中間市 -17:11-
強引に引きずり倒されたのか、ひしゃげてしまっている商品棚を一つ一つ慎重に確認してゆく。
英人が欲しいのはなるべく使いやすいかばんだ。荷物が入れば入るほどいい。しかし、動きが鈍るほど大荷物を背負うつもりはないので、大きさはほどほどのものが好ましい。
「……あった」
程なくして、シロガネ屋店内やや奥まった部分に、こじんまりと整っていたであろうリュックサックや手提げかばんなどが集まったコーナーを発見した。
幸いにしてこの部分は商品棚が倒れておらず、比較的保存状態のよい登山用のリュックサックを発見することができた。
ちらほらと棚に空きが見えるところを考えるに、やはり誰かがこのシロガネ屋で物資の補充を行なっていたのだろうか。
叶うのであれば、そうした生存者たちと出会い情報交換や、あわよくば北小に行くまで道を共にしたいものであるが、それは難しいであろう。
おそらく誰もが自分のことだけで手一杯であろうし、出会えた生存者が北小へ向かうことに同意してくれるとは思えない。
むしろ襲われてしまう可能性を考慮すべきだろうか。基本的にゾンビの見た目はほぼ人間のままだ。腐っているかのように皮膚が爛れているとか、目が爛々と輝いているとかといった身体的な特徴はない。強いてあげるなら、重度の痴呆症でも患っているかのような異様な表情をしているくらいだろうか。
さらに個体によっては、人間のように問答することも可能なようだ。えりなも携帯電話に出て、さらにこちらの言葉に応答して見せた。本当に心身ともに化け物と化しているならば、あの最期の言葉は成立しないだろう。
「………」
英人はそっと腕の噛み傷を撫でる。
肉が後から盛り上がったかのように、テラテラと光っている腕の傷を見て、化け物の噛み傷だと知られればどういう対応をされるか……先の子供たちの反応を考えれば、想像に難くはない。
「……一応、上から何か羽織るかな……」
英人はポツリと呟き、次に上着を探すことにした。
登山用具の近くに、防寒防風用のパーカーか何かがあればと思い、付近を見回す。
見れば少し離れた場所に、登山用の衣料品類が纏められたコーナーがあった。
そちらのほうは棚の破損に巻き込まれており、すでに着れなくなってしまった衣服も散見されたが、幸い比較的薄手な防寒用の上着を見つけることができた。
「よし……」
いくら霧があたりに満ちて肌寒いとはいえ、まだ夏だ。薄手なのはありがたい。
試しに袖を通してみると、サイズも一致した。
これで腕の傷は隠せるだろう。上着を着ているのも、霧のせいだといえばごまかせるだろう。
英人は続いて、登山用の手持ちライトを探す。時間もだいぶ遅くなってきている。そろそろ、辺りを照らすものが必要になってくるだろう。
明かりは自らの位置を相手に知らせてしまうことにもなるが、それを危惧して視界を塞いでしまうほうがもっと危険だろう。
ライトはそう離れていない棚に収まっていたようだ。落下の衝撃で傘や電球が壊れてしまっているものが多かったものの、それに耐えた極めて頑丈な懐中電灯を発見することができた。棒状で前方の狭い範囲を照らす古い型式の懐中電灯だ。手に持ってみると、それなりの重量が英人の手にかかった。
「結構重いな……。よっと」
ぼやきつつもスイッチを入れてみると、かなり強力な光がまっすぐに伸びる。古さゆえの強力さというやつだろうか。頑丈さを考えてみれば、この重さはむしろ頼りになるかもしれない。
「いいなこれ。えっと……」
英人はスイッチを切り、中に納まっている電池を確認する。いわゆる単一。乾電池の中でももっとも大きなサイズのものだ。
コンビニで持ち出した電池はみな単三だ。この懐中電灯の似合うサイズは持ち出していない。
ややかさばるかもしれないが、電池切れに陥ることも考えて電池も持っていく必要があるだろう。
だが、それは後でもいいかもしれない。そうした乾電池系の商品は、レジの近くに纏めておいてあることが多い。なぜかはわからないが、ガムの隣に乾電池が並んでいるのをスーパーで見たことがある。
幸い、出入り口のほうにレジもまとまっている。シロガネ屋を出るときに、まとめてもっていけばいいだろう。
――と、その時だった。
―……カタカタッ……―
「ん……?」
不意に、地面に転がっていた懐中電灯の残骸が小さな音を立てて鳴った。
いや……揺れたというべきだろうか。懐中電灯に音の鳴る機能はないはずだ。
しばし英人は懐中電灯の残骸を見つめていたが、鳴り出す気配はなかった。
気のせいかと思い、英人は次の目的物を探すべく視線を懐中電灯の残骸から離す。
―……カタカタッ……―
「………」
また、懐中電灯の残骸から音が鳴る。しかも、残骸の一つが鳴っていたのではないことに気が付いてしまった。
辺りに散らばっている懐中電灯の残骸や登山用具が微かに揺れているのだ。その、すべてが。先ほど音の鳴った残骸は、偶然床と接触してしまったせいで音が出たに過ぎなかったのだ。
同時に、今度は別の音も聞こえた。本当に微かに、とても遠くから聞こえてきた……重たい足音。
とてもゆっくりとした足取りで、何かが歩いているのが聞こえてきたのだ。
「……っ」
英人はごくりとつばを飲み込む。
空を飛ぶ化け物に、少女を捕獲していた紅い触手を持つ化け物。
それ以外に、どうやら巨大な体を持つ化け物もいるようだ。
