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中間市 -21:17-

 臓物の砕ける音を遠くで聞きながら、男子が武蔵へと問いかけた。


「どうなってんだ!? いや、どうすんだこっから!?」

「知るかよ!! だけど、あのまま殺されるのもごめんこうむる!!」

「だな!!」


 男二人は力強く同意しあい、とにもかくにも階段を目指す。

 バリケードで塞いでしまったが、こうなっては意味もあるまい。とっととバリケードを壊してここから逃げなければ。

 震える少女たちの手を引いて必死に階段を目指す男子たちの耳に、聞きたくなかった異音が響く。

 それは、窓ガラスを叩く戸と共に聞こえてくる、大きな羽音――。


「!?」

「まさかこの音……!」


 板張りを施した窓の奥に、不気味に輝く赤い眼光が無数に見える。

 おそらくは、昼に学校を襲ってきた怪鳥どもだろう。


「何でいまさら……!? まさか、委員長が行ってた通りに!?」


 男子の一人が驚愕し叫ぶが、武蔵は疑念を浮かべ首を横に振る。


「……いや、おかしくないか? だったら、明かりの付いてた部屋のほうに来るはずだろ? だってのにこいつら、まるで俺たちの位置が分かってるかのようについてくる……」


 武蔵の言葉の通り、彼らの行く先を追う様に怪鳥どもの眼光が窓に群がってくる。

 その動きは、どう考えてもこちらの行動を理解しているようにしか見えない。

 だが、武蔵たちが走る廊下には、電気がついていない。学校の電気を初めてつけたのは、先ほどが最初だったのだ。


「この暗さの中で、どうやってこっちを追いかけてきてるんだ?」

「そんなことはどうでもいいだろ! とにかく今は逃げないと!!」

「んー……いや、分かった。そうだよな」


 武蔵の疑問を、男子はばっさりと切って捨てる。

 武蔵は一瞬うなり声を上げるが、だがすぐに気持ちを切り替える。

 彼の言うとおり、今は逃げることに集中しなければ。


―イギィィィ……!―

「 あ ー … … あ ー … … 」


 外の怪鳥たちはともかく、背後から追ってくる秋山と委員長は圧倒的な脅威だ。

 黒く変色した秋山は、爪の一振りで床を完全に抉り貫通し、腕を振った風圧だけで天井の電灯を全て破砕するほどの膂力を持っている。

 そして逆さになった委員長の両手足は、長い触手状と化している。あの圧倒的なリーチで立ち回れると極めて厄介だ。

 そしてなにより……どちらもまだ、見知った顔の原型が残っている。怒りに歪む黒い少女の顔は紛れもなく秋山であるし、逆さまになって涎をたらしている男は間違いなく委員長だ。

 先ほどまで生きていた友人たちが、いまや化け物と化しこちらの命を狙っていると言う事実が、武蔵たちの胸に重く圧し掛かる。

 ……あるいは、これはもっと早くに訪れた可能性が高いのだ。委員長が英人を襲わず、そのまま共にいられた場合……英人こそが、今武蔵たちを襲っている化け物と化していたかもしれないのだ。


「―――」


 英人も、今、背後から迫る二人のような化け物たちから逃げているのだろうか。それとも、当の昔に彼も同じような化け物の仲間入りを果たしたのだろうか。

 今や遠い友の笑顔が、ふとした拍子に武蔵の脳裏に浮かび上がった。


「――し! 武蔵! オイ、ボーっとしてねぇで手伝えよ!!」

「っ! わ、悪い!」


 気が付かない間に、階段まで来ていたようだ。

 怒鳴り散らす男子の言葉に我を取り戻し、武蔵は慌ててバリケードの破壊に取り掛かった。

 カーテンまで引き裂き、机や椅子を積み上げ結び、強固に築き上げたバリケードは、やはりと言うかまったく破壊できる気配がなかった。


「くそ……! 固く結びすぎだろうが!? 出ること考えなかったのかよ!!」

「考えるかよそんなの……! 化け物が外から来ても良かったってのか!?」


 思わず悪態をつく男子に、武蔵は怒鳴り声で返す。

 外からの衝撃にも耐えるようにとしっかり結んだバリケードの結わいは、いざ外に逃げようというときに最大の障壁となって立ちはだかった。

 結び目は大きいのだが、固く結んだおかげで布がぎっちりかみ合って、ほとんど緩む気配がしない。迫りくる恐怖に手元が狂っていることも手伝い、結び目の一つも外すことができない。


