45 レイナって?
俺の言葉に、集会所の空気がピリ、と緊張した。フィオナが眉をひそめ、ザルクが訝しげに俺を見る。
「旅、だと? カイ。この状況で、あんたがルディアを離れるってのか?」
「いや、違う。言葉が足りなかった」
俺はゆっくりと首を横に振った。外へ向かおうとしていた焦りを、心の奥底に押し込む。
「旅に出るのは、もっともっと先だ。今の俺たちに必要なのは、外からの力じゃない。この街そのものを、もっと強く、もっと盤石にすることだ」
俺は、仲間たち一人一人の顔を、確かめるように見渡した。
「今回の戦いで、俺は思い知らされた。この街は、あまりに俺という個人に依存しすぎている。俺が倒れたら、俺の魔力が尽きたら、この街は一気に崩れる。……そんな脆い土台の上に、みんなの未来を乗せるわけにはいかない」
俺の言葉に、仲間たちは息を呑んだ。それは、夢物語から離れた、目の前の現実と向き合う、泥臭い決意表明だった。
「だから、俺は決めた。俺がいなくても、フィオナ、ザルク、ラズ、ネリア、そしてシェルカやゴウランのような『精鋭』が常に前線にいなくても、ルディアが自らの力で立ち、守り、発展していけるような、強固な国になる。俺一人の超人的なスキルに頼るんじゃなく、街全体の『地力』を極限まで底上げする。──それが完璧になった時、初めて俺は、自分の力を高めるための旅に出る。具体的な旅の内容については、またその時に話すよ」
その宣言に、今度こそ仲間たちの顔に理解の色が浮かんだ。
「まずやるべきは、人口の増加だ。周辺の小国や都市に使者をガンガン送って、帝国の圧政に苦しむ人々や、行き場のない技術者、志のある者たちを、もっと積極的にルディアに招き入れる。多様な人間が集まることで、ルディアはもっと強くなる。また、以前のような難民を装った工作員が侵入できないよう、街に入るための審査を厳しくする。具体的には、王都の入国審査システムを丸パクリする予定だ。ここはフィオナ、君にも手伝ってもらいたい」
フィオナは無言で頷いた。
「次に、技術力の向上。特に、俺のスキルに頼らない防衛技術を確立する。ドワーフの工芸技術、人間の建築学、獣人の罠の知識。ラズとネリアを中心に、それらを融合させ、俺がいなくても街を守れるだけの『壁』と『牙』を創る」
「そして、政治基盤の確立。王都やトウラ、他の友好都市と、もっと深く、もっと強固な関係を築く。ただの同盟じゃない。経済、文化、人の交流、そのすべてを絡み合わせた、切っても切れない巨大なネットワークを構築し、帝国が手出しすらできない状況を作り上げる」
言い終えると、集会所は静まり返っていた。気づいたら熱く語りすぎていたみたいだ。
俺の語る未来は、決して派手なものではない。一朝一夕で成し遂げられるものでもない。だが、それこそが、この惨劇を経て、俺が見つけ出した唯一の答えだった。
「……つまり、あなたは『カイ=アークフェルド』という英雄の物語を一度脇に置いて、『ルディア=アークフェルド連邦』という国家の物語を完成させる、ということか」
ゴウランが真剣な眼差しで言った。この言い回しのおしゃれさはいかにもバルハの部下といったところだ。
「そのとおりだ。俺は、もう天罰を下す神様でいるのはやめる。俺は、この国を支える、無数の礎の一つになる。この国が、俺という一本の柱がなくてもびくともしない、石造りの城になった時……その時こそ、俺は安心して、自分のための旅に出られる」
その言葉に、最初に反応したのはフィオナだった。
彼女はふっと息を吐くと、その口元に、穏やかな笑みを浮かべた。
「……なるほど。それこそが、真の王道を歩む者の覚悟。承知した。カイ、貴殿のその決意、我ら騎士団も、全力で支えよう。貴殿が安心して旅立てる国を、我らの手で築き上げよう」
「へっ、おもしれぇ。あんたがそこまで言うなら、付き合ってやるしかねえな。最高の国を作って、あんたを気持ちよく送り出してやるよ」
ザルクが、いつもの不敵な笑みを浮かべた。まぁ、旅にはお前も連れて行くつもりだけどな。
「俺自身の力を高めるヒント……レイナが言う『聖地』探しは、その後の話だ。俺が旅に出るのは、この国が、俺がいなくても大丈夫だと、俺自身が心から信じられた時だけだ」
俺は、焚き火の炎を見つめた。
灰の中からでも、新たな芽は吹く。
よし、決まった。完璧だ。これで皆の士気も上がったはず。
「まずは、この村の生存者を、ルディアに連れ帰る。そして、彼らが安心して暮らせる場所を用意する。……俺たちの本当の国づくりは、そこからだ」
俺がビシッと締めくくると、仲間たちは力強く頷いた。
重苦しかった会議は、未来を見据えるための、力強い作戦会議へと変わっていく──はずだった。
「……カイ」
最初に口を開いたのは、フィオナだった。その表情は、どこか不思議そうな、それでいて探るような眼差しをしていた。
「今、さらりと言っていたが……レイナ、とは誰のことだ?」
「え?」
俺の思考が、ピタリと止まった。
……ん?俺、今、言った?レイナって言った?
