「…………」
「自分は、何も……」
周囲からの風当たりは強く、ハンデを背負っていることには変わりない。しかし、ヨハン程度の魔力はあり、ヨハンは自分でその魔力の少なさを克服しようとした。
彼らに手を貸す必要があるとは思えなかった。
「ひとつ思い当たることがあります。魔力とは自身の内に泉のような根源から湧き出すものなのですが、あなた方はその泉源の口が狭いのだと思います。髪色にどう作用しているかは分かりませんけれど」
「……⁉︎ その口を広げれば、我々も魔力が⁉︎」
「はい、理論的には」
三人は難しい数式を前にしたように額に汗を浮かべ押し黙った。そこからどうすれば良いのか、聞きたいけれどわたしの機嫌を推し測っているのだろう。
「その手法をシェリエル様はご存知なのでは?」
「知っています」
「では!」
「わたくしに助力する利があるでしょうか」
エドガーも、他の二人もハッと息を飲んで顔をレンガのように赤くする。
少し間を置き……
「利……、そうですね。……申し訳ありません、我々は魔力どころか、心根までも貴族として足りなかったようです。出直して参ります」
そう言って、三人は立ち上がった。白くなるほど拳を握り、小さく身体を震わせながら。
「シェリエル様、どうしていつものように慈悲をおかけにならなかったのですか? また今回も華麗に解決されるのかと思いました」
寮室に戻り、シャマルは不服そうに口を尖らせる。
彼女は夕刻彼らの対応をした時から、また何か起こるのだろうと期待していたらしい。
わたしは戦隊ショーのヒーローではないのだが。
「シャマル、わたしの家門を忘れたの?」
「失念しておりました……」
シュンと肩を下げ侍女見習いらしく後ろで気配を消した。
◆
一方、サロンから出た赤青黄の三人組は。
エドガーは顔を真っ赤にして全身の小さな震えを何とか堪えようと早足で歩く。
後ろのフェリクスは青い顔で、ザビーネはよわよわと消え入りそうに、何とか自分についてきた。
まだ消灯まで時間はあるが、試験が近く出歩く生徒はほとんどいない。
キッ、と立ち止まり、二人を振り返る。
「お前たち、すまなかった……」
「ちがいます、わたくしがエドガー様に相談したから」
嗚呼、恥ずかしくて消えてしまいたい。何と無様な姿を晒してしまったのか。
魔力が無いながら、それでも何とか貴族として生きようと足掻いてきたつもりだった。
その努力のおかげで、何とかカッパーには入れたのだ。ここに、その努力を怠った者などいない。
なのに、なのに……!
「出直すと宣言したのだ。私は諦めない、必ずシェリエル様に利を示す」
「はい、自分も……、父に頭を下げてでも」
「わたくしは何も持っていませんのに……」
しかし、ザビーネも眉を寄せチラチラ忙しなく瞳を動かしている。元々賢い子なのだ、きっと何とか利を絞り出そうと頭を働かせているにちがいない。
「シェリエル様は、我々の誇りを守ってくださったのだ。腐るな、縋るな……、手はあるのだからと! 貴族としての在り方を示してくださった」
「はい、本当に何と出来たお方でしょうか」
「わたくしたちを、貴族として扱ってくださいましたね……」
どうしようもなく身体が震えて、頭は沸騰するように熱を持っていた。
自分たちを誰よりも貶めていたのは、自分たちだった。
何の関係もない他領の一年生にみっともなく縋って、施しを受けようとしたのだ。それを、恥ずかしいとも何とも思わず、弱者として振る舞ってしまった。
その姿はきっと乞食のように見えただろう。
本当に乞食であればあの場に立つことすら出来ないのに、自分たちは貴族として彼女を呼び出した。
都合の良いときだけ貴族面をする阿呆である。
悔しくて、腹立たしくて、情けなかった。
このままで終われるものか。
自分たちは貴族である。誰が何と言おうと、この燃えるような赤髪は貴族として在れと言っている。
そして、シェリエル様もそう扱ってくださった。
「我らは貴族だ」
エドガーは一言、噛み潰すように呟いた。
二人はこくりと頷き、ジリジリと瞳を焦がす。
希望に縋る不安定な輝きでも、人生を諦めた濁りでもない。
それは、矜持の灯火だった。