「ちょっと、早くしてよ! もう、あいつらそこまで来てるわよ!?」

「うるせぇ! 見てねぇでお前も手伝え!!」


 徐々に近づいてくる秋山と委員長を指差し喚く女子に、男子はあらん限りの声を持って叫び返す。

 暗闇の中でもはっきりと分かるほどに接近してきた秋山が、うなり声を上げた。


―イイィィ……!!―

「うっ……!」


 秋山の、怒りに満ちたうなり声が武蔵たちの鼓膜を震わせる。もうそんなに距離がない。恐らく、一足飛びに飛びかかれるだろう。

 武蔵が横目で様子を窺うと、怒りに歪んだ彼女の表情がよく分かった。なにに対し、怒りを抱いているのだろうか。


「く、くそ……!」


 焦りが指先を滑らせ、恐怖が体を震わせる。だが、もうそこに秋山が……化け物が近づいてしまっている。

 武蔵はやむなく結び目から手を離し、湊を庇う様に秋山たちに正対した。

 必死に結び目と格闘する男子が、武蔵の行動に非難の声を上げる。


「おい、武蔵ぃ!! 手ぇ離してんじゃねぇよ!!」

「いくらなんでも近すぎるっつーの! お前も離せよ、死んじまうぞ!?」


 声に震えと涙が入り混じる男子に向かって、武蔵は叫ぶ。

 確かに逃げるのも大事だが、このまま結び目と格闘していては秋山に殺されてしまう。

 だが、武蔵の忠告を聞いても男子は結び目から手を離そうとしない。

 ゆらりと腕を上げる秋山を前にしても、彼は自らの脱出ルートである、バリケードの破壊にこだわり続けた。


「ばかふざけんな! ここが通れなきゃ、俺たちは――!!」


 大粒の涙を流しながら叫ぶ彼の表情はどこまでも真剣であり、自身の生存のために死力を尽くさんという気持ちが痛いほど伝わってきた。


―イイィィィ……アアァァァァァ!!―


 当然、秋山に彼の事情など関係はなかったわけだが。

 秋山の振るった爪が、彼の胴体をなで斬りにする。


「おがぁ!!??」


 次の瞬間には、彼の体は輪切りとなり、血と臓物を噴出しながら無残にも学校の廊下に体を投げ出す羽目となった。

 上半身と泣き別れとなった下半身がごろりと自分のところまで転がってきた女子が、悲鳴を上げて飛びのく


「ひぃ!?」

「あ……がぁ……!! い、でぇ……よぉ……!!」


 そして、彼女の後ろまで吹き飛んだ上半身が、一撃で死ぬことができずに呻き声を上げた。

 必死に腕を動かし、彼はバリケードへと近づいてゆく。


「ぐ、そぉ……!! し、ぬか……よぉ……! しん、で……し、んで…たま、るかぁ……!!」


 ずるり、ずるりと。彼が動くたび、引き裂かれた胴体から内臓が零れ落ちる。

 必死に廊下を這いずり、バリケードへと到達した彼は、下のほうにある結び目に手を掛ける。


「これ、を……これを……ほど、ほど、けば……おれ、は……お、れ、わ……」

―アギィィィィィィィ!!!―


 胴体を破壊されてもなお、生き延びる意思を見せた彼に、秋山はもう一度爪を振るう。

 容赦ない一撃で振るわれた秋山の一撃は、今度こそ彼の命を断ち切った。

 ……彼の望みである、バリケードの破壊と共に。


「……! バリケードが!」


 秋山の振るった腕の一撃の余波がバリケードを破壊し、下階へと降りられるようになったのだ。

 かすかに見えた希望を前に、武蔵たちの顔が明るくなる。


「やった! 逃げられるじゃん!!」

「でも、まだ危ないよ……!?」


 武蔵の手を引く女子の顔は満面の笑みだが、袖を引く湊の顔はまだ固い。

 バリケードが破壊されたのは良いが、その前には化け物となった秋山が立っている。

 男子を完膚なきまでに殺しきった秋山は、それでも足りぬと言うように武蔵たちのほうへと視線を向ける。


―イイィィィィ……!―

「な、なんなのさ、秋山……! 邪魔しないでよ! あたしたちは死にたくないんだからぁ!!」


 怨嗟の視線を向ける秋山に向かって、女子が懇願するような叫びを上げた。

 彼女の思いは、武蔵と湊にとっても同じであった。

 死にたくなど、あるはずがない。今、目の前で粉みじんに砕けてしまった彼のように、激痛の中で苦悶をあげ、為したいことを為すこともできずに、ただ死んでゆくなど、真っ平ごめんだった。


