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中間市 -13:23-

 そうして歩くこと、二十分ほどだろうか。

 話題も尽き、薄暗く狭い廊下をまっすぐとただ延々と歩き続けるというある種の苦行を強いられたおかげで英人たちの足取りも今まで経験したこともないほどに重くなっていたが、不意に先頭を歩く英人の足が止まる。


「……ん?」

「っと? ……どうした、英人?」

「きゃっ?」


 唐突に止まった英人の足に武蔵が驚き、湊が彼の背中にぶつかる。

 背後の声に申し訳なく思いつつも、英人は目の前に見えるはしごに軽く手を触れた。


「はしご……? まさか、もう着いたのか?」

「え? ちょっと待って……」


 英人の言葉に湊は慌てた様子でタブレットを操作する。

 呼び出したマップを弄り、目的地である脱出地点と現在位置のアイコンを確認し、湊は怪訝そうな声を上げた。


「……ううん。まだ、目的の場所じゃないはずだけど……」


 と言うより、目的地は中間市のほぼ西端に位置する。歩いていくと一時間は平然とかかるような距離なので、こんなに短時間で着くはずがないのだが。


「でも、はしごなんだろ? なんだ、地下地下通路ってのは目的地に一直線じゃないのか?」


 武蔵が露骨に不機嫌そうな声を上げる。

 ディスクの話しぶりを思い出せば、途中で地下地下通路から出るなどとはいっていなかった。騙されたと彼が思ってもおかしくはないだろう。

 しかし湊はタブレットを弄りながら先を続ける。


「……でも待って。ここを出ると、移動用の小型レールに乗るみたい」

「小型レールに?」

「うん。それで、一気に目的地に向かえるみたい」

「なるほど。武蔵、礼奈を頼む」

「え? お、おう」


 狭い通路の中で振り返るのに難儀しながら、英人は武蔵に礼奈の体を預ける。

 英人の腕から礼奈を預かった武蔵は、思っていた以上の重さに思わずよろめく。


「っとぉ!? 礼奈ちゃんおも……あー、いや。だいぶおっきくなりましたね?」


 思わず重いと言いかけ、慌てて言い直す武蔵。

 そんな彼の様子に笑いながら、英人ははしごに手をかける。


「そんななりでも、今年で小学校四年生だからな。それなりに成長してるさ」

「……礼奈ちゃん、もうそんなになるんだね……」


 湊は微かな悲しみを声に乗せる。

 英人はそれに対して追求することはなく、ゆっくりとはしごを上ってゆく。

 と言っても、天井までそれほど高さはなかった。せいぜい、頭一つ高い程度だろうか。

 地下地下通路に下りた時には、それなりの高さを落下した記憶がある。ひょっとしたら、ここに来るまでの通路は微妙に上り坂になっていたのかもしれない。


「なら、足が重いのも納得……かね」


 ポツリと呟きながら、英人は天井の扉を押し開ける。

 空気の抜ける軽い音共に扉は開き、天井の明かりが英人の目を刺す。

 暗闇に慣れた目を細めながら英人は慎重に出口から頭を出して周囲の様子を窺う。

 幾本かのレール上のものに挟まれた出口には、複数の移動用レールが施設されており、どうもこの研究施設内の移動駅のような役割を果たしていたようであった。


「……人を含めて、気配はなしか」


 ノイズも特別感知できない。英人はゆっくりと体を外へと持ち上げた。

 大型化したバックパックも余裕で出口から通り抜けさせ、英人は移動用レール駅に出た。

 すぐ傍にあった、ディスクとも乗った小型レールに軽く手を触れながら、英人は素朴な疑問を思い出した。


「……そういえば、俺は移動用レールに乗れるのかね」


 もはや自重が一トンを超えるこの身が移動用レールに耐えられるとも思えない。

 となれば当然、英人はこの先――。


「おーい、英人?」

「……ん、すまない」


 存外別れは早かったのかもしれないな、などと思いふけっていると、武蔵の呼ばわる声がする。

 英人はすぐに返事をしながら、出口の中に手を伸ばす。


「とりあえず、礼奈ちゃんをー!」

「ああ」


