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中間市 -10:43-

「ディスク!?」

「? いや……」


 いつの間にかすぐ傍に立っていたディスクの存在に武蔵は驚き、英人は怪訝な表情になる。


「なんか……想像していたより早かったな?」


 ディスクが手に持っている紙束を見ながら、英人は彼に尋ねる。

 血液検査などと聞いていたから、もっとずっと時間がかかるものだと思っていたのだ。

 武蔵の方を見てみると、彼もディスクを胡乱げな眼差しで見つめていた。


「俺たちのときより、早くないか? 俺たち二人の検査のときは、一時間以上かかってたよな?」

「ああ、そうだな」


 ディスクは武蔵の言葉を頷き、肯定しながら紙束の上に挟んでいたらしい無針アンプルを手に取った。


「君たちの時と違い、ある程度検査過程を簡略化した。時は金なりだ。君にとっても、そのほうが良かろう?」

「まあ、そうだが」


 ディスクに促され、英人は曖昧に頷く。

 それから、気に入らないとでもいうように眉根を寄せる。


「……だが、その検査結果が曖昧になるとかはごめんだぞ」

「だろうな。……安心したまえ、検査結果は極めて正確なものだ」


 言いながらディスクは手にした無針アンプルを武蔵に向かって放り投げた。


「受け取りたまえ」

「へ? うぉ!?」


 いきなり投げつけられたアンプルを、武蔵は危うく取り落としそうになる。


「んだよ、いきなり!? ったく……」


 武蔵は受け取ったアンプルを腕に刺さないように気をつけながら、ゆっくりと観察した。

 透明なプラスチックで出来ているアンプルで、中身は若干薄い赤色をした液体のようだった。

 表面には中身を示すようなラベルは一切なく、どうも作りたてのものであるらしいことが窺える。

 武蔵は天井のライトにかざすように持ち上げながら、ディスクへと問いかけた。


「……で? なんだよこれ? 新手の栄養剤か?」

「ワクチンだよ。CV・ZV双方に通用するものだ」

「………は?」

「まだ一本しか出来ていないがね。差し当たって、君か彼女が使いたまえ」

「いやいやいやいや!? ちょっとまてまてまてまて!!」


 唐突過ぎるワクチンの登場に、武蔵は混乱しながら手を振り回す。


「ワクチン!? どういうことだよ!! 材料がないんだろう!?」

「ああ。いや。正確にはなかったというべきだ」

「………? ワクチン、作れるようになったのか?」


 先ほどまでの話とは違う。ワクチンは、一本もなかったはずだ。

 英人が怪訝そうな表情になっていると、武蔵はディスクへと食って掛かる。


「意味がわからねぇぞ!? こいつを作るには、適合者とか言うのの細胞が必要なんだろう!? それなしでどうやって作ったんだ!!」


 武蔵は吼えながらディスクにワクチンを突きつけ、異様な形相で彼を睨みつけた。


「……まさか適当なものでっち上げたとかじゃねぇだろうな……?」


 手の中にあるものの真贋を疑う武蔵。

 今更そんなもの造って何になるという話ではあるが、先ほどまで存在せず、そして作ることも不可能に近いとされていたものを持ってこられては武蔵でなくともこうなるであろう。

 強い疑いの目を向ける武蔵に対するディスクの返事は、あっけらかんとしたものであった。


「でっち上げる必要もなかった。材料が手に入ったのでな」

「は?」

「効能は保証しよう。正真正銘、本物の適合者の細胞を使用したワクチンだ」


 堂々としたディスクの返答。彼は確信を持って、武蔵に答えている。

 武蔵は一瞬呆けたように手の中のワクチンとディスクの顔を見比べる。

 やがて彼はディスクの持つ確信に圧し負けるように手の中のワクチンをゆっくりと下ろし。


「……おい、ディスク」


 そして、恐る恐るディスクへと問いかける。


「その……手に入った適合者の細胞ってのは……誰のもんなんだ?」

「ああ、それは――」


 武蔵のその問いに、ディスクはゆっくりと英人を指差した。


「彼のものだ」

「……俺の?」


 指を指された英人は訳が分からないというように眉根を寄せる。


「というか適合者ってのは何の話だ? お前らだけで分かり合うなよ。俺にも情報を共有してくれ」

「話し始めると早くなるので掻い摘むと、君が言うところの化け物の一種だよ」


 ディスクははっきりと告げ、納得したように頷く。


「いやしかし……すっきりしたよ。君たちが彼と友人であるというなら、何らかの形で彼の体液と接触しているね? 調べてみたら、君たちのウィルスが休眠しているのは、英人君の体細胞が影響していたからだったよ。適合者という存在には分かっていないところが大量にあるが、こういうこともあるのだね」

