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中間市 -9:44-

 ―――ディスクの長考。そして武蔵の夢現を覚ましたのは、唐突に響き渡った轟音と、サイレンであった。


「………なんだ」

「ファ!? ……え、なんだいきなり」


 唐突に響き渡ったサイレンに驚き目を覚ました武蔵は辺りを見回す。

 部屋の天井に据えられたライトは赤く輝き、痛々しいほどに周囲を照らしている。


「ディスクさん! なんなんですかこれ!?」


 どこかへ行っていたらしい湊が部屋の中に飛び込みながら叫んでいる。

 それを見て、武蔵は軽く首をかしげる。


「……どこ行ってたんだ、湊?」

「ちょ、ちょっとお花を摘みに……って、それはいいから! ディスクさん!!」


 かすかに頬を赤らめながらも、強引に話を逸らすように湊はディスクに声をかける。

 ディスクはしばし呆然となっていたが、目を覚ますように頭を振り、湊の疑問に答える。


「……今我々がいるのは中間市地下に建設された、“組織”の研究施設。このサイレンは、その施設の一部になんらかの異常があったことを伝えるものだ」

「……ここって、中間市の地下だったのか……」

「そうだ。中間市の主要施設は、全てこの研究施設に繋がっている。……そのことを知っているものは、“組織”の人間だけだがな」


 さらりと恐ろしいことを告げながら、ディスクは話を推し進めた。


「先ほど聞こえた凄まじい音から考えるに、どこかの施設で爆発でもあったか? しかし軍隊も駐留していない中間市でそんなことは考えづらいが……」

「“組織”の誰かって事はないのかよ? それとも、“組織”にゃ武器の一つもねぇとか?」

「専門ではないが、ここでも武器開発の類は行なわれていた。だが、ここに所属していた者たちの八割は彼女に殺され、残り二割は別の拠点へ逃げている。ここに残っている人間は……私だけだ」

「じゃあ……その武器とかが暴発した、とか……?」

「可能性はなくはないだろうが……」


 湊の言葉にディスクは難しい表情になる。

 実際、彼女の言う様な事が起こりうる可能性は低いだろう。逃げ出した者たちが武器庫に時限装置か何かを仕掛けていったというのであればありえるが、今このタイミングで起動する意味もわからない。

 唸りながらディスクは手近な操作パネルへと近づき、爆発の震源地を探り始めた。


「……これは」

「どこで爆発があったのか分かったのかよ?」

「分かったことには分かったが……余計にわけが分からん。震源地は変異者駐留施設だ」

「変異者駐留……? なんですか、それ?」

「平たく言えば、変異者の檻だ。実験により生成された変異者たちを駐留するための施設になる」


 変異者の駐留、と聞いて武蔵が顔をしかめる。


「……変異者なんぞ、駐留してどうするんだよ?」

「場合によっては、我々の想像し得ない物質を生成したり、あるいは新たな生命体を創造したりもする。そうでなくとも、ただ廃棄するのは惜しい場合が多いのでな。そうした個体を閉じ込めてあったのだが……」


 ディスクの説明により顔をしかめながら、武蔵は嫌みったらしく二の句を告いだ。


「じゃあ、変異者のなにかが暴走したんじゃねぇの?」

「だとしても、ここまで音が聞こえてくるとなると……それなりに離れているのだがな」

「本当ですか?」


 湊の質問に、ディスクは少しだけ考える。

 適切な表現に思い至ったのか、ディスクは小さく頷いてこう説明した。


「君たちにも分かるように言うのであれば……ここは中間高校地下周辺で、変異者駐留施設は中間市総合病院地下だ」

「そりゃ結構遠いな」


 学校と病院は、直線距離にしてざっと5kmほど離れているはずだ。ソレデモ音が響いて聞こえてくるとなると、よほど強力な爆発が起こったのだろう。


「それに、駐留施設には大型の変異者はいない……檻の強度も、一トンのTNTに耐えられる設計だ。私が記憶する限りで、それだけの破壊力を出せるものは駐留させられていなかったはずだが……」


