●第47話●隣国の商会
魔法陣の登録を終えた三日後、クラウフェルト子爵家を訪ねる二人の男がいた。
どちらも質の高い服を着ており、館の前に止められた馬車の豪華さから見ても貴族か大商人であろうと思われた。
なのだが、何故かその片方の男の表情は疲労の色が非常に濃い上、髪も乱れせっかくの豪華な服も皺が目立つ無残な状況だった。
相対した子爵夫妻も、少々驚いた表情をしている。
「突然の訪問、およびこのようなみすぼらしい姿でのお目通り、大変申し訳ございません。
ザンブロッタ商会のシュターレン支部長をしております、シルヴィオ・ザンブロッタと申します。
こちらはご存じかと思いますが、この街で工房長をしておりますグイドでございます」
疲れた表情をした男、シルヴィオが名乗りを上げる。
シルヴィオの話によると、ザンブロッタ商会は、隣国プラッツォ王国に本拠地を構える商会だ。
本国では中々の規模を誇っており、5年ほど前に更なる商機を求めてシュターレン王国へ進出、数年前にはここクラウフェンダムにも工房を構えている。
そんなザンブロッタ商会から、最短で面会させてほしい旨の打診があったのが昨日の午後、それを受けて本日午後の面会となっていた。
「かなりお疲れのようだけど、大丈夫なの?」
心配したニコレットが問いかける。
「はい、問題ございません。
王都より些か急いで駆けつけたので、お見苦しいところをお見せして申し訳ございません」
そう言ってシルヴィオが頭を下げる。
「問題無いのならば良いのだけど、そこまで急いで会いに来た理由は何なのかしら?」
急ぎ面会させてほしい旨しか連絡を受けていないため、早速ニコレットが本題に切り込む。
「三日前に、クラウフェルト卿の魔法陣研究所名義で、新しい魔法陣を登録されましたよね?
更には、それを使った魔法具まで既に開発済みであるとか。
その情報を聞きつけましたので、これはもう一にも二にもお会いせねばと馳せ参じた次第です」
魔法陣を登録したのは、シルヴィオの言う通り三日前。
王都からクラウフェンダムまでは、通常馬車で五日程かかる道程だ。
それを三日で駆け抜けてきたのだから、それは疲れもするし髪型も乱れるだろう。
なにせ、急ぐ場合に削れるのは睡眠時間くらいなのだから……。
「なるほど…。王都から三日で来たのなら、疲れもするだろうね。
ふむ、確かに三日前に魔法陣の登録をしたけど、それがどうかしたのかい?」
あまりの強行軍を想像して、苦笑しながらセルファースが次を促す。
「いやいやいや、何を仰いますか!?
“新たに遺跡から発掘された魔法陣と、それとは別の既存の魔法陣を組み合わせて出来上がった魔法陣”などと淡々と登録されておりましたが……。
それはオリジナルの魔法陣であるという事ではありませんか!?
魔法具を扱う人間として、それを放置してはおけませんよ。
普通、そんなものが作れたのならば、大々的にオリジナルの魔法陣と真っ先に宣言しようものを……。
全く子爵閣下もお人が悪い」
セルファースの問いに、何を言っているんだとばかりに返答するシルヴィオ。
シルヴィオの言う通り、一気に話題になる事を避けるため、あえて淡々と登録をしていた。
それにそもそも、毎日のように登録の状況を追っていないと、登録された事に気付く事すら無いだろう。
にもかかわらず、それを見つけてすぐに駆け付ける辺り、中々の情報収集能力と言える。
「確かにアレは、オリジナルの魔法陣と言っても良いモノではあるが……。
だとして何だと言うんだい?」
尚もはぐらかしながら問いかけるセルファース。
それに動じることなく、真正面からその目を見てシルヴィオが答える。
「単刀直入に申し上げます。
我々の商会と、専売契約を結んでいただけないでしょうか?
