36 収穫祭
広場の片隅では、フィオナが子供たちに囲まれていた。どうやら飾り付けの花輪の作り方を教えているらしい。剣を握るのとは違う、ぎこちない手つきで草を編む彼女の周りには、穏やかな笑い声が満ちていた。その光景が、なんだか無性に嬉しかった。
「フィオナも、すっかりこの街に馴染んだな」
そう呟くと、彼女がふとこちらに気づいて、少し頬を染めて視線を逸らした。
「任務の一環だ。子供たちが作業の邪魔にならぬよう、監督しているにすぎん」
「はいはい、ご苦労さまです、隊長」
軽口を叩きながらも、胸の奥が温かくなるのを感じていた。
スローライフとは程遠い、忙しくて、騒がしくて、てんてこまいな毎日。だけど、この日々が、俺が本当に求めていたものなのかもしれない。
「ええ、実に良い光景です」
レイナの声が頭に響いた。
「こういう時ばっかり出てくるよな」
「主役の衣装選びでしたら、いつでも相談に乗りますよ」
「なんで俺が主役なんだよ! 主役は皆だ」
「祭りの最後には、領主様による『感謝の舞』が披露されると、すでに民の間で噂になっておりますよ」
「誰がそんなデマを流したんだ……?」
くすくすと笑う声が遠ざかっていく。あの女神、絶対に面白がってるだけだ。俺は頭を抱えた。踊りなんて、前世の会社の忘年会でやらされた下手くそなダンスくらいしか経験がない。
「……我が主、何をそんなに思い詰めた顔を?」
いつの間にか隣に来ていたユランが、心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。その深い藍色の瞳に、俺は思わず弱音を吐きそうになる。
「俺、祭りの最後に踊らされるかもしれない」
「ほう。それは素晴らしい。我が主の優雅な舞、民もさぞ喜ぶことでしょう」
「なんでお前もそっち側なんだよ……」
ユランの背中の上を見ると、ルオが幸せそうに寝ている。
最近忙しくて面倒見てやれないからな……子守はユランに任せている。
「ルオは俺の味方だよな?」
ルオは何も答えず、小さな寝息を立てている。可愛いやつだ。
祭りの準備は、夜遅くまで続いた。
明かりが灯された広場では、ラズが考案した奇妙な形のランタンが風に揺れ、その光が人々の楽しげな顔を照らしている。
喧騒が少しだけ落ち着いた頃、俺は一人、完成したばかりの舞台の上に立って、街を見渡していた。
ここから見える景色は、俺がこの世界に来た時には想像もできなかったものだ。家々の灯り、人々の笑い声、様々な種族が協力して何かを創り上げる姿。
これが、俺の街。俺たちの、アークフェルド。
「悪くないな」
そう呟いて振り返ると、そこにはフィオナが立っていた。鎧ではなく、村で貸し出された簡素なワンピース姿。月明かりの下で見る彼女は、騎士団長というよりは、ただの美しい女性に見えた。
「どうしたんだ? こんな時間に」
「いや……ただ、この景色を見ておきたくてな。貴殿も、同じか?」
「まあな」
しばらく、二人で無言のまま街を眺める。心地よい沈黙だった。
「明日、楽しみだな」
先に口を開いたのは俺だった。
「ああ。……これほど心が躍るのは、初めて騎士の称号を授かった日以来かもしれん」
そう言って微笑む彼女の横顔は、とても綺麗だった。
明日は、きっと素晴らしい一日になる。
そんな確信とともに、ルディアの夜は静かに更けていった。
◇◇◇
ルディア=アークフェルド連邦、記念すべき第一回『収穫祭』の幕が上がった。
空は雲ひとつない快晴。広場は昨日までの喧騒が嘘のように飾り付けられ、中央に設えられた舞台が主役の登場を今か今かと待っている。
……まあ、その主役は俺じゃない。絶対にだ。
「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! ルディア名物、デカ盛り野菜スープだ! 一杯飲めば寿命が三日は延びるぜ!」
客引きをする男に目を向けると、 そばにはリゼットとミナがいた。彼女らが切り盛りする炊き出しコーナーには長蛇の列ができていて、ご馳走の香りを漂わせていた。騎士団の屈強な男たちが獣人の子どもにスープをよそってやり、その子どもが喜んで笑い合う。最高に平和な光景だ。
「次! 腕自慢のそこのあんた! この丸太を片手を持ち上げられたら、ラズ特製のからくり玩具をプレゼントだ!」
