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中間市:中間高校・3-B教室 -9:56-

「ちょっと、ケンカはやめてよ!?」


 それに割って入ったのは、えりなの一番の親友であった、秋山という女子だった。

 二人の視線を割るように立ち塞がり、双方の顔を見ながら秋山は声を張り上げる。


「今はどっちが正しいとか、間違ってるとか言ってる場合じゃないでしょ!? 今そこにもゾンビが迫ってきてて……そいつらからどう生き延びるかでしょ!?」

「……そうだな。その通りだ」

「けっ……!」


 秋山の言葉に、委員長は同意するように頷き、黒沢は吐き捨てるように余所を向く。

 そんな二人の態度に胸を撫で下ろしながら、秋山は委員長の方へと向き直った。


「……それで、これからどうなるかな?」

「差し当たり、バリケードが持っている間は何とかなるはずだ。バリケードが即席で外にいるのがゾンビの類だとしても……それらを破るほどの力はないようだしな」


 委員長の言葉に、英人が小さく頷く。


「ああ、そこは問題ないと思う。あいつら、少なくとも玄関の硝子戸を破るような力はなかった」

「けど、開いてる窓を乗り越えてくるくらいはするみたいだったなぁ。下に今いる連中、職員室から入ってきたみたいだし」

「迂闊な……」


 続けて捕捉する武蔵の言葉に委員長は一瞬顔をしかめるが、すぐに気を取り直すように首を振った。


「……いや、先生たちに落ち度はないか。ともあれ、今すぐゾンビが襲い掛かってくるなんてことはないはずだ」

「じゃあ、どうやって私たち助かるのかな?」

「下がだめなら、屋上……救助用のヘリコプターが無難じゃないかな。たぶん、先生たちもその結論に到達すると思う」


 委員長はそう呟きながら、上を見上げる。

 今彼らがいる階の真上。それが、中間高校の屋上だ。

 普段は封鎖されている場所だが、ヘリコプターの一台くらいであれば着陸できる程度には広い。

 委員長の言葉を聞いて、秋山は顔を明るくする。


「そうと決まれば、私たちでヘリ呼んじゃえばいいんじゃない!? 先生も、好きにしろって言ってたし!」

「ああ、そうなんだが……」


 委員長は難しい顔をしながら、携帯電話を秋山に見せる。


「……つながらないんだ」

「……え? つながらない、って?」

「だから、携帯電話が。つながらないんだ」

「な……なんでよ!? さっき、えりなの携帯にはつながったじゃない!」


 委員長の言葉に、秋山は激高する。

 当然だろう。さっき、確かにえりなの携帯にはつながった。本人の状態はどうあれ、確かに通話ができていたのだ。

 だが、ヘリコプターを呼ぶのに使えないなど、認められるものではない。

 委員長は自身も困惑しているのか、弱々しく首を横に振った。


「僕だってわからないんだが……中間市にヘリを有している施設はないから、隣町の総合病院にかけたんだ。けれど、つながらなかった……」

「ちょっと貸して!」


 委員長の様子に業を煮やしたように秋山は携帯電話をむしり取り、リダイヤルをかける。

 そうして耳を当てた秋山の耳に聞こえてきたのは、以下のようなアナウンスだった。


『――様がおかけになった電話は、電源が入っていないか、電波の届かない――』

「……は? なに、これ……?」

「わからない……。かけているのは固定電話にも関わらず、そんなアナウンスが流れる。そんな状況じゃ、繋がらないというよりほかはない」


 呆ける秋山に、委員長はあきらめたように首を横に振る。


「あるいは、無線機のように特定の周波数で呼びかけるような機器があればどこかと通信できるのかもしれないが……」

「そんなの、ないじゃない……」

「ああ……。あとは、この状況に誰かが気が付いてくれるのを待つくらいしか、今は思いつかないな……」


 絶望的な状況を前に、秋山の顔色が一気に悪くなる。

 委員長も、今の状況を理解しているのか、血の気の引いた顔で先を続ける。


「……水は水道がまだ生きているが、食料はほとんどない……。家庭科室なんかは二階にある。災害時の脱出用のスロープこそあるけれど……外はごらんの有様だ」

