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中間市 -7:47-

「全体から見ればごく小数……だがそれでも決して無視できない人数が変異者へと変貌してしまった。割合としては、5%程度の確率で、CV感染者は変異者へと変貌することが分かっている」

「いや……待て。待ってくれ」

「……なにかね?」


 武蔵が待ったをかけると、ディスクは説明を止めてくれる。

 武蔵はディスクの顔を見て、半笑いになりながらこう尋ねた。


「……俺たちも、感染してるんだよな……? その、CV……」

「その通り。CVは先に説明したように、空気感染……。現在の中間市にはCVが蔓延している状態となっている。君たちも、間違いなくCVに感染しているだろう」

「じゃ、じゃあ……俺たちが変異者になるかもしれない、ってのは……わかるのか……?」

「その為に、君たちの血液を検査している。確認にざっと一時間程度かかるが……この検査も確実とは言いがたい。何しろ、CV感染者が変異者に変貌する条件がいまだに不明瞭だからだ」


 ディスクは難しい顔つきになりながら腕を組む。


「男女の性差か、人種か、あるいはもっと根本的な……つまり遺伝子か。幾度も実験を重ね、検証を行なっているが、いまだに条件を絞りきれていない。……先にあげた5%と言う数字も、今まで行なってきた実験データを利用した統計に過ぎない。条件によっては、この数字も変動する可能性がある」

「実験……それって、やっぱり……」


 湊が暗い表情で尋ねると、ディスクは頷いて肯定した。


「無論、人体実験だ」

「っ……」


 湊はキュッと唇を引き結ぶ。

 人間を用いた、非人道的な実験が行われたことは想像に難くない。

 だが、いまさらその是非を問う手も仕方がない。むしろ、今はそれを問いかけている場合ではない。

 己の身の中にある、小さな細菌が……恐るべき病原体である可能性が極めて高いからだ。

 湊と武蔵は、ディスクの次の言葉を待った。


「世界中から人間を捕らえ、研究を重ねてすでに十年が経過しているが……これほどに難航するとは思っていなかった」

「十年……!?」

「そんなに、昔から……!?」


 嘆息を交えたディスクの言葉に、二人は驚愕する。

 十年と言えば、二人がまだ小学校に入ったばかりの頃からCVの変異者に関する実験が行なわれていたと言うことだ。

 つまりそれだけの間、世界中で人がゾンビと化し、そのうちの数体が変異者へと変化していったということだ。


「白人黒人黄色人種……老若男女、あらゆる人間を利用した実験が行なわれてきた……。当然、人選はランダム。捕らえてきた人間たちに一切の共通点はない。貧富の差さえ考慮には入れられていない。文字通り、あらゆる人間を我々は実験に利用した……だが、変異者の変貌条件の解明には至らなかった……」

「……あのさ? フェロモンだ磁場だってのが出るようにするのが悪いんだってわかってんなら、それをどうにかすればよかったんじゃねぇの?」


 武蔵の言葉は的を射ていた。

 原因自体ははっきりしているのだ。だったら、その原因を排除すべきだろう。

 だがディスクは彼の言葉に対してNOを突きつけた。


「それはできない。あくまで我々の目的はZVおよびCVの製品化だ。CVの誘引作用無しに、それは為し得ない」

「……分かっちゃいたが、どこまでもゲスだな、テメェら“組織”は」


 ディスクの言葉に、武蔵は顔を険しくする。

 ディスクもそういわれるのはわかっていたのか、なんと言うこともないように一つ頷いてみせる。


「わかっているとも。だからこそ、止める訳にはいかなかったと言うのもある……。まだ推測の段階ではあるが、CV感染者の脳内に何らかの反応があると変異者となる確率が跳ね上がるところまではわかっている。後はその反応を絞りきれればよいのだが……」

「ある……反応?」

「ああ。人間の脳、というのは我々“組織”にとってもいまだ未開の領域でね。様々な分泌物によって感情を発露することまではわかっている。一番よく知られていそうなもので……アドレナリンか。これは闘争本能を刺激するホルモンの一種だが、同時に外敵から身を守る際に発生するホルモンでもある」

「……それどう違うんだよ」

「fight-or-flight……つまり、闘争か逃走かのホルモンとも呼ばれる。これが分泌されると運動器官への血液供給が増加したり、感覚器の感度が上がったりする。痛覚を麻痺するホルモンとしても有名だったか?」


 ディスクは説明に苦慮しながらも、武蔵を見据えて説明を続ける。


「……ともあれ、ホルモン一つとってもこれだけの反応が起こる。これにCVが加わることで何らかの未知の反応が引き起こされたとしても……私は驚かないだろうと思うよ」

「無責任だな……まあ、脳みそが不思議で、そのおかげでCVが分けわかんない反応することまではわかった」

「うむ。だいたいその通りだ」

「……で? ここ重要なんだけどさ……俺たちは、変異者になるのか? ならないのか? もしくは、変異者になる可能性があったとして……それを抑えることはできるのか?」


 武蔵の真剣な表情を前に、ディスクはしばし黙り込む。


「……CVってのはウィルスなんだろ? なら、それに対する特効薬的な何か……ってのは“組織”は開発してないのか? それがあれば、少なくとも俺たちは大丈夫だって言えるだろう? ……なあ? どうなんだ?」