 精一杯礼奈の体を持ち上げてくれる武蔵に向かって、英人も両手を伸ばす。

 武蔵の手と英人の手は何とか届きあい、礼奈の体をゆっくりと外へ出すことが出来た。

 そして次は武蔵、最後に湊と順調に外に出ることが出来た。


「くはー! 久方ぶりの外だー」

「まだ地下だけどね……けど、やっぱり明るいと安心できるね」


 息の詰まるような地下地下通路を脱出でき、安堵の息をつく二人。

 英人はそれに同意しようと軽く微笑み、すぐにその笑みを消し去った。

 彼は素早く視線をレールの走っている向こう側に向ける。


「………」

「ん? 英人、どした?」


 一方を睨み付ける英人を見上げ、不思議そうな声を上げる武蔵。

 英人は脳裏に刺さるノイズを感知しながら、真剣な声を上げる。


「……あまりゆっくりもしてられなさそうだ」

「え?」

「化け物どもが来る」


 英人がそう呟くのと共に、武蔵と湊もあることに気がつく。

 それは、足音。遠くから大量の足音が、こちらに向かって駆けているのが聞こえてきたのだ。


「これって……!?」

「やばいやばい! 早くレールに乗ろうぜ!!」


 直接的な危機の予感に武蔵は叫んで、手近なレールを引っつかむが、湊が首を横に振る。


「待って! それじゃ英人君が! そのレール、耐荷重五百キロってなってる!」

「はぁ!? 英人半分ものらねぇのかよ!?」

「人が分離するみたいに言うなよ」


 英人は武蔵の物言いに苦言を呈しながら、彼に礼奈の体を預ける。


「武蔵、礼奈を頼む」

「また!?」

「悪いが、まただ。連中、もうそこまで来てるみたいだからな……」


 英人の言葉を証明するように、すでに暗がりの中には大量のゾンビたちの姿が見える。

 もはや思考すら奪われた大勢の人たちのうめき声が不協和音を奏で、武蔵と湊の背筋がそのおぞましさに震え上がった。


「やばいやばい……! 湊! 英人が乗れるやつはどっかにないのか!?」

「待って、今調べてる! 調べてるから……!」


 湊が大急ぎでタブレットを繰り、英人でも乗れるレールを探すが、どう考えても化け物どもの接敵に間に合いそうにない。

 英人は先んじて迎撃すべく、一気に前に出る。


「あ、英人!?」

「武蔵は湊のそばにいてくれ!」


 英人はそういい捨て、化け物の群れに一気に近づいてゆく。

 かなり大量に駆け抜けてくるゾンビたちの群れが相手だが、後続の姿はない。恐らく、この一陣を切り抜ければ後は続かないものだと思われる。


「だったら……!」


 英人は素早く襟首に仕込まれている両肩のガトリングガンのスイッチに手を触れる。

 英人がスイッチをオンにした途端、ガトリングの銃身が勢いよく回転を始め、轟音と共に大量の弾丸を吐き出し始める。


「おおおぉぉぉぉ!!」


 英人はそのまま倒れたりしないように踏ん張りながら、前方を薙ぎ払うようにガトリングガンで斉射を行なう。

 無慈悲な弾丸の雨を前にゾンビたちは無防備なまま突撃し、そして倒れてゆく。


「 ゴ バ ァ 」

「 ぐ べ け 」


 肉を削る嫌な音共に迫り来るゾンビたちがなぎ倒されてゆく。

 だが、斉射が三十秒ほどたった辺りで、ガトリングガンが弾を吐き出すのを止め、そのまま銃身の回転もおとなしくなってしまった。

 単純なスイッチのオンオフで制御するこのガトリング、連続発射し続けると銃身が加熱によりいかれてしまうので、連続起動時間が三十秒と定められているのだとか。

 その為、その時間を越えてしまうとクールタイムのためにガトリングガンは強制停止してしまい、さらに再起動には一分弱かかるのだとか。


「安全装置にしても、もう少しやりようがあるだろうが!」


 英人は舌打ちしながら四角い手榴弾を装甲服から引き剥がし、そのままゾンビの集団に向かって投げつける。

 ガトリングガンに打ち倒された仲間を踏み潰して乗り越え様とした別のゾンビたちは、目の前に放り出された四角い手榴弾を無視しようとするが、次の瞬間には爆発と衝撃の中に飲み込まれ、木っ端微塵となる。

