中間市 -12:57-
「ここが、君たちが進む地下地下通路になる」
ディスクはそういいながら、床の一部を持ち上げる。
空気の抜ける小さな音と共に持ち上がった床が退いた向こう側にはうすぼんやりとした赤い非常灯の輝きが見える。
武蔵が顔を突っ込み通路の様子を見てみると、人一人が楽に通れる程度の幅の通路がまっすぐにどこかへと通じているようだった。
「……幅自体はそんな広くないんだな」
「何しろ非常用なのでな。狭さに関しては、我慢してもらうしかない」
武蔵の言葉にディスクは軽く肩をすくめながら、タブレットを湊に渡す。
「持っていくといい。中にあるアプリは、この先でも役に立つだろう」
「ありがとう……でも、あなたは?」
「私にはもう必要のないものだ。この研究所の地図は、頭の中にすでに入っているのでね」
湊に頷いて見せながら、最後にディスクは英人のほうへと向き直る。
「どうかね? 試製対軍用機動装甲服・乙型の具合は」
「冗談の産物のようだ。まさかこんな馬鹿な武器が出てくるとは思ってなかった」
憮然とした顔で、礼奈を姫抱きしている英人が呟く。
今、英人の背中に背負われているバックパックはその様相が大きく変わり……さながら人型起動兵器の背部兵装といったところだ。
大型拳銃のような取り回しを確保していた小型ガトリングガンは、今は肩から正面を狙う位置取りをしており、ガトリングガンがつるされていた位置には、小型のRPGのようなものが吊るされている。さらに装甲服の腰部には、片手でも取り回しがしやすそうなライフルが一丁ずつ吊るされている。
そこ以外にも大型のナイフだの、手投げ式の四角い手榴弾だの、英人の着ている装甲服の全身のハードポイントには武器という武器が吊るされていた。
「甲型でも相当頭悪かったのに、乙型は悪化してるじゃねぇか。どういうことだ?」
「甲型のコンセプト、人型戦車をさらに推し進めた形らしい。甲型が軽量戦車なら、乙型は重量戦車と仕様書にはある」
「人間に重戦車級の武装施す意味がもうわかんねぇな」
変わらぬディスクの淡々とした語り口調に、ため息を一つつく英人。
人を戦車にしようというコンセプトも十分頭が悪いが、それを実現してしまう“組織”はもっと頭が悪いと改めて思う。
とはいえ、この先に一切の戦闘がないとは言い切れない。武器は、持てるだけ持ったほうがいいのは確かだ。
「行動に支障はないかね? 重量が1トン超えているはずだが」
「先に言えよそういうことは。……特別、支障はなさそうだ。倍力機構とかも、かなり重量上がってると思うんだけどな」
もはやロボットか何かと見紛うばかりに姿の英人であったが、動きに問題は見られなかった。
礼奈を抱き抱える腕は普通に動いているし、足音は異常だが平然と歩いて武蔵たちのいる場所まで移動して見せた。
「……英人、お前ホントに変わったんだなぁ」
「そんなしみじみ言うことかよ」
「………」
ため息一つつく武蔵とそれに毒づく英人。
二人の会話は、特になんでもないような、まるで今日の天気を話し合うかのような、そんないつもどおりの様子であった。
そんな二人の様子を見て、信じられないというような表情をする湊。すっかり変わり果てた英人の様子が、気がかりでしょうがないのだろうか。
一歩引いてそんな三人の姿を見ていたディスクは、不意に視線を上げて3Dマップの報を見上げる。
「……さて、あまり時間もなくなってきたようだ。ゾンビたちが、だいぶ近くに来ているようだぞ」
「っと、マジか!?」
「……みたいだな」
見れば、現在位置からだいぶ近い位置にゾンビたちが蠢いて様子が見える。
さらにその背後には、文字通り川のようにゾンビたちは化け物たちの姿が連なっているのが見えた。