「………」


 声色の中にかすかな……しかしはっきりとした殺意をにじませながらディスクに迫る武蔵。

 湊もじっと黙ってこそいるが……その眼差しは先ほどまでよりも遥かに剣呑だ。

 恐らく、自分が化け物になってしまうかも知れないという状況を前にして余裕がないのだろう。泣いたり喚いたり怒ったりするほどの余裕さえ、今の二人にはないのだ。

 ディスクはそんな二人を前に、静かに口を開いた。


「………CVに対するカウンター……それは確かに存在していた」

「っ! 本当か!? ……いや、でも待て。存在していた?」

「ああ、そうだ……。残念なことに、今この施設にはCVカウンターは存在していない。ここにいた全職員に配布した分しか作成されていないからだ」

「なんっ……!」


 武蔵はディスクの淡々とした言葉に一瞬激昂しかけるが、すぐに首を乱暴に振って気を取り直そうとする。


「……だ、け、ど……作成、できるんだよな?」

「……ああ」

「……じゃあ、そのCVカウンターを今すぐ作ることは? できるのか?」

「……残念だがすぐには無理だ。機材やある程度の薬品は揃っているが……肝心な材料が足りない」

「それはなんだ? どうしたら手に入る!?」

「どこにあるんですか? それがあれば、私たちは助かるんですよね!?」


 今にも首をへし折らんばかりの勢いで迫る武蔵と湊。

 己の襟首を二人に掴まれながら、ディスクは冷静にリモコンを取り出した。


「……では、そのことについて説明しよう。そこにあるモニターを見てくれ」

「……なんだよ? そのモニターに、材料の在り処が映るのか?」

「そんなところだ」


 ディスクはそういって、リモコンのスイッチを入れ、研究室内にあった大きめのモニターの電源を入れる。

 スイッチが入ると砂嵐が流れ始めるが、ディスクがリモコンをいじり始めるとモニターは何度か画面が切り替わってゆく。

 武蔵と湊はディスクから離れ、モニターを食い入るように見つめる。

 ディスクの言うCVカウンターの材料……それを手に入れるために。

 何度か画面が切り替わったモニターは、やがて一つの映像を映し出した。


「……そのモニターは、この施設の中にある監視カメラの一つを映し出したものだ」


 そこに映し出されているものを見て、武蔵と湊は唖然となった。


「――そして、今君たちが見ているものがCVカウンターにもっとも必要な素材……その一部を持っている者だよ」

「……んだよこれ……」

「これ……って……」


 唖然となる二人の前にあるモニター。その中に映っているのは……巨大な花弁の中に埋もれている、一人の少女。

 しかしただの花弁ではない。瞳を閉じ、眠るように埋もれている少女の体を覆っている花弁は……常に脈動し、筋の様に血管を浮かべた巨大な体組織で出来ていたのだ。

 それが一体何の器官なのか、武蔵と湊には理解できない。だが、少女を守るように肉の花弁が蠢くたび、言いようのない不快感が背中を駆け巡るのは確かだ。

 モニターの中の少女の姿が遠ざかる……いや、監視カメラの映像が後方に引いたのだろう。

 そうして全体が映るにつれ、武蔵と湊の表情は絶望的なものになっていく。


「……なに、これ……」

「はは、は……じょうだん、きついぜ……?」


 少女を覆う肉の花弁……その巨大さたるや、その辺りに存在する一軒家すら凌駕しかねないほどであったのだ。

 さらに花弁の周りには触手が無数に蠢き……どこからかやってきていたであろう中間市のゾンビたちを捕らえては、力強く花弁へと叩きつけている。

 無言のままに捕らえられたゾンビたちは花弁に叩きつけられた途端、ドロリとその体が解け落ち、あっという間に花弁の中へと吸収されていく。

 肉が、骨が、内臓が。互いに溶け合い、一個の細胞となって肉の花弁へと吸収されていくその光景は、怖気を越えた邪悪な何かとすら言えた。

 もはや目の前で何が起こっているのか理解すら出来ない二人に、ディスクは淡々と説明してくれる。


「……無数のゾンビ化、変異者への変貌実験の中で、ゾンビにも変異者にもならなかった一人の少女がいた」


 ディスクはまっすぐに肉の花弁の中で眠る少女を見つめ、憧憬さえ込めてその存在の名を唱えた。


「“適合者”……。我々は、彼女をそう呼び習わしている。人類という種が生み出した……ある種の奇跡が、彼女なのだよ」


 


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