16.家族会議
「ディディエ、何をしているのです?」
シェリエルはディオールの問いにコクコクと何度も頷いた。
ベリアルド城の談話室。
昨日の予告通り、夕食後に家族会議よろしく集まっていた。
そして、シェリエルはなぜかディディエの膝の上に座らされている。
昨夜、前世と死の夢の話をしてからずっとこう。
ふたりで泣きながら一緒に眠り、朝食を終えると授業に出たくないと騒ぎはじめ、結局シェリエルが一緒に授業に出ることで落ち着いた。
その後もべったり側から離れず、というよりも、自分のしたいことにシェリエルを連れ回すという方が正しいだろうか。
とにかく、磁石のようにくっついて離れないのである。
「シェリエルが視界に入ってないと不安なのです」
「では向かいにお座りなさい」
正論です、お母様。
「シェリエルの存在をこの手で確かめていないと不安なのです」
「おやおや、ベリアルドが不安などと珍しい。何かあったのですか? ディオールに盗られそうで焦っているのです?」
違うと思いますよ、お父様。
「ああ、その心配はありませんよ。所詮、母上は利害から来た情でしょう?」
「何ですって? そもそもわたくしはクロードの娘という時点で血族の絆を確信しておりました。自分の為に才を発揮し利をもたらした幼子に情を持たないわけないでしょう?」
「ちょっと待ってください、また僕だけ仲間外れなんて酷いじゃないですか」
よく分からない母子の争いを、よく分からない理由で止める父。
ベリアルド家は本当に大丈夫なのだろうか。
二年前、この城へ来たばかりの時もこうして四人で座っていた。
後ろに控えるのはセルジオの筆頭補佐官ザリスだけというのも同じ。けれど、空気が全く違うように感じて、どこかくすぐったい。
「シェリエル、話してもいい? 僕が二年かけてやっと手に入れた秘密を簡単に教えてしまうのは勿体ないけど…… それでも知っておいてもらった方がいいと思うんだ。特に父上は何をするか分からないしね」
「ディディエお兄様にお任せします」
「なんですか? ずいぶん仲良し兄妹になったようですが、僕を悪者にするのはやめてくださいよ?」
夢の話をするのに躊躇っていたシェリエルを気遣ってか、ディディエが前世と死の夢のことを話しはじめた。
セルジオは表情が読めず、ディオールは顔色が悪い。
やはり自分の死を身近に感じることは恐ろしいのだろう。
「なるほど、色々と合点が行きました。貴女は初めて馬車で目覚めたとき、まるで僕が何者か分かっていたようでしたから」
そこからなのか。
セルジオの考えている事は全く読めない。怪しんでいるのか気にしてもいないのかすら分からなかった。
もしかしたら、どちらでもないのかもしれないが。
「料理や美容法については前世の記憶ということですね。領地の為、僕の為、使えそうなものはどんどん使って行きましょう。それは後で詳しく聞くとして…… 未来の夢ですよね、問題は」
「やはり、わたくしはもう少しで死ぬところだったのね。礼を言うわ、シェリエル」
ディオールの声は落ち着いていた。けれど、薄くはたいた白粉でも隠せないほど青ざめている。
彼女の微かに震える手をセルジオがそっと握りしめた。
「いえ、そんな。けれど、正確にいつどうして、というのは分からないのです。少なくとも数年は健康に気をつけて病の確認をしてください」
「大丈夫、僕が何としてでもディオールを守りますよ。でもその夢でディオールを殺したのは今回の件で間違いないと思いますね」
「殺した?」
セルジオの胡散臭い笑みは消え、珍しく真面目な表情になる。
「国外の商人というのは見つかったんですが、もう死んでいたんですよ。いくつか不審な点もありますし、仕組まれた可能性が高いですね。もし、あのまま血を浴びていたら確実にディオールは死んでいました。それくらい、厄介な病なんです」