チラリと仲間たちを見ると、全員がきょとんとした顔で俺を見ていた。
ザルクは指で耳をほじりながら「俺も聞こえたぜ、レイナって」、ゴウランは「女の名前だな」、シェルカに至っては「へぇ、あんたにもそういう相手いたんだ」とニヤニヤしている。
しまった……!
癖で、レイナとの脳内会話が現実の口から漏れちまった……。
「れ、レイナ? 誰それ? 初めて聞く名前……」
「いや、言った」
フィオナが、有無を言わさぬ圧力で断言する。「『レイナが言う聖地探しは』、と、はっきり聞こえた。貴殿のその力の根源に関わる、重要な情報提供者と見たが……一体、何者だ?」
やばい、フィオナの目が完全に尋問モードに入っている。優しい目じゃない、「騎士団長」の目だ。
「い、いや、それはその、あれだ。前世の記憶で、昔読んだ本に出てきた名前でな! 古代の賢者が、聖地のことを記していて……その賢者の名前が確かレイナ? だった気がする」
我ながらありえない言い訳だ。
案の定、ザルクが腹を抱えて笑い出した。
「ぶははは! そんな取ってつけたような嘘、子どもでも騙せねえよ!」
「うるさい! 本当だ!」
「ほう、その賢者レイナとやらは、どうやって貴殿に『話しかけて』きたのだ? 本が喋るのか?」
フィオナの冷静なツッコミが、俺の心の臓を的確にえぐる。
「それは……喋るタイプの本みたいなのがあって……」
「カイ様、見苦しいですよ」
脳内に、追い打ちをかけるレイナの声が響く。
お前のせいだろ!
「へぇー、夢で逢い引きとは、ロマンチックじゃないの。で、そのレイナってのは、美人なの?」
シェルカが面白そうに身を乗り出してきた。
「美人とかそういうのじゃなくて!」
もうダメだ。完全に墓穴を掘っている。
ザルクが、呆れたようにため息をついた。
「観念しな。俺たちはあんたの仲間だ。隠し事ってのは、一番信頼を損なうぜ」
ザルクの、妙に説得力のある言葉に、俺はがっくりと肩を落とした。
……そうだよな。こいつらに隠し事なんて、今さらだよな。
「……はぁ、わかった。話すよ。笑うなよ、絶対」
俺は意を決し、事の経緯を洗いざらい話した。
自分が転生者であること。その際に、一人の女神と出会ったこと。そして、その女神――運命の女神レイナが、時々、脳内に直接話しかけてきて、過保護なくらいアドバイスをくれること。
話し終えると、集会所は、先ほどとはまったく違う意味で、静まり返っていた。
仲間たちは、全員、口をぽかーんと開けて固まっている。
「……め、女神?」
「運命の……?」
「脳内に、直接……?」
皆が動揺する中、シェルカだけが、やがて腹の底から笑い出した。
「あはははは! なるほどね! そりゃ、あんたが普通じゃないわけだ! 守護女神様がついてるんじゃ、アタシたち凡人じゃ敵わないよ!」
「守護とかそういうんじゃ……」
「しかし、カイ。つまり貴殿は、常に女神と共にある、と……」
フィオナが、なぜか少し顔を赤らめながら、真剣な顔で問い詰めてくる。
「そ、その、レイナ殿は、常に貴殿の思考を……? 私が、その、貴殿の護衛として……いろいろと…考えていることも……」
「フィオナ、落ち着いて。何を考えてるのか知らないけど、レイナは聞こうとしたときしか読めないらしいから、たぶん大丈夫だ!」
「たぶん、か?」
フィオナがなぜか取り乱している。
俺は天を仰いだ。シリアスな会議が、どうしてこうなった。
「というわけで、だ。その……俺には、そういうアドバイザーがいる。だから、聖地の話も、まったくの与太話というわけじゃない。だが、まずは国づくりだ。良いな?」
俺が無理やり話をまとめると、仲間たちは、まだ若干混乱しつつも、こくこくと頷いた。
にしても、なんでフィオナは顔が赤くなってるんだ?
「好きなんでしょう、カイ様のことが」
レイナがまた茶化すように言った。
「そんなわけあるかよ。騎士団長が俺なんかを好きとか……」
「どうして言い切れるのですか。私が惚れた相手ですよ? カイ様は。騎士団長が惚れたって不思議なことじゃありません」
俺は不意にカウンターを食らって、ただ口をモゴモゴすることしかできなかった。




