中間市 -14:14-
「英人! 英人ぉ!!」
武蔵はひたすらに叫ぶが、通信機の向こうから聞こえてくるのは砂嵐のような音だけだった。
武蔵に代わり礼奈を背負っている湊は、通信機の向こうから聞こえてきた英人の言葉に顔を真っ青にしていた。
「えいと、くん……嘘でしょ……?」
「ちくしょう! 英人ぉぉぉ!!」
武蔵は叫び、来た道を急いで戻ろうとするが、英人の放ったロケットランチャーによって破壊された洞窟は、とても素手の人間が掘り進めるような状態ではなかった。
大小あわせて十以上はくだらない砕けた岩が武蔵の行く手を遮っている。
「くそ、くそ、くそぉ!!」
武蔵は叫びながら砕けた岩を退けようとする。しかし、一抱えほどもある岩すら満足に動かせない。足掻けば足掻くほど体力を失い、すぐに荒い息を吐き始める武蔵。
頭ほどもある大きさの岩を持ち上げようとした時、武蔵は勢い余って岩ごと床の上に倒れこんでしまう。
「っだぁ!?」
幸い、岩の下敷きになることこそなかったが、その勢いのせいで人差し指の爪が剥がれてしまい、武蔵は激痛にのた打ち回った。
飛び散る血の赤色を見て湊は我を取り戻し、慌てたように武蔵へと駆け寄った。
「武蔵君! 大丈夫!?」
「ちくしょう……ちくしょう……!!」
しかし武蔵は湊の呼びかけにも答えず、蹲ったまま悔しそうに嗚咽を漏らす。
――思いもしなかった、親友との別離。二回目のそれは、武蔵の胸を容赦なく抉りぬいた。
これで二度目……しかも、当の本人に裏切られるかのような形。ようやく出会えた親友に対して、こんな仕打ちはないのではないか。
「なんでだ……! なんでだよ、英人ぉ……!」
もう一度会えるとは思っていなかった。だからこそ、今度こそ三人でと願っていた。
三人で……三人で生きてこの街から逃げ延びようと願っていた。
それは英人もきっと同じだと武蔵は思っていた。武蔵の想像を絶するような、酸鼻極まる地上を歩いた彼だからこそ、生きたいという思いは強いのだと武蔵は思っていた。
剥がれた爪の痛みすら凌駕するような激痛が、武蔵の胸のうちに胎動する。
「畜生……! 英人、なんでなんだよぉ……!!」
何故だ。口にすれども、親友の真意など見えない。
ただ虚しさばかりが、辺りの空気を振るわせる。
「………武蔵君………」
英人の行動に絶望する武蔵を前に、かける言葉の見つからない湊。
相変わらず眠り続ける礼奈が落ちないように抱えなおしながら、どうすべきか考える。
……と、その時だ。
「……? えっと、これって……?
倒れた勢いで武蔵が放り出した通信機が呼び出していることに湊は気が付いた。
武蔵と通信機を見比べ、湊は通信機のほうへと近づいてゆく。
今は武蔵になんといってよいのかわからない。通信の相手は恐らくディスクだろうし、このまま放っておくわけには行かないだろう。
通信機を拾い上げ、スイッチを入れる。
「……はい、もしもし」
《ああ、君かね。私だ。ディスクだ》
通信機の向こうから聞こえてくるディスクの声は、相変わらず淡々とした響きが篭っている。
ともすれば冷徹とさえいえる彼の口調であったが、今はそれが心地よく聞こえてしまう。
「……はぁ。無事だったんですね」
《ああ。……そちらは?》
湊が吐き出したため息に何かを察したディスクの問いに、湊は逡巡しながらも答えた。
「……英人君が……私たちを助けるために、道を崩して……」
《………そうか》
ディスクのつぶやきは短かった。
だが、湊はその呟きの中に確信めいたものを感じた。
何故かはわからない。だが、湊はディスクがこの結末を知っていたと感じた。
「知ってたんですか? 英人君が、こうするって」
思わずそう問いかけると、ディスクは僅かな沈黙のあとに肯定した。
《確実な話ではなかったが、そうするのではないかと感じていた》
「なんでですか?」
《適合者の殺し方を聞いてきたからだ。あの時点で、彼が言う適合者というのは彼しかいなかったはずだ》
確かに、英人はもう一人の適合者の存在を知らなかった。
「……あなたは、答えたんですか? 適合者の、殺し方を」
《聞かれた故に答えた》
「何故です」
間髪入れぬ、有無を言わさぬ湊の問いかけ。
通信機越しにもはっきりと伝わりそうな殺意を前に、ディスクは恐れを知らぬもののように答えた。
《彼がそれを望んだからだ》
「――ッ!! あなたはッ!!」
《私は、ディスクだ》
激昂し叫びかける湊の機先を制するように、ディスクは己の名を告げる。
《私はディスク。それは揺るがぬ事実であり、それ以上でも以下でもない》
「……何の話ですか」
唐突に始まった自分語りを前に、毒気を抜かれた湊は問いかける。
それに対するディスクの答えは、こうだった。
《初めの一人は何も知らなかった。知らぬが故に、呆けそして本能のままに人を襲った》
「……?」
《しばらくして出会った次のものは、荒くれ者であった。人を殺せば自分は助かる、そんな甘言を信じ、多くのものをその腹の中に収めていった》
「………?」
《同じ時期に、奇妙にやせ細った男ともであった。難病に犯された彼は、全身に感じる痛みに発狂しながら、ひたすらに己に注射を突き刺していた》
唐突に始まったのは、誰ともわからぬものの末路。一体それに何の意味があるのか?