私の勘が正しければ、閣下の方にも利があるのではと考えております……」
「ほぅ……その考えとやらを聞かせてもらえるかい?」
「ありがとうございます。理由は大きく2点です。
まず1点目。一番初めにお目通りをお願い申し上げたのが当商会である点です。
気付いていない所は論外、気付いていてもすぐに行動しなかった時点で、それもまた見る目が無いでしょう。
オリジナルの魔法陣というのは、それだけ価値があるものなのです。
それを見る目の無いものに扱わせる訳にはいきません」
相変わらず、視線を逸らすことなくシルヴィオが熱く語る。
「ふむ……続けなさい」
続きを促すセルファースに、少しだけ表情が緩んだシルヴィオが続ける。
「はい。2点目は、我々がこの国の商会ではない点です。
いや、本質はそこではなく、我々がこの国のどこの貴族家の息もかかっていない点です。
先程も申し上げた通り、オリジナルの魔法陣を作れたのであれば、普通はそれを大々的に宣言するはずなんです。
ですがそれをしていない……。
さすがにオリジナルの魔法陣を作った事に気付かないという事はあり得ないので、あえて宣伝しなかった、という事になります。
さらに失礼を承知で申し上げるなら……」
シルヴィオはそこで一旦言葉を切り、セルファースを見つめる。
セルファースが軽く頷くと、続きを語り始めた。
「失礼を承知で申し上げるなら、無属性魔石しかなく財政に余裕がないクラウフェンダムであれば、大々的に売り出すはずなのです。
しかし、すぐに大金を得られるチャンスを見逃してでも、宣言しなかった。
それは何か目立ちたくない理由があったからではないでしょうか?
我々のような平民ではなく、クラウフェルト家のような貴族家が慎重になるのですから、相手はおそらく同じ貴族……。
何を警戒されているのかは存じ上げませんが、他の貴族にあまり知られたくない事情があるとお見受けしました。
先程も申し上げた通り、幸か不幸か我々は少なくともこの国の貴族の後ろ盾はまだありませんので、秘密を漏らす事はありません。
それが、閣下にとってご都合が良いのではないかと考えた次第です」
しばしの沈黙が流れる。
セルファースは、話の途中から瞑目したまま言葉を発しない。
シルヴィオの額に汗が浮かぶ。
数秒か数分か。長いようで短い沈黙の後、セルファースがゆっくり口を開いた。
「情報収集の早さ、正確さ、集めた情報に対する分析能力も問題無し、かな」
「そうね。特に早さは特筆ものね。
ここ何十年かはほとんど新しい魔法陣の登録が無かったから、確認間隔が長くなってると言うのに。
当日に気が付いたのは大したものね。
正確性と分析能力も十分だと思うけど……これはまだ誰からもリアクションが無いから、良い悪いの評価は保留かしら」
ニコレットが相槌をうちながら続ける。
「シルヴィオ、あなたの商会ってカレンベルク家との取引はあるのかしら?」
「カレンベルク家ですか? ええ、あまり大きな商いではないですが、いくつかの魔法具を仕入させていただいています」
思わぬ質問に戸惑いながらも答えを返すシルヴィオ。
「そ。どう思う? アナタ」
回答を聞いたニコレットがセルファースへ水を向ける。
「プラッツォ王国への影響が気になるけど、まぁそれは贅沢というものなんだろうね。
何より最初から専売契約を持ち掛けてきたことに驚いたよ。
これなら、イサム殿も満足するんじゃないかな?」
「じゃあ決まりね。
色々な商会を調べてたけど、どれも決め手に欠けてたから……。
まだ国外まで手を伸ばせてなかったし、丁度良かったわ」
「ああ」
「という事で、シルヴィオ。あなたの提案に乗りましょう。
早速、詳しい条件の話をしましょうか」
「は? え??」
あまりに早い話の展開についていけず、思わずシルヴィオが間抜けな返答を返す。
「だから、あなたのところ、ザンブロッタ商会でしたっけ?
そこと専売契約を結んであげる、と言っているのよ」
「え、あれ? ホントですか??」
「ホントも何も、ついさっき自分から持ちかけた話じゃないの。
ん~~、アナタ、やっぱり一度保留にして「いやいやいやいや、ありがとうございます!!!!!!!」…あらそう?」
シルヴィオのリアクションに呆れたニコレットが保留をちらつかせると、慌ててシルヴィオが立ち上がる。
「ありがとうございます!! 誠心誠意、全力で取り組ませていただきますっ!!!」
そして、勢いよく腰を90度以上曲げて深く深くお辞儀をすると、そう宣言するのだった。
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