 装甲服からはがした瞬間に起動する、小型ダイナマイトのようなものだとディスクは言っていたが、効果は絶大なようだ。

 だいぶ数の減ったゾンビの群れを前に、英人は両腰に吊るされた小さなライフルを握り締める。


「これで終わりだ!」


 引き金を引いた瞬間、三発の銃弾を吐き出すライフル。

 三連バースト射撃と呼ばれる機構を備えた銃は、射撃初心者の英人であっても何とかこちらに近づいてきていたゾンビたちの残党を撃ち抜くことに成功した。


「………」


 近づいてきていた最後の一匹を撃ち殺し、英人はライフルを腰に戻す。

 迫ってきていたゾンビの群れは全て撃破し終えた。目に映る範囲に敵はいない。

 ……だが、英人の脳裏に突き刺さるノイズはまだ終わっていない。

 気が付けば周辺に微かなノイズの反応を捉え、さらにこちらに向かって一匹かなり大きな個体が近づいているのを感じていた。


(……こっちに化け物どもが向かってきているのか?)


 地下地下通路を出てきた時には感じなかったノイズを前に、英人は困惑を隠しきれない。

 こちらが研究所に上がった途端にこれだと、向こうがこちらを狙ってきているように感じてしまう。

 病院でもそうであったが、どうも統率者がいると途端に組織的な行動が出来るのがゾンビたちの特徴らしい。


(だが、一体誰がどうやって? そもそもなんでそんな……)


 英人は胸のうちにわいた疑問に首を傾げたくなったが、そんな暇はなくなってしまった。

 ゾンビたちが走ってきたほうから、だいぶ小さいがそれでも巨人と言うに差し支えない甲殻人間が現れたからだ。


―ッバァァァァァ!!―

「チッ」


 全長は三メートルほどか? 全身を覆う甲殻は外で見た巨人のように丸みを帯びてきており、順調に成長すればシロガネ屋で見たような個体になるだろう事が容易に想像できた。

 だが、そうなって貰っては困る。こちらに接近しきる前に何とか倒さねば。

 しかしこちらの手持ちにあれを止められるだけの火力がある武器が無い。RPGモドキはあるが、一発で止められなければ背後の武蔵たちの命が危うい。

 方法がないわけではないが、その為には――。


「………」


 英人はちらりと武蔵たちの方を見る。

 今更ためらう必要はないだろう。いずれにせよ別離は近い。ならば、ここで今の櫛灘英人という存在の本性を知らしめておくべきかもしれない。

 英人は覚悟を決め、拳を握り締める。

 そして迫る甲殻巨人に対し、持ちうる最大の一撃を放とうと構えを取った。


「――英人君! こっちに来てぇ!!」

「っ!?」


 しかし、いざ巨人に駆け出そうとした瞬間、湊の叫びが彼の背中に突き刺さる。

 思わずつんのめり、それから湊のほうへと振り返ると、昔の鉱山に存在したトロッコのようなレールに乗った湊たちがこちらに向かって手招きしているところだった。


「これ! これなら英人君も乗れるから! 急いで!!」

「貨物運搬用のレールだ! 耐荷重十トン! いそげぇ!!」

「……わかった!!」


 二人の招きの声に、英人の逡巡は一瞬。

 即座に巨人に背中を向け、一気に駆け出して二人の乗っているレールへと飛び乗った。

 人が乗ったとは思えないほどの轟音と、悲鳴を上げるレール。


「湊!!」

「うん! 発進して!!」


 しかし、湊がタブレットのスイッチを押すのと同時に、貨物用レールは走り出す。

 はじめはゆっくり。そして徐々に加速を果たしたレールは、掠めた巨人の指先を置いてけぼりにして一気にその場を離脱していった。


―ガァァァァァ………!!―

「はっはぁー! 一昨日きやがれってんだ!!」


 悔しそうに咆哮を上げる巨人に中指をおったてる武蔵。

 あっという間に加速しきった貨物レールの上に腰掛けた英人は、詰めていた息を一気に吐き出した。


「っはぁー……!!」

「大丈夫、英人君!? ……ごめんね」


 玉のような汗が浮かぶ英人の顔を、持っていたハンカチで拭いながら、湊は小さく謝る。

 英人は湊にされるがままになりながら、軽く首を横に振った。


「いや……」


 今更、化け物と化したなにを遠慮する必要があるのか。

 思いはすれど、言葉は口をついてでない。

 ……先ほどまでの覚悟が微かに揺らぐのを感じる英人を乗せた貨物レールは、一気に研究所の中を駆け抜けていった。




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