第十話 立つ鳥跡を濁しまくる思考
いつもご愛読いただきありがとうございます。
地平線が金色に染まり、頭上を夜の帳が覆い隠す時分。
「…¡¡¡」
「うおぉぉぉ死んでたまるかぁぁ!」
見る影もなく壊滅した森林で、巨大な異形と一人の少女が戦っていた。
【メッセージ入力】
宛先:リク《RL》
件名:拝啓、お兄様へ
本文:たすけてくださいしんでしまいます
「未読スルーしたら一生恨むぞ陸兄!」
俺は弾け飛ぶ木片を魔法陣で防ぎつつ、陸兄に向けて救難信号を送る。
こんだけ派手に大立ち回りしてるにも関わらず増援が来ないのはこれ如何に。
「思考入力が実装されてて良かっ…たぁっっとぉ!?」
動きを止めた俺の頭上を、巨大な蜥蜴の尾が木々をへし折りながら通り過ぎる。
風圧で転びそうになるのをなんとか堪え、再び降り注ぐ木片に混じる鱗を魔法陣で弾く。
「こんなの人の身でどうしろってんだよ!」
もはや存在自体が天災だ。コイツと正面から殴り合って勝てる奴がいたらきっとソレは人では無い。
「…っ、来る!」
怪物が息を吸い込む予備動作。
この段階で口から赤い光が漏れていればジャミング付きの咆哮だ。そして光って無ければ…
「光は…無し!」
俺は展開していた魔法陣を放り捨て、両耳を塞ぐ。
『GYAAAAAAAAAAA!!!』
「うぐぅっっ!!?」
スタン効果付きの超音波!ダメージこそないものの、バカみたいな音圧と魔力の乗った音波が全身の筋肉を一時的に麻痺させてくる!
もちろん魔力攻撃なので魔法陣は起爆!相性悪すぎぃ!
『…¡』
膝から崩れ落ちる俺の姿を見た怪物は、間髪入れずに牛の脚を高く持ち上げた。
「…っ、い、いけ…る!」
牛の脚は蹴りも踏み付けもプレイヤーが爆散するトンデモ威力の物理攻撃。
つまり頑張れば魔法陣で防げる!倒れてるせいで距離感が掴みにくいがそこは気合い!
『…¿』
「っ!」
巨大な質量を伴って振り下ろされる蹄の下に、薄っぺらくも確かな信頼を持つ魔法陣が割り込んだ。
「…っ、重っ!」
だが、『精密魔力操作』を持ってしてもジリジリと押し負けているのが恐ろしい。
…お、普通に喋れるようになった!
「…うおぉりゃっ!」
俺は魔法陣を傾けて蹄を受け流すと同時に立ち上がり、怪物から距離を取った。
「¡!‼︎」
続いて振るわれる狼の爪。
先端に魔力が籠っており、魔力を探知して追尾する三本の斬撃を飛ばしてくる。
しかも斬撃は大抵の障害物を無視して直進して来るのがマジでやばい。一途かよお前。
「ふんっ!」
これは魔法陣を何個もぶつけて相殺。ちらっと見えた次の足の攻撃を避けるために素早く空中へ駆け上がる。
『…¡』
象の脚による踏みつけ。
これは範囲と威力が頭おかしいだけの、単純なストンプ攻撃だ。
「範囲が馬鹿すぎる!もはやバカそのものだよバーカ!」
大地が捲れ木々が空を舞うが、上空に避難できれば対処は容易い。
避難できる手段がないと範囲広すぎて即死するんだけどねぇ!そのせいでアルテアの森の一般プレイヤー達が軒並み耕されたよ!
「さてお次は…噛みつき!?空中でそれは反則だろ!」
狼の頭による噛みつき。
発生早い範囲広い喰らったら即死。これ嫌い。
って、マズイ緊急回避ぃ!
「お、ごぉっ!?」
俺は自分の身体に魔法陣を衝突させ、吹き飛びながら無理やり回避する。
…やべ、高く打ち上げすぎた。
「がはっ…しかもいいとこ入っちゃった…」
空中を舞いながらえずく俺は、空中に魔法陣で下り坂を作り上げつつその表面を転がり落ちた。
「はぁ…はぁ…しぬ…」
今にもフランクフルトが口から飛び出しそうな事以外は完璧な着地だ。10て…おぇ…
「はー…ふぅ、セーフ。」
俺は一呼吸おいてたち上がると、再び怪物に目を向ける。
ここまで来たら意地でも死んでやらないからな!
