次の職業へ!4
◆Side Another
「あれ? リンクが切れた?」
イグナシオはゴーレムの反応が消えたことに首をかしげた。
ここは初心者用のダンジョンのはずだ。
レベルも高くて二〇いかないくらいの冒険者がほとんど。
「僕のゴーレムがやられた?」
魔物を蹴散らし、挑んでくる冒険者を楽しく蹴散らしていたはずだった。
「おっかしいな……ゴーレムに『筋力アップ』と『フィジカルアップ』を使って攻守は万全のはずだったのに」
このダンジョンにいる魔物は、ビッグラットやジャイアントバットが中心で、ゴーレムがやられるとは到底思えない。
だから、倒したのは人間……おそらくは冒険者だろう。
ダンジョンの中にいる冒険者たちは、ゴーレムにおそれをなして、どこかで息を潜め、隠れている。
だがそいつは、あろうことか格上のゴーレムに挑み、倒した。
「僕のゴーレムをよくも……! 許さない」
イグナシオは、【魔物使い】専用の魔法道具である肩掛けの鞄――モンスターボックスを開けて中から別の魔物を呼び出した。
◆ヨル
ゴーレムを倒したあとは、魔物に会うことも、他の冒険者に会うこともなく『決意の泉』がある小部屋までやってきた。
前と同じように泉の水をひと口飲む。冒険証が反応すると、頭の中に声が聞こえた。
――――――――――
冒険者よ。
貴方の道をいずれかから選び、示しなさい。
【重騎兵】【重装兵】【魔法使い】【僧侶】
――――――――――
昨日の夜、エリーに言われ、色々と考えたが……あれこれ職業を選ぶと、たしかに便利だろうけど、強い敵の強いスキルには太刀打ちできなくなってしまう。
だから、俺は防御に特化することにした。
選んだのは【重装兵】。
エリーいわく、攻撃スキルはほとんど覚えない前衛の壁役。
スキルは覚えないかもしれないが、俺には不思議ソードこと竜牙刃がある。
まったく敵に攻撃できないってわけでもなかった。
ステータスが泉の水面に浮かび上がった。
――――――――――
種族:人間 ヨル・ガンド(状態:変身中)(光)
職業:重装兵
Lv:19
スキル:劣化版ブレス・大盾の心得・フィジカルアップ・スタンドアローン
挑発(敵に狙われやすくなる)
――――――――――
いつの間にかスキルをひとつ覚えていた。
今ジョブを変えたから、さっきゴーレムを倒したときに覚えたんだろう。
俺からすると、もってこいのスキルだ。
「今スキルは五つか……」
「五つもスキルがあるの!?」
俺の独り言を聞いていたエリーが目を白黒させている。
「うん、みたいだな」
「はじめての職業で、こんなに覚えるなんて、私、はじめて聞いたわ……」
「個人差があるってエリーが言っただろ」
「まあそうだけど……」
いいなぁ、とボソっとエリーが口にした。
エリーも職業は変えないが、自分のステータスを見ていた。
――――――――――
種族:人間 エリザベート・ルブラン(火)
職業:ソードマスター
Lv:26
スキル:筋力アップ・ファストエッジ・回避の心得・三連牙
――――――――――
「全然覚えてないな」
「う、うるさいわよ! これが普通なんだから。覚えが悪いみたいな言い方はやめてちょうだい」
ふん、と鼻を鳴らしたエリーが顔を背けた。
どうやら、お嬢さんのご機嫌を損ねてしまったらしい。
「シャルは……」
――――――――――
種族:人間 シャルロット・ガンド(闇)
職業:アルケミスト。
Lv:19
スキル:イッシンジョーのツゴー・下級格闘術・ダークフレイム・シャドウスラッシュ
スモッグ(敵の視界を奪う。効果時間極小)
――――――――――
シャルは魔法攻撃特化型の【アルケミスト】に職業を変えたようだ。
それと、たぶんさっきの戦いのおかげでレベルが上がり、スキルをひとつ覚えていた。
うんうんっ、とシャルは水面のステータスを見て、満足そうにうなずいている。
「シャルちゃんも……五つ……」
ずーん、とエリーがへこんでしまった。
「スキルの強さや多さが、イコール戦闘力ってわけじゃないだろ?」
「そ、それもそうよね!」
「ソードマスター、頼りにしてるぞ」
「ふんっ。誰に言っているのよ。頼りになるのは、当たり前じゃない!」
ふぁさぁ、と髪の毛を手で弾いたエリー。
いつもの調子が戻ってきた。
「おとーさん、おとーさん」
ちょんちょん、と俺の服を引っ張って、無言で見つめてくる。
「シャルも頼りにしてるぞ?」
「わぁーいっ! おとーさんに、たよりにされてるっ」
えい、と俺の背中にシャルが抱きついた。
うちの子は、なんて可愛いのか。
さて。
このダンジョンでの目的は果たした。
変なゴーレムも倒したし、いつものダンジョンに戻ったから、また冒険者たちが出入するようになるだろう。
小部屋を出たが、以前のように隠し通路は現れない。
やっぱり、出現条件に人数の下限があったんだろう。
元来た道を歩いていると、奥から少年が歩いてきた。
声をかけようと思ったが、後ろにいる大人の倍近い背丈の魔物がいた。
――――――――――
種族:魔獣族 チャンピオン・ベア(状態:使役中)(風)
Lv:27
