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中間市 -9:14-

 扉の向こうにあったのは、廊下と同じように薄暗い光源しか持たぬ小さな部屋。

 そして、その小さな部屋の壁いっぱいに敷き詰められたモニターの姿であった。

 少女がぼんやりと光るモニターを見てぎょっとしたような表情になる。


「なに……これ……」

「監視室かなにかだろうな」


 英人は呟きながら、目の前にあるモニターの一つを撫でる。

 そこに移っているのは小部屋の中に押し込められた、人の形をした化け物。手足が四本あり、丸い頭を供えながら尚、醜悪な化け物として存在するそれを眺めながら、英人はため息をついた。


「化け物の覗き見とはな……。趣味が悪いにもほどがある」

「趣味じゃすまないでしょ、これ……」


 英人が撫でたモニター以外にも映っている無数の化け物たちの姿を見て、少女はかすかにえづいたようだ。

 壁の埋め込まれたモニターのほとんどには、種々様々な化け物の姿が映っていた。英人が外で見た怪鳥や、病院内でも散々目にした触肢人間。

 巨人に比べれば小さな甲殻人間に、黒い肌をした奇怪な人間の姿。

 そしてそれ以外にも、頭から肉のような角を生やし四肢があらぬ方向に曲がっているものや、逆に四肢がまったく伸びておらずまるで肉団子のような有様になってしまっているものまでいる。

 おおよそ、人類が想像しうるであろう凄惨な奇形、あるいは無残な拷問を受けた人々……モニターの中に切り取られているのは、そうした者たちだった。

 部屋の中も暗いためなのか、赤外線カメラであるのが幸いした。これが色のついた普通の映像であれば……間違いなく少女は胃の中のものを吐き出していただろう。

 グロテスクなモノクロ映像を前に、口元を押さえたままの少女は視線を逸らしギュッと目を瞑った。


「気持ち悪い……! さっさとここから出ましょうよ……!」

「元々の目的を忘れるなよ。外に出る扉を操作するためだろう」


 体をかすかに震わせる少女とは対照的に、英人はモニターの中の化け物たちを一瞥し終えると、淡々と部屋の中を調べ始める。……化け物の臓物をたっぷり浴びた後では、いちいちこの程度に怯えるのも馬鹿馬鹿しい。

 モニターの下のほうにはテーブル上の操作パネルがあり、適当なボタンを押してみるといくつかのモニター映像が切り替わった。

 大抵は新しい化け物の部屋を移すばかりであったが、下のほうのいくつかは廊下の映像を映し出した。


「……モニターの数に対して、監視カメラの数が多すぎるのか」


 さらにボタンを押してゆくと、次々と映像が変わってゆく。主に切り替わるのは化け物の部屋の種類であるが、やはりいくつかは廊下や扉の前の映像を映してくれる。

 そうしてモニターの映像を切り替えてゆくと、恐らく英人たちが降りてきたであろう階段の映像が映し出される。


「……俺たちが下りてきた場所の映像が映ったな」

「……あいつは?」


 少女はモニターに眼を向けぬまま、英人に問いかける。

 ここで言うあいつとは、開かぬ扉にすがりついた彼のことしかあるまい。

 だが。英人の目には一人取り残された少年の姿は映らなかった。


「誰もいないな。攫われたか」

「……そっか」


 モニターに映る階段の先には誰もいない。そして何もない。

 普通であれば、少年のほうからあの場所を離れたと考えるべきなのだろうが、場所が場所だ。無事ではない可能性のほうが高かろう。

 英人はモニターから視線を下ろし、今までモニターを切り替えていたボタンとは異なるボタンを探す。

 扉の開閉を操作したいので、今あるモニターが消えてしまうのは困る。


「………」


 ゆっくりとなぞる様にパネルの上を手繰ってゆくと、モニター切り替えボタンとは異なる質感のボタンに触れる。無数にある切り替えボタンの一番端に、ポツリと一つだけあるボタンだ。

 大きさは、切り替えボタンと比べればやや小さく、ちょうど電気の入切を制御するような形のボタンだ。


「……これか?」


 英人は反射的に、そのスイッチを切り替える。

 すると、モニターの中にあった階段の先の扉が静かに動き出した。


「扉が開いた。ビンゴだな」

「ホント!? よかった……」


 少女は大きく安堵の息をつく。少なくとも、退路の確保は出来た。それは喜ぶべきところだろう。

 英人はしばしモニターの向こうの出口を見つめていたが、背後で安堵している少女のほうへと振り返ってこう告げた。


「……おい。途中までは着いていってやる。上に戻れたら、おとなしく病院を出るか病室に閉じこもるかしてろ」

「え……? あなたは、どうするの?」

「俺はまだここに用事がある」

「用事って……なんの?」


 不審そうな少女に、英人は軽く首を振ってみせる。


「妹を探しているといっただろうが。恐らく、可能性が一番高そうなのはここだ」

「ここって……こんな、化け物の巣窟に!? ここが一番ありえないんじゃ……」

「そうでもない。化け物に連れて行かれたといったろう。妹を……礼奈を連れて行ったのは体が透明の化け物だ」

「透明の……」


 英人の言葉に、少女は気が付く。

 ここに来るきっかけとなった悲鳴を上げていた少年。彼はさながら透明な化け物に引きずられているかのようだったということに。


「見失った理由は単純。普段は隠された部屋の中へ連れて行かれたわけだ。部屋の数は多いが、そのほとんどは化け物だらけ。逆に言えば、化け物のいなさそうな……言っちまえばこういう部屋を探せばいい」