 ディスクは唸り、操作パネルを叩きながら軽く首を横に振る。


「……やはり何が起こったかはっきりせんな。致し方ない、向こうに行ってくる。君たちは待っていたまえ」

「は? ちょ、大丈夫なのかよ!?」

「大丈夫かどうかも、行って見なければわからん。放っておいて、施設に致命的なダメージを及ぼすような個体が現れたのでは困るのでな」


 言うが早いか、ディスクは現場に向かうための準備を始める。

 武蔵と湊はその背中を視線だけで追いかけていたが、顔を見合わせると互いに頷きあい、ディスクに声をかける。


「……俺も行く!」

「私も行きます!」

「何故だね? 君たちが危険を犯す理由はあるまい」


 振り返らぬまま問いかけてくるディスクに向かって、武蔵は肩をすくめた。


「今のところ、俺たちはあんたしか頼る術がないんだ。死なれちゃ困る」

「理由としては、これ以上はありません」


 真剣な湊の言葉を受け、ディスクは少し動きを止める。

 沈黙は一瞬。ディスクは動き始めながら、二人に告げた。


「では、適当な武器を持ちたまえ。自衛できねば、さすがに連れてはいけん」


 ディスクの言葉と同時に、壁の一部が開き、無数の銃器が現れる。

 武蔵と湊は突然現れた物々しい銃器の数々に一瞬圧されるが、すぐに意を決したようにそれらへと近づいてゆく。

 適当なライフルに手をかけながら、武蔵は苦笑いする。


「まさか、銃なんか使うことになるとはな」

「想像もしなかったよね……」


 自分でも持ち上げられそうなハンドガンを握り締めながら、暗い顔で湊が呟く。

 ……そしてゆっくりと握り締めた銃を持ち上げながら、決然とした表情でこう言った。


「……でも、やるしかないんだよね」

「……ああ、そうだな」


 ライフルを肩に担いだ武蔵は、ディスクの方を向く。


「おっさん! こっちはもういいぜ!」

「では行こうか。途中までは、移動用のレールを使うぞ」


 自身も片手に銃を構えながら、ディスクは二人を促す。

 武蔵と湊は無言のまま、ディスクのほうへと向かって歩き出した。






 ……それ故か、誰も気が付くことはなかった。

 延々と垂れ流されていた、一つのモニター。

 適合者が映し出されていたそれの映像が、変わり始めていたことに。






_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/






 彼女はまどろみの中にあった。

 夢に浮かぶのは、かつての情景。

 父がいて、母がいて、祖母がいて。

 幼き日に垣間見た、夏のある日の情景。

 同じ市に住んでいるが、少し離れて暮らしていた祖母とは、夏休みのときなどにしか会うことは出来なかった。

 だからこそ、たまに会うことの出来る祖母の笑顔が嬉しくて仕方がなかった。

 なぜかは深く考えたことはなかった。だが、明るい笑顔を浮かべる彼女の姿が、嬉しくて仕方がなかった。

 だが、今となってはそれも叶わない。

 ある日、気が付くと白い部屋の中へと閉じ込められた。

 一週間、閉じ込められた挙句、突然現れた男たちに奇妙な注射まで打たれてしまった。

 怯えて泣き喚いても、彼らは注射をやめてくれず、なおかつ二度も打たれてしまった。

 意味もわからず部屋の隅で震えるしか出来なかった彼女を次に襲ったのは――変わり果てた己の体であった。

 突然現れた強姦。己の体に、汚れ果てた欲望を吐き出そうとした輩を叩き潰したのは、変わり果てた己の体。

 丸々太った己の腕を見て呆然とする彼女であったが、変わり果てた自身に対する懊悩は瞬く間に忘れ去られてしまう。

 彼女を次に襲ったのは、無数の拷問だったからだ。

 ありとあらゆる残虐非道。ただ殺すためだけに行なわれた暴虐。

 果てることない、凄まじい嵐のような暴行であったが、彼女は死に至ることなく生き延びた。変わり果てた己の体の力によって。

 理解も出来ず、ただただ流されるままに生きるしかなかった彼女。いつしか彼女の脳裏には唯一つの望みだけで満たされるようになった。


“生きたい。生き延びたい。生き続けたい”


 全ての生き物が最も強く願うその望み。彼女の胸を抱くその望みが、ある日彼女を大きく突き動かした。

 変わり果てた己の体。その力を持って、生き延びるのだ、と。

 念入りに準備を行なった。唯一開いていた通風孔を通じ、今自分がいる場所のあらゆる部分に知覚が飛ぶようにした。

 小さな胞子を育て、カビかなにかのようにダクトの中にばら撒くのは、それはそれは楽しい作業だった。

 次にそれを通じて、研究施設の隅々に、死なぬ毒を撒き散らした。己の体内に存在する、忌むべき毒を。

 残念なことに、施設にいる連中はいつの間にか毒の効かぬ体質になっていたが、彼女は辛抱強く待った。人が出入りするなら、毒の効く人間がやってくることもあるはずだ。それを待てばいいのだと。程なく、そいつらは現れた。

 そして、毒を帯びた人間たちを操り、ゆっくりと準備を始めた。

 己が生き延びられる環境を。己が生き延びられる世界を作るための準備を。

 その為に、施設の人間のほとんどを取り込んだ。大きな体で、身を守るために。

 その為に、施設の資料をたくさん読んだ。己の体の弱点を探すために。

 その為に、己の体を作り変えた。弱点が効かぬよう、考えうる策を使えるように。

 そうして大きくなった己の体に満足し、彼女はゆっくりまどろんでいた。

 後は十分に己の体が大きくなった後、世界を作り変えるために旅立てばいい。最初にアメリカ。そこから世界各地に。必要な材料は、行く先々に存在する。人間ならば腐るほどいるのだ。

 ……そうして眠っていた彼女の耳に、今まで聴いたことのないノイズが響いた。


―    ………―

「………?」


 まるで、ガラスを爪で引っかいたような不愉快な音。強い怒りを抱いた……恐らく男の叫び声。

 実際に喉を使って発した訳ではないだろう。ノイズを通じたということは、ウィルスのネットワークを通じたもののはずだ。

 はっきり聞こえてこないということは、こちらに向けてのノイズではない。恐らく、無意識にこぼれたものだろう。

 そのノイズが彼女に伝えてきたのは……強い、怒り。

 目の前にある存在に向けて、あらん限りの怒りを叩きつけている。己と同じ……ウィルスに感染したものに向けて。

 彼女は強い不安を覚えた。そのノイズの持ち主に関して何も知らなかったというのもそうであるし、そのノイズを通じて感じる怒りには、憎悪も幾分か含まれていたからだ。

 そいつは許さない。何を、とか何故、というのは関係ない。そいつはきっと許さないのだ。

 だから彼女はまどろみから目覚めた。そのノイズの持ち主を、確実に殺すために。

 己の生存の脅威となりそうな存在を、確実に消すために。

 大きな音を立てて、少女の今の体が動き出す。

 怒りのノイズを放ったものを、この世から抹消するために。






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