24 恵みの庭
村の西側。丘の裾野に広がる畑地に、俺は一人で立っていた。
耕しは終わっている。昨日までに村の男たちが整地してくれた場所だ。今は何も植えられていないが、槌の匂いがまだ新しい。
俺は腰に手を当てて、静かに深呼吸する。
「ほんとにこんなもん使えるのか……?」
水脈を操作したり、畑の状態を回復させたりの時点で既にとんでもないのだが、植物を生やすことまでできるなんて。あまりにも自然そのものへの介入すぎて、妙にドキドキする。
「心配ありません」
唐突に運命の女神、レイナが話しかけてきた。
「急に話しかけてくんなよ!」
「あなたのスキル『創造の手』は世界のエネルギー循環とリンクしており、使えば使うほど自然のバランスは整っていきます。自然をあなたの手で操作することを、恐れないでください」
「そ、そうなのか……まあわかった」
やってみるしかないか。
ルオは畑の端っこに座ってこちらを見ている。いつ何時でも俺から離れないあたりが可愛いな。
「見てろよ、ルオ。いっちょやってやるからな」
スキル発動・恵みの庭。
その瞬間、俺の手から淡い緑光が漏れ出し、畝の列に沿って走った。魔力が槌に染み込み、土壌の奥深くまで届いていく。
水分、栄養、石の密度、温度。すべてが手に取るようにわかる。
そして次の瞬間。
「はっ……!?」
芽が出た。いや、芽どころじゃない。小さな緑が音を立てる勢いで伸びていき、見る間に茎が伸び、葉が広がり、ついには穂を実らせた。
「嘘だろ……もう実ってる……?」
目の前に広がるのは、小麦の金色の海。風もないのに穂が揺れて、さらさらと波を描いている。畝の間には、赤く熟したトマト、艷やかなナス、見たこともない果実まで交じっていた。草木の香りも混ざり合い、甘く爽やかな風が流れてくる。
思わず足を踏み出して、熟れた果実の一つを手に取った。柔らかく、指が軽く沈む。ひとくち齧ると──。
「甘っ! なにこれ、砂糖入ってんのか!?」
いや、そんなわけないが。思わず叫んだ俺に、ルオがワン!と吠えた。疲れていた俺はハイテンションのあまり、両手を突き上げて跳ねた。
「自然を操作つっても芽を生やす程度だと思ってたら、野菜に果実に薬草まで生み出せるとか、天才か俺!?」
スキルの説明を読んだ時は、単なる便利機能かと思っていた。でも、これはそれどころじゃない。村の食料問題はこれでほぼ解決するし、薬草も育てられるとなれば医療面にも希望が出る。しかも自然に馴染むから、外部からは人為的に見えない。まるで神の恩恵じゃないか。
「まるで、ではなく神の恩恵です」
「だから勝手に思考を読むなって!!」
レイナが定期的に横槍を入れてくるが、俺の胸は希望に満ち溢れていた。
少しすると、遠くからラズの声が聞こえた。
「おーいカイの旦那! どうかしたのかー?」
「ラズ! 見に来い! 畑がすごいことになってんだ!!」
俺は満面の笑みで、全力で手を振った。
しばらくして、ラズが畑に駆けつけてきた。案の定、目の前の光景に目を見張っている。
「こりゃあたまげたな……ここ、昨日までは種すら植えてなかっただろ?」
「そうだよ。さっきスキル試したら、こうなった」
端のほうに育っている薬草を見せたら、リゼットとひと悶着ありそうだが……それはさておき。
ラズはその場にしゃがみ込んで、赤い果実を摘み取ると、慎重にひとくち齧る。
「うむ……スキルで作られたから味が悪いってこともないな。むしろ、王都で売られているものに匹敵する美味さだ」
予想を上回る感想に、俺は少し得意げになってしまう。
「スキルの説明によると、これは土地に根付くらしい。だから一時的に作るだけじゃなくて、ちゃんとこの村の自然の一部になるってことらしいんだよ」
「これはすげぇぞ。この村の未来を大きく変えるかもしれない力だ」
ラズは立ち上がると、周囲をぐるりと見渡して、指をパチンと鳴らした。
