88 新たな盾
ラズが目覚めてから、数日が過ぎた。冗談が飛ぶことも増え、段々と一行にも「ルディアらしさ」が戻ってきている。
俺のスキルやレイナの魔法、公女アメリアの献身的な治癒の甲斐もあって、彼の身体は驚異的な速さで回復していた。失われた腕は戻らないが、ラズの瞳には以前以上の生命力が宿っている。
その日の午後、俺たちは王城の会議室を借りていた。
「……黒い祭壇、鳥の仮面の神官……それに、あいつらが詠唱していた奇妙な言葉……」
ラズは、朦朧とした意識の中で聞いたという、還し手の詠唱を必死に思い出そうとしていた。
彼が絞り出したいくつかの古代言語の断片を、レイナが聞き取る。
「おそらく、神代の、それも極めて特殊な『封印』の言語体系……。私ですら、完全な解読はできません」
三つ目の塔で手に入れたミリスの日記と、ラズが持ち帰った封印言語。
二つのあまりに難解な情報を前に、俺たちは再び壁にぶつかった。
「……ミリスの図書館に行くより、こっちの謎を解くのが先か?」
「ああ……専門家に頼るしかない」
シェルカの質問に、俺は地図を広げながら答えた。
「行くぞ、魔法ギルド連盟『アカデミア』に」
「ついに行くのか……まあ、いつか行かなきゃならねぇ場所だったしな。今が良いタイミングだ」
ラズが力強く頷いた。
「アカデミアにいるという『星詠導師』なら、この謎を解き明かせるかもしれませんね」
レイナの言葉で、皆の意志が固まった。
◇◇◇
出発の朝。
城門の前には、見送りのアメリア公女と、完全武装の騎士団長グレンが立っていた。
「カイ様、皆様。此度のこと、エルディンは決して忘れません。これはささやかながら、我が国からの餞別です」
アメリアは深々と頭を下げ、従者に最高級の馬や武具、そして旅の資金が入った袋を俺たちに渡させた。
「こちらこそ、本当にお世話になりました。一週間という短い期間でしたが、素晴らしい休息になりました。またいつか会いましょう」
俺が礼を述べ、いざ出発しようとしたその時だった。
「あ、あの、お待ち下さい!」
アメリアが、何かを決意したように声を張り上げた。
そして、隣に立つ騎士団長グレンの腕を、むんずと掴んだ。
「カイ様! 我が国の至宝であり、最強の騎士である、このグレン=ラインハルトを、どうか旅のお供にお連れください!」
「は……?」
俺も、グレン本人も、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で固まった。
俺は少し困りながらも、できるだけ柔らかい口調で断ろうとした。まだ十五歳の少女を泣かせたら厄介なので。
「公女殿下、そのお気持ちは大変ありがたい。ですが、我々にはすでに、グランマリアが誇る北方騎士団第二隊隊長、フィオナ殿が同行してくださっている。これ以上、一国の騎士団長をお借りするのは、あまりに……」
「いいえ!」
俺の言葉をアメリアが遮った。その瞳には、自国の騎士への、絶対的な信頼と誇りが宿っていた。
「フィオナ様が最高の『矛』であることは、私も存じております。ですが、グレンは、大陸最高の『盾』! その守りの剣技の前には、いかなる猛攻も通じません! こと防御においては、フィオナ様にも引けを取らないと、私は信じております!!」
以前までの気弱さはもはや見る影もない。仲間のことになるとここまでヒートアップするか。
アメリアの真っ直ぐな主張に、これまで静かにしていたフィオナの眉がピクリと動いた。
彼女の青い瞳に、好敵手を前にした戦士としての、静かな闘志の火が灯る。
その面白い空気を、ラズが見逃すはずもなく……。
「そこまで言うなら、見せてもらおうじゃねえの! どっちの騎士団長様が植替、ここで一本、手合わせと行こうぜ!」
「ラズ!」
俺が諌めるより早く、フィオナがすっと前に出た。
「……よかろう。グレン騎士団長殿。公女殿下のその言葉が、ただの贔屓目で発せられたものでないことを、その剣で証明していただこう」
終わった……フィオナも割と頭に来てるっぽいなこれ。
グレンは観念したようにため息をつくと、その背から巨大な大剣を抜き放った。
向かい合う、二人の騎士団長。
一人は、流麗な剣を構え、一切の隙がない攻めの達人。
もう一人は、大剣と巨大な盾を構え、不動の山のような守りの達人。
空気が張り詰める。
「俺が『やめ!』って言ったらやめてね。殺すの禁止だからね。──では、始め!」
シェルカの合図と共に、先に動いたのはフィオナだった。
まるで銀色の流星のようにグレンへと接近し、神速の突きを放つ。
だが──。
「なっ……!?」
甲高い金属音と共に、フィオナの剣はグレンの掲げた巨大な盾に、寸分違わず受け止められていた。
速さで劣るはずのグレンが、フィオナの動きを完全に読み切っていたのだ。
「なぜ……!」
「速いだけの剣は、見切ってしまえば止まる」
グレンは呟くと同時に盾でフィオナの体勢を崩し、峰打ちの大剣を薙ぎ払う。
フィオナは咄嗟に後方へ跳躍してそれをかわすが、その頬を一筋の冷たい汗が伝った。
強い。
この男は、単なる「小国の中では強いやつ」ではない。嵐のように打ち込むフィオナの剣撃を、グレンはその鉄壁の守りで全て受け流し、逆にカウンターの一撃でじりじりと追い詰めていく。
そして、しばらく打ち合った後。
ついに、グレンの大剣の峰が、フィオナの喉元にぴたりと突きつけられた。
「やめ!!」
俺の声に、二人は剣を収めた。
フィオナは悔しそうに唇を噛み締めながらも、その顔にはどこか清々しい笑みが浮かんでいた。
「……見事だ。私の、完敗だ」
「いえ、フィオナ様の剣速、実に見事でした。紙一重の勝負……」
互いを称え合う二人の騎士の姿に、俺はなんだか笑いが込み上げてきた。
「……わかった、公女殿下。その、エルディンが誇る最強の『盾』を、確かにお預かりしよう」
俺はグレンに手を差し伸べた。
「あんたの『守る剣』、存分に振るってもらうぜ。グレン団長。……いや、今日からは俺たちの仲間、グレンだ」
グレンは、その大きな手で、力強く俺の手を握り返した。
「……御意。このグレン=ラインハルト、我が公女様の御命令と、カイ様の御信頼に答えるべく、この身、この剣の全てを以て皆様の盾となることを誓いましょう」
こうして、一行で最も真面目で、最も防御力が高く、そしてフィオナの新たなライバルとなる守護騎士グレンが、新たな仲間として加わったのだった。
「ちなみに、だいぶ経験豊富なみたいだけど……年齢は?」
シェルカがデリカシーのない質問をすると、グレンは苦笑しながら答えた。
「四十五だ」
想像以上の年長者であった。ガランと同年代にしてはかなり若く見える。これも日々の鍛錬の賜物なのだろうか……いや、単に人種が違うから年齢が分かりづらいだけか?
「では、新たにグレンを入れた七名で、魔法ギルド連盟『アカデミア』を目指すぞ!」




