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中間市 -12:37-

「原子力発電機……? それをオーバーロードって……」

「まさか、自爆か?」

「その通り。ウィルスの弱点は放射能だ。これ以上被害が拡散する前に、高濃度の放射能によって確実にウィルスを駆逐しなければならない」

「そんな……この街を……中間市を消し飛ばすなんて……!?」


 ディスクの言葉に、湊が叫び声を上げる。


「ひどすぎる……あんまりよ!! そもそも、あなたたちがいなければこんなことにならなかったのに!! なんで、なんでこんな……こんな……!!」


 怒りのあまり言葉を纏めることもできないのか、呂律も回らない様子で湊が崩れ落ちる。

 彼女の言葉に同意するように、武蔵はディスクを睨み付ける。


「ご立派な判断だが、それで生まれ故郷を焼かれるほうは堪ったもんじゃねぇ。それ以外の方法は本当にねぇのか?」

「ない。……というより、正確に言えばこの方法とて確実とは言いがたい」

「理由は?」


 他の二人に比べれば冷静な英人の言葉。彼にしてみれば、確実にウィルスを抹消できるのであれば今更生まれ故郷の存亡などたいした問題ではないのだ。


「粘膜感染するZVはともかく、空気感染型のCVが問題でな。ZV同様に放射能に弱い性質であるが、日光程度では消毒が出来ない。仮に風に乗ってCVが隔離防壁を乗り越えていった場合、その後の被害がどうなるかがはっきりと分からない」

「そうなった場合、どうなる?」

「本来のCVはあくまでZVの発症を早めるためのもの。害のある存在ではなかったのだが……変異者、そして適合者の存在が最大の懸念となる」

「隔離防壁とか言うのは、CVを防いではくれねぇのか?」

「当然、そうしたことが起こさぬための五十メートルだ。……だが、それでも完璧とはいえないし、君たちの衣服などにも当然CVは付着している。放射能殺菌が出来れば一番良いのだが、この街を出てから出なければ意味がないからな」

「じゃあ、どうしたらいいんですか……? 私たちも、核の炎を浴びろとでも言うんですか!?」


 湊の叫び声に、ディスクはワクチンを取り出しながら答える。


「一週間。人里から離れた場所で一週間じっとしていればいい。外気に触れているCVは、一週間で自壊するように製作されている。CVの発生源はCVを利用したZV感染者になる。そして、君たちにはもうウィルスが効かない」


 ディスクは言いながら、もう一本のワクチンを武蔵に手渡した。


「使いたまえ。CVを駆逐し、感染しないための完成品のワクチンだ。先に手渡したものと合わせ、これを使えば君たちはもうウィルスとは無縁になれる」

「チッ。調子のいい……だったら初めから無縁でいさせろ」


 険しい表情で毒を吐きながら、武蔵は毟り取るようにワクチンを受け取る。

 そして先に貰っていたワクチンをまず自分に打ち、もう一本を湊へと手渡した。


「ほら湊。使えよ」

「………」


 湊は微かに疑うようにワクチンを見つめていたが、すぐに武蔵からワクチンを受け取り、自分の首筋に打ち込む。

 ぷしん、という空気の抜ける音共に自分の体の中に得体のしれない何かが入り込むが、すぐに体が微かに熱を持ったように感じる。

 CVの体温低下機能がなくなったためだろうか。

 両腕を抱えるように自分を抱きしめながら、湊か微かに震える。


「体が……熱い……。武蔵君は?」

「俺もだ。CVの体温低下ってのは、結構えぐいもんだったのかもな……」


 見上げれば、武蔵の顔が微かに上気しているようにも見える。彼にも確実にCVの影響から脱したのだろう。

 そのことに安堵の笑みを浮かべる湊の顔を見ながら、英人はディスクへと尋ねる。


「……原子炉の自爆を利用するのはいいが、タイミングはどうなる? 俺たちの脱出と同時に原子炉が自爆なんてオチじゃ、しまりのない話だが?」

「お互いに通信が出来るよう、通信機を使おう。君たちの脱出より十分後、私は原子炉を自爆させる」


 ディスクは英人のほうへと向き直り、手を差し出す。


「カードキーを。それがなければ、原子炉を起動できない」

「ああ」


 英人は借りていたカードキーをディスクへと手渡した。

 ディスクの手がカードを取った時、英人は軽く尋ねる。


「……あんたは逃げないのか?」

「原子炉の起動は手動のみで行なわれる。逃げられないというのが正しい」

「そういうことじゃない」


 受け取ったカードを胸ポケットにしまいながら、ディスクは英人の問いかけに答える。


「これでも医者の端くれ。外法外道に身を染めはしたが、それでも爪の先程度の良心は残っている。この惨状を放置して逃げ出せるほど、心が強くないのでな」

「ふぅん」


 英人は小さく頷きながら、もう一つ尋ねた。


「あんたの言う適合者。それは放射能で死ぬか?」

「ウィルス自体が放射能に弱い性質がある。実験は行なわれていないが、間違いなく死ぬだろうと思われる。それがどうかしたかね」

「それを俺に聞くのか?」


 質問に質問を重ねる英人。しかし、その目はなによりも雄弁に彼の言葉の意味を語っていた。


「……他に考えられる方法として、全ての細胞を抹消するという方法が考えられる」


 ディスクは彼の瞳の中にあるものに応えるように、己が考えうる適合者の殺し方を告げる。


「適合者の体を構成するのは、際限なく増殖と変化を行なえる万能細胞だ。どこか一欠けらでも残ると、そこから肉体の再生が行なわれる可能性が高い。その為やはり確実なのは核爆弾のような強い放射能を帯びた爆発などで全身を一瞬で焼き尽くす方法だろう」