「 し に た く な ぁ い … … 」

「えっ!?」


 ……それは、彼も同じだったようだ。

 完全に存在を失念していた委員長が、いつの間にか女子の後ろに回って立ち上がっていた。

 伸びた手足は余裕で天井に張り付くほどであり、見るものを圧する風貌で委員長は彼女へと圧し掛かった。


「 し に た く 、 な ぁ い … … 」

「ひっ!? いやぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 背後から赤黒い触手に圧し掛かられ、彼女が悲鳴を上げる。

 そのまま委員長の体を振り払おうとするが、それを押さえつけるように彼女の頭を委員長の触腕が掴む。


「いやぁ!! 離して、離してぇぇぇぇぇ!!」


 ベチャリという音と共に塞がれた視界。彼女はそれを取り戻そうと必死に委員長の触腕を掴んで払いのけようとする。

 だが、委員長の触腕はびくともせず、後ろ足で立ったまま委員長は彼女の体を吊り上げる。


「 し ぬ の 、 は い や だ ぁ … … 」

「ひぃぃぃぃぃ!!?? ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 パクパクと、顔に張り付いた口を動かしながら委員長は触腕に力を込める。

 筋肉が張り詰めるような音と共に、彼女の頭から血飛沫が上がる。

 ……指の力だけで、彼女の頭骨に穴を開けているのだ。


「あ、あぎ、いぎぃぃぃぃぃぃ!!??」


 ずぶりと音を立てて、彼女の脳髄に赤黒い指が侵入する。

 自らを襲う激痛に悲鳴をあげ、彼女は必死に己を襲う激痛から逃れようと身を捩じらせる。

 だが、その動きはやがて画一的な反射行動のそれになり始めた。


「あっ、あっ、う、ぐ、あっ」


 びくん、びくんと彼女の体が跳ね上がる。

 委員長の触腕がうごめくたびに、彼女の体が跳ね上がり。


「ぁっ、ァ―――」


 びくりと、ひときわ大きく彼女の体が跳ね上がった。

 それきり彼女は動かなくなり、活動を停止した彼女の体から小水がこぼれ始める。

 委員長はそれを見て、ずるりと彼女の頭から指を引き抜いた。

 ……その長さは三十センチほどだろうか。明らかに伸びきった指の節々には脳漿の欠片が付着しており、彼女の頭の中でなにがあったのかを容易に想像させられた。


「あ、ぐ……!?」

「ひっ、ひっ……!!」


 瞬く間に、二人とも殺されてしまった。

 秋山と委員長はそのまま、武蔵と湊に近づこうとゆらりと体を動かす。


「く――クソォォォォォォ!!!」


 武蔵はやけを起こしたように叫び、湊の手を引いて教室へと向けて走り出した。

 考えあっての行動ではない。反射的に、秋山と委員長から逃げるように動いた。それだけだ。

 とにかく二人から離れ、少しでも長く生き延びたい――。


―イイイィィィィィアアァァァァァァァァァ!!!―


 だが、そんな武蔵の願いを砕くように秋山が甲高い声を上げる。

 途端、彼らが今まで篭っていた教室の中からのそりと誰かが現れた。


「 あ 、 あ ー … … 」

「 い で 、 ぇ よ ぉ … … 」

「なんっ!?」


 それは、片腕を、わき腹を、体の一部を失ってもまだ立ち上がった、クラスメイトたちだった。

 心臓は動いているのか、失った部位からぶしゅっ、ぶしゅっと血が噴出している。

 先の秋山の凶行でも、死ねなかったと言うのか。あんなふうになっても、まだ辱められると言うのか。


「くっ……!?」


 後ろを振り返れば、ゆらりと近づく秋山と委員長。

 前を見れば、教室から現れた半死半生のゾンビたち……。


「――クソォォォォォォォォ!!??」


 もはや、為すすべもなく。

 武蔵はただ、咆哮を上げることしかできなかった――。






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