…
…アレ?
……確か、翼って初出だったような。
「…初見技!?」
怪物が七本の脚を踏ん張ると、臓腑に彩られた蝙蝠の翼が不穏に震えだす。
「とりあえず退避!」
俺はアークトリアからできるだけ離れるように走り出した。
いくら相手が初見技のサラダボウルと言えども、部位でスキルは何となく予想できる。
翼となると…風を巻き起こすとか、あの肉片を飛ばしてくるか…それとも空に飛び立つのか。
「もし飛ばれでもしたら…お気持ち長文メールも辞さないかもな。」
今は俺にタゲが向いてるからいいものの…もし陸兄が来るまでに俺が耐え切れなかった場合、空を手に入れた奴の次の標的はアークトリアだ。
「重い重い重い!初心者の両肩に都市の命運乗せないで欲しいんだけどー!」
脳の疲労とワンタッチ即死の緊張感でおかしくなった俺をよそに、怪物は翼に魔力を収束させた。
肉塊がドクドクと脈打ち、翼が鮮血のように真っ赤に染まる。
そして。
『GYAAAA!』
ドパァァァァァン!!
「…はぁ!?」
翼が大きな音を立てて爆散し、あたり一帯に謎の液体を撒き散らした。
予想の斜め上の攻撃方法に思わず防御が遅れた俺は、液体をもろに浴びてしまう。
「…毒!?」
まさかの広範囲毒攻撃だ。そして俺は毒消しなんか持ってない。
「…これは、マズイなぁ…」
色んな意味でマズイ死へのカウントダウンが始まると共に、ダメ押しとばかりに兄からの返信が届く。
【受信トレイ】
送信者:リク《RL》
件名:あ
本文:こっちもかなり厳しい。
10分後までに行くからそれまで頑張れ。
陸兄から送られてきたメッセージには、洞窟の中で巨大な結晶に吹き飛ばされるプレイヤー達の画像が添付されていた。
「10…分…」
HPと毒のダメージ、残りの回復薬から考えると、残された時間はもって5、6分程度。
「下剋上はお断りなシステムかよ…」
ゲキマズがどう足掻いてもムリに昇格しやがった。
陸兄の様子的に動ける戦力は軒並み駆り出されていそうなので、思いがけない救援も期待できない。
「…」
…さて、どうしよう。
どうせ増援が間に合わない事が分かった以上、俺がやってきた事が無駄な努力な事が確定してしまった。
「いや、まぁ…仕方なくはあるんだろうけど…」
むしろ未だに生き残っている事が奇跡なのだ。自分で言うのも何だが健闘した方だろう。
『今回の急用はNPCにも被害が出るかも知れんからな…このゲームのNPCは一度死ぬとリポップしないんだよ。』
「『ゲーム』ねぇ……」
取り返しのつかない要素がある以上、俺は逃避先は逃避先だと割り切って好き勝手する事は絶対に出来ない。
…それでも。
ここまで来て何一つ成せずに終わるというのは、とてつもなく癪に触る。
「まぁでもどうせ間に合わないんだ…」
俺が倒れた後の怪物の虐殺フィーバータイムが10分だろうが4分だろうが、建物もプレイヤーもNPCも被害を被るのは確実だ。
ならば。
「退場するなら、せめてやりたい事やってからだな。」
確実な敗北よりも、限りなく低いワンチャンに賭けて見た方が良い。
「よし!行くぞ怪物!」
いのちかるめに、ろまんだいじに。
すっかりイカれたテンションと、荒ぶる回り方をしている脳みそをぶら下げながら。
俺は佇む怪物に向けて全力で駆け出した。
どうせ数分後には自室のベッドに強制送還されるんだ。身体が美少女になるといったクソッタレな現実とも向き合わなくちゃいけない。
それまでに神経めいっぱい擦り減らして、精魂出し切った感で悪感情を塗り潰してやる。
追いつめられるとテンションと勢いに任せた謎発言が多くなる美少女、それがソラです。