おそらく、シロガネ屋のエントランスもその化け物の仕業なのだろう。ならば破壊を成した存在がシロガネ屋に残っていないのも納得だ。化け物とて、壊したままエントランスにじっとしていてくれるわけではないだろう。
シロガネ屋から人がいなくなった後、また人を求めて外に出た……そんなところだろうか。
今聞こえてくる足音がこちらに向かっているかどうかはわからないが、早急に目的を達成してシロガネ屋を脱出すべきかもしれない。
英人はザックの中にコンビニから持ち出したものと海中電灯を詰め込み、ザックを手に移動を始める。
後必要なものは、災害用の保存食や武器になりそうな道具類。
特に、武器に使うための道具で必ず欲しいものが一点あった。それさえ手に入れば、最悪、他のものはあきらめてもかまわないと考えている。
「………っ!」
目に付いた缶詰をザックの中に放り込みながら、英人は目的のブツがあるであろうコーナーへと駆けてゆく。
道中、結構な数のゾンビに遭遇しそうになった。
そのたびに迂回を余儀なくされ、ここに来るまでで相当な時間を掛けてしまった。
だが、あまり時間を掛けすぎるのもよくないはずだ。今は平気でも、いずれ人間としての自我が消滅してしまうかもしれない。
噛まれてからどの程度でゾンビと化すのかはわからないが、今の自分は相当な幸運が働いているようだ。えりなのように噛まれてから間を置かずにゾンビ化していないのだから。
しかし、その幸運もどこまで働いてくれるかがわからない。頼りきるのは危険だ。
故に今後は、ゾンビを殺して進むことも考えなければならない。ゾンビを殺すことさえできれば、わざわざ道を迂回する必要はないのだ。
そもそも、北小に到着してもすぐに礼奈たちと合流できるとは限らない。体育館に集まるとは言っていたが、そこに留まり続けることができなければ逃げる必要があるだろう。学校の中に逃げ込み、そこにゾンビが溢れていたりすれば、避けて迂回すること自体が難しくなるだろう。
……今までは、ゾンビを……人の形をしているものを殺すということは考えなかった。
人の形をしているというだけで、殺すことに躊躇を覚えていたからだ。いくら異常事態であり、相手がゾンビだとしても、人殺しを割り切ることは英人にはできないでいた。
……だが、コンビニでの一件が英人を吹っ切れさせた。最終的にあんな扱いを受けるというのであれば、今何をしようとも行き着く果ては結局地獄。ならば、目的を果たすための手段に躊躇している場合ではないだろう。
途中の工具コーナーでバールを一本入手して、英人は目的の場所まで到達した。
「土木用剣スコップ……まだ残ってた……!」
場所は園芸コーナー。探していたものは、剣スコップと呼ばれる土木作業用のスコップだ。
英人が手に取ったのは、全長は一メートル前後。木製の柄に、鉄やアルミで作られたY字状の剣先を持つ、ごく一般的なスコップである。
重さも一般的なスコップの域を出ておらず、表記価格もごく普通の、本当にただのスコップであった。
……だが、これこそ英人が欲した品。今後を乗り切るための武器として求めた物品なのだ。
――第一次世界大戦。人類史上において、初めてとなる世界大戦の話になる。
世界初の大戦、多くの新兵器が投入されたであろうその戦争においてもっとも人間を殺した兵器は何か?という問いが時折ミリオタと呼ばれる人種の間で交わされることがある。
機関銃、野戦砲といった、対歩兵用兵装が上がる中で名を連ねる武器の名前……それが、スコップなのだ。
第一世界大戦時にはまだ戦車や爆撃機といった兵器は戦場を席巻しておらず、陸戦における主力は機関銃や野戦砲を携行した歩兵であった。
そうした敵兵の携行する兵器軍に対抗すべく施設された防御陣が塹壕……タコツボとも呼ばれる、人が隠れられる長い長い溝であった。
戦車であれば用意に踏み破れるこの防御陣は、機関銃や野戦砲のみでは打ち破れず、歩兵たちの突撃による近接戦闘も敢行された
銃弾砲撃をかいくぐった敵兵たちとの戦いを凌ぐべく、塹壕の守備兵たちは武器を手に取り彼らを迎え撃ったのだ。……塹壕を掘るために使用したスコップを手に。
固い土も彫れるよう、先が鋭く作られたスコップは人体を容易に貫通し、研ぎ澄まされた刃は首を跳ね、時には広い刃先にて銃弾を凌いだとも言われている。
……まあ、時折ミリオタの間で交わされる冗句の一つのようなものだ。正確な統計が取れるような話題ではないが、さすがにスコップが機関銃や野戦砲を凌ぐ戦果を挙げたとは考えづらい。
だが、スコップが武器として有用であるという記録はしっかりと残っているのだ。
その証拠に、今でも軍はスコップの携行を採用していたり、折りたたむことができる携行性に優れ、多目的に使用できる軍用スコップなるものを開発していたりする。
友人たちとの会話の中で、こうした情報を手に入れていた英人は、それを頼みにこのシロガネ屋へスコップを求めてやってきたのだ。
もちろん、一般的なホームセンターであるシロガネ屋に、きわめて強力な武器になりえるほどに鋭いスコップがあるとは思っていない。しかしそれでも、突く・薙ぐ・叩くと、そのときによって三つの攻撃手段が取れるであろうスコップは、この平和な日本で入手が容易な優れた道具であるといえるだろう。
英人は折れていない無事なスコップを手に、微かな笑みを浮かべる。
「よし……! あとは、懐中電灯の電池を持って、ここを出れば……!」
ゾンビを突破するための準備は整った。後はここを出るだけだ――。