《その次に出会ったのは、弱った老婆だった。病弱な孫の治療費のため、彼女はその身を差し出した》
湊は静かに耳を傾ける。彼が語る言葉に。
《間髪いれずに出会ったのは病弱な少女。彼女は、年老いた祖母を楽にしてやりたいと自ら実験台となった》
「………」
《またある時に出会ったのは、足の動かぬ男だった。万病に効く万能薬と聞いていたようだが、己が騙されていたと知った時に彼は世界を呪いながら己の首を掻き切った》
「………」
《ある時に行なわれた実験では、無数の被検体を一つの部屋に押し込むこととなった。しばらくすると、お互いに貪りあった彼らは最期には一つの肉の塊と化した。ちょうど、彼女のように》
「……実験」
《私はディスク》
ディスクは今一度己の名を呟き、そして己の役割を告げる。
《私の役割は、万物の事象全てをこの脳髄に記録すること。そして、己の脳髄に納められた記録を必要とするものに、それをもたらす事》
「………」
《忘れることの出来ない私に課せられた役目が、それだった。あらゆる実験、記録を脳に収めること》
「……さっきの昔語りは?」
《この研究施設で犠牲になった者たちだ。今まで私がいる間に行なわれた全ての実験記録。その最期の一秒に至るまで、私は憶えている》
「………」
《それが、私に課せられた役目であり、義務でもある。携わった全ての研究に対し、私は“忘れない”ことでしか、一研究者としての責務を果たすことが出来ない》
「……なんで、そんなに中途半端なんですか。あなたは」
忘れないことで、己の責務を果たす。全ての犠牲者たちのことを、憶えることで彼らに対して贖罪を果たしているつもりなのだろうか。
だがそれは偽善だ。傲慢ですらある。
贖罪を果たすなどと嘯くくらいなら、初めから手を出さねばよい。罪の意識を背負うと言うなら、初めから罪など背負わなければ良い。
そして贖罪を嘯く割に、彼は組織の実験に従事する事をためらわない。むしろ、率先して参加していたような印象さえ受ける。
「実験体に責任を感じていたり、ウィルスの存在を否定しないどころか肯定しているかのようだったり……あなたは、一体なんなんですか?」
抑揚のない口調で問いかける湊に対するディスクの返答は、まったく同じものだった。
《私は記録媒体だよ》
「……そうですか」
もはやこの問答に意味はない。そう察した湊は、話題を変える。
「……それで、どうかしたんですか? 死にますか? 死んでいいんですよ?」
《急に辛辣だな。もうじきメイン原子炉の制御室に到達できそうだ。順調に行けば、三十分程度で原子炉の自爆キーも起動できそうだ》
「制御室から起動できないんですか?」
《セイフティの一種で、メイン原子炉に幹部のカードキーを挿入しないと自爆シークエンスに入らない。しかも、自爆するまで十分間の猶予がある》
「また面倒ですね。その間に止められたらどうするんです?」
《自爆すること事態が想定外だからなんともいえないが、まあ無理だろうな。原子炉の強度は戦艦級だし、一度カードキーを挿入されたら制御システムは自壊し、制御不可能になる。一からシステムを組みなおすには、十分は短いだろうな》
「戦艦級の堅牢さを誇る原子炉が七基同時に自爆するんですか……」
原子戦艦が自爆し、なおかつ一都市を消毒しえるほどの濃度の放射能をばら撒くとなれば、自爆される中間市など塵も残るまい。もう二度とこの地を踏めなくなるだろう。きっと物理的放射能的な意味で。
《まあ、実際にオーバーロードまで時間がかかるだろうし、君たちが遠くに逃げる時間的余裕はあるだろう。そちらはどうかね?》
「……武蔵君がちょっと立ち直れそうにないんです。けど、もうすぐそこが脱出地点ですから」
湊は通信機を握り締め、はっきりと告げる。
「生き延びます。絶対に」
《うむ。頑張ってくれたまえ。それでは》
ディスクはそう告げるのを最後に、通信機のスイッチを切った。
もうすぐ制御室につくと言うだけの連絡のために、だいぶ長い間話し込んでしまったものだ。
「……ふぅ」
湊はため息をつきながら、通信機を下ろす。
時間はかかった。だがおかげでだいぶ落ち着くことが出来た。
「う、うう……」
武蔵はまだ嗚咽を漏らしているが、それなりに落ち着いてきているようだ。
……納得はいかないが、ディスクが通信してきたタイミングはベストだった。おかげで、気持ちを整理するだけの落ち着きを取り戻すことは出来たのだから。
「……英人君」
崩れた壁を見つめる。
向こうには化け物と一緒に英人が閉じ込められているはずだが、戦っているような酷い音は聞こえてこない。英人は逃げ遂せたのか、あるいは化け物がくたばったのか。
……いずれにせよ英人は時間をくれたのだ。湊たちのために。己が死ぬ前提があるのだとしても、湊たちが生き延びられる時間を。
湊は祈るように目を伏せ、それから武蔵の肩に手を置いた。
「行こう。武蔵君」
英人がくれた時間を、無駄にしないためにも。
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