森の中での出会い5
バハムート退治に使われたってことは、俺はここで生きているから、他のやつだな。
ニンゲン相手に下手こいたらしい。どんまい。
まあ、ニンゲンからすりゃあ、バハムートを倒したってだけで大手柄。
伝説の武器と呼ばれるのも納得だ。
「スライムを倒した剣だって、もう一度見せてくれれば、何の剣なのかわかるかもしれない……!」
そんなふうにエリーは意気込むけど、同じ形状の武器って今までで一回もないんだよな……。
「じゃあ、ちょっと試してみるか」
いつものように剣に魔力を流し、鞘から抜いた。
「あれ?」
魔力を刀身にまとっただけのボロの剣でしかなかった。
「ちゃんとやってる?」
不思議がられても仕方ないだろう。
「あのハンマーに形状を変えたのだって、あの魔法剣に変えたのだって、全部俺の意思じゃないんだ」
「じゃあ、誰の意思だっていうの?」
「さあ」
そんなの、俺が知りたいくらいだ。
じいっと俺は竜牙刃を見つめて鞘に納める。
剣を抜いたときに、何かの反応らしきものを感じたことがある。
強いて言うなら、その何かの意思だろう。
「帰ったら、一度きちんと鑑定してもらいましょ」
休憩を終えた俺たちは、荷物をしまって歩き出す。
「バハムート退治の武器って、なに?」
「あら。知らないの?」
こくこく、とシャルはうなずく。
俺も知らないから教えてほしい。
「かつて、邪悪な竜の王様、バハムートがいたのだけど、その悪の王を倒した武器は実在していると言われているの」
「おとぎ話だろ? 絵本にあったぞ」
せがまれて、シャルに繰り返し読まされ続け、バハムートは、物語の中で数百回単位で死んでいる。
「あながちそれが物語だけの話ってわけじゃないらしいわよ? 私も噂だけでしか知らないのだけど」
「だから、バハムートを倒したらしい武器も存在しているかもしれない?」
「そういうこと」
へえ。あ、そう。
あの言い方だと、他にもいくつかあったんだろうけど、あんなハンマー程度でバハムートを倒そうとは笑止。
「他には、何があるの?」
シャルが食いついてしまい、エリーが知っている限りをシャルに教えていた。
あーもう、聞きたくない、聞きたくない。
そうこうしているうちに、森の奥深くへとやってきた俺たち。
湧き水が出ている場所を見つけたはいいが、水源というのは魔物や動物が寄りつきやすい。
そのせいか……ゴブリンたちが、湧き水付近に巣らしきものを作っていた。
目に見えるゴブリンだけで八体。
内訳は、ノーマルゴブリン四体に、弓ゴブリンが二体、あとは盾ゴブリンが二体。
今はこの程度だけど、増える可能性だって十分にある。
さっきは竜牙刃が、盾を壊すハンマーに変わってくれたからよかったが、毎回形状が変わるから正直計算ができない。
「おとーさん、ゴブちゃん、いっぱい」
「うん、そうだな」
数が多くてもシャルに怖がる様子はなかった。
「私が先頭で突っ込むわ。一番厄介な盾の相手をする。二人は残りをお願い」
気合い十分なエリーが出ていこうとする。
「待て待て。何早まってんだ」
俺はその腕をつかんで引き戻した。
「何よ、異論でも?」
「ああ。俺は、スキルのおかげで敵に狙われやすい。おまけに、防御力を上げる『フィジカルアップ』のスキルがある上に、単独行動すれば強くなる『スタンドアローン』もある。俺が陽動で敵を引きつけるうちに、倒せる敵から二人が倒してくれ」
俺の攻撃スキルは今のところブレス劣化版だけ。攻撃種類が豊富で一番火力が高いのはシャルだ。
俺の竜牙刃は、変則的だから戦力には計算しない。
となると、必然的にシャルを攻撃の軸にする必要がある。
俺は単独で敵を引きつけながら専守防衛。
エリーは接近してくるゴブリンからシャルを守る――。
「こんな感じでどうだ?」
「おとーさん、わたし、我慢しなくていい?」
我慢ってのは、たぶん魔力制御と魔力バランスのことだろう。
「おう。もう我慢しなくていいぞ? へろへろになったら、お父さんが連れて帰ってやる」
「わーい」
「……私はこれでいいけれど、あなた大丈夫なの?」
「心配すんな。これでも修羅場は結構潜り抜けてんだ」
バハムートのときの話だけどな。