スキル:アイアンクロウ・回避の心得・防御の心得(防御成功時、苦手属性攻撃でダウンしない)
――――――――――
二本足で立っている熊の魔物だ。
下半身は細いのに対して、上半身は胸板はかなり厚く、腕は丸太のように太い。
長い爪を舐めていた。
「君たち、さっきゴーレムがいたと思うんだけど、どこに行ったか知らないかい?」
少年が言うと、エリーが警戒しているのがわかった。
「ヨルさん、あいつ、ちょっと前に話題になった貴族の冒険者よ。職業は【魔物使い】だったはず」
へえ。貴族なのに冒険者してるのか。
よっぽど冒険が好きらしい。
「……ん? さっきのゴーレム、ステータスに使役中ってあったぞ」
「【魔物使い】はそれほどいないし、あいつの魔物ってことでいいみたいね」
「何をこそこそ話してるんだい?」
「そのゴーレムは、俺たちが倒した。みんなの迷惑になってたからな」
「ああ、君たちか……僕のゴーレムをやったのは……!」
貴族少年は、何かのスキルを発動させ、チャンピオンベアに使っていた。
――――――――――
種族:人間 イグナシオ・ロレンツ(風)
職業:魔物使い。
Lv:27
スキル:付与(能力上昇系スキルを使役中の魔物に付与できる)
筋力アップ・フィジカルアップ・ウィンドエッジ
――――――――――
「あいつらを叩きのめせ」
俺たちを指差すと、チャンピオンベアが吠えた。
「グオオオオオオオオ!」
ド、ド、ド、と巨体にもかかわらず、軽快な足取りでこっちへ進んでくる。
「シャル、磔にしてやれ!」
「うんっ」
シャルが『イッシンジョーのツゴー』を放つ。
「グオッ」
身軽に上体を逸らし、シャルの魔法をかわした。
だが、シャルの速射は止まらない。
「迷惑は、かけちゃだめ!」
二発目、三発目がヒット。魔法攻撃の耐性はそれほど高くないようだ。
「ガキが……! 風の精よ、放て刃、『ウィンド・エッジ』」
緑色の湾曲した攻撃魔法がシャルへ飛んでいく。
「っ!」
「させない」
エリーがシャルの前に立ちふさがり、攻撃魔法を防御した。
得意属性のおかげか、エリーにそれほどのダメージはなかった。
俺は一気に接近し、イグナシオとチャンピオンベアを同時に引きつける。
【挑発】を発動させた。
仕草や発言をするというわけではなく、他のスキルと同じように念じれば使えるスキルのようだ。
「グオオオ!」
チャンピオンベアがスキルを発動させ、鋭い爪を振ってくる。
竜牙刃――!
鞘から剣を抜くと、盾の形状に姿を変えた。
間一髪防御に間に合い、攻撃を防御した。
グオオオ、とチャンピオンベアはさらに攻撃の回転数をあげて俺へ攻撃をする。
だが、職業を上げたおかげか、手にした盾はびくともせず、難なく防御できた。
「おい、イグナシオとやら。なんでこんな意味ないことしてるんだ? おまえだって一応冒険者だろ。他の冒険者を魔物に襲わせて――」
「僕が楽しいんだ。意味はあるよ」
……こいつ。
「雑魚は雑魚! 雑魚冒険者の代わりなんていくらでもいるんだ! 僕が冒険の厳しさってやつをそいつらに教えてやってるんだ! 感謝してほしいくらいだ!」
「おまえみたいなやつに使役されて、ゴーレムもチャンピオンベアも気の毒だ」
「その言葉、後悔させてやるよ! 風の精よ――」
防御に専念している俺へイグナシオが詠唱をはじめた。
「『スモッグ』」
イグナシオにシャルが覚えたての『スモッグ』を使った。
もわわわ、とした黒い煙が、イグナシオを包んだ。
「チッ、クソ――!」
好機と見たエリーがこちらへ突進してきた。
どちらも敵の属性は風。
火属性のエリーが強気になれるまさに絶好機だ。
「訓練所の教官買収して、職業どんどん取得してるんでしょ、あんた! そういうズル、絶対に許せない……!」
もわもわとした煙にむかって、エリーが気合いとともに剣を振り下ろした。
「はァッ!」
「ギャァアアアア!?」
悲鳴とともに、どすん、と人が一人倒れる音がした。
よし、あとはこのチャンピオンベアだ。
「オウ! グルウ! グオ!」
涎を飛び散らしながら、俺へ攻撃を加えてくる。
だが、一発たりとも直撃は許さず、盾で完全防御していた。
「――」
エリーがチャンピオンベアの周囲をうろちょろ、としてみせる。
俺の【挑発】があったが、一瞬だけ、ちらっとエリーを一瞥した。
この瞬間を逃す俺じゃない。
再び竜牙刃に魔力を流す。
いつものように、形状が変わった。
拳にはめるグローブへと変形した。
赤い魔力が竜牙刃を包んでいる。
「熊公、主人がアレで気の毒だが、覚悟しろ――!」
「グオオオウウ!」
チャンピオンベアの爪を紙一重で回避。
俺の火属性の拳を撃つ。
「グオ」
両手で顔や腹のあたりを覆って、きちんとガードをする。
「オ――ラァッ!」
どごん。
「グオウッ!?」
俺の左拳が、チャンピオンベアの防御を崩壊させる。
だらり、と腕が下がり顔面ががら空きになった。
「もう一発――ッ!」
ドゴォォォン!
俺の右拳がチャンピオンベアを顔面を撃ち抜いた。
「グ……ォ……」
チャンピオンベアが白目を剥いて、背中から地面にぶっ倒れた。