「私たちの中に……英人君の……?」


 今まで黙って話を聞いていた湊が、恐る恐るといった様子でディスクの言葉に反応する。


「私たちの中の、英人君の血が……ウィルスを?」

「その通りだ。理由は定かではないが……英人君の精神状態が大きく関わっていたのかもしれないね」

「…………」


 ディスクは感心したように、何度か頷く。ウィルスの休眠という不可思議現象の正体が判明して、ほっとしているといった様子だ。

 だが、当の英人は浮かない表情である。納得がいっていないといってもよい

 そんな英人に向かい、ディスクはゆっくりと尋ねた。


「聞きたいことがあるのであれば、私が請け負おう」

「……いろいろあるが、適合者ってのはいいわ。化け物の一種だろ」

「厳密には違うが、その認識で間違いではない」

「で、ワクチンを作るのに足りてなかった材料ってのは?」

「適合者の体細胞だ。もっともウィルスに適合している人間の細胞が、ワクチンの作成に必要不可欠なのだ」

「そうか」


 英人は一つ頷き、ディスクへと向き直る。


「今あるワクチンは一本。……残り二本分のワクチンを作成するために必要な、俺の細胞の量はどれだけだ?」

「そう多くは必要ない。ざっと、先の注射器……」

「英人君!!」


 ディスクがワクチンに必要な体細胞の量を告げようとすると、それを遮るように湊が大声を上げた。

 英人がそちらの方を向くと、壮絶な表情の湊が目に入った。


「……どうした? 湊」

「……なんで、そんなに、平気そうなの?」


 泣き叫びたいのを堪えるように、笑い狂いたいと願うように。

 クシャクシャに歪んだ笑顔を浮かべながら、湊は信じられないというように、英人に声をかける。


「英人君……今、ディスクさんに酷いこといわれたよ? 化け物だなんて……そんなこと、言われて、何で平気なの……?」

「………」


 湊の問いかけに英人はしばし沈黙で返し、それから小さく首を横に振った。


「……ディスクが言ってることは紛れもない事実だからさ。今更、怒り狂うような話じゃない」

「なんで――! なんでそんな、英人君!!」


 湊は自身が言いたいことがまとまらないとでも言うように、頭を振り乱す。


「化け物なんて、そんな……! 英人君は、英人君でしょう!? どうして、そんな……!!」

「………湊」


 英人は狂ったように頭を振り乱す湊を見て。


「……ありがとな、湊」


 微かな笑みと共に、感謝の言葉を述べた。


「ありがとう!? ありがとうって……!」

「俺が怒らないから、湊が代わりに怒ってくれてんだろ? だからありがとうだよ」


 半狂乱になりかける湊に向かって、英人は嬉しそうに微笑む。

 自分のために、怒ってくれる人が目の前にいる。そのことが、とても嬉しいと伝えるように。


「けどな、湊」


 微笑を浮かべたまま、英人は困ったように眉尻を下げる。


「もう、変わっちまったんだよ。俺は。誰がなんと言おうが、化け物に俺はなっちまったんだよ」

「なに言ってるの!? 英人君は……変わってないじゃない! 英人君は、英人君のままじゃない……!!」

「変わっちまったのさ」


 英人は湊に向かってそう呟きながら、おもむろに己の人差し指を頭の中に叩き込んだ。

 骨を砕く音、脳漿を貫く音、開いた穴から血が噴出す音……。

 唐突に英人の頭から響き渡ったそれを聞き、湊は目を見開き動きを止める。


「―――ッ!!」

「変わったんだよ……。ほらな? こんなことしても、まだ俺は生きている」


 そのまま、英人は差し込んだ人差し指を動かす。

 ぐちゅり、ぐちゅりと、脳髄をかき回す音が嫌に大きく響き始めた。


「ひ、ぎ……!?」

「信じられるか? 死ぬほど痛いのに……死ねないんだぜ? ハハ……なあ? 俺が人だって言うんなら……なんて人種なんだろうな……? バケモノ、って名前の新しい種類か? ハハ」


 薄ら寒い笑みを浮かべながら、己の頭をかき回す英人。

 湊は目の前に立っている英人の姿を否定するように首を振りながら、英人の笑みから顔を離せずに体を震わせ――。


「――やめろ、英人」


 二人の間に割り入る様に、武蔵が英人の腕を掴んで止める。


「もうやめろ、英人……」

「………」


 武蔵の言葉に英人は動きを止め、怯え震える湊の姿をじっと見つめる。

 そしてゆっくりと、なるたけ音がしないように己の頭から指を引き抜き、小さな声で武蔵に詫びた。


「………悪い、武蔵」

「……気にすんなよ、はっちゃん。調子付いたお前を止めんのも、俺の仕事だったろ?」


 武蔵は真剣な声音を出さぬように勤め、英人の肩を軽く叩く。

 彼の見ている前で、英人が自ら頭に開けた穴は、ゆっくりと塞がっていった。


「……すげぇな。一瞬で塞がった」

「適合者は基本的に、生存本能に従って細胞を動かす。自己再生は、英人君らが最も得意とする分野だろう」


 英人の再生能力に感嘆する武蔵に、ディスクはしたり顔で頷いてみせる。

 それから注射器を何本か取り出し、英人へ向き直った。


「さて、話がそれたが……ワクチン作成のために、血液を貰ってもいいかな?」

「ああ、好きにしてくれ。それで、皆助かるんだろ?」


 英人は静かに頷き、ディスクに腕を差し出す。

 ディスクは素早く英人の腕から採血を行い、採取した血液を別のアンプルへと移し変えてゆく。

 そして全員分のワクチン作成に必要な量を採取し終えると、再び研究室のほうへと歩き始めた。


「では、少し待っていてくれたまえ。ワクチンの作成と、英人君の妹君の治療を行なう。何かあれば、インターホンを使ってくれたまえよ」

「ああ、分かったよ。……頼んだぜ、ディスク」


 武蔵に片手を上げて答えながら、研究室の中へと消えていった。




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