広場の隅では、ラズ主催の力比べ大会が始まっていた。ザルクの子分たちが次々と挑戦しては、唸り声をあげて丸太と格闘している。それを見守るザルク本人は、なぜか上半身裸で仁王立ちしながら「なってねえ!」と檄を飛ばしていた。お前も参加しろよ。
「カイ様! こちらの焼きトウモロコシをどうぞ! 最高の出来です!」
「カイさん、こっちの干し肉も!」
「カイ、この酒を飲め! トウラ秘伝の祝い酒だ!」
俺はというと、歩く先々で食べ物や酒を差し出され、完全に餌付け状態だった。領主というより、マスコットキャラの扱いである。まあ、皆が楽しそうだから、それでいいんだけど。
ユランはといえば、子供たちに乗馬体験ならぬ「神獣乗獣体験」をさせており、その背中には常に五、六人の子供がしがみついてキャッキャと騒いでいた。
「童よ、私の背で暴れるのはおやめなさい。特に尻尾を引っ張るでない」
口ではそう言いつつも、その歩みは子どもたちを落とさないよう、どこまで優しかった。
祭りの盛り上がりが最高潮に達した昼過ぎ、舞台の上では余興が始まった。
最初は、トモ率いる子供たちによる合唱。覚えたての文字で書かれた歌詞を、一生懸命に歌う姿に、会場からは温かい拍手が送られる。
次に、獣人たちによる伝統の戦舞。鍛え上げられた肉体が躍動し、その迫力に観客は息を呑んだ。
そして、ついにその時が来てしまった。
「さあ皆さんお待ちかね! この祭りの主催者である我らが領主、カイ=アークフェルド様による『感謝の舞』でございます!」
ラズがマイク代わりの拡声魔道具を片手に、満面の笑みで俺を紹介しやがった。裏切り者め!
会場のボルテージはMAX。手拍子と「カイ様」コールが鳴り響く。俺はザルクとガランに両脇をがっちり固められ、有無を言わさず舞台へと押し出された。
「やめろ! 俺は踊れんと言ったはずだ!」
「旦那、観念しな。これも領主の仕事のうちだぜ」
「そうだカイ。民の期待に応えるのが長の務めだろう?」
舞台の上で、俺は完全に孤立無援だった。
どうする……どうすればいい!? 前世の忘年会で踊ったパラパラでも披露するか? いや、シュールすぎて逆に引かれる。
「ふふ、覚悟は決まりましたか?」
レイナの楽しげな声。
「うるさい! こうなったらヤケクソだ!」
俺はザルクが右手に持っている杯をぶん取り、酒を一気飲みした。
酒がなきゃやってられないっつーの。
俺は腹を括った。
ええい、ままよ!
俺は両手を天に掲げ、創造の力を解放した。
その瞬間、舞台の周囲から色とりどりの花が一斉に咲き乱れ、宙にはキラキラと輝く光の蝶が舞い始める。観客から「おおっ!」というどよめきが上がった。
「感謝の舞は踊れん! 代わりに、感謝の魔法を見せてやる!!」
俺は力任せにスキルを発動し、音楽に合わせて光の粒を雨のように降らせ、舞台を虹色の光で包んだ。もはやダンスではなく、ただの派手な魔法ショーだ。
だが、結果は上々だったらしい。
俺が息を切らしてパフォーマンスを終えると、広場はこれまでで一番の大歓声に包まれた。
「カイ様、すげえ!」
「あれが創造の力か!」
「踊りよりかっこいいぞ!」
……なんとか、ごまかせたようだ。
俺が舞台袖でへたり込んでいると、フィオナが水の入ったカップを手に、苦笑しながら近づいてきた。
「……見事なものだった。あれが『感謝の舞』だと言われれば、納得するしかないな」
「勘弁してくれ。もう二度とごめんだ」
「だが、民は喜んでいた。貴殿は、やはり不思議な形で人を惹きつける」
彼女の優しい眼差しに、なんだか心臓が妙な音を立てる。
祭りの夜は、穏やかに更けていった。
広場の焚き火を囲み、人々は語り合い、笑い、歌った。人間も獣人も騎士も、そこには何の垣根もなかった。
俺は少し離れた場所から、その光景を眺めていた。
大変だった。面倒なことも山ほどあった。だけど、この景色が見られるなら、何もかもが報われる気がした。
「やってよかったな」
誰に言うでもなく呟いた俺の隣に、いつの間にかミナとミリアが座っていた。
「カイ、お疲れ様。すごいかっこよかったよ!」
「カイさん、本当に……ありがとうございます。私についてきて、この村に来てくれて」
俺は照れくさくて空を見上げた。二人はいつまでも俺と友達のような距離で話してくれる。
夜空には、満月が輝いていた。
過労死した社畜だった俺が、こんなにも温かい場所にいられるなんて。
「スローライフ、とまではいかないけどな」