おぞましい黒い川を見上げ、湊が震え武蔵が舌打ちする。
「チッ……」
「さすがにあの数は相手をしていられないな」
言うが早いか、英人は地下地下通路への入り口に立つ。
「先に下りる。あとからきてくれ」
「あ、おう! わかったぜ」
武蔵は勢いのいい返事を返すが、英人はそれを待たずに穴の中へと飛び降りていった。
重量一トン超の装備が物々しい轟音を立てるのを聞き、武蔵は顔を引きつらせた。
「地下地下通路、崩れたりしねぇよな……?」
「震度5程度の地震には耐える強度だ。一度だけなら問題あるまい」
「まったく……笑えねぇな」
武蔵は小さくため息をつくと、ディスクを睨みつけながら地下地下通路へと向かう。
「英人があんな風になったのも、俺たちの故郷が消滅すんのも、全部テメェらのせいなんだからよ」
「………」
「ホントなら殺してやりてぇよ。……じゃあな」
恨み言を吐きながら、武蔵は地下地下通路を降りてゆく。
それに続く湊は、ディスクの方を一切見ずに一言だけ、呟いた。
「……恨みます。一生」
「………」
ディスクはそれを見送り、湊が地下地下通路へと消えたのを見てから大声を張り上げる。
「――では私は別ルートを通って、原子炉の中央制御システムへ向かう! 君たちの目的地と距離はそう大差ないが、なにがあるかは分からない! そちらが先に到着した時は、通信機越しに知らせてくれたまえ!」
「そちらが逆に先に着いたら、こちらに知らせてくれ! では、幸運を祈る!」
「お互いにな!」
英人の返事を聞き、ディスクは最後に一言返すと、英人たちが潜り込んだ地下地下通路の扉を閉める。
そうして地下地下通路の薄暗い闇に包まれた英人たちは、しばしの沈黙の後に湊の持つタブレットの光に集まった。
「……それで、方角はどっちになるんだよ?」
「ちょ、ちょっと待って……」
湊はたどたどしい手つきでタブレットを操作し、マップを呼び出す。
中間市全景、研究所内部、地下地下通路の順で表示され、彼らが今いる場所が表示される。
湊が持っているタブレットが細長い三角形のアイコンとして表示されるらしく、それで方角もある程度分かるらしい。
「えっと……」
湊はタブレットを持ったまま、くるくると回ってみる。二つに分かれている地下地下通路のそれぞれにアイコンが向き、湊は一方を指差した。
「……あっち、だと思う。あいつが言ってた、脱出用の電車があるのは」
「湊がアイツとかいうとなんか迫力あるな」
「茶化してる場合か。いくぞ」
英人は軽く装甲服の胸元に触れる。すると、襟首についていたライトが点灯し、彼らの行く先を照らしてくれた。
「ライト完備とか、ますますはっちゃん装甲車ね……」
「まったくだな。我ながら呆れてものも言えない」
武蔵の言葉に一つため息をつきながら、英人は後ろを歩く二人に声をかける。
「だが、おかげで二人の手を煩わせることはないだろうな。何か出てきたら俺がどうにかする。二人は無理に撃ってくれるなよ」
「ああ、わかってるって。そんときゃみんなはっちゃんに任せるからさ」
おどけた様に言って、肩をすくめる武蔵。そして、湊の背中には個人防衛火器と言われる銃であるP90と言う銃が背負われていた。
ディスク曰く、素人でも問題なく扱えそうなサブマシンガンとのことで、とりあえず引き金を引けば問題なく撃てるとのことだが、良く考えれば全ての銃器に言えることだ。
独特の形状は漫画やアニメ、ゲームなどでもよく見る形であったため、武蔵には多少馴染みのある武器であったが、いざ自分で持つといろいろと勝手が分からない。
「あいつは素人でもなんて言ってたが、だからってこいつで戦えって言われても困るしな。頼りにしてるぜ、はっちゃん?」
