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中間市:中間高校・屋上 -11:44-

「それよりも、早く狼煙を上げてしまおう。鈴木先生、プリントを」

「あ、はい!」


 女教師は初老教師の傍に駆け寄り、プリントの入っている段ボール箱を屋上の上に置く。

 初老教師はそれを見て頷き、何枚かプリントを手に取り、それを縦長に捩じって固め始める。


「新聞紙とかなら、一枚だけでもこれで薪の代わりになるんだけどな。A4コピー用紙じゃ数枚重ねても対して燃えそうにないな……」

「新聞紙は職員室ですからね……ともあれ、今はこれで我慢しましょう」

「そうだな。さっさと終わらせてしまおう」


 教師たちは一丸となり、大量にあったプリントを細長く捩じって固めてゆく。

 こうすることで燃えてゆく範囲を狭め、少しでも長く燃えるようにできるサバイバル知識の一つだ。問題としては、この方法が適用されるのは油分が多量に含まれ元々燃料として優れている新聞紙であるということだ。

 ただの紙でどれほどの効果が得られるかはわからないが、やらないよりはましといったところか。


「よし……」


 持ってきた全てのプリントを固め終え、教師たちは即席の薪モドキを使って狼煙を上げるための焚火を作る。

 焚火と言っても、持ってきた段ボール箱の中に薪を隙間だらけになるように放り込んでゆくだけだが。

 段ボール箱の中にある程度の量の薪モドキが入った辺りで、初老教師がライターを借りて薪の一つに火をつける。


「さて、上手く煙が出て欲しいものだが……」


 ポツリとつぶやきながら、初老教師は段ボール箱の中に火のついた薪モドキを放り込む。

 段ボール箱の中に放り込まれた火種はすぐに他の薪モドキや段ボールへと燃え移り、その勢いを増してゆく。

 それに伴いやや薄い感はあるものの煙も上がり、白い煙が青い空へと立ち上り始めていた。


「おー……プリントでも上がるもんですね、狼煙……」

「まあ、インクも主成分は油だろう? 色がついていれば、より強い煙が上がるんだがな」

「さすがにプリントの文字数じゃ無理ですよね……」


 はぁと小さくため息をつく一人の教師。

 狼煙を上げた目的はこの学校に人がいることを知らせるためだが、こちらの意図に気が付いてもらえるだろうか……。

 そんな不安が、不意を衝いてポロリと零れる。


「……助かりますかね、私たち」


 生徒たちの前では決して口にできないその一言を聞き、初老教師は厳しい表情になる。


「わからん。あまりにも訳が分からん。霧だの、ゾンビだの……うちのタケシなら何とかできたかもしれんが……」

「タケシ? どちら様で?」

「うちの孫でな。こういう、ゾンビだのなんだのが出てくるゲームが大好きで、暇さえあればしょっちゅうテレビに向かっておったよ」

「はぁ……」


 ゲームの経験で何とかなるものかしら? とは思いはしたが、口に出すのは躊躇われた。

 まあ、なんにせよ狼煙を上げることには成功した。

 あとは薪がなくなるまで火を絶やさなければいい。


「……じゃあ、二人とも、後を頼むぞ」

「あ、はい!」

「わかりました」


 二名、火の番をすることとなっている先生を残し、他の先生は屋上を後にしようとする。


「それにしても先生、お孫さんいらっしゃったんですか?」

「うむ。まだ、小学校三年生だがな。やんちゃが過ぎるんで、少し困っておるところだよ」

「そういう割には先生嬉しそうですなぁ」


 先生たちの話題が、初老教師の孫へと移り始める。

 事態が進まないにしても、何とか行動を実行し、それが成功して安堵しているのだ。

 確実に子供たちを助けられるわけではない……だが、可能性の芽は蒔けた。まずはそのことを喜ぶべきだろう。


――バサッ。


「――え?」


 その時聞こえてきた羽音は、今まで聞いたどんな生き物のものよりも大きな音だった。

 思わず女教師が上を見上げる。

 ……屋上の玄関の上にある給水塔、その上に何かが座り込んでいた。

 ヨーロッパの伝承にある、ガーゴイルと呼ばれる石造にも似たその姿を見て、女教師は一拍遅れて悲鳴を上げた。


「――――ッキャァァァァァァ!!??」

「な、なんだあれは……!?」


 教師たちを見下ろす、一匹の化け物を見上げ、初老教師はうめき声を上げる。


「―――」


 異様に長く発達した両腕は、被膜の付いた大きな両翼となっており、その指先は小さな鉤爪状に変化していた。

 空を飛ぶためだろうか、強靭に発達した上半身と比べ、下半身はあまりにも貧相だ。子供……下手をすれば赤ん坊程度の大きさしかないようにも見える。縮尺が、あまりにもアンバランスだ。

 そして頭部はすっかり禿げあがり、口にはズラリと牙が並び、目があるべき場所にはぽっかり穴が開いたかのような黒い空洞……いや、よく見ると眼球全体が黒く濁っているようだ。まるで、穴が開いたかのように黒い眼球が収まり、教師たちを見下ろしている。

 肌はまるで灰のように白く染まった化け物の姿を見て、一人が叫んだ。


「に、人間……!?」

「ばか! そんなわけ……」


 恐ろしいことを口走る同僚を叱責する教師の声は、尻すぼみに消えてゆく。

 両腕の羽根、異様に小さな下半身、濁りすぎた眼球……。

 どれをとっても化け物と言わざるを得ない特徴だが……だが、節々の特徴はあまりにも人間に似通りすぎていた。

 例えば足。異様に小さいと表現したが、その足先はちょうど小さな子供のそれによく似ていた。鳥やコウモリのように何かに捕まることはできないだろう。少なくとも霊長類の特徴に似ている。

 例えば顔。今、こちらを見下ろしている化け物の顔は……どうにも二十代前後の若い青年の顔のように見えるのだ。体毛はすっかり抜け落ち、頬がこけるほどに痩せているが……その顔には人間の特徴が見て取れる。

 仮にこの化け物が人ではないにせよ……目の前に降り立ったそいつはあまりにも人間に似すぎていた。


「――っ! エェイ、怯むんじゃぁない!!」


 その不気味さのせいで怯みかける仲間たちを、初老教師が一喝する。


「確かに化け物が空を飛べるなんぞと知らんかったが……まだ一匹だ!! 一匹しかおらん! なら、この場で叩き伏せれば、子供たちは守れる!」

「……! そ、そうですよね!」


 初老教師の指摘に、教師の一人が我に返る。

 彼の言うとおり……化け物はまだ一匹しかいない。なら、増える前に対峙するなり、火の番に残した彼らと一緒に学校の中に引っ込んでしまえばよい。

 空を飛ぶために発達した両腕は……もう何かを壊すためには使えないだろう。窓を割って侵入してくることも、おそらくあるまい。


「ふたりとも! 残った薪は全て狼煙の中へ! 学校へ戻るぞ!!」


 初老教師はそう言って二人の方へと振り返った。

 ……二人は、初老教師の言うことなど耳に入らないのか上を見上げている。


「どうした、二人とも! 早く薪を……!」


 そう言って初老教師は必死に促そうとするが、二人ともゆるゆると首を振ってその言葉を拒否する。


「あ、ああ……」

「だ、めだ……狼煙なんか、上げるんじゃなかった……!!」

「なに? 何を言って――」


 初老教師は二人の視線を追いかける。

 ――そして、理解する。


「……なんだと」


 二人の言っている意味を。

 天を衝く、白い煙。

 どこまでも立ち上る、その煙にいつの間にか輪ができていた。

 ……もちろん火元は屋上の焚火一つ。煙突も何もなしに、煙だけで自然と輪ができるわけがない。

 煙を囲うように漂うその輪は……黒く、影がかかっていた。


「え……?」

「い、いやぁ……!!」


 他の者も気が付き、思わずといった様子で声を上げる。

 立ち上る煙を囲っている輪を見て、絶望の声を上げる。

 輪の正体は……今、給水塔の上を陣取っている化け物と同じ存在だったのだ。

 一匹や二匹どころではない……十匹、いやそれ以上の化け物が宙を舞い、輪を描いているのだ。


「まさか、狼煙に反応したとでも言うのか……!? いや、そもそもこいつらは……!」


 初老教師は輪と給水塔の上を交互に見比べ、次にどうすべきか考える。

 次にすべきこと、それは……。


「っ! 全員中だ! 中に入って扉を閉めろ!!」


 まずは、安全確保。何事においても、それが重要だ。

 そう叫び、真っ先に駆け出す初老教師。


「う、うわぁぁぁ!!」

「いやぁぁぁぁ!!」


 それにつられ、他の教師たちも大急ぎで学校の中を目指す。

 それを見て反応したのか、給水塔の化け物が鳴き声を上げる。

 天を仰ぎ見上げ、空を舞う仲間たちに呼びかけるように上がる醜い鳴き声を聞いた途端、輪は砕け散り一斉に急降下を始める。


「ひ、ひぃぃぃ!?」


 化け物の先陣が、逃げ遅れていた教師の肩に食い込む。

 ガブリという鈍い音共に、鮮血が吹き上げ鋭い痛みが教師の全身を襲う。


「あ、あぁぁぁぁぁ!?」


 甲高い悲鳴。それはさらなる激痛を呼び寄せる。

 その声に反応し、別の個体が教師に群がったのだ。

 数にして、四匹。追加で、教師の全身に噛みついた。


「いだぁぁぁぁぁ!! ああぁぁぁぁぁ!! ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」


 絶え間ない悲鳴と咀嚼音は、ほどなくして止み、人だった赤黒い塊が学校の屋上にべしゃりと横たわる。

 その間に初老教師は屋上の扉に取りつき、教師たちを必死に招く。


「はやくしろぉ!! 閉めるぞ!!」

「待って、待ってください!!」

「きゃぁぁぁぁぁ!!??」


 必死に逃げ惑う教師たちであったが、また一人犠牲となる。

 プリントを持ってきてくれた女教師だ。給水塔の化け物の急降下にやられ、転んだところを一気に群がられる。


「………! ………!! ………!?」


 悲鳴は、己を食われる無残な音に掻き消された。

 初老教師は歯を食いしばってその光景に耐え、教師たちを辛抱強く待つ。


「早く! 早く入るんだ!」

「は、は、は!?」


 また一人犠牲になる中、生きている最後の一人が校内へ駆け込む。

 それを確認し、初老教師は屋上の扉を閉めんとする。


「扉を閉めろぉぉぉぉぉ!!」

「く、おおおぉぉぉぉ!!」

「うあぁぁぁぁぁ!?」


 叫び声とともに、学校の屋上の扉を閉めようとする。

 ……だが、閉まらない。


「な、何故だ……! 何故動かんんん!!!」


 初老教師は歯を食いしばりながら叫び、扉を必死に押す。

 だが……錆びた扉はびくともしない。中間高校開校以来、一度として人を許したことのない扉は、それっきりで役目を終えたと言わんばかりに動こうとはしなかった。


「閉まれぇぇぇぇぇ!!」

「閉まって、おねがいぃぃぃ!!」


 その場にいる全員が協力して扉を閉めようとするが、それでさえ効果はなく……。


「―――」


 食事を終えた化け物が、次の獲物に狙いを定める。


「ヒッ……!?」


 誰かが怯んで、一歩下がった。

 それに反応するように……屋上の化け物たちは一斉に教師たちへと襲い掛かっていった。






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