「………」

「後は……適合者の再生にもエネルギーが必要だろう。ならば、そのエネルギーが尽き果てるまで何度も肉体を破壊するのも手のはずだ。問題は、どれだけの量のエネルギーが保有されているのかはっきりしないということだが」

「そうか……ありがとう」


 英人はディスクに礼を告げ、武蔵たちのほうへと向かって歩み始める。

 そんな彼の背中を見つめ、ディスクは小さく息を吐いた。


「道理を外れ、その身が変じたが故か、あるいは生来の気質か……」


 武蔵と湊と話を始める英人。


「とりあえず、お前たちも何か武器を持ったほうがいいな。俺はバックパックの交換で事足りると思うが」

「それで事足りるとか言っちゃう辺り、お前もだいぶ手馴れてきてるよな……」

「それより、一週間の間人のいるところに近寄れないことも大変じゃないかな……?」


 なんと言うこともないように脱出に向けて話し合いを始める英人。

 そんな彼を見て、ディスクは小さく息を吐いた。


「……私も、業を重ねすぎたものだ」


 今まで積み重ねてきた己の所業。

 その結びとなるであろう少年たちの背中。

 その背中を忘れぬために見つめるディスク。

 しばしの間、ディスクは目の前の少年たちの生きている姿を静かに耽溺することとした。






 中間市が完全消滅するまで、あと数時間。

 英人たちの、最期の戦いがもうすぐ始まろうとしていた。






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 彼女は出産を経験したことはないが、子が生まれるというのはこんな感じなのだろうかと夢想する。

 大体一時間と少しで、自らの胎内から這い出してきた新しい仲間を前に、彼女はうっとりとため息をつく。


―ウ……ウグゥ……―


 他の者たちと比べると、かなり人型に近い。

 肌は節々が甲殻に覆われてはいるが、あの太りすぎた連中に比べればだいぶマッスルに出来たと自負できる。

 空を飛ぶようには出来ていないが、それでもあんな痩せすぎよりはましだろう。

 自然変異で生まれた、黒い肌の連中によく似ているが、肌の色はだいぶマイルドになっている。具体的には、ちょっと日焼けしすぎた程度で言い訳が出来るだろう。


―ググ……グゥアァァァァ!!!―


 ……まあ、人間というには巨躯だ。三メートルは超えようかというその体に張り付いている、衣服の残骸がなんとも空しい。

 顔もかなり厳しい。口から突き出ている牙などいのししかなにかかと見紛うほどだ。体の節々を覆う甲殻も、鎧のような様相を呈している。

 両手のついている爪は、もはや小型のブレードと呼んで差し支えないほどに長く、厚く、鋭い。両足についているのは衝角か何かなのだろうか?

 かつて黒沢と呼ばれた少年の成れの果ては、どの角度から見ても立派な化け物であったが彼女はその出来に満足していた。

 いや、満足を通り越して耽溺していたといっていい。

 何しろ、自然発生ではなく、自らの胎内で初めて育てた個体なのだ。胎内での成長も、生みの痛みも、その雄雄しい姿も全てが愛おしい。

 ……これからは、彼のような者たちをたくさんたくさん生み出さなければならない。世界を変えるには、まだまだ必要な物が足りなさ過ぎる。

 彼女は生まれたての我が子と離れることを惜しんだものの、すぐにそれを振り払って方向をあげるクロサワに指示を出す。

 ……確実に、私たちの敵を滅ぼしていらっしゃい、と。


―グォォォォォォ!!!―


 彼女からの言葉に喜びの咆哮を上げ、胸をゴリラのように叩きながらクロサワは外へ向かって駆け出していった。

 自らの指示に喜んで従ってくれたクロサワの姿を見て、また彼女はため息をつく。

 自らの所業ながら、完璧と言わざるをえない出来だ。人を、我が物に作り変えるということがこんなに素晴らしいとは思わなかった。

 だが、彼女は同時に自重も覚える。確かに、自らの体で仲間を育てるというのは素晴らしい行為ではあった。だが、同時に失うものも多かった。

 この街の地下にある原子炉。恐らく、研究所の連中はその自爆を目論むだろう。その自爆から生き残るために用意したエネルギーが、クロサワの誕生によりかなり減じてしまっていた。

 やはり、子を育て生み出すという行為は偉大な行為なのだ。己の消耗さえ省みてはならない。まずは生き延びねばならない今の自分には、この行為はいささか荷が勝ちすぎている。

 そのことを教えてくれたクロサワにまた一つ感謝と愛おしさを覚えながら、彼女はゆっくりと眠りにつく。

 減ったエネルギーを少しでも回復させなければ。いつ、連中が原子炉を自爆させるのかは分からないのだから……。






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