ひと月あまりで国外の商人を見つける手腕にも驚いたが、誰かの意思があったことに背筋が寒くなる。
「メイドはどうなったのですか?」
「シェリエルのおかげで発症前に分かったので神殿に移しましたよ。発症前であれば、神殿で発症を抑えることが出来るので人並みに生きられます。普通は発症しないと分からないので、不幸中の幸いと感謝していました」
「そうですか」
それを聞いてホッとした。最悪、処罰されたのではと心苦しかったのだ。
誰かに利用され、道具のように捨てられていたらと思うと、他人事とは思えなかった。
「夢と現実で、確実に違っているところはありますか?」
「夢の認識はあまり詳細ではないんですけど、夢では前世の記憶がありませんでした。なので、性格というか人格も違っていて…… これからそうなるのかもしれないですけど」
この先何かあって、あんな性格になるのかもしれない。
孤独で、無感情で、自分に価値がないと、道具でいるべきだと思ってしまうような。
そして皆から蔑まれ、廃棄されるように死ぬのだ。
「僕はその夢の通りになるとは思わないよ」
心を読んだようにディディエが優しく頭を撫でる。
「昨夜、夢のシェリエルの性格を聞いたのですが、僕はそのシェリエルに興味を示すとは思えませんでした。そのシェリエルなら、きっと死際にも笑っていられたでしょう。ですが、今のシェリエルは違います」
ギュッとシェリエルのお腹に回した腕の力が強くなる。
「もし、シェリエルが自分の死を受け入れ、人形のように無感情だったら、最初から僕は興味を持たなかった。もしそのまま父上母上を亡くしていたら、シェリエルを恨んだかもしれない。そういう、もしもの未来だったんですよ、きっと」
「ですがね、これがギフトだったらどうです? 未来予知のギフトは存在します。ベリアルドの呪いとギフトは相性が悪いとされてますが、シェリエルの才が前世の記憶やギフトによるものなら、そもそも呪いは受けてないということになりますからね」
「それが、ギフトでも!」
諭すように語るセルジオに、ディディエが珍しく声を荒げた。
セルジオもちょっとギョッとして「ディディエ?」と曖昧な眉を作る。
「絶対の未来などないでしょう? 実際、夢とは違い前世の記憶を持ち、母上は死を回避した。ですから、シェリエルも死にません。そうだよね、シェリエル?」
ギフトをよく分かっておらず半分くらい話に付いていけてないが、前世の記憶というハッキリとした違いがある以上、夢の通りにはならないと信じたい。
まだ本当にディオールの死を回避出来たのかは分からないが。
「はい、あれは本当にわたしでしたけど、今のわたしとは違います。それに、わたしにはディディエお兄様もお母様もいますから」
「あれあれ、僕は入れてくれないのですか? やはりもう少し父娘の時間をつくるべきですかねぇ?」
通常運転のセルジオになんだか少しだけ身体が軽くなった気がした。
あまり考えないようにはしていたが、自分の死はやはり重かった。
今この瞬間が無駄に思えてしまって、たまに、ふと分からなくなるのだ。
……生きる意味が。人はいつか死ぬけど。でも。
けれどこうして、誰かに気にかけて貰えるだけで、今を大切にしようと思える。
「もちろん、お父様もですよ」
「シェリエルは優しい子ですね。ああ、そうだ、父上を呼びましょうか」
お父様のお父様? ディディエの祖父?
セルジオの突然の提案に、感傷的になっていた頭はすぐに切り替えられた。
「ヘルメス様は今北部の森にお住まいでしたわね。今後の教育のために一度ヘルメス様にシェリエルを診ていただくということかしら?」
「ええ、そうです。そういった事は父上の専門ですからね。こんな面白い検体をいつまでも隠していると後で大変な事になりそうですし」
検体……?
大丈夫ですか?
珍しくお兄様が口を開かず顔を引き攣らせますけど、本当に大丈夫なんです?
と、シェリエルの頭は疑問符でいっぱいになる。
「ヘルメスというのはですね、僕の父でベリアルド侯爵家の先代当主ですよ。人の心の状態、というのかな? 僕もよく分からないんですけど、そういった事に執着を持っていて、早々に隠居して森で自分の研究をしているんです。本当、ズルいですよね」
「ディディエお兄様と同じ嗜好の方、ということですか?」
はぁ、と一つ溜息を吐いたディディエが心底嫌そうに口を開いた。
「似ているけど、少し違うんだよね。僕は動きを感じるのが好きだけど、お爺様は状態とか仕組みそのものに興味がおありみたいだから、常に見透かされているみたいで心地が悪いんだ。人心の読みも僕よりずっと正確だし」
こちらからすれば違いが良く分からないが、ディディエが居心地悪いと言うのなら、相当では?
「心配いりませんよ、研究の為に平民も診る人ですからシェリエルにもきっと興味を持ちます」
セルジオの全く安心出来ないフォローにディオールもディディエも頷いている。お爺様というのは全く記憶が無いので、あの夢の死には関わっていないのだろう。
「ああ、そうだ。折角なのでシェリエルに従魔を見せてあげましょう」
そう言って、セルジオが窓を開けると、どこからか取り出した短い杖を外にかざし、ぶつぶつと何か呟き出した。
すると、少しして遠くから黄色い何かがぐんぐんと近づいて来る。
……何だろ? 鳥?
セルジオの腕に留まったソレは、鮮やかな黄色にグリーンの差し色が入った立派なオウムのようだった。
「セルジオ! クルミ! クルミ!」
「わ! 喋った!」
「面白いでしょう?この種の魔鳥は風の属性を持っていてとても早く手紙を届けてくれるんですよ。目立つので隠密は向かないんですけどね」
オウムが喋るのは知っていたけれど、シェリエルの知っているオウムよりちょっと大きい。
デカい鳥、最高じゃないですか。
「という訳でちゃっちゃっと手紙書いちゃいますね。その間この子で遊んでいて良いですよ」
「あぁ…… シェリエルあまり近づいちゃダメだよ。父上の従魔でも他の者には何をするか分からないんだから」
大きなオウムは窓際に留まり、左右に首を傾げている。ゆっくり近づいてみたが威嚇するような事もなく大人しくて良い子だ。
「こんにちは」
「コンニチハ!」
「お名前は?」
「ナマエ、ナイ!」
おお、お利口だ!
この世界で色を持つ生物は全て魔力を持っている。実際に見たのは初めてなので、前世の動物たちと何が違うのか分からないが、言葉を理解しているあたりさすが魔鳥といったところか。
「お父様、従魔なのに名前を付けないんですか?」
「名前ですか。考えた事もなかったですね。好きに付けていいですよ」
自分の従魔だと言うのに適当過ぎやしませんか?
「わたしが名前付けていい?」
「ナマエ! ホシイ! ナマエ!」
とは言ったものの、ヒヨコのように黄色いがピヨピヨとも鳴かないし、何がいいだろう。
「クルミにしましょう」
「クルミ! クルミ! クルミ、スキ!」
クルミと名付けたその魔鳥は踊るように羽をバタバタと広げた。
喜んでくれてるなら…… よかった。かな?
隣で見守るディディエはなぜか苦い顔をしている。
「シェリエル…… ちょっとそれは……」
「ダメですか? ちょっと可愛すぎましたかね?」
「まぁ、シェリエルが決めたなら別にいいんだけど」
ザリスが持ってきたクルミを差し出すと、クルミは身体を上下に揺らしながらダンスし始めた。
「クルミ、クルミスキ! クルミ、カラ、カタイ! セルジオ、クルミ、カラ、ワル! クルミ、クルミ、タベル!」
クルミは語彙の殆どがクルミだからよく分からない事になっちゃったな…… まぁいいか。
すぐにセルジオは手紙を書き終えたようで、丸めて蝋封した手紙をクルミの脚に括り付けた。
「はい、出来ました。これを父上に届けてください」
「クルミ、テガミ、ヘルメス、トドケル」
「そうです。あっちでもクルミが貰えますよ」
急いでクルミを平らげたクルミは、窓からバサりと飛び立った……かと思うとビュッと大きな風を起こし、一瞬で見えなくなってしまった。
「速過ぎません?」
「魔鳥ですから」