「………」

「だが、お前まで付き合う義理はないだろう? ここまで付き合わせた詫びに、帰り道くらいは守ってやるよ」

「……そんな……私は……」


 突き放すような英人の言葉。それにショックを受けたように、少女は首を横に振る。

 今更というわけではない。英人がそっけないのは初めからだ。

 ずっといてくれるなんて期待があったわけでもない。自分が化け物だといって憚らないのは彼のほうだ。

 しかし、それでも彼の存在は少女にとって尊いものであることに間違いはない。

 人の姿と言葉を持ち、理性で語ることの出来る彼は、狂ってしまったこの町においては唯一と言っていい“ありふれた人間”であった。

 少女は、英人にすがりつくように手を伸ばそうとする。

 英人は少しだけ顔をしかめ、その手を下ろさせようとした。

 その時だ。


―ミツケタ……!―

「っ!」


 頭上に現れたノイズ。

 英人は視線を上に跳ね上げる。

 瞬間、伸びきった触肢の先が少女の肩に突き刺さった。


「いづっ!?」

「チッ!」


 痛みにうめき、崩れ落ちる少女。

 英人は一歩大きく踏み込み、伸びきった触肢を払おうとする。

 しかしそれより早く触肢は縮み、天井の中へと消え去った。


「――!」

―コレデ、ミンナ……カワル―


 触肢の貫通した天井の穴から覗く赤い瞳。

 肩を抑える少女を見下ろしたそいつは、嬉しそうに目を細めた。


―ヤット、ゼンイン……コレデ、ミンナタスカル……!―

「助かる? いや……」


 奇妙なことを呟く化け物の言葉に不審を覚える英人だが、それよりも頭の中に引っかかるものを感じた。


「お前……」

―タスカル、ミンナ……タスカルンダ……!!―


 それを問い詰めるより早く、化け物は天井裏から消え去った。

 英人は覚えた不審の理由を考え、一つの答えにたどり着いた。


「……今の声……どこかで……?」


 そう、声だ。今の化け物の声を、どこかで聞いたことがある。

 しかし、どこで聞いたかを思い出すことが出来ない……少なくとも、いつも聞いている者たちの声ではなさそうだ。


「………まあ、いい」


 英人は覚えた不審を振り払い、化け物に攻撃された少女の傍に屈み込む。


「……大丈夫か」

「………っ」


 少女は血がこぼれる肩口を押さえ、俯いている。

 その瞳の焦点は合わず、うつろに前を見ているばかりだ。


「……化け物に傷を負わされた、か」

「っ!!」


 英人の一言に少女は弾かれたように勢いよく顔を上げた。

 今だ焦点が合わず揺れる眼差しには、縋るような拒絶するような色が浮かび上がっていた。


「わ、たし……私……っ!!」

「どうなるかなんてのはすぐには言えない。ただ、覚悟はしておいたほうがいいな」


 英人は淡々と、事実だけを告げる。

 少なくとも怪鳥に噛まれた英人は化け物と化している。触肢人間に刺されたて化け物になった人間は見たことはないが……筋肉もむき出しのあの指先に化け物の体液がついていないというのは、都合のいい話だろう。

 英人の言葉に、少女の瞳に大粒の涙が浮かび始めた。


「私……どうなるの……!?」

「さてな。運が良けりゃ死なないだろうし、悪けりゃ化け物の仲間入り……」

「そんな――!!」


 一言叫んで英人に掴みかかろうとする少女。

 英人は、そんな少女を制するように、彼女の顔を片手で覆う。


「――それが嫌なら、ここでお前の頭を砕いて終わりだ。それが今の俺に出来る慈悲の形だ」

「っ………!!」


 少女が息を呑み、瞳から滂沱のごとく涙が溢れる。

 一切の嘘が含まれない英人の言葉。どこまでも冷たい眼差し。

 ここが自分の末路になるのだと、少女は本気で感じた。

 ……だが、英人は手を引く。


「……しかし、まだお前は人間だ。人間であるなら、俺が殺す理由もない」

「え……?」


 英人のその言葉に、少女はかすかに目を見開く。

 英人は立ち上がり、部屋を出るように少女の体を迂回しつつ、彼女に声をかける。


「……俺の妹も、感染している」

「っ!」

「それをどうにかする手段を探すのが、今の俺の目的だ。……どれほどの猶予があるかは知らんが、足掻きたいならついて来い」


 そのまま部屋を出る英人。少女はその一言を受け。


「………っ」


 腕で涙を払い、慌てたように英人を追いかける。


「待って!! まだ私、死にたくない……! まだ、諦めたくない!!」

「なら急げ。置いてくぞ」


 英人はそれだけ告げると、口の端に微かな笑みを浮かべながら薄暗い闇の中をまっすぐに進んでゆく。




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