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中間市 -15:51-

 叩けど叩けど、その奥で再生を繰り返す英人の体。

 いい加減、触手にすら馴染んできた彼の体の感覚に、適合者の少女はうんざりしたようにため息をついた。


「本当に頑丈……。私と同じ様な体になっただけはあるなぁ」


 自らの下半身……が埋もれているバケモノのような巨体をゆっくりと撫でる。

 彼女は体がこうなっても、以前と変わらぬ速度で再生が可能となっている。

 これだけ大きな体を用意したのは、再生のためのエネルギーを確保するためともう一つ。

 今回の一件を確実に生き残るためだ。

 正直に言えば、これだけのものを用意しても生き残れる保証はないといえる。

 もう目前に迫っているであろう山場を考え、少女は真剣な表情で天井を、その向こうに広がっているはずの青空を見上げる。


「……もう、この街も終わり。全部終わったら―――」


 少女は一拍空白を置いて、小さく微笑んだ。


「―――おいしいケーキ、食べたいなぁ」


 小さな少女の、ささやかな願い。

 彼女のここ数年の生活を思えば、そんなささやかな願いすら贅沢であったことだろう。

 長きに渡る監禁。度重なる残虐非道極まる実験。

 それは、少女の思考を歪めるには十分すぎる経験であった。

 だが、それでも。少女は微かな正気を失うことなく、今ここにある。

 自身でも不思議で仕方がなかった。どうして自分が壊れずにいられたのか。


「んー……」


 迫る刻限を前に少女は険しい表情で思考する。

 だが、答えは見つからない。まあ、見つかるとも思っていない。


「……いいよね、別にそんなこと」


 ここさえ潜り抜ければ、時間は果てなく存在する。

 ならばまずは目の前の問題を片付けよう。

 少女は触手で叩き潰した英人のことなどもう忘れたように、この部屋の操作パネルが存在するほうへと視線を向ける。

 このドーム状の部屋は、元々は天文台のような役割を果たしており、中間市西区の工業地帯の、一般人の死角に鳴るような場所に存在する。

 中に存在していた機械は破壊してしまったが、必要に応じて天井が開き、中のものを地上部分に押し出すことが出来るのだ。

 今の少女の肉体の重量や大きさは、もはや一人ではドームから出ることさえ叶わないほど。この機構があるからこそ、彼女はここに居座ったのだ。


「じゃあ、そろそろ出ようかなぁ。お日様も、いっぱい浴びたいし」


 少女はのんきに呟きながら、操作パネルを細い触手で操作する。

 二、三スイッチを操作すると、ゆっくりと重たい音を立てながら天井が二つに割れてゆく。

 少女は天井を見上げ、二つに割れたそこから覗く青空と眩い太陽の輝きを見て、嬉しそうに顔をほころばせる。






 その瞬間、己の触手が黒色に染まるのを目の端で捕らえた。






「…………え?」


 思わず、黒に染まった触手の方を見る。

 染まってしまった触手にはもはや感覚がなく、すでに自分の意識の外に持っていかれてしまっているのを感じる。

 いや、それだけではない。触手を染め上げた黒色はゆっくりと、確実に触手を汚染し、少女の本体へと近づいてきていた。


「なに……!?」


 得体の知れない事態に少女は素早く触手を自切する。

 ぶちりとちぎれた黒色の触手はしばしの間その痛みに苦しむように蠢いていたが、やがて一点に向かって収束していった。

 ずるり、ずるりと音を立て……触手は先ほどまで叩き潰されているはずであった英人の体の中へと吸い込まれていった。


「あなた……まだ生きていたの!?」

「―――」


 少女は驚きを声にする。幾度となく叩き潰し、先ほどの様子からすでに彼の体力は限界まで近づいていると考えていた。

 だからこそ連続で体をすり潰し、さらに体力を使わせそのまま消耗させるつもりだったのだが……まさか触手を吸収されてしまうとは。

 英人は俯いたままじっと立ち尽くす。その衣装は、すでにベコベコに凹んでおり、もはや装甲服どころか装備としても機能するかどうか怪しい領域にある。

 ……だが、気になるのはそこではない。彼が着ている装甲服は、いつの間にか黒色に染まっているのだ。

 先ほどまでも暗色であったが、今目の前にあるような光さえ吸い込みかねないほどに真っ黒ではなかったはずだ。


「―――」


 適合者の少女が不審そうに英人の様子を観察していると、英人はゆっくり顔を上げた。


「………っ!?」


 少女は息を呑む。先ほどまでと明らかに様子が違う。

 顔から生気は抜け落ち、生きているかどうかすら怪しい様子。

 だが、瞳だけは異様にぎらつき、こちらを睨み据えている。

 瞳の中に窺える感情はただ一点。

 こちらに対する、殺意だけであった。

 一瞬だけ英人の気配に気おされてしまった少女であるが、すぐに気を持ち直す。

 今だ、優位は変わらず。相手が何をしようが、叩き潰せば終わるはずだ。


「この……! 死にぞこないっ!!」


 気勢を上げ、少女は触手を振り上げる。

 先ほどとは比較にならないほど太い触手が二本。圧倒的質量差によって、英人を押し潰さんと彼に向かって叩き付けた。

 唸りを上げ、空気を震わせながら英人に迫った触手は彼の体に触れ、小さな彼の体を押し潰そうとする。

 だが、それは叶わない。なぜならば、英人に触れた瞬間触手は一瞬で黒色に染まり、ぴたりと動きを止めてしまったからだ。