「やばくなっても、私は助太刀できないわよ。この子を護衛するのが私の役目だし」
「そうしてくれるほうが助かる」
ゴブリンたちは、リラックスした様子でごろんと横になったり、果実を食ったり、居眠りをしていたりと様々だ。
基本的には、俺に注目したあと、攻撃してくれるのが理想だけど、全員がそうじゃないだろう。
目を引くっていう程度で、『大盾の心得』に強い誘引作用はないみたいだ。
誘引する優先順位は、盾、弓、ノーマルの順かな。それが理想だ。
俺は、シャルとエリーに、まずは弓、次にノーマルを倒すことをお願いした。
「わかってるわよ、それくらい。Bランクをバカにしないでちょうだい」
そんなふうに高飛車になれるあたり、まだまだ余裕があるようだ。
けど、シャルはちょっと緊張気味。
頭を撫でて、頬をくすぐってやると、嬉しそうに目を細めた。
『フィジカルアップ』を使い、みんなの物理防御力を上げておく。
「よし、まず俺からだ――」
森の開けた部分に一人で突っ込んでいく。
ニンゲンってのは、こうやって力を合わせなきゃ、ゴブリンの群れを相手にできないんだから、なんと軟弱な生き物なんだろうと思う。
今まで俺は常に絶対強者だった。
そして孤独だった。
だからこのニンゲンの体で、どこまで戦えるのか、どこまでやれるのか――試されているみたいで心が躍る。
こんな気持ちはじめてだ。
俺を見つけた弓ゴブリンが鳴き声を上げ、一斉に転がっていた武器を取るゴブリンたち。
俺が劣化版ブレスを弓ゴブリンに吐き出そうとすると、盾ゴブリンが巨体を揺らし接近してきた。
「察しがいいな。褒めてやる」
遠い場所から、弓ゴブリン二体が、俺に照準を合わせ、弓を引き絞っているのが見えた。
「闇の精よ、切り刻め――『シャドウスラッシュ』!」
お。シャルの新魔法か?
それが弓ゴブリン一体の不意を完全に打った。
黒く湾曲した刃のようなものが地を這うように飛んでいく。
標的のそばで急浮上した。
スパァンッ!
小気味いい音を鳴らし、切れ味抜群の攻撃魔法は、弓ゴブリンの一体を両断した。
さすがに攻撃を撃った誰かがいることに気づいたノーマルゴブリンたちが、シャルとエリーの付近を探しはじめた。
「『ファストエッジ』!」
ザン、と接近したゴブリン相手に、エリーの剣が唸りを上げている。
「ギャギャァアアア!」
どすん、どすん、と鬼気迫る様子の盾ゴブリンの突進をかわす。
すぐさまもう一体の盾ゴブリンが剣で突き攻撃をしてくる。
回避しようとした瞬間。
ドオン!
盾ゴブリンの顔面にシャルの闇魔法が直撃した。
「ギャアアアアア!?」
どおん、と巨体が地面に倒れた。
最初に戦った盾ゴブリンと違って余裕がないような気がする。
焦っているというか、切羽詰まっているというか。
まあいい。
「はァッ!」
気合いの声を上げたエリー。
俺を攻撃しようとしていた弓ゴブリンを斬り倒すのが見えた。
「ヨルさん! あとはその盾ゴブリンだけよ!」
よし。
そういうことなら。
いい感じの武器を頼むぞ、竜牙刃。
『――――!』
魔力を流し竜牙刃を抜くと、刀身が強く光り形状が変化した。
よし! さっきのハンマーだ!
「いくぞ!」
「ギャギャ――!」
ドドドド、と地鳴りを響かせ体当たりを敢行する盾ゴブリン。
力には力だ。
的がでかいからハンマーでも当てやすい――!
「ゴブリン風情が俺に力で勝てると思ってんのかァァアアア!」
渾身の力でハンマーを振り切った。
ドガァァァアン!
凄まじい衝突音に空気が震えた。
持っていた盾をベキベキに破壊すると、どふんっと腹にハンマーを受けた巨体の両足が、宙に浮いた。
「オ――ラァアッ!」
ハンマーを振り抜くと、ぐしゃぐしゃと潰れる感触を残して、盾ゴブリンは錐もみしたあと地面に叩きつけられた。
ふう……。
周りを見ると、ヒョン、と剣を振って鞘に納めるエリーと、俺のほうへ駆け寄ってくるシャルがいた。
どうやら全部片付いたみたいだ。
「おとーさん、わたし、がんばった! おとーさんもがんばった!」
「うん。そうだな」
てててて、と走ってくるシャルを抱っこしてあげる。
目いっぱい撫でてあげると、シャルも俺の頭を「いいこ、いいこ」と言いながらなでてくれた。
よし。水を汲んで帰ろう。