「なあカイ、これは村内で使うだけじゃ勿体ない。他国との取引にも使えると思うぜ。質が安定していて、しかもこの収穫量……村単位の食糧じゃ余るだろ?」
「そうだな。俺もそれ考えてた。まずは王都に出すか、港町のヴェルトニアあたりか。あそこなら交易船が集まるし、保存食にして輸出もできる」
「加工班とか作ってもいいな。干し果実とか、漬物とか。薬草も乾燥させて、袋詰にすりゃ医者の商人が食いつく」
ラズはいつもの調子でぽんぽんとアイデアを出しながら、畝の間を歩き回る。相変わらず口は軽いが、頭の回転は早い。
「そに、これが『村で自然に育ったもの』って体裁なら、貴族とかも変に詮索してこないだろ? 誰もカイさんが魔法で一気に生やしたとは思わねえよ」
「そうなれば、武器よりもこっちの方が、村の力として目立たずに稼げるな」
「稼げるどころか、下手すりゃ周辺都市の食糧事情を変えられるレベルだぞ。これ、国規模の話になるぜ?」
そう言って笑うラズの目には、いつもと違う鋭さが宿っていた。今では足を洗っていると言っていたが、元裏社会の人間の勘だ。価値と危険を正しく天秤にかける、そんな目。
「だからよ……やるなら慎重にな。俺たちが村を守りながら、情報を出すタイミングも選ばなけりゃならない。誰に見せて、どこに流すか。下手に噂だけが先に走ったら、貴族評議会の連中とか、下手すりゃ五大名家まで出てくるぜ」
「五大名家?」
「知らないのか。五大名家ってのは、貴族評議会の中でも特に影響力の大きい五つの家系だ。まあ権力の度合いで言ったら、国王陛下の次に権力を持つと言えば、その凄まじさが伝わるだろう」
貴族のトップオブトップってわけね……。絶対に敵対したくない連中だ。
とりあえず、村の未来は広がった。あとは俺がどの未来を選ぶか……それだけだ。
スキル《恵みの庭》を試した数日後、村では驚きと称賛が入り混じった騒ぎが広がっていた。
わずかな時間で生え揃った麦、果実、野菜。しかもそれが枯れる気配もなく、じわじわと周囲の土にまで良い影響を与えている。気づけば、周囲の土地も柔らかく、栄養を帯びたような香りすら漂い始めていた。
◇◇◇
「カイさん! 緊急事態だ!」
息を切らしながら駆け込んできたのは、ザルクの子分たち。普段は素材集めや狩猟の下働きを担っている若者たちだが、今は顔を青ざめさせていた。
「森の西の方、見回りに行ってた奴らが……! でっかい獣人たちの一団を見たって!」
「人数は?」
「五、六人くらい……でもみんな、完全に武装してたって。こっちに向かってる!」
少ないが……武装した獣人は脅威だ。
《恵みの庭》の噂は、村の外にまで漏れていた。誰かが見たのか、それとも別の手段か──とにかく、警戒していた通り事が動いた。
「獣人とは、人よりも体躯が大きく、人に近しい知性を持つ者たちです。そして今回村に近づいてきているのは、獣人の集落である『トウラ』の部隊でしょう」
レイナが教えてくれた。やっぱりこういう時に、女神の知識ってのは役立つものだ。
「それほどでも」
「勝手に思考を読んで照れるな!」
俺は気持ちを引き締め、周りを見渡した。
「ザルクは?」
「もう集めてます! いま訓練場で、武器も持って──」
「了解。俺も行く。ユラン!」
俺の呼びかけに、森の陰からすぐさまユランが姿を現す。すでに状況は把握済みらしく、その藍の瞳は遠くの気配を睨んでいた。
「準備はできております」
その数秒後に、ザルクも武器を持って駆けつけてきた。やはりこいつがいると安心感が増すな。
「よし、来るなら来いってもんだ」
ザルクがニヤニヤしながら言う。この状況を楽しみすぎだ。
獣人の集落か……仲間になれたら大きな力となるが、武装してるとなるとそうはいかないか。
しかし、六人程度の獣人によって滅ぼされるような村ではない。そっちが戦う気なら致し方ないし、いくらでも相手をしてやる。