「ああ、任せろ」
英人は武蔵に笑って返事を返しながら、一向に返事の返ってこない湊のほうへと軽く視線を向ける。
「……湊。湊は大丈夫か?」
「……うん、平気だよ」
英人の言葉に湊はそう返事を返すが、いつにもまして返事が暗い。
明らかに大丈夫とは言いがたい様子であったが、だからと言っていちいち追求するのも憚られる雰囲気であった。
「……そうか」
英人はそれだけ呟くと、礼奈を抱きなおして前を向く。
そのまましばらくの間、三人は黙々と地下地下通路を歩き続ける。
「………」
「………」
「………」
重苦しい沈黙が、辺りを包み込む。
彼らが向かう脱出のための電車。それに乗り込めば、この地獄のような場所から逃げ出すことが出来る。
だが、それは同時に生まれ故郷である中間市の完全消滅を意味する。
七基もの原子炉をオーバーロードさせた上での自爆。これによる放射能汚染は十全にウィルスを焼き尽くしてくれるだろうが……同時に、先数十年の間中間市は人の住めない市の大地へと変わり果ててしまうだろう。
全てが終わったあとに、この土地へ死者の霊参りさえ出来なくなる。
だが、ここから去るのを惜しむような時間はない。そんなことをしていては、化け物どもに殺されてしまうことだろう。
――自然と、三人の足取りは重くなる。
それは、何も出来ずに逃げねばならないからか? 全てを捨てねばならないからか? もう二度とこの町に戻ってこれないからか? あるいはその全てなのか?
それは、三人にも分からない。だが、何もかも手遅れなのは確かなのだ。
重たくなった足取り。何もしゃべらない三人。薄暗い道。
「――フフ」
そんな今の状況を感じ、英人は不意に笑みを零した。
「? どうしたんだよ、英人」
「いや、なに。昔を少しだけ思い出したんだ」
不審そうな武蔵の言葉に、英人は笑いながら自身の思い出したことを告げる。
「昔、三人で狭間山に探検にいったことがあったろ。なんか、あの時に似てないか?」
「……あーあー。あの時ねー」
英人の言葉に武蔵は昔を思い出し、顔をしかめる。
「湊がなんか七色に光るちょうちょを見たとか言って、大騒ぎしたあれでしょ? なつかしいわー」
「え……ちょ、違うよ!? 確か武蔵君が、黄色のツチノコ見たって言ったんだよ!」
いきなり振られた話題に、湊は大慌てで反論する。
「えー? いや、七色ちょうちょだった! これ間違いないよ!」
「違うよ! ツチノコだよ! ねえ、そうだったよね、英人君!?」
「いや、両方だったわ。どっちがホントかで言い合いになって、俺も一緒に狭間山にいく流れだった」
「「え? そうだっけ?」」
ぴったり声をハモらせる二人がおかしくて、英人はまた笑い声を上げた。
「ハハハ、そうだったよ。結局どっちも見つからず、真っ暗な山の中を散々歩かされて……」
「い……いやいや! 確かにそうだったけど、夜中になったんははっちゃんのせいでしょうが!?」
「そうだよ! 私たちの言うこと信じない割りに、絶対見つけてやるって張り切ってたのは英人君だよ!」
「んー? そうだっけ?」
「「そうだよ!!」」
二人がまた息ぴったりに叫ぶのを聞き、英人はまた笑う。
「アハハハ」
「なに笑ってるの! 英人君のせいで、私大変だったんだよ!?」
「うちもだわ。あの時以来、門限守るのだけは死守してたわ……」
そんな英人の笑い声に湊は叱り付けるように声をあげ、武蔵が当時のことを思い出してゲンナリする。
三人は、少しの間思い出話に花を咲かせ、ゆっくりと地下地下通路を進んでゆく。
――先ほどまで、胸のうちにあった暗い感情に蓋をするように、三人は歩いていった。