「っ!?」


 目の前の状況に、動きを止める適合者の少女。

 今度は、彼女が自切する前に触手は勝手に千切れ、英人の体の中へと吸い込まれていく。

 そこまで至り、少女は理解する。

 今、彼が行っているのは自分が少し前まで行なっていたこと……。

 すなわち、他者の肉体の同化・吸収。有機体に限るが、別の対象の肉体を吸収することでエネルギーを補給する、適合者の能力の一つ。

 それに目覚めた彼は、こちらがぶつけた触手を吸収することでエネルギーを回収していたのだ。


「ならっ……!!」


 適合者の少女は素早く今も開いてゆく天井へ触手を伸ばす。

 そして天井を塞いでいた蓋の片割れを強引に引き剥がし、それを英人の脳天に向かって勢いよく振り下ろした。


「これでどう!?」


 触手と異なり、無機物で出来た天井の鉄板。これはさすがに適合者の少女でも吸収することは叶わない。

 これでもって蝿かなにかのように叩き潰してやれば、いくらなんでも再生できないだろう――。

 そんな、少女の軽い目論見はもろくも崩れ去る。


「―――」


 ピクリとも、視線を動かすことなく脳天から天井の鉄板を受け止める英人。

 彼の体はひしゃげ、ぐしゃぐしゃと化し、辺りに血肉の欠片となって飛びち……らない。


「えっ!?」


 むしろひしゃげたのは天井の鉄板のほうだった。

 英人と触れた部分が、まるで超高熱であぶられたかのようにドロドロに解け、歪んでしまっているのだ。


「―――」


 英人は軽く顔を上げる。そして、ゆっくりと口を開いたかと思うと―――。






―ウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!―






 サイレンのような遠吠えを上げる。

 圧さえ伴う英人の咆哮と同時に、天井の鉄板が一気に形を変え始める。

 ……いや、それは正しくなかった。天井の鉄板は形を変えたのではない。

 英人の、体の中に、吸収されていったのだ。


「なん……!?」


 べきごきめきと、けたたましい音を立て、ありえない形に歪みながら、一転に収束してゆく天井の鉄板。

 大きな駐車場ほどの広さがあったそれは、一体いかなる方法か完全に英人の体の中へと収められてしまった。


「そん、な……!? 無機物なんて、私は……!!」


 適合者は取り込めないはずの、無機物。

 それをあっという間に吸収してしまった英人を見て、適合者の少女は慄く。

 一体、目の前の存在はなんなのか。

 果たして、本当に自分と同じ適合者なのか?

 そんな、今更の疑問が少女の脳裏に浮かんでは消え、やたらと焦燥を掻き立てる。


「―――」


 体内に巨大な天井の鉄板を収めた英人は、ゆらりと適合者の少女を睨み据える。

 色を失い、殺意に満ちた瞳に見据えられた少女は、ごくりと唾を飲み込む。


「………っ!」


 何か、手を打たなければならない。

 だが、何をすればよい?

 天井の鉄板……巨大な無機物すら取り込んでしまった目の前の存在に対抗する手段が、適合者の少女には思いつかない。

 あるのだとすれば……。


「……くっ!!」


 適合者の少女は素早くドームに仕込まれたエレベーターのスイッチを起動し、素早く地上に出ようとする。

 英人がどう出るかはわからないが、このまま地下にいてもいいことはないだろう。

 この体は移動を想定していたわけではないが、それでも何とか逃げられるように体を変化させることは出来るはずだ。

 幸い、英人の立っている場所はエレベーターの軌道範囲外になる。このまま動かないのであれば、そのまま逃げ遂せることもできるはず。


―ウウウゥゥオオオォォォォォォォォォォ!!!!!!!―


 だが、当然英人はそれを許さない。

 サイレンのような咆哮と共に、弾丸のような勢いで彼は飛び上がった。

 少しずつ上昇する適合者の少女を追うように、飛翔する英人。


「こないでっ!!」


 適合者の少女はそれを拒絶するように、触手を勢いよく叩きつける。

 しかし中空にあって尚、英人の吸収能力は陰りを見せない。

 迫る勢いのまま触手に触れた英人は、一瞬でその体積を飲み込み、一気に適合者の少女の元へと迫る。


「ヒィッ!?」

―ウウウゥゥオオオォォォォォォォォォォ!!!!!!!―


 激しい咆哮と共に、英人は右腕を巨大な鉤爪へと変化させ、適合者の少女に向かって振るう。

 ゾクリと大きな音を立てながら体の一部を、激痛と共に抉られる少女。

 抉られそうになった瞬間、体を硬質化し少しでも凌ごうとしたが……それすら無視された。

 圧倒的な攻撃力だ。もはや、こちが何をしようが関係ない。

 接触した瞬間、その暴力的な能力でこちらを陵辱し、奪い、殺す。

 それだけに、特化した存在に成り果てたと言うのだろうか?

 目の前の名前も知らぬ少年……櫛灘英人は。


「い……いやぁぁぁぁぁ!!!」


 適合者の少女は迫り来る死の恐怖に悲鳴をあげ、体から生えている触手を操る。

 エレベーターの昇るスピードでは遅すぎる。触手で天井の淵を掴み、一気に体を引きずり上げる。

 巨大に膨れ上がった彼女の体を持ち上げるのに触手だけでは不十分であったはずだが、もはやそんなことをいっている場合ではない。

 死に物狂いで、適合者の少女は地上へと己の体を持ち上げた。




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