「そ、そんな……」


 現状を並べ立てられ、秋山はついにへたり込む。周りのクラスメイト達の様子も、似たり寄ったりだ。


「わ、私たち……いったい……!」

「なんでこんな……! どうにかならねぇのかよチクショウ!!」


 秋山のようにへたり込む者もいれば、黒沢のように顔に怒りを宿して叫ぶ者もいる。

 委員長はそんなクラスメイト達の様子を見廻し、そして目を伏せ、最後にぽつりとつぶやく。


「……もう、どうすればいいのか僕にもわからない……。まずは、先生たちの結論を待とう……」

「……クソッタレがぁぁぁぁ!!」


 委員長の結びに黒沢が吠え、教室の壁を蹴り飛ばした。

 英人は武蔵と一緒に湊を支えながら、険しい表情で俯いている。


「……最悪の、状況、だな……」

「んだな。状況が好転しそうなファクターが思いつかないし……」


 武蔵もまた難しい表情で頷き、蒼い顔をしている湊の背中を軽くさすってやった。


「だいじょぶか、湊ちゃん」

「うん……まだ、だいじょうぶ……」


 明らかに大丈夫ではない様子で湊は英人に寄りかかりながら、涙を一筋流した。


「えりなちゃん……信じられないよ……」

「俺もだ……」


 英人は湊の肩を少し強めに抱きしめながら、歯を食いしばる。


(後から来て、気付かなかった……? そんなわけ、あるか。目に入っていたのに、俺は見捨てたんだ……!)


 自責の念に駆られる英人。

 救えたはずだ。手を引いて、無理やり引きずってくることもできたはずだ。

 異常な状況を目にしてしまい、えりなの存在を無視してしまった。

 ……英人はそう思うことで、何とか自分を保とうとしていた。

 自責の念を抱き、罪悪感を覚え……そうすることで、湊を守るという想いを強くして。


(……二度目は、ない。次に何かあれば湊が……)


 食料がなくとも、水があれば二、三日は平気だと聞いたことはある。

 ならば、一両日中が勝負だろう。

 体力があるうちに、現状を打破しなければ……今、肩に抱いている彼女が失われてしまうかもしれない。


(湊は、守る……湊だけは……!)


 英人は決意を強くしながら、武蔵の方を見やる。

 湊の肩を強く抱く英人を微笑ましそうに見つめていた武蔵は、英人と視線が合うとニヤリと嫌らしく笑う。


「見せつけてくれちゃってー。うらやましいにゃー」

「茶化すな、タケゾウ」


 英人は鋭く叱責すると、湊の体を軽く移動させながら武蔵の耳元に呟く。


「……湊は守る」

「わかってるって。最悪は俺に任せろ」


 武蔵は英人の言葉を受け、小さくウィンクを返す。

 最悪……などと起きては欲しくない事態を告げられ、英人は一瞬表情を険しくするが。


「……ああ」


 一つ頷くだけで、その場は済ませる。

 改めて湊を温めるように抱きしめながら、英人は考える。


(最悪……か)


 今この状況で、何が最悪なのか。

 英人にとっては、湊を失うことだが……武蔵を失うことも考えられない。

 なんだかかんだ言っても、武蔵は英人にとって親友と呼んで差支えない男だ。そばにいて、これほど安心できる男もいないと英人は思っていた。

 ……どちらを失っても、英人には耐えられそうもなかった。


(……仮に、この場に、連中が足を踏み入れてきたら……)


 震える湊を後ろから抱きしめ、周りを励ましに動き始める武蔵の背中を見つめながら、英人は胸中で考える。

 階下の者たちが、この場に踏み込んで来たら……己は、どうするべきなのか。


(……俺は……捨てられるか? 他人の命を……見捨てられるか? ……えりなのように)


 いざという時の、覚悟。目的のために、何かを捨てる。命の、取捨選択。

 今目の前に現れたそれを、自分が選べるかどうか。

 英人は、思案する。起きて欲しくないその事態を想定しながら。

 何を捨て、何を捨てるべきでないのか。慎重に、慎